一夜明け
「おはようございます、オリバー様」
朝、身支度を整え、前日指示されていた時間にオリバー様の寝室をノックする。教会では見掛けなかったが、宮廷勤めの人の間では時計は一般的らしい。幸い、読み方も時間概念も今迄と変わらなかったので苦労せず使うことができた。
貸与された懐中時計の時間は七時。朝の鐘から1時間後。仕事は九時に始まるので、八時三十分には家を出る。中々返事がないので、時間を間違えていないことをもう一度確認して、今度は少し強めにノック。
「……ああ、おはよう」
挨拶と共に入室の許可が降りたので扉を開けて中に入ると、オリバー様は既に身支度を整えてベッドサイドの椅子に座っていた。どうやら、一度目は音が小さくて聞こえていなかったらしい。
「昨夜は如何でしたか?」
「大分眠れたな」
顔色は悪くない。実際の睡眠時間はどのくらいだろうか、とスキルで睡眠時間を確認する。
「…………途中、起きてしまったのですね」
睡眠グラフを確認すると、就寝した二十三時過ぎから暫くは深睡眠状態を保っていたようだが、明け方三時過ぎには一度眼を覚まし、その後は浅い睡眠と覚醒を繰り返していたようだ。
「そういえば、睡眠時間の確認ができたな」
「はい。夜中に目が覚めたら、起こしてくださって構わなかったのですが」
深く眠れていたのは四時間程度。十分な睡眠とはとても言えないだろう。
とはいえ、三時過ぎまで眠れていたのなら、再びスキルを使えば起床時間までしっかり眠れていたかもしれない。
今夜は遠慮なく起こして貰えば大丈夫だろうと思ったのだが。
「普段に比べれば十分眠った。問題ない」
当のオリバー様は、全く眠れていなかった日々に体が慣れてしまっているのか、睡眠時間が短くても気にしていないようだった。
これが睡眠の効果か、と感動しているが、私としては素直に喜べない。
「一般的な睡眠時間には足りていません」
「体は軽いし頭は冴えている。目的は達している」
全く眠っていないよりは体調が良いかもしれないが、睡眠時間が短い日が続くと良くない。
六時間睡眠を二週間続けると、二日徹夜しているのと同じくらい脳の機能が落ちるのだ。
「いいえ。一度引き受けたからには、オリバー様に朝まで熟睡して頂くまで、改善を続けさせて頂きます」
改善できなければ、何日かに一度はなんとしても目が覚めたら時に起こしてもらうしかないだろう。
「……わかった。無理のない範囲でやってくれ」
「はい」
「後、今日の予定だが」
「オリバー様は八時半には屋敷を出て、お戻りは十六時頃でしたね」
ああ、と頷くオリバー様。仕事自体は鐘に合わせていても、職場でしかできない研究や人付き合いなどをしていると戻りは遅くなるらしい。
「その間は好きにしてくれて構わない。教会に行っても良いが……」
その場合、馬車で教会まで送迎してくれると言う。しかし、オリバー様に十分な睡眠を提供できていないので、まずは睡眠環境作りを頑張りたい。
「本日はお屋敷の掃除をしようと思います」
「そうか。研究道具を入れた部屋は鍵を掛けているから、それ以外は好きに出入りしてくれ」
「畏まりました」
研究道具の中には素人が触ると危険なものもあるため、昨日、寝室の掃除をした際にオリバー様に移動させてもらったのだ。
一応、屋敷の殆どの部屋には鍵が付いているが、その部屋以外は基本的に鍵を掛けていない。
「それと、屋敷内にあるものは好きに使っていい。触られたくないものは鍵付きの部屋に移動させてある」
「ありがとうございます」
寝室を整えたり、自分の昼食や、夕食の準備は好きにしていいのだろう。ある程度好き勝手してもいいという許可はありがたい。
「食材の買い出しは、私がしてきてもいいが……」
「私一人では、買い出しは難しいかと……」
教会にいる間、市場の場所は聞いたが実際に行ったことはない。物価の相場もわからないので、行っても役に立たないだろう。
「今日は適当に買ってくる。また、買い出しについては説明しよう」
「はい」
私の反応から察したオリバー様がそう言って、本日の方針は決定したのだった。
◇
「さて、お掃除も終わったから、次は……」
昼の鐘が鳴り、昼食を摂る頃には予定していた掃除も終わり、残り時間は睡眠改善のための環境づくりをしたいところである。
「蝋燭と精油で、アロマキャンドルはできるかしら?」
確か、蝋燭を溶かして精油を混ぜ、再び固めるだけだったはずだ。
「材料はあるから、後は道具を準備して……」
精油は可能なものがあるし、蝋燭は探せば棚においてあった。後は、溶かした蝋を固めるための容器が欲しい。
一度、机に材料を並べ、道具探しに行こうとすると、精油が入った瓶と蝋燭が一瞬光ったような気がして振り向いた。
「光って……?」
何度か、瞬きする。やっぱり光っている。スキルの力だろうか。確認すると、見慣れないスキル名が一つ、一覧に増えていた。
「『安眠アイテム』……?」
その名の通り、快適な睡眠に役立つアイテムを入手するためのスキルのようだ。入手する、という表記なのは、無限に出せる訳ではなく、条件があるからで。
「材料かお金があれば、物と引き換えられるのかしら」
必要とするアイテムを製作するための材料、又は材料費に相当するお金があれば、そのアイテムと引き換えることができるらしい。
ただし、最初の一回は材料を集めないといけないようだ。この世界に原料すらないアイテムを手に入れることはできない、と言うことだろう。
一応、必要な材料もスキルから確認できるので、入手可能かな判断は簡単にできそうだ。
今はアロマキャンドル以外に記述はないが、このスキルも他のスキル同様成長すれば、他のアイテムを引き換えられるようになるかもしれない。
「なら、『安眠アイテム・アロマキャンドル』」
ある程度スキルの説明を読んでから、実際に試してみる。カタリ、と小さな音がして、蝋燭と精油の位置が僅かに動いた。
「軽くなってる……」
精油の瓶を持ち上げると、僅かに軽くなっていた。よく見ると、蝋燭も白色から薄い紫色になっている。匂いを嗅ぐと、ラベンダーのアロマキャンドルであることが確認できた。
「…………これなら、簡単に準備できるわね」
蝋燭を溶かしたり固めなおさなくても、アロマキャンドルができてしまった。これなら、毎日使っても補充に手間は掛からない。
他の精油でもやってみよう、と蝋燭と精油を探し、カモミールやスイートオレンジ、サンダルウッドやゼラニウムのアロマキャンドルも作ってみる。
好みの香りが見つかれば、眠りの質が上がるかもしれないからだ。ついつい楽しくて、何種類も作っていると、仕事終わりの鐘が鳴り響く。
「もうこんな時間……」
後一時間でオリバー様が帰ってくる。予定していた掃除は終わっているが、もう一度部屋の確認をしてきた方がいいだろう。
「後は、夕食の支度を始めないと」
睡眠に良いと言われている食材を使う予定である。少し多めに作って、余ったら別メニューにアレンジしてもいいかもしれない。そう考えながら部屋を順にチェックし、厨房へ向かう。
「すまない……」
一時間後、眉を顰めたオリバー様は、その肩を見知らぬ方に掴まれた状態で帰ってきた。
次回は来週末に更新予定です。




