第8件目 『 深夜のデビルクレーム 』
※注意※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、事象とは無関係です。
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「すんませーーん…!門番さん、いないっすかー?………あっれ…?」
ユピテリアの街の東口大門前。大きな馬車が二列通るほどの幅の門は巨大な扉で塞がれている。その前に立ってぶらぶらしている俺が声を上げるが返事がこない。
深夜だからさすがに門が閉じているというのは分かるが、門番の姿が無いのは予想外だった。
が、そんなことはあるまい。夜勤の門番が必ず常駐するものだろう。
今度は大門脇の潜戸を叩いて声を掛けると、やや間があってから扉の向こうで返事があった。
「…どうしました?」
「いや、入りたいんすけど。今朝からここのギルドで世話んなってるんで」
「御身分と御名前は?」
「おぉ、冒険者。え〜っと、スザリオ」
「……………御一人ですか?」
「…そうっすね」
「…目的は?」
「ギルドに行くんで」
「怪我や病気や呪いは有りませんか?」
「いや、無いっす」
「呪いは?」
「たぶん無いっす」
「………宿はとってありますか?」
「いや、それも今から。ゴブリン討伐の報酬でなんとかするんで…」
「……本日は明朝より安息日でしたが、昨日の討伐ですか?」
「━━━…うーん、違う。さっき倒したんすけど……」
「………………………………」
安息日に魔物討伐は変だなと自分でも自分が怪しくて俺は急に不安になった。
意外に丁寧な言葉遣いの門番の声には緊張や沈黙といった警戒の色があって、その堅い誰何に応じるうちに俺もちょっとだけ緊張してきてしまった。何か変な誤解とかあるだろうか。嫌だなこの感じ。
こういう取り調べというか素性を改められる感じの受け答えに応じるのは俺は初めてではないが、しかし思えば深夜に村や街の外から門を通って入ろうとするのはこれが人生で初めてだったかもしれない。
門番の言葉が止んで間がある間、扉の向こうに数人の足音が聞こえたと思ったら蝶番の動く音がして潜戸が開いた。
軋んだ音が闇に消えると同時に小さな明るい照明が俺の顔をしつこく照らしたんで何かと思ったが人相を見られているらしい。
戸口の向こうで眩い龕灯を持つ大男が俺の顔から爪先まで一瞥して、それから街へ入るように片手で招いて促した。そしたら一歩入ったところで背後から腕を掴まれた。
「勇者スザリオ・エグザイル・ガルマか?」
「西の森へゴブリン討伐に出かけた者だな?」
「?…は?そうだけど」
「「━━━━━」」
「…?……」
俺は腕を掴まれてから気付いたのだが、照明でやたら顔を照らされたのは目眩しのつもりだったようだ。潜戸脇に隠れていたもう1人のでかい門番の姿は全然見えなかった。それにはやるなーと感心したが、彼らの態度を見ていると妙に堅い。緊張しているのが分かる。
鎧兜を着込んだ大男2人が神妙な顔をしている様子が何か変だと思ったが俺は相手の出方を見ることにした。害意があるようにも見えず変な具合だ。
━━━━━それから俺は門番達に丁寧に頼まれてギルド・アドヴァンズへ連行されることとなった。連行も何も俺はギルドへ行くっつうのに。
拘束されている訳ではないけど連行とか嫌だし、逃げれないこともないだろうけど、でも拒否するのは犯罪者みたいで余計怪しいかもしれないから渋々従うしかなかった。
ただその連行の理由というのは知りたいだろう。てゆうか言えよ。人を連行するとかって言うのにこの門番達は説明もない。理由云々を訪ねても「ここでは言えない」と声を潜めてしまい、とにかくギルドの運営達に会わせるとかって言うのみだ。
門番の一人は東門に残り、大男の門番が俺を連れて街の路地へ入って行く。そこからギルド・アドヴァンズの裏口へ廻れるから案内するのだという。ほぼ駆け足に近い早歩きで急いでいるし何があったんだろう。
(俺は何かマズイ事をしただろうか)
謎すぎて焦りが募り不安になってきた。その反面これが何か秘密の冒険の予感がしないでもなくて、変な期待も高まってくるから俺もやっぱり気が変なのかもしれない。
それにしてもユピテリアの街は結構大きいらしい。
区画ごとに住人の民族や種族が違うとは人から聞いていたが、建物の様子もちょっとばかり違っている。今歩いている路地裏は高い建物の間の細道で、下り坂だったり階段登ったりして妙な地形だった。
当然だが深夜の路地はとても静かで、しかし意外に室内の明かりが戸口から漏れていて人々は起きているようである。時々遠くにチラチラ見える大通りの方では人の往来が多いような騒めきが聞こえてくるのでさらに意外だった。門の外の酔っ払い達が言っていたとおり何か騒動が起きているらしい。
とある路地と路地の交差する狭い隙間の遠くに気になるものを見て俺は立ち止まった。妙に柔らかい明かりだ。
「━━━━━ん、…━━━━━━━━━━━」
「………━━━━━」
遠くに垣間見えたそれは”社”━━━━ユピテリアの街の土地神を祀る神殿の灯火である、というのが暗くても俺には分かる。土地神の神殿は独特な雰囲気の明かりだからな。
慌ただしくてすっかり忘れていたけど、まだこの街に来て神殿に挨拶してなかった。思い出したからちょっと立ち止まって一瞬頭を下げておく。これは小さい頃からの癖で何となくやめれない。
「…お前の捜索依頼が出ている。結構な額の報酬に加えて莫大な価値のある特典付きのな。それでこの深夜に街中が騒動になっている」
「━━━ぉ、…は?」
いきなりすぎて何を言われたのか一瞬理解できなかった。思わず顔を上げると、眉根を寄せた門番が俺を憐むような目で見て首を横に振っている。
唐突なことを言いだした門番は続けて口を開く。
「それがな、何やらいろいろ問題があるらしい。今ギルドには方々のお偉いさんが詰めていて会議の真っ最中だ。問題の焦点であるお前が帰る事でどうなるか分からんが、……」
「━━━━━━………」
「どうする?…今なら目を瞑っていてやる」
「………行きましょうか。いいっす、そういうの」
「………覚悟はしておけ」
この名前も知らない門番は俺を逃してやろうと思ったのに違いないが、そういう情けは無用だから断った。
俺は故郷を抜け出した瞬間から、いつどんな目に合ってもいいと思ってここまで旅をして来た。今日の俺の行動の何がそんなにマズかったのか知らないが、今から問答無用で捕らえられて打ち首になる理不尽が起きても全部受けてやるつもりだ。
ただし、何がそんなに深刻なのか俺は知りたい。ゴブリン狩っただけだが?
それがなんか俺の捜索依頼がギルドに掛けられてて、報酬額がヤバくて、街中の冒険者とかが西の森に走って探し回ってるとかそんなの知らんよ。俺が悪いのか?お偉いさん達って誰のことか知らないけど会議とか大袈裟すぎるだろ。これで俺に責任とか言われても困るな。
とか一瞬で色々な考えが頭をよぎって結局俺は不安になってしまった。不安だけど、この不安の心の裏に口角を吊り上げている俺がいるのも確かだ。俺はこういう時の自分の心が嫌いじゃない。
とにかく色々と事情を知るためにもギルドに行かんと。
悶々としつつ歩いてどこをどう通って来たかよく分からなかったが、しばらく歩くうちに行きついた小さな扉の前で門番は足を止めた。
──ここがギルドの裏口。兵士達が俺を見つけたらここから通す事になっているという。
「公務じゃなきゃあ、大金持ちになれたんだけどな…」
「そうっすかね。俺は自分で戻ってきたんだけど?」
「そうか、…そうだな。……こういう場合どうなるんだろうな……」
呑気なことを言い出した門番に俺は知らねーよと言いたい。まあもう中へ入れば分かる事だが。
その門番が扉の取手の下を4回叩いて一回咳払いした。直後にドアが開かれたが真っ暗な室内である。
灯りも点いていない部屋に足を踏み入れられず立っている俺は背中を押されて闇に入ってしまい、ちょっとふらついた瞬間に背後の扉は閉じられてしまった。
その閉じた闇の静けさの中に、気配がある。
「…キリーか」
「っ!スザリオさん!?なんでここに…」
「匂いでわかる」
「(ぇっ、きもちわる)」
「いや聞こえてるけど」
「す、すみません…」
「…」
「…」
間違いなくギルドの従業員の1人のキリーだ。そそっかしく小声で本音が出ている。まあ俺の発言はキモかったかもしれんがキリーは野花みたいな香りがするから分かるんだ。
なぜか2人の間に沈黙が落ちた。何だこの間は。真っ暗な中でやめてくれ。
ていうかこのわけわからん状況の全てを俺に教えてくれ。
「スザリオさん、何があったのか教えてください」
「おい!逆逆!色々知りたいのはこっちだっつうの。何がどうなってるの?俺はゴブリン討伐行って帰ってきただけで…東門で門番と喋ってからここまで連行されたんだよ」
「それですよ。魔物の安息日なのにどうしてゴブリン討伐なんて…」
「あれ?何これふわふわ…」
「あっ!ダメ!触らないで!スザリオさんのえっち!」
「あれ!?ぁあ!ご、ごめんwえっちってwwいや、明かりどこにあんの?ww」
「なっ!?最低!」
「違うって!違うって!」
俺は苦し紛れに手を突き出したらキリーのおっぱいに触れてしまった。というのは嘘ですすみません。恥ずかしいから黙らせようと思っておっぱい触ってみたらキリーが思いのほか大きな声を出したので俺はびっくりしたんだ。でも、もっとびっくりしたのは俺の方で、キリーがどうも全裸らしいのだ。何で裸なんだよ。ここは何の部屋なの?風呂場か?てゆうかこんなところ人に見られたら俺は社会的に終わりだどうする。
とかって俺があわあわしてたらちょっと離れたところからキリーの咳払いが聞こえた。
「こ、ここは私の結界です。今はここでの会話は外部に漏れません」
「結界…ほぉ……?」
”結界”というと魔法とか魔術の一種だろう。実際に「これが結界」と言われてそれを見るのも中に居るのも俺は初めてだが、キリーが言っているのはおそらくこの闇の空間のことだと思う。すげえな。
それと全裸がどう関係するのか知らんけど、たぶんそういう約束事なんだろう。───”契約”というやつだ。魔法や魔術を行使する上で、その異能を行使する力を借りるために眷属神などと契約する必要があるらしいのは俺も知っている。
これも旅の道中で魔法使いから教えてもらった知識だけど、魔法の使用にはその使用する事への契約があり、その際に眷属から色々な制限や制約などの条件を課されるのだという。
そういう話は俺自身、小さい時に村の魔法使い婆から勧められて地域の眷族との簡易的な生活魔法の契約に挑んで失敗した時の経験から少し知ってはいたが、眷属には色んな変てこな条件を提示してくる曲者もいるというのは旅に出る事ではじめて聞いたことだった。
それにしても田舎では魔法使いは珍しい存在だったというのに今日は2人も出会ってしまって俺は驚いている。それもおそらく凄腕と言っていい魔法使いなんじゃないか。冒険者の集まる大きい街には本当にいろんな人が居るものだ。
「ふーむ。で、俺はゴブリンの耳とか証拠にちぎってきたから報酬もらえればそれで良いんだけど…なんかそういう感じでもないんだろ?俺のせいで騒ぎになってるって?説明頼むよキリー」
「あ、そ、そうですね。…ふぅ……。はい、あのですね、えっと何から言えばいいかな…あの、私はスザリオさんが秘密裏に確保された場合に対応するためにこの部屋に配置されていました」
「…秘密裏に、って…どうなんだろ。一応、ここまで来るのに誰にも出会わなかったけど…さっきの門番の人は?俺を連行してきた人はギルドの外部の人間だろ」
「…………」
「……ん?…」
「…………」
意味有り気なキリーの無言に俺はちょっと驚いたけど思い当たる節はある。あの門番の大男は俺に気づかれずに俺の腕を捕まえた。もう1人の門番の龕灯で目眩しにあったというのもあるが、大男のくせに気配の消し方が上手かったのはただの門番兵士じゃなかったという訳か。
冒険者ギルドという組織がどんなものか俺はそんなに知らないけど、この街の警備要員の兵士である国兵にギルドの息のかかった人物がいるというのは何だかおもしろい。だから秘密裏にっていうのは本当に他者には秘密で情報は外部に漏れず、俺がここにいることはまだ誰にも知られていないんだろう。
そんな風に俺を扱ってギルドはどうするつもりなんだろうか。
「まさか来るとは思ってませんでしたが…で、でも、ギルド・アドヴァンズの1人としてお役目を果たさせていただきます」
「お、おう…」
キリーはなんだかガチガチに緊張しているみたいだ。きっとさっき俺に襲われると思ったんだろう。すまなんだ。
それから「手短に」と言って説明を始めたキリーが最初に言うには、俺の捜索依頼者に昼間のエセ勇者共が関わっているらしくて俺は「は?」とか思った。なんであいつらが出会ったばかりの俺のために財産を報酬に上乗せしたりするんだ?
それがまず引っ掛かったが、問題はそこではない。
なんとこの街は魔族に呪われてしまったらしい。さっき街の庁舎と軍の屯所と社稷神殿に脅迫の印が届いたのだと言う。
”脅迫の印”というのは呪物であり悪霊である。
ユピテリア市長ジェネリック・ジェーンと地方守護代ルーファス公爵シャグマ・ド・イノサント将軍、それに社稷斎主のマホマホ・サプールの3名の枕元に見知らぬ”歪な何か”が置かれていた。──と、目に留めたそれが呪物だと彼らが気付いた瞬間に3柱の悪霊が立ち現れ、それぞれ魔界眷属神の眷属5次元9段目・5段目・2段目を名乗り脅迫内容を述べあげたのだと。
その内容というのは言ってみれば苦情だった。人間が魔物の安息日にゴブリン20頭を勝手に動かした上に殺害したとかなんとかで魔物達全員に健康上の被害が出ており、精神的苦痛を訴える一般魔族もいて眠ることもできないという。人間達が魔物の安息日を守らないことは魔族の安寧を害するものであり、魔族の主義・主張・価値観を踏みにじる差別だと。これの謝罪と賠償に、街中の”人間族”の7才までの少年少女全員を生贄に差し出す事を要求してきたのだ。
でなければ、報復に魔貴族5公の”魔公爵・魔侯爵・魔伯爵・魔子爵・魔男爵”がユピテリアの街の人類種全員の長男長女を食べに来るし処女は全員犯すし童貞は全員去勢するのだというのである。
俺は心当たりがありすぎて人生終わったと思った。
でも人間を喰う魔族の苦情なんて知るかよ。
nanasino twitter
https://twitter.com/lCTrI2KnpP56SVX
数年前の漫画動画だけどよかったらこっちも…
『宝島の冒険』
https://www.nicovideo.jp/watch/sm43631876