評価の制度
「ジャスミンティーは、確かに高い美容効果を持っています。しかし、眠りに良くない成分も含まれているのです」
覚醒効果と利尿効果について簡単な説明をすれば、思い当たる節があったのか、すぐに納得してくれた。
「なら、飲むのをやめた方がいいのかしら?」
「いえ、時間帯を気を付ければ問題ありません」
三時のお茶以降、摂取を控えれば夜中に影響が出ることはないだろう。そう伝えれば、安堵を息を吐く。
「良かった。折角貰ったものだから、無駄にしたくなくて」
「そうなのですか?」
「ええ。その方の領地で作っているそうよ」
ジャスミンティーは、知り合いのご令嬢からの贈り物らしい。
夜会の時期になったこともあり、領地の特産品を色々な人に配っていたのだという。人脈作りと、領地の広告も兼ねているのだろう。
覚醒効果や利尿効果について説明をしていないことは少々気になるが、ご令嬢なら詳しいことまでは知らなかったのかもしれない。
「最近、王宮内でハーブは人気が高いの。中々手に入らなくなっているし、その方とは関わりを持ちたくて」
「大変ですね」
「ふふ。貴族としての責務ですもの」
流行をいち早く把握し、自領が、家が、派閥が有利になるように動くために、夜会は重要。
それにしても、王宮でハーブが人気になっているとは。魔術宮からの流行なら、もしかして、私が原因なのだろうか。
ミュリエル様が屋敷を訪れたくらいなので、かなり情報が回っているのかもしれない。
「もしかすると、ユイさんも招待されるかも知れませんわね」
「え」
「あら、そのことを考えていたのではなくて?」
確かに、流行に関係しているかは、考えていたのだが。夜会に呼ばれるかもしれない、なんて、考えたこともなかった。
「魔術宮と関わりのある人間しか手に入れられないけれど、あの『ホットアイマスク』は人気があると聞いているもの」
ユイさんも開発に関わっているのでしょう、と微笑まれ、思わず曖昧な笑みを返す。
私が作った、ということは知られない方が良いと感じたからだ。話すとしても、オリバー様に確認してからがいいだろう。
とはいえ、普段から貴族同士で腹の探り合いをしているミュリエル様に全て隠せるはずもない。
ギリギリ嘘にならない範囲で、情報を隠しつつ返事をした方が良いだろう。
「ですが、私は平民です。夜会に呼ばれるような立場ではありません」
「優秀であれば、身分はあまり関係ないわよ」
一体、どういうことだろうか。口に出すより早く、ミュリエル様が言った。
「女神の加護もちには平民もいるわ。だから、優秀なものを王宮に呼び出す制度は整っているの」
他にも、平民出身で夜会に参加する人物としては、上位の魔術師や騎士、文官もいる。オリバー様やアッシュ様、イーサン様もこの部類だ。
本来は平民の加護もちに貴族同等の権利を与える為の制度だったが、お陰で功績を上げていれば平民も評価される仕組みが出来上がったのだという。
優秀な平民を雇用することは、結果的に国家の強化にも繋がる。貴族の多くは、平民に立場を奪われぬよう幼少期から高度な教育を受けることで、更に全体のレベルが上がる。
古くから加護もちが多く現れるこの国では、平民向けの制度も充実するのが早かった。
結果的に他国よりも優秀な人材が多いのだという。
「だから、ユイさんが開発に関わっているのなら、近々王宮から呼び出されるのではなくて?」
「どうなんでしょう……」
曖昧に言葉を濁す。正直、王宮に関わるべきか否か、判断できていないのだ。
女神の加護を与えられた者として、積極的に能力を使っていくべきなのか。それとも、権力に巻き込まれることを避けるべきなのか。
一度、加護のことを知られれば、王宮から目をつけられることは間違いない。
王宮との関わりは、雇い主であるオリバー様にも影響は出る。生活を保証してもらっている相手に、迷惑を掛けるような不義理はできない。
「流石に、事前説明も無しに夜会に招待される事は無いでしょうから、早ければ数日のうちに通達が来るのではなくて?」
夜会までは2ヶ月。この国の服飾について詳しくはないが、招待されるとしたら、すぐに礼服を準備し始めないと間に合わないだろう。
「もし間に合いそうになかったら、私に連絡して頂戴。力になります」
「ありがとうございます」
微笑むミュリエル様は、私が夜会に招待される事を確信しているように感じた。
「さ、この話はここまでにして、他に改善すべき点がないか、教えて貰えるかしら?」
「勿論です」
話が変わったことに、僅かに安心しながら頷く。
屋敷の中を案内するから、とミュリエル様が立ち上がる。キッチン、お風呂、寝室、私室。睡眠に影響する環境は多い。
私は気持ちを切り替え、子爵家の設備に驚かされつつも、真剣に睡眠のための改善点探しを始めたのだった。
次回は来週末に更新予定です。




