一斉調査
「ここが、魔術宮……」
翌朝、私はオリバー様に連れられ、王城の一角にある魔術宮に来ていた。
「見た目自体は他の宮と変わらないがな」
馬車から降り、ぐるりと周囲を見渡すと、大きさも高さも似たような塔が中央の宮殿を囲む景色が見えた。
「ユイさん、お待ちしていました」
「アッシュ様。おはようございます」
暫く景色を楽しんでいると、塔の入り口からアッシュ様が出てきた。他に人はいないので、詳しい話は中でするのだろう。
朝日に負けず爽やかに輝く笑顔を向けられ、私も笑顔を返す。
「昨日はお陰様で久々に眠れた気がします」
「それは良かったです。好みの香りはありましたか?」
「ベルガモットが特に良かったです」
紅茶の香りづけにも使われているので、親しみやすい香りなのだろう。柑橘系の香りは、アッシュ様によく似合う。
ラベンダーと同じで鎮静作用のある酢酸リナリルが含まれているので、精神的に疲れている時に良く効く。
「無くなったら言ってください。また作ります」
「いいんですか? ありがとうございます」
オリバー様もだが、若くして序列上位の魔術師であると気苦労も多いのだろう。簡単に作れるので、是非役立てて欲しい。
「オリバーは、今日はユイさんの案内をするようにと筆頭から指示が出ています」
「わかった」
それぞれ、魔術師たちは部屋で待機するよう指示が出ているらしく、順に聞き取りをしていくことになるようだ。
「大会議室に集めなかったのか?」
「人数が多すぎても話が聞きにくいでしょう?」
オリバー様の視線が私に向けられる。呼び出したのは魔術宮なので、都合の良い方に合わせてくれるのだろう。
「人によって困り事は違うので、少人数の方が良いかと」
5、6人くらいで話し合う方法が、一番意見も活発に出てきて、個人の話も聞きやすいだろう。部屋の状態を見て改善案を思いつく可能性もある。
「わかった」
「では、僕は此処で。後はお願いします」
そう言うと、アッシュ様は急足で塔の中に戻って行った。忙しいのだろう。
何処から話を聞くかは決まっていないようなので、どうしたものかとオリバー様に視線で問いかけてみる。
「……取り敢えず、攻撃魔術部から行くか」
近いところから順に回っていくことにしたらしい。攻撃魔術部、と名前をつけていると言う事は、他の魔術部もあるのだろうか。
「魔術に種類があるのですか?」
「ああ。大まかに分類すると、攻撃、防御、治癒、変質、召喚、生活の6種類だ」
「変質、ですか……?」
「名前の通り、物体の性質を変化させる魔術を指す」
元いた世界でいうところの、錬金術に近い魔術のようだ。基本的に宮廷魔術師は、この6種類の部門のいずれかに所属して活動しているらしい。
「オリバー様の所属はどちらですか?」
「序列上位は個人活動になるので所属は特にない。過去に攻撃と防御、変質に所属した事はある。アッシュは治癒だけだな」
「異動があるんですね」
「常に100人程度の宮廷魔術師が所属しているからな」
因みに、治癒魔術と召喚魔術は使える人が少ないので異動は少ないようだ。逆に、オリバー様は植物系の魔術が得意で色々と応用が効くので異動が多かったらしい。
地方の魔術師との入れ替わりもあるというので、本当に公務員のようなものなのだろう。
「各部の下に属性ごとのグループがある。まずは攻撃魔術部の火属性グループからだ」
「はい。よろしくお願いします」
案内された部屋の中に入ると、目の下を青くした人が一斉にこちらを向き、私は思わず悲鳴を上げた。
◇
聞き取り調査をしていくうちに、魔術宮の睡眠不足問題が深刻である事がよくわかった。
症状の内容も勿論だが、全員が全員、目の下に隈を作っているのである。
聞き取り調査の内容は、おおよそ、以下のとおりであった。
「なかなか寝れない」
「眠くて横になってるのに寝れない」
「音とか光が気になる」
「横になってから明日やる事とか急に思い出して寝れない」
「仕事中は気にならないけど、夜寝る時に不調が襲いかかってくる」
「寝ても疲れが取れない」
「日中も眠い」
「睡眠時間は足りてるはずなのに調子が悪い」
「書類のミスが増えた」
「眠りが浅い気がする」
「実験はいいけど、書類仕事が辛い」
「目が疲れる」
「肩凝りが酷い」
「首もやばい」
「頭痛い」
「実験によっては目が乾く」
手元のメモから重複している内容を消し、症状の近いものを整理して並べていく。
「成程」
それぞれの訴えを確認しながら、対処法を考えていると、メモを覗き込んだオリバー様が溜息を吐いた。
「好き勝手言っていたな」
「いえ、正直に話して貰えて助かりました」
「関係ないような発言も多かったが、役に立つのか?」
肩凝りや目の乾燥について言っているのだろう。一見、睡眠とは直接関係ないように思えるかもしれないが、意外とこれらの症状が解決のヒントになるのである。
「とても役に立ちますよ。まず、この内容は大きく三つに分類できます」
「ああ」
「入眠障害、つまり、中々寝付けないという内容のもの。熟睡障害、眠りが浅い、眠っているのに疲れが取れないという内容のもの」
話を聞いている限り、どちらの症状も主な原因はストレスだろう。
職場環境改善による急な生活スタイルの変化に体が追いついていないこと、仕事時間が制限された事による焦りや休憩の減少による身体の不調などが主な要因だろうか。
「後は不眠の原因と考えられる、改善すべき症状ですね」
身体の不調に関しては調査で明らかになっているので、まずはそこから改善していけば良いだろう。
そう伝えると、オリバー様は難しいだろう、と短く答えた。
「実験中の目の保護はともかく、書類仕事は避けられない。定期的に体を動かす時間も惜しいという魔術師は多い」
オリバー様も時間が惜しいと思っているのだろう。その声には実感が籠っていた。私としても、実践が難しい方法を提案しても解決しない事は理解している。
最終的には業務を効率化し、運動や休憩の時間を作る事を目標にするとしても、まずは効率を上げるために少しでも寝てもらうべきだ。
「ですので、家で寝る前に使えるものにしようかと」
「どんなものだ?」
「両目を覆って温めるための眼帯のようなものを……」
手軽で使いやすくて、尚且つ、ある程度の効果が見込めそうなアイテム。そう、ホットアイマスクである。
目の疲れに関する症状は多く、寝る時に光が気になる人も多い。光を遮断するだけで睡眠の質は上がるし、温めて目の周りの血行を良くすれば首や肩の凝りが改善することもある。
「作れるのか?」
「材料があれば」
「私の部屋に殆どの物は揃っている。何が必要だ?」
簡単に使えて少し凝ったものを作ろうと思うと、小豆やセラミックのような熱を溜めてくれるものが必要になる。
「簡単なものは、布とお湯だけでできますよ」
本当は、香り付きの使い捨てホットアイマスクを作りたいところだが、こんな所で『安眠アイテム』スキルは使えない。
そのため、まずは蒸しタオルで魔術師に試してもらい、効果がありそうだったらオリバー様に言って人払いをしてもらってから、スキルで持ち帰り用のものを作るつもりだ。
「すぐに持ってくる。試す相手は……、アッシュに選ばせよう。ついでに呼んでくる」
◇
そうして、約10分後。今日会った中で一番隈が濃かった魔術師が突然仮眠室まで呼び出された。
「えっ、あの、なんですか?」
彼は状況を理解できぬまま、オリバー様とアッシュ様が見守る中ベッドに横たえられ困惑していた。
「睡眠に役立つものを作ったので、試していただきたいのですが良いですか?」
苦笑しながら説明をすると、試用には同意はしてくれたものの、どうせ眠れないと溜息を吐いた。
「横になれるだけ楽ですけど、流石に上位二人が居るところなんて、緊張して寝れな……」
「良いから寝ろ」
容赦なくオリバー様が目の上に蒸しタオルを載せる。緊張しているならリラックスできるアロマでも焚こうと思っていたのだが。
「あ、これ、あったか、い……」
疲れていた魔術師は、すぐに穏やかな寝息を立て始めた。
次回は来週末に更新予定です。




