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女神の加護とスキルの力

 私は、ある日の通勤途中、階段から落ちそうになった人を咄嗟に庇い、代わりに自分が階段から落ちた。

 そうして、気付いた時には見慣れぬ長椅子に寝かされていたのである。ぼうっとしたまま、疑問を口に出す。


「ここは……?」


「王都の教会ですよ。貴女は、中庭に落ちてきたのです」


 そっか。私、落ちたのね。その記憶はあるが、ここが何処だか、心当たりが全くない。王都の教会と言われても、日本は民主主義制なので王都はない。


「治癒魔法を掛けていますが、暫く安静にしてくださいね」


「はい……?」


 聞き返したつもりだったが、了承の返事と思ったのか、神父らしき人は部屋から出ていってしまう。


「魔法……?」


 魔法って言ったかしら、今。もしかして。そう思いながら、辺りを見回す。美しいステンドグラスと、大きな祭壇。しかし、そのモチーフは見慣れない。

 窓から見える外の景色は、日本のものとはかけ離れていて。似たような状況を、何処かで見聞きしたことがある気がする。そう、確かあれは、友達から教えてもらった小説で。


「もしかして、異世界転移、かしら」


 事故に遭って、気付いたら異世界に。召喚されたり、生まれ変わったりと幾つかパターンがあったはず。そう言った世界では、科学の代わりに魔法があるものだと、友達は言っていた。


「でも、私、詳しくないのよね……」


 面白いよ、と勧められたのだが、仕事が忙しく、冒頭部分しか読んでいない。こんなことになるのなら、時間を作って読んでおけばよかった。


「お待たせしました」


「いえ」


 過ぎたことを悔やんでも仕方がない。異世界でも、地球の裏側でも、まずは生活の確保をしなければならない。


 幸い、神父らしき人は親切そうなので、色々と話を聞いてから考えてみよう。そう思い、口を開こうとしたところで先に話しかけられた。


「失礼ですが、ご家族は……?」


「それが……、その……」


 いるとも、いないとも言えない。間違いなくこの近くにはいない。仕事を始めてから一人暮らししていたし、電話があっても世界が違えば連絡は取れないだろう。

 どう答えたらいいかしら。悩んでいると、神父らしき人は、眉をハの字にして言った。


「無理に話さずとも大丈夫ですよ。辛かったですね」


「あ、あの、私……」


 とんでもない勘違いをされているような気がする。天涯孤独の身とか、そういう訳ではないんです。此処が異世界なら、身寄りはないけれども。


「戸籍は……、教会に来たことはありますか?」


「ない、です」


「やはり……」


 この世界での戸籍はない。教会どころか、他の場所にも行ったことがない。これば事実なのでしっかりと頷くと、彼は祭壇に目線をやった。


「でしたら、此処で作ってしまいましょう」


「作れるものなのですか?」


「ええ。教会はその権限を持っていますから」


 6歳になった子供は、教会で戸籍を作るのが一般的らしい。生まれた時では無い理由は、医学が発達していない分、子供が生き残る確率が低いからだろう。


 一度戸籍を作れば、王国内何処へ行っても身分の証明は問題なく行えるらしい。


「でも、仕事が……」


「その心配はありませんよ」


 無職でも身分登録できるのかしら。不安だが、実際に手続きを行う人が問題ないと言っているのだから、大丈夫なのだろう。


 考えても仕方がないことは、考えない。ストレスを溜めないコツである。


「そういえば、名前を聞いていませんでしたね」


 祭壇に立ち、何かを書きながら尋ねられる。戸籍の発行に必要なのだろう。聞き間違えがないように、はっきりと告げる。


「ユイです。ユイ・アダチ」


「ユイ。私はフランシス。神父をしています」


 殆ど人は神父様、とだけ呼ぶので覚えなくて構いませんよ。穏やかに笑う神父様は、頼もしく、それこそ神様のように見えた。


「では、手を此方に」


「はい」


 祭壇へと近付き、真っ白な本の上に手を翳すよう指示される。片方のページに、私の名前が書いてある。自分の名前以外は、反対から読むのは少し難しい。

 頑張って読もうとしている間に、神父様は聖句か何かを唱えてしたらしい。ふわり、と水色の光が、本から溢れ出てきた。


「綺麗……」


 思わず、小さな声で呟くと、神父様は私の方を見て、少しだけ微笑んだ。


「『新たな命を祝いたまえ』」


 光が私を包み、そして本に吸い込まれていく。空白だったページに吸い込まれた光は、文字となり、美しい列をなす。幻想的な光景に、思わず息を呑む。


 新たに加わった文字列を指先でなぞっていた神父様の動きが、ぴたりと止まる。神父様は目を細め、穏やかな声で言う。


「貴女は……、女神の加護があるのですね」


「女神の加護?」


「女神に愛された証です。稀に生まれ、いるだけで周囲に幸運をもたらすと言われています」


 加護の強さは人によって異なるが、人数はそれなりにいるらしい。今、この王国内で確認されている加護もちは私以外で8人だと言う。


「また、スキルと呼ばれる魔法とは違う、特殊な力を与えられています」


 スキルは魔法と違い、魔力を消費せずに魔法以上の力を発揮できるらしい。


「私のスキルは……?」


「『安眠』のスキルですね。自身で強く意識すれば、スキルの使い方もわかるはずですよ」


「安眠……」


 睡眠ではなく、安眠。ただ眠るだけではなく、質も保証されているのだろうか。ちょっとお得な気持ちになった。

 スキル、どんな感じなのかしら。わくわくしながら考えていると、視界の端に、うっすらと文字が見えてきた。

 『安眠スキル一覧』の文字に、心を躍らせながら読もうとしたところで、神父様が声を掛けてきた。


「すぐに使えずとも、気にすることはありませんよ」


「そう、なんですね」


 全く別のことを考えていたので、ちょっと心臓がドキドキしている。


 スキルは問題なく使えそうです、と言いたい気持ちもあるが、きちんと使えるようになってから話した方が良さそうだ。神父様の口ぶりからして、使いこなせるまでは時間が掛かるのだろう。

 スキルが使えるようになったら、仕事にすることも可能かもしれない。それまで、何とか生活を続けないといけない。


 どこか住み込みで働ける場所を尋ねようとしている間に、神父様は何かの手続きを終えたようで、目が合うと優しく微笑んでくれた。


「此処では孤児や修道女も一緒に暮らしているので、暫く、そこで暮らすと良いでしょう」


「あ、ありがとうございます……」


 仕事がなくても大丈夫、というのは、暫く教会で過ごせば大丈夫、という意味のようだ。


 トントン拍子に進んでしまった話に、いいのかしらと思いながらも、ありがたい申し出に、よろしくお願いしますと頭を下げた。

次回は来週末に更新予定です。

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