じんわりほっとアイマスク
12話の一部記述を修正しました。
「寝たな」
「寝ましたね」
すっかり眠ってしまった魔術師を見て、オリバー様とアッシュ様が目を見合わせた。オリバー様の視線を感じ、首を横に振る。
今は『安眠の加護』は使っていない。蒸しタオルを載せたのはオリバー様で、私は彼に一切触れていない。
「ユイさん、これは?」
「普通の蒸しタオルです」
「それにしては良く寝ていますが」
信じられない気持ちは理解できるが、彼は純粋に、蒸しタオルの効果だけで眠っている。
「私も最初からここまで上手くいくとは思っていなかったです」
ある程度の効果はあると思っていたが、瞬く間に『深睡眠』状態である。かなり疲労が溜まっていたのだろう。
そこに蒸しタオルを使って体を温め、光の刺激を遮断したことで、一気に体の緊張が解け眠りに落ちたと予想できる。
「……効果はありそうだな。もう少し人数を増やそう」
「そうですね。ユイさん、蒸しタオルを追加で準備してもらっても?」
「わかりました」
準備は簡単なので喜んで引き受けるのだが、問題が一つある。全員にこの方法が効果的とは限らないことだ。
「ただ、蒸しタオルを試さない方がいい人もいるかと」
「どういうことだ?」
「目の乾燥や疲れ、肩凝りに対して温めることは有効です。ですが、目が充血している時は冷やした方が良いです」
「成程」
目元を温めることはドライアイに有効だが、寝不足によって目が充血していたり、花粉症などで痒みがある場合は逆効果になる。
そういった症状がある人は、目を冷やすことで充血している血管が収縮し、改善することがある。何でも臨機応変に状況を見て対処しないといけないのだ。
「また、逆に暗すぎると眠れない人や、目の上に物がのっている圧迫感が気になる人もいます」
真っ暗だと不安になる人は間接照明を使った方がよく眠れる。また、アイマスクを締めすぎたりすると逆に血流が悪くなるし、慣れない人は違和感で眠りにくくなる。
「素材を変えれば改善はできそうですね」
目の周りを硬い素材で作り、目の上だけは薄い素材に変更したり、肌触りの良い素材で作れば殆ど解消できるだろう。
アッシュ様の言葉に小さく頷いた。
「ですので、一人一人様子を見て、試すか判断する必要があるかと」
顔を見て話をして状態を確認し、好きな香りを聞いて、しっかりリラックスして貰ってからなら、更に眠りやすいだろう。
「アッシュ、適当に5人連れてきてくれ。その間に、私は材料の準備をする」
「わかりました。目が充血していない者を集めれば良いんですね」
「ああ。まずは温めることの有効性を確かめる」
しかし、今日の最優先事項は魔術宮全体の睡眠状況改善だ。人数が多い症状から対処していかなくてはならない。
アッシュ様が部屋から出て行ったことを確認してから、オリバー様が私を手招きした。
「ユイ、私の執務室で準備をする。着いてきてくれ」
「はい」
仮眠室よりも更に上の階に、オリバー様の部屋はあった。肩で息をする私に少し休むよう言いながら、オリバー様は机の上に幾つかの材料を並べた。
「材料はこのくらいで良いか?」
布と、精油。他にも見慣れない素材。スキルを使って見れば、全てアイマスクの材料として認識されているようだ。
「十分です」
これなら、蒸しタオルは勿論、普通のアイマスクも、ホットアイマスクも作ることができる。
早速作ろう、と素材に手を伸ばしたところで、オリバー様が口を開いた。
「それで、どうやって作るつもりだ?」
「スキルで作ろうかと」
二人しかいないので、スキルを使っても問題はないはずだ。そう答えると、オリバー様は使用は問題ない、と低い声で答えた。
「物を作るスキルについて、何も聞いていないが」
そういえば、言っていなかった。アロマキャンドルは見せたが、アッシュ様が来たり、魔術宮に行くことになったりと、バタバタしている間にスキルについて伝え忘れていた。
「…………昨日、新しく使えるようになったスキルでして。報告を忘れていました」
「次からは気をつけてくれ」
「はい」
スキルの成長自体は喜ばしいことなので、それ以上何か言われることはなかった。それよりも、スキルの内容が気になるようで、次々と質問が飛んでくる。
「スキルの発動条件は?」
「欲しい安眠グッズを、材料かお金を引き換えに手に入れることができるスキルです」
ただし、最初に作る時は材料を揃えなくてはいけない。そう伝えると、オリバー様は都合がいい、と僅かに声の調子をあげた。
「全く同じものでなくとも、代用できれば良いのか?」
「そうみたいです。例えば、封を開けたら発熱する素材や、暫く熱を溜めておける素材は……」
「魔術と素材の組み合わせ方で実現可能だ」
少し待て、と棚からビーズのような粒が詰まった瓶と、赤と青の液体が入った試験管を取り出した。
「この辺りだな」
確認したところ、粒はセラミックのようなもので、熱を溜めておけるようだ。赤と青の液体は、それぞれ触れた瞬間に周囲を温める液体と、冷やす液体だ。
「……ありがとうございます。作れそうです」
具体的な分量は、スキルが調整してくれる。私は材料を近くに集めて、手の平を向けて呟いた。
「『安眠アイテム・ホットアイマスク』」
ふわり、と物が動いて風が起こる。目を開けば、透明な袋に入ったアイマスクが机の上に現れていた。
「一瞬だな」
これは開けたらすぐに使えるのか、という問いかけに頷いた。
「はい。今作ったものは香りがないものです。後は、アロマキャンドルと同じ香りを付けたものを何種類か作ろうかと」
「今ある分は使い切ってくれて構わない」
「わかりました、ありがとうございます」
一先ず5人分を作ったところで、アッシュ様から声が掛かる。選ばれた5人の魔術師は、爆睡している同僚を見て、期待に満ちた眼差しを向けてきた。
「ユイさん。次は彼らにお願いします」
「わかりました。次は、少し形を変えたものなのですが、良いでしょうか?」
蒸しタオルではなく、試作品のホットアイマスクの袋を差し出す。魔術師達は、顔を見合わせた後、笑顔で袋を受け取った。
「はい」
「大丈夫です」
「改良版なら喜んで」
「では、香り付きのものもあるので、好きなものを選んで使ってくださいね」
香り付きは、マスクに薄い色が付いている。ラベンダーは紫、柚子は黄色、ミントは青である。
「これ、開けたらいいんですか?」
「耳に掛ける場所がある」
「横向いても平気なのいいな」
「良い匂いする……」
「あー、これ、いいわ……」
使い方を説明する間も無く、袋を開けて耳に掛け、横になる魔術師達。暫くは作り方や感想を口にしていたが、その言葉も徐々に途切れ途切れになり。
10分もすれば、全員すっかり眠っていた。
「……効果抜群だな」
「ユイさん。すみませんが、これを人数分、準備していただけますか?」
「えっと……」
スキルを使えば簡単だが、アッシュ様にはスキルについて何も言っていない。
どう答えたものかと考えていると、オリバー様が口を開いた。
「二人掛かりで作れば間に合うだろう。セラオンの実と、火と水の魔力水を用意してくれ」
先程使った材料は、そんな名前だったらしい。アッシュ様は笑顔で頷いた。
「わかりました。オリバーの部屋に持って行けば良いですか?」
「ああ」
香りなしを人数分の三倍。香り付きを一人一枚ずつ作っておけば、いいだろう。オリバー様が机に出してくれた材料を、片っ端からスキルで変える。
魔術宮には100人以上が所属しているので、スキルがなければ不可能だった。
大量に並べていた素材を使い切り、それでも足りずに貨幣を引き換えて人数分を準備し終える頃には、既に日が傾いていた。
「お納めください」
木箱に種類別に入れ、アッシュ様に渡すと感嘆の声が上がる。
「ユイさん、ありがとうございます」
お気になさらず、と笑顔で返す。何というか、達成感がすごい。種類の確認をしていると、仕事終わりの鐘がなった。
「悪いが、先にあがるぞ」
「ええ。随分と疲れていらっしゃるようですし、ゆっくり休ませてあげてください」
オリバー様に連れられ馬車に乗る。心地の良い疲労感と馬車の振動で、徐々に眠りに落ちていった。
次回は来週末に更新予定です。




