発見と仮説
肩を、軽く叩かれている。僅かに意識が浮上するが、すぐに眠りへと落ちかける。そんな私の様子に気が付いたのか、二度、三度と繰り返し方を叩かれながら、何か呼びかけられている。
「……イ、ユイ、起きてくれ」
低く、落ち着いた声。この声は。何とか瞼を持ち上げる。
「オリバー様……?」
体を起こせば、軽食の入ったバスケットを持ったオリバー様がいた。サイドチェストにバスケットを置き、私が起きやすいように、手を差し出した。
「疲れているかもしれないが、流石に食事を摂ってくれ」
「はい……」
差し出された手を借りて立ち上がる。軽く体を伸ばして、窓を見ると外が明るい。服装も寝間着ではなく、昨日、魔術宮を訪れた時の格好のままだ。
もしかして、昨日、馬車で眠ってしまって、そのまま朝まで眠り続けていたというのだろうか。
ちらり、とオリバー様を見ると、一度口を開きかけたが、すぐに閉じた。
「…………あの、もしかして、運んでくださいましたか?」
「すまない。声は掛けたが、目を覚ます様子が無かったから、ベッドまで運んだ」
「いえ、起きなかった私が悪いので。本当に、申し訳ありません……」
オリバー様も疲れていただろうに、意識のない人間と言う重量物を運ばせてしまって申し訳ない。せめて私が細身ならよかったのだが、体形、体重ともに平均値である。
本当に申し訳ない、と頭を下げていると、オリバー様が僅かに笑ったような気配がした。
「では、お互い水に流すとしよう」
「はい……」
この話は終わりだな、とオリバー様は持ってきていたバスケットからパンを取り出した。そろそろ朝食を摂らないと、仕事に遅れてしまうのだろう。行儀は悪いが、ベッドに腰掛けて食べることにした。
後でシーツを洗おうと考えていると、既にパンを半分ほど食べたオリバー様が、ゆっくりと口を開いた。
「昨夜、スキルに関する発見があった」
情報共有と確認がしたいが、いいだろうか。その言葉に頷いて、意識してスキルの説明を表示する。特にスキルは増えていないので、どれかが成長したのだろうか。
「接触時間と『安眠の加護』の効果についてだ」
「『安眠の加護』ですか?」
「ああ。昨日、ユイを運んだ後、自室に戻ったのだが、よく眠れた」
「アロマキャンドルなどは……」
「使っていない。部屋に戻るまでの間に、十分眠気に誘われていた」
アロマキャンドルもホットアイマスクも使っていないという。安眠グッズを使っていないのなら、一番影響した可能性が高いのは『安眠の加護』で間違いない。
スキルの効果について確認するが、記述に変化は見られない。
「スキルは変化していないので、確かに接触時間は関係あるかもしれません」
教会にいた頃、子供たちは朝まで私にぴったりくっついて眠っていた。一方、オリバー様は眠るまでの時間しか接触していなかったので朝までに効果が切れていたのかもしれない。
「眠りに落ちるまでの時間だけでなく、夜中に目が覚めることもなかった」
「……確かに、昨日は夜中に起きていないのですね」
オリバー様の声が心なしか弾んでいるように感じる。とはいえ、深夜2時過ぎから眠りは浅くなっている。十分な睡眠とは言えないが、今迄の状況を考えれば大きな進歩だろう。
「以上の事から、接触時間を増やすことが効果的と考えたのだが」
「可能性は高いですね」
「ユイが良ければ、接触時間を増やしてほしい」
「勿論です」
オリバー様が眠ってから、手を繋いでいる時間を延ばせばいいだけだ。夜中に起こして貰って、もう一度スキルを使うよりはお互いの負担も少ない。
「昨日の接触時間はどのくらいですか?」
「…………30分程度だろうか」
少し間が空いたのが気になる。が、普段の通勤時間を考えると30分と言う時間に間違いはなさそうだ。その位の時間なら、本でも持って行けば苦にならない。
「では、今夜から30分ほど手を繋ぎますか?」
「いや、比較実験がしたい。5分ずつ延長していくのはどうだろうか」
「わかりました」
今日は眠ってから5分。明日は10分。日に日に伸ばしていって、朝まで熟睡できたら5分に戻して回数を増やし検証したいという。
1セット終わるまでは寝具や安眠グッズは変更しない。まずはアロマキャンドルのみで試すこととする。
睡眠時間や状態は私のスキルで確認できるので、記録を付けていけば見比べやすいだろう。
「楽しそうですね」
「そうか?」
完全に食事を止め、比較したい条件を紙に書き出していくオリバー様。今夜からの記録用紙に記入する項目を箇条書きにしている。
「変更は時間だけで良いのですか?」
「ああ、睡眠前の接触時間と、睡眠後の接触時間で変化がある可能性もある」
試したいことは沢山あるようだ。ひとしきり項目を埋めたところで、オリバー様はメモから視線を動かさずに呟いた。
「別の要素が関係している可能性もあるが、試すには問題があるからな」
「問題がある要素、とは?」
思わず聞き返すと、オリバー様は額に手を当てた。聞こえていたのか、と低い声で確認され、頷いた。
「そんなに試しにくい要素ですか?」
折角なら、全部試してみればいいのに。私もスキルの効果を確認したいので、教えてくださいと頼む。しかし、返ってくるのは微妙な反応だ。
尚もオリバー様の目をじっと見れば、溜息を吐かれた。
「…………接触面積だ」
早々試すわけにはいかないだろう。そう言われて、手を繋ぐより接触面積を増やす方法を考える。
両手を繋ぐのは姿勢が辛い。と、なると。考えたことを頭を振って打ち消した。
「……それは、増やすのは難しい、ですね」
「……ああ」
流石に、外聞が悪すぎるというか、年頃の男女でやることではない。手を繋ぐだけで睡眠状況がある程度改善している今、わざわざ試すような内容ではない。
深掘りして、すみませんでした。謝罪すると、わざとらしい咳を一つして、オリバー様が立ち上がる。
「…………仕事に行ってくる。疲れているだろうから、今日は休んでいてくれ」
「は、はい。いってらっしゃいませ」
玄関まで出て行く気力もなく、オリバー様の背が見えなくなったところでベッドに雪崩れ込む。
掃除と片付けは、落ち着いてからにしよう。深呼吸して、ゆっくり目を閉じた。
次回は来週末に更新予定です。




