心の準備
「……どう、して、それを」
真っ直ぐ、私を見つめて言った神父様。あまりに迷いのない言葉に動揺して、誤魔化す事もできずに聞き返す。
少し遅れてから、失言したと気付いて耳元でざあっと音が鳴った。
「ユイ、落ち着いてください。貴女を責めたいわけではないのです」
「あ、そう、ですよね。すみません」
神父様に優しく声を掛けられ、咳き込んでから返事をする。思わず息を止めていたらしい。
まだ落ち着かない心臓の上を手で押さえていると、神父様がゆったりとした口調で理由を説明し始めた。
「貴女がこの世界の人間ではないと判断したのには、加護もちは大きく二つに分けられる、という話が関係します」
「……はい」
その二種類が、この世界で生まれた時から女神の加護をもつものと、異なる世界から訪れて女神の加護を与えられたもの、なのだという。
「生まれた時から加護を持つものは、誕生の瞬間から周囲に花が舞い、光が溢れ、周囲に幸運を与えます」
加護に付随するスキルも、この世界にある技能に関するもの、例えば『魔術』や『剣術』、『記憶力』などになるらしい。
周囲に与える幸運も、偶然お金を手に入れたり、新事業が成功しやすかったりといったものが多いという。
「ユイが戸籍も何も持っていなかったことについて、違和感を抱かなかった理由ですね」
産まれた瞬間に加護持ちであることが判明するので、物心つく前に誘拐されたりという事件は過去にもあったらしい。
神父様が私が世間知らずで戸籍がなくとも不審に思わなかったのは、産まれてすぐ誘拐されたと考えたかららしい。
「一方で、異なる世界から訪れるもの。こちらは、女神が私たちの世界のものだけで解決できない事態が起こっている場合に呼び出すようです」
「呼び出す……」
「はい。その時、必要な能力を持つものを、異なる世界から招き、能力を発揮するためのスキルを与えるのです」
今、この世界にある技術や知識だけでは解決できないからこそ、別の世界のものを呼び出す。解決法として理解できる。
何故私が呼び出されたのかは、よくわからないけれど。
「理由は分かりませんが、今は『安眠』スキルが、この世界に必要ということですよね」
そして、『安眠』スキルを与える条件に、偶々私が合致していたようだ。
睡眠ならば、医師など専門の人もいると思うが、選出基準は考えるだけ無駄だろう。
「ええ。そして、周囲に与える幸運ですが……」
こちらのパターンでは、加護もちが与えられたスキルに関する問題に直面することが多くなる結果、周囲は問題が解決し幸運になるようだ。
「とてもよくわかりました」
「異世界から訪れた女神の加護もちが、ここまで周囲の問題に巻き込まれるとは、私も驚きました」
「三日に一度くらい、スキルが関係する出来事がありますね……」
「それほど深刻な事態なのでしょう」
睡眠に悩んでいる人にばかり会うはずである。でも生活のことを考えると、もう少し頻度を落として欲しい気持ちはある。
とはいえ、困っている人を放ってはおけないし、加護の力が調整できるとも思わない。やはり今迄どおり、できる範囲で手助けするしかないだろう。
「過去呼び出された方々は、どのようなスキルで、どのような事態を解決されたのでしょうか?」
「そうですね、魔王が人間に宣戦布告した際は、『医療』スキルもちの方が呼び出され、この世界生まれの『剣術』『魔術』もちの方々と戦いに行った、という話が最も有名ですね」
「魔王……」
魔術がある時点でそんな気はしていたが、やはり魔王も存在するらしい。
「はい。魔王は魔族の長。魔族と人間は生存圏を奪い合って生きているのです」
「過去の異界から来た加護もちは、殆ど魔王との戦いに関係する人なのですね」
今迄は、魔王が勢力を伸ばすと医療や工学と言った技術を持った加護もちが現れ、戦いの旅に出ることが多かったという。
「そうですね。しかし、ユイのスキルは……」
「戦いに関するものではありませんね」
寧ろ、戦いからは遠い部類である。睡眠は生物にとって必要不可欠なものであるが、本当にこのスキルが世界に必要なのかと言われると、あまり自信がない。
「つまり、直接戦いに巻き込まれる可能性は低いのでしょう」
「何かに巻き込まれる事は確実なのですね」
「私個人としては、巻き込まれてほしくはありませんが」
巻き込まれないとは言えないようだ。加護の意味と、これまでの実績を考えると、私も避けられるとは思えない。
神父様は、少しだけ長い溜息を吐いて、私をじっと見た。
「心の準備は、常にしていてくださいね」
次回は来週末に更新予定です。




