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安眠スキルで異世界平和!!  作者: 借屍還魂


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小さな違和感

 魔術宮との権利契約は、驚く程あっさりまとまった。一日で書類を準備したアッシュ様は、別部署への根回し等も昨日のうちに終わらせていたらしい。

 後は、私がサインするだけで、いつでも魔術宮で量産に向けた研究を開始できるそうだ。


「…………以上で、契約書類の説明は終わりです。ご質問はありますか?」


 最終確認と言うことで、差し出された契約書類をもう一度しっかり読む。私は、魔術宮にホットアイマスクの開発・販売許可を出す。代わりに魔術宮は私に技術料を支払う。


 研究が行き詰った場合に意見を求めたい、とアッシュ様から言われているが、これは契約書には書かれていないため、義務にはならない。

 つまり、私は本当に許可を出すだけ。研究が失敗したとしても、特に責任を負うことは無い。


 強いて言うならば、魔術宮以外に許可を出さないようにする必要があるくらいだろうか。どうせ他に知り合いもいないので、独占契約で問題ない。


「いえ、大丈夫です」


「私からも無い。至って普通の権利契約書だな」


「様式から外れると申請も大変なので」


「それもそうだな。ユイ」


 オリバー様も納得したようで、私にペンを渡してくれた。私がうっかり不利な内容で契約しないよう、ペンを机に置いていなかったのである。


「ありがとうございます」


 オリバー様の過保護ぶりにアッシュ様が苦笑するのを横目に、受け取ったペンで丁寧に名前を書く。

 正直、昨日魔術宮に訪れた時点で契約を迫らず、わざわざ契約書を作って訪問してくれたアッシュ様を疑うつもりは特になかった。


 契約書を作ってくれるところは信用できる。神父様の教えである。


「では、後は此方で手続きさせていただきますね」


「はい。お願いします」


 早く研究に着手したいのだろう。アッシュ様は丁寧に、しかし手早く机の上に出された書類を纏めて鞄に入れた。物音一つなく席から立つと、にこりと微笑まれる。


「昼食、ご馳走様でした。やはり、ユイさんの食事は美味しいですね」


「ありがとうございます。またいらしてくださいね」


 食堂から出ていくアッシュ様とオリバー様の後ろを付いて廊下を歩く。客間を過ぎ、応接室も通り過ぎたところで、前を歩くオリバー様がぴたりと足を止めた。


「ユイ、見送りは必要ない」


「いえ、そういう訳には……」


 アッシュ様は私を訪ねてきたお客様であるし、オリバー様は雇い主である。これを見送らないのは、人としてどうかと思う。

 私が食い下がると、アッシュ様が困ったように間に入ってきた。


「オリバー、流石にそれは」


「だが」


「では、門ではなく玄関まで見送ってもらうのはどうでしょう?」


 オリバー様としては、ただでさえ通常より多めの昼食を作らせたうえ、それなりの距離がある門までの階段を聞きさせるのは気が引けるのだろう。

 玄関からでも見送りはしたことになるし、移動量は一気に減る。


「二人共、それでいいでしょう?」


「……はい」


「……ああ」


 そうして、私は玄関から一歩外に出たところで、階段を下りていく二人を見送ることになった。


 アッシュ様が先に馬車に乗り込み、続いてオリバー様が扉に手を掛ける。体を半分、馬車に入れたところで何かを思い出したように、オリバー様が振り返った。


「ユイ」


 叫んでいるわけでもないのに、はっきりと耳に届く、真の通った声だった。何か、忘れものだろうか。慌てて食堂に行こうと背を向けると、低い声が耳朶を打った。


「定時で帰る」


「わかりました。お気をつけて」


 声を張り、大きく手を振って答えるとオリバー様は馬車の戸を閉めた。ゆっくりと車輪が回りだし、石畳の路地を進んでいく。

 ガタガタと規則正しい音が聞こえなくなったところで、屋敷の中に戻り占めた扉に背を凭れる。


「…………帰宅時間の申告は、初めてかしら」


 雇用初日に勤務時間について説明され、今は残業に厳しいという話は聞いていた。しかし、わざわざ定時に帰る、と言われたのは初めてのはずだ。


 今迄、オリバー様の帰宅時間は日によってまちまちで、早くても十六時、遅かったら十七時過ぎくらいだった。夕食は基本的に十八時ごろなので、帰宅時間が前後しても問題なかったのだ。


「今日は、あまり出歩かない方がよさそうね」


 夕方までの時間、外出しようと思っていたが取りやめた方が良さそうだ。いつも通り十八時に食事なら問題ないが、十六時に食事できるよう準備するなら間に合わない。

 そろそろ、教会に顔を出したかったが、また明日でもいいだろう。


「それにしても……」


 なんとなくだが、騎士団に行ってから、オリバー様は少し過保護になっている気がする。


 それは、安眠の加護を持つ私が他人に引き抜かれていることを警戒しているのか、もっと別の理由があるのかはわからないが、屋敷から出ることを望まれていないことは、わかる。


「理由さえ教えて貰えれば、私もできる範囲で対応するのだけれど……」


 子供ではないのだ。成人していることは、オリバー様も知っているはずだ。


「信用がないのかしら」


 人間として、あるいは、能力面で。


 どちらにせよ、この事も含めて神父様に相談したいなと、教会のある方向を眺めた。

次回は来週末に更新予定です。

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