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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おかしな調子の味覚たち 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふう、年を取った舌には、適度に苦いものの方が合うねえ……。

 若い時は、ばりばりの甘党だと自負していたけれど、まさかうん十年が経つと、こうも好みが変わるとは信じられない心地だよ。

 好きではあるんだけれど、めいっぱい食べようという気は、もうあまりしないかなあ。

 身体自身が、自らの許容量を自覚し始めたかのような不思議な心地でもある。苦いものは薬を代表格にして、口当たりの好みは分かれども、身体に良さそうなものが多いからな。

 

 たとえ同じものであっても、その日の体調、心の持ちようによっては、味がまったく異なるケースというのは、君も何度か耳にしたことがあるんじゃないか?

 もし、味覚がどうにも異常だと感じてしまうことがあったなら、それは用心のしどころ。特にお医者さんでも、なんとも分からなかったときにはね……。

 私の昔の話なんだが、聞いてみないかい?



 血の味がする。

 それは小学校時代、朝のご飯を口に入れたとたん、私が発した表現だ。まだ桜の散りきらない、新学期間もなくのことだった。

 鼻血を出したとき、幾度か口へ回り込んできた血を舌の上で転がし、その感覚はよく染みついていた。それとそっくりな感覚だと、ぽろりとこぼしてしまったんだよ。

 家族が一緒に食卓を囲んでいるんだ。「気持ち悪いことをいきなり口走るんじゃない!」と、えらく怒られたよ。

 はたからしたら空気読まないヤツそのもの。この仕打ちは当然だ。

 けれど、決して嫌がらせで口にしたわけじゃない。私にしてみれば、真剣そのものだったから。

 

 残る朝食は口にも表情にも、何も出さないように黙々と食べた。

 正直、しんどかったよ。ご飯つぶだけでなく、鮭や卵焼き、きんぴらごぼうに味噌汁に大根おろしに至るまで。

 ことごとく、鉄を思わせるような香りを口の中へ充満させる、血液の味がしたんだ。

 食べ物が原因ではないだろう。実際、家族は何食わぬ表情でもって、皿に盛られたものを平らげていくのだから。

 何を食しても同じ味というのは、思っていた以上にこたえる。私はどうにかご飯を食べ終えると、そそくさと学校へ行く支度を進めたよ。

 

 学校へ着いてからも、私は時間を見つけては流しの蛇口から水を飲んだ。

 自分の味覚の変化がないか、確かめたかったからだ。

 その期待は、口にするたび裏切られて、私は顔をしかめっぱなしだったよ。味は百歩ゆずって耐えるとして、そこへ中途半端なぬるさがからむと、いっそ吐き出したい衝動に駆られてしまう気持ち悪さだった。

 自分が呑み込むつばさえそうとなれば、うかつな真似はできない。私は午前中、片時も気を抜くことなく、過ごす羽目になったよ。

 

 転機は4時間目にきた。

 外で行う体育の時間。これが終わると、給食が待っている。

 いつもならお腹を減らしてからの昼ごはんは望むところだけど、今回ばかりはゆううつだ。

 味覚は今朝から、ちっとも回復する様子がない。このまま過ごそうものなら、きっと給食も「血祭り」なテイストに仕上がるだろうことは、目に見えている。

 どうにか手を打たねば、この地獄が延々と続くかもしれない……。

 そうして準備体操を兼ねた、グラウンド一周が終わりかけたとき。


 ざざっと、音を立てて風が吹く。

 トラックの最も校門よりの箇所へ差し掛かったところで、門の脇に立つ桜たちが、いまなおしぶとく生やしている花弁たちの一部を散らした。

 桜吹雪といわずとも、桜小雪くらいはありそうな物量攻撃。どっと押し寄せ、包み込んでくる花弁たちは、その何枚かが顔にひっついてきて、息をしようと軽く開けた口の中にも飛び込んできた。


 口へ広がるは、半日以上の時間、ご無沙汰していた甘味。

 砂糖たっぷりのお菓子に似た感触に、つい私は足を緩めかけてしまった。口の中でもごもごする花弁を、いったん取り出すも見た目は他のそれとそん色ない。

 改めて、口へ入れればやはり、和菓子に似た味わいが口の中いっぱいに広がった。

 ガムのように長くはもたない。しかし花弁を取り替えれば、また新鮮な風味が、さびしがりの口内を構い倒してくれる。

 苦しんだ末のいたわりは、たとえささやかそのものでも、本人にとっては無限のありがたさ。

 私は授業終わりに、注目を集めない程度で桜の花弁を回収。いくらかを奥歯の裏側、頬の内側へリスみたいにため込んで、給食に臨んだんだ。

 

 あの鉄を思わす血の味より、何倍も素晴らしい食事時間だった。

 甘味一色で、具材の本来の味などはなかったが、今朝よりはるかに充実した時間。いや、甘味大好き人間としては、この時間がずっと続けばいいと思ってしまうほど。

 給食を乗り越えた先でも、桜を変わらず私は口の中へ入れ続けていた。もう片時でも、あの血の味が混じってくるすき間を与えるまいと、そう固く決意していたんだ。

 家に帰り、時間を過ごし、夜が明けても、私は口の中へ桜を入れ続けたよ。

 そこかしこに散り残っているものを集め回ってのことだ。どれだけの数を口に入れ、味わってきたかは、もう数え切れなくなっていたよ。

 

 その奇妙な味わいを経験してから、数か月。

 夏場を迎えて、暑さにあえぐ私は、自らのかく汗からふと桜の香りがすることに気づいた。

 甘やかなそれは、およそ夏の日差しの下で染み出る臭さとは、ほど遠いもので。私にとっては異常すぎることだった。

 同時に、私はこのころに歯ぐきからの出血……いや「出桜」を経験することが多々あったんだ。

 歯ブラシで歯ぐきをちょっと刺激すると、血がにじんでしまう経験はないかい?

 歯ぐきが腫れていたりして、具合が悪くなっていることを教えてくれる現象だが、私の場合はその出るべき血はほんのわずか。代わりに、そこから花弁は一枚や二枚、ひらりと落ちていくんだよ。

 手品のように見えなくもないかもだが、私はその桜が飛び出ると、往々にしてめまいに襲われる。

 じっとしていても、おのずと天が回転し始めるような不安定な感覚。たいていはなんとかこらえられたんだが、そのときはいっとう強いめまいがやってきてね。

 ふらつきながら、洗濯機の角へもろに頭をぶつけてしまったんだよ。


 明らかに額の切れる気配がしたが、暖かいものと一緒にそこへ散ったのは、やはり桜の花弁だった。

 歯ぐきのときよりずっと多い、何十枚もの花弁。床、洗濯機本体、私の額の傷からも、本来あるべき血の大半を押しのけて、真っ赤に色づく彼らが姿をのぞかせていたんだよ。

 ふらつきながらも掃除をして、どうにか家族の目からは隠し抜くも、その日から私はほとんど寝たきりになってしまう。

 四肢を動かそうとすると、のどの奥からこみ上げてくるものがあるんだ。桜の花弁がさ。


 もう数え切れない花弁を吐き出しに吐き出して……夏休みの半ばあたりまで、まともに動くのははばかられる時間だった。

 思うに、あの花弁たちは私の身体を乗っ取らんとする侵略者で、物に限らず感じた血の味たちは、居場所を奪われようとしている血液たちのSOSだったのかもしれない。


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