加護をもつもの
帰宅したオリバー様は大変疲れており、食事と入浴を済ませるとすぐ寝室へ向かった。いつも通りアロマキャンドルを焚き、『安眠の加護』スキルを使えば瞬く間に眠りに落ちた。
しかし、睡眠時間は十分なものの、『安眠の加護』の効果が切れてからは質が下がっていたようで。体調に問題は無いが、どこか気分が晴れないような、そんな様子で朝食を摂っていた。
就寝前、オリバー様に触れる時間は、日に日に増やしているはずだ。だというのに、睡眠状況は改善していない。それ以外の要因があるのだろうか。
対策を立てたいが、オリバー様はいつも以上に寡黙な様子で話しかけ難い。
「あの、オリバー様」
「どうした」
「あまり、眠れないようでしたら、本日は実験を一時中断するのは如何でしょうか」
朝まで熟睡できたら接触時間を五分に戻す。そういう実験だったが、昨夜、三十分手を握っていてもオリバー様は熟睡できていないどころか、前日よりも睡眠状況は悪化している。
「必要ない」
スキルの検証も大切だが、まずは健康が一番である。そう思っての提案だったが、短く、いつもよりも一段低い声で言われ、口を噤んだ。
「…………すまない。実験は継続したい。この位なら平気だ」
「そう、ですか」
私が押し黙ったからか、すぐに言葉を付け足すオリバー様。しかし、一度流れた気まずい雰囲気はそう簡単には払拭できず。
無言で朝食を食べ終えると、オリバー様は足早に席を立つ。
「今日は、もう出る」
支度を整えながら用件は特にないか、と尋ねられ、聞きにくいが言うなら今しかないだろうと呼び止める。
「教会に行きたいのですが、よろしいですか」
オリバー様は少し考えた後、首を縦に振った。
「教会なら構わない。元々そういう契約だ。ただ、馬車を使って行ってくれ」
「馬車、ですか……?」
教会まで距離が遠すぎるというほどではないので、歩いていく予定だったのだが。辻馬車のようなものを探すとなると、かなり時間が掛かりそうだ。
どうしたものかと考えていると、馬車の手配はしておく、とオリバー様が言う。普段通勤に使っている馬車を、そのまま寄こしてくれるらしい。
「時間はどうする?」
「昼過ぎに教会に行って、仕事終わりの鐘までには戻ろうかと」
この時間なら、オリバー様の移動にも影響が出ないだろう。食事の準備や掃除もあるので、長時間滞在するわけにもいかない。
「わかった。御者に玄関まで知らせに行くよう伝えておくから、ユイは呼び鈴が鳴ったら外に出てくれ」
「わかりました」
許可が下りたことにほっとして微笑むと、オリバー様も少し微笑んだ。そして、先程より幾分柔らかく、気を付けて行ってくれと呟いた。
「神父殿にも、よろしく頼む」
「はい」
出ていく背中を玄関の中から見送って、扉が閉まると同時に溜息を吐く。やっぱり、外を出歩かれるのが嫌なのだろうか。私の行動を制限したいというよりは、心配されているような気はする。
「…………女神の加護が、原因かしら」
オリバー様に雇われてからの怒涛の十日間を思い返すと、女神の加護が関与している可能性は高いだろう。今迄深く考えてこなかったが、そろそろ真剣に自分に与えられた加護とスキルに向き合う時が来たのかもしれない。
そのためにも、教会に行くことは必要だ。一人小さく頷いて、まずは食器を片付けに行くのだった。
◇
正午を少し過ぎた頃、掃除と夕食の仕込みを終わらせた私は、予定通り馬車に乗って教会に訪れた。誰でも入れるようにと開けられた門を潜れば、見慣れた聖堂はすぐそこである。
「こんにちは」
中に入りながらそう言えば、奥にいた神父様が此方を振り向き、笑みを浮かべた。
「おや、ユイ。良く来ましたね」
「少し来るのが遅くなってしまって、すみません」
「仕事が充実していることは良いことですから」
子供たちも呼んできましょうか、と神父様は裏手に繋がる扉に視線を遣った。久しぶりなので、ジャックくんたちには会いたい。しかし、今日は先に確認することがある。私は首を横に振る。
「あの、その前に、神父様にお尋ねしたいのですが」
「おや、なんでしょう?」
「女神の加護についてです」
声を潜めて言えば、神父様は笑顔は崩さないまま、だが真剣な声音で問い返した。
「何か、問題があったのですか?」
「まだ、わかりません。しかし、関係しているとは思います」
「…………此処でする話ではありませんね。移動しましょう」
神父様は入り口近くにベルを置くと、応接室へと歩き始める。その後ろを付いていく間、ふと気になって、私はスキルの説明を表示した。
安眠の加護、睡眠状況確認、睡眠時間確認、子守唄に、安眠アイテム。どれも見慣れた説明文だ。
逆を言えば、安眠アイテムスキルが使えるようになってから、全く変化が無くなっていた。
「ユイ、どうしましたか?」
「いえ……」
応接室の扉を閉めて、神父様と向かい合って座る。何から話したものかと考えていれば、神父様が、ゆっくりとした口調で訊いてきた。
「ユイ、まずは今日までの話を聞かせてくれませんか」
「はい……」
時系列順に、オリバー様をはじめ、魔術師、騎士たちが睡眠不足に悩んでいたことや、スキルを使って解決したことを説明する。
最初の方は小さく頷いて微笑んでいた神父様だったが、騎士団に講習に行った辺りから困ったような笑顔に変わり、魔術宮と権利契約を結んだ話をする頃には眉が下がってしまっていた。
「随分と、色々あったのですね……」
「あの、これも、女神の加護によるものなのでしょうか?」
教会に来てすぐの頃も、オリバー様に雇われたときも、それからも。次々眠りに悩む人と出会っているのは、偶然とは考えにくい。
この教会に来たのだって、女神の導きによるものだと神父様は言っていた。私に安眠スキルを与えた女神が何を考えているのか、一番知っていそうなのは神父様だ。
じっと目を見て返事を待つと、神父様は困ったように笑うのだった。
「そうですね。これは、ユイに説明していなかった私の落ち度でもあるのですが……」
応接室にある小さな本棚から、分厚い教典を取り出して、神父様はゆったり話し始める。
「女神の加護を持つものは、大きく二つに分けられるのです」
「二つ……?」
「ええ。ただでさえ稀に生まれる加護もちですので、あまり知られてはいませんが」
女神の加護を持つものの中でも、更に珍しい性質を持つもの。周囲に幸運をもたらすだけではなく、国を、世界を変えるほどの影響力をもつものには、他の加護もちとは明らかに違う点があるのだという。
「ユイ、貴女は、別の世界から来たのですね」
神父様は、確信を持った口調で、そう言った。
次回は来週末に更新予定です。




