第5件目 『人を動かす印』
※注意※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、事象とは無関係です。
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━━━━━一方その頃、ユピテリアの街。
人気のまばらな真夜中の路上を灯りも持たずに急ぎ行く、大小2つの人影がある。
その足が冒険者ギルド”アドヴァンズ”の門前まで来ると止まり、人影は中の様子を伺うようなそぶりを見せた。アドヴァンズの建物は門前に明かりが灯っているが、静かな様子である。
だが、冒険者ギルドというものは年中無休の終日営業でいつでも開いているものだ。深夜でも中へ入って行けば受付にはちゃんとギルドの従業員が2〜3人は立っている。
それなのに人影の2人はまだ門を潜ろうともしない。
外灯の明かりが仄かに照らす門前の旗を彼らは眺めているのだ。
「青いギザギザ三角の旗、出てるっ!」
「オウ、そうだなユウ坊。…確かに、今日は”魔物の安息日”だ」
真夜中なのに元気な声をあげる童子の声を受けて、背の高い、背中の丸い男が息を吐くように声を漏らした。男の傍にある小さな人影の頭には絨毛に覆われた三角の耳がピンと立っていて、その頭をそっと撫でる手にも針のような絨毛が豊かに覆っている。小さな人狼の少年と、背の高い狼人の男性だ。
2人が見ているのはギルドの門前に掲げられた3つの旗で、王国やギルドの旗章とともに、今日は魔物達の安息日を示す青い三角旗が掲げられている。その無数の小さな三角に縁取られた中に描かれた図象は『組紐に囲われた本から生える樹木の梢で逆さまに眠る蝙蝠』である。
この旗章が掲げられるのは、魔物の活動の沈静化が顕著となっていることを外回りの兵士や魔道士といった下級役人達が確認した時で、その報告を受けた土地の王侯の旗本の官憲が術理博士や万象学士などの知者と共にさらに天地の気配や星の配置や過去事歴などから吟味の上で旗章掲揚を決定する。するとその日は月に2〜3日はある”魔物が現れない日”と告知される、その象徴なのだ。
それはこの街の堀の壁や砦の上にも一日中掲げられている旗なので今さら確認する事でもなさそうな物ではあるのだが、しかし狼人の男性は殊更このギルドの門に掲げられた告知の旗を確認しては表情を曇らせている。
(年甲斐もなく、俺は困った癖が出ちまったな…いや、流石に大丈夫だろうが…念のため、ここまで来たんだ。一応は確認しておくか。…いや、しかしな……)
安息日が終わり日付が変わるまで、あと一刻。
狼人はどうしても気がかりなことがあって、こんな夜更けにギルドを訪ねてきたのだ。小さな子供まで連れて。
門前でまごついている狼人より先に門をくぐった獣耳の少年はそのまま建物にぶつかる勢いで駆けて行ってギルドの扉を開け放った。
「こ〜んば〜んわ〜〜〜っ!!!」
「うおっ!?」
「うわーびっくり!」
「「「「!?」」」」
「…ユウ坊か…こんな時間に…」
「親父さんはどうした?」
「魔族じゃねえだろうな…」
「焦ったぜ」
「亜人のガキだろう?夜中は目が冴えるんだろうよ」
「何だ小せえのが入ってきたな〜」
「ん?あの子は…あ、ユウ坊じゃないか」
「ガルガンの息子さんか。大きくなったなぁ」
「お、ガルガンさんも入って来たぜ」
「珍しいな、ギルドに顔見せるなんて」
ギルド・アドヴァンズの広間は深夜でもしがない冒険者や関連業者達の溜まり場になっていて、アチコチのテーブルに人だかりがある。それらの顔顔が一斉に扉の方を向いて口々に騒めいた。
真夜中に勢いよくやって来て人々を驚かせた小さな珍客は、その後に続いてのそのそ入って来た目つきの鋭い狼人ガルガン・スチュアートの息子のユウだ。2人ともこの街の外れの区画で細々と暮らす親子である。
このユピテリアの街には獣人や亜人の住民は少ないが、父親のガルガンはこの街の開拓時代に魔族討伐で大功があった名誉市民的な人物で、ギルド・アドヴァンズに長く出入りする冒険者や出入りの役人達にとって顔なじみの親子であった。
「おーいガルガン!久しぶりじゃねえか。体調はどうだ?」
「おうガルガン!明日の昼に国境の川沿いで一悶着ある。ハッタヤ公爵んとこの番頭が貨物船の荷改を拒否した上に通行料を踏み倒しやがっただろ?あそこのポディマ騎士団と一戦交えるんだ。お前がいりゃあ…」
「ん?よ〜!ジョーイ!スティーブ!元気そうだな〜。門番は昼勤になったのか?いやぁ俺ぁ歳だからよう…この通り、関節がもうガタガタで━━━」
「お父さん!煙草とお酒の匂いがする!あとお肉!」
「…坊、あとでな。……」
「あ、珍しい〜。ガルガンさんがお越しなんて…冒険業復帰ですか?」
「あらあらユウくん大きくなったわね。やっぱり獣人の夜はお散歩に限るわよね〜」
「ようこそ、アドヴァンズへ。ガルガンさんどうなさいました?顔色が優れませんが…」
「夜楽しい!」
「やあキリー、クシャナ、ラオチェン、久しぶりだな。ブルースは…留守か。いや、ちょっと気になることがあって眠れないもんでな。実は━━━━━」
狼人ガルガンは仲間と二言三言挨拶を交わし、少しヨロヨロと頼りなさげな足取りでギルドの受付へと体を向けたが、受付の方からキリー達従業員が出て来て親子を出迎えた。
何やら話こむ彼らは親しげな様子ではあるが、狼人の話す調子はやや深刻な色を見せている。それにつれて受付の3人も顔色が曇りはじめた。
「おお、その少年なら━━━」
「西門からは戻ってこなかったな。…いやぁ俺たちもうっかりしてたよ、今日は安息日だったってのに。あんまり変な雰囲気の若者でさ…」
狼人の話を傍で聞いていた門番勤務明けの2人も話に加わって、次第にその深刻な雰囲気が伝播してゆく。
近くのテーブルで談笑していた冒険者達も黙ってその様子を伺いはじめた。その変化が広間の奥の座席に屯している者達にまで伝わるのは一瞬のことだ。
「「「「…………」」」」
一体、何があったんだろう━━━と、ここにも受付の様子を離れたテーブルから眺めている4人がいる。
タンコブ頭の勇者ウーア・ミッフィー、イケメンの勇者ロバーツ・デイミオ、長髪の勇者ミルコ・アイザック、ピンク髪の勇者キユーギン・モエー・ファルマ達は、狼人達の話が気になって無言で聞き耳を立てていた。
「何でしょうねモーエさん。まだ安息日なのに」
「モエーだって。つってもあと一刻ほどで日が過ぎるでしょ?魔物が出ない日に深刻なことなんて…」
「…依頼は魔物や魔族に関するものばかりではない」
「そうですよ。外国との国境争いの陣触れ依頼とか、魔石護送隊商の人足依頼とか、神域警護の依頼とか、人間相手の依頼がいろいろありますから。まぁどれも、僕ら”勇者〜ず”がいきなり契約するにはまだ早い依頼ですがね…」
「「「は?」」」
「え?」
「”旅ゆく美味しさ冒険隊”ですよね?美味しい食べ物を求めて旅を…」
「「「………」」」
「…ウーア、パーティ名は真面目に名付けよう。”暁を駆る5連星”…これで届ける」
「えぇ~?」
「またそれですかロバートさん…このやりとり、かれこれ何時間ですか?僕は分かりやすいパーティ名がいいと思って”勇者〜ず”が──」
「ロバーツだ。なぁわざとか…?」
「おい、バカと間抜けとカッコつけ。ふざけた名前もムカつく名前も格好つけた名前も却下だつったろ。いいか?お前ら。アタシらのパーティ名は━━━━━」
ギルド内の様子が慌ただしくなって来たというのに、4人は聞き耳を立てるのも止めてパーティ名を議論する話題に戻ってしまった。
彼らは昼間にギルドの個室で嘘つき勇者5人として面会を経た後、さっさと一人で出て行ってしまったスザリオを気にかけながらも4人でなんやかんやあった後に街をぶらぶらしたりして一緒にいるのである。
実のところ彼ら全員このユピテリアの街は見ず知らずの土地であり、身よりも伝手もない。ある意味似た境遇の彼らはなんとなく離れ難く、誰が言い出したのかなあなあでパーティを組む流れになっている。それでまた徒然とアドヴァンズに戻って来てしまい、それからずっとパーティ名を決めあぐねて膝を突き合わせていた。
彼らがそうしてそれぞれの宿に戻りもせずにギルドに顔を揃えているのは、どっかに行ってしまったもう一人の勇者を待っているのだ。
スザリオ・なんちゃらとかいった名前のあいつはどこに行ったのか4人は皆目見当がつかないでいるが、しかしこうして自分たちがギルドにいればまた直ぐに会えるはずであると。
それは誰もそう口に出した事ではないのだが、だってなんかこの状況はスザリオを仲間外れにしてるみたいで悪い気がするからだろう。この町のギルドで活動する限りまた顔を合わせる機会はいくらでもあるのだから、仲間外れにしたらちょっと気まず過ぎる。一応は縁のある人間なのだからスザリオのこともパーティメンバーに誘ってみようという考えは言わずもがな4人とも一致している様子であった。
「でもさ、皆さん。そろそろ宿に戻りましょう?ウーア眠いです。頭痛いし」
「…深刻な眠さでなければいいがな……」
「?」
「あ〜頭痛の…それヤバイ眠気だったら怖いですね。モエーさん、ウーアさんに付き添ってあげたほうが…」
「は、はぁ?アタシが殴ったから?その変なでっかいボールみたいなタンコブは昼間に医療士に診てもらってなんともなかったでしょ??治癒魔法は高くてお金払えないとかってウーアが自分で断ったんだし…アタシのパンとお茶返せっつうの」
とかなんとか言いつつ誰も席を立たない。だが、実際彼らは昼間に4人して公園の芝生でごろ寝していた程度の仮眠しかとっておらず、このパーティ名議論の最中にも何度か眠さのピークに達している。
この、誰も宿に帰ろうとしない所にも、駆け出しの冒険者である彼らにとって実は切実な事情があるのだが━━━━━
「ねえ冒険者?」
「「「「━━━━ん?」」」」
いつの間にか、テーブルの端に顎をのせた獣耳の少年が4人の顔を眺めまわしてニコニコ微笑んでいる。4人揃ってウトウトしていた眠気眼が少年に集中した。
「あらかわいい」
「冒険者ですけど?何か?」
「頭…だいじょぶ?」
獣耳少年がまじまじと目を見開いてウーアのたんこぶに手を伸ばし触ろうとしている。子供だから変なものに触りたくなるのかもしれないが、ウーアはビクッとして仰け反り顔が引きつってしまった。
「う〜ん…こ、これはね……」
「こいつは大丈夫さ。でも、二度と帽子を被れないかも知れないけれどね…!」
「あっ!緊急依頼が出るよ!こっち!」
「えっ、…お……」
気の利いたギャグを飛ばしたつもりのロバーツは少年が笑ってくれるものと期待したが、急に少年から腕を引っ張られて慌てて席を立った。4人は今頃気がついたのだが、受付の前に出て立つギルド役員3人のところへギルド内の人々が集まっている。深夜だというのに20人以上は居る人集りだ。
ギルド役員のうちの一人、長身で傷面の男性が右手に木槌を持っている。それで受付に備えられている古びた鐘を素早く3度鳴らし、声を張り上げた。
「緊急案件発布!!時間がありません。依頼の要点だけ発表しますので、受諾する方は直ちに行動してください。━━━━━依頼は”行方不明者捜索、及び保護”。本日正午過ぎにこのギルドを発った者1名が西門の先の山林へゴブリン討伐へ向かったまま戻って来ていない。目撃者達の各証言検証の結果により遭難と認定。この遭難者捜索の依頼者ガルガン・スチュアートの依頼案件入札を当ギルド・アドヴァンズが受領・契約した。参加登録は不要。参加者に資格・制限は無し。期限は3日間。概要は以上」
男性が言い終わると、その言葉を引き継ぐように続けて役員のおばさんが居住まいを正して声を上げる。
「行方不明者の種族は人間。24歳男性。職業勇者。冒険者登録名スザリオ・エグザイル・ガルマ。背格好は細身で身長170シナチ。黒髪。目の色は琥珀。肌は甚だしい日焼けで赤褐色。上下とも薄汚れた布の服。裸足。持ち物何も無し。目付き重く、声は軽い。態度はややせっかち。大股で歩調が早い。言葉は標準ラグラトリア語をマヌニカ地方訛りで話す。対象情報は以上」
そしてもう一人の役員キリーが背筋を伸ばし、その口上を述べ上げる。
「第一発見者には魔石結晶2等”紅”10ギロンの褒賞。保護した者には銀角小片5枚の懸賞金。今この場に居合わせる捜索協力者全員には銅角小片5枚の恩賞金。報酬は以上」
ギルドの広間は変に静まり返っている。
言い終わった役員達はそれぞれ低頭。さっさと受付台の内側へ入ってしまい、また細々とした通常の業務へ戻ってゆく。
緊急依頼という形で布告された案件の情報は以上であり、これでもう役員達の宣言通りに誰でもいつでも行方不明者捜索に参加できるということらしかった。
だというのに、ギルドに集った面々はちょっと静かすぎる。
騒めきというものはなくて「うーん」とか「ふむ」とか唸るような鼻音が聞こえただけで、中には「逃げた奴隷じゃねえのか?」とか「勇者って…w」とか半笑いの声もあったが。
それは確かに報酬額がちょっと渋すぎるのと、なんだか変な案件内容だし、しかもあと一刻弱で安息日が終われば深夜の森の奥で魔物に囲まれる危険もある。そういうところに気乗りがしない者が多いのは無理もないかも知れない。
「「「「…………」」」」
この光景が、今日の昼に冒険者登録したばかりのエセ勇者4人の目には意外な様相に映って呆然とさせている。
知り合いのスザリオが森で遭難とか依頼案件の対象になっているのにはもちろん驚いたが、そのことよりもギルド内の冒険者達の様子が意外だったのだ。
せっかくの緊急案件なのにこうも盛り上がらないのはなぜなんだろう。冒険者達はこういう時にこそ奮い立つのではないのか。
仮にも勇者と名乗る彼ら4人には、見捨てておけない冒険者達の姿だった。
「…俺たちが━━━」
「まって、ロバーツ」
自分達だけでも捜索に向かうと言いかけて、目を据えて一歩踏み出したロバーツをモエーが止めた。
怪訝な顔をするロバーツだったが、モエーから促されて見た狼人の姿を見て血の気がひいた。
冒険を前にして尻込みする冒険者達の姿は、勇者ならずとも一人の漢の血を沸き立たせていたようだ。依頼者であるガルガンは牙を剥き出して眼をギラつかせ、総毛を逆立てて一同を見回していた。広間に響く喉鳴りの音が既に全員の顔色を青ざめさせている。
「…どうしたお前ら!誰かいないのか?この案件は人助けだ。しかも行方不明者は駆け出しの勇者。これを助け出せば名誉をも得るぞ?我こそはと冒険を望むものはいないかっ!?」
「が、ガルガンさん…」
「ガルガン、抑えてくれ。これは意外と難しい依頼だぜ?」
「そうだ。今からだと山中で必ず日を跨ぐ。安息日が終われば、魔物の群れとの遭遇は必至だ」
「まとまった人数と部隊がいるだろう」
「真夜中の魔物は凶暴だ。山や森という地の利も魔物にあるな。逆に我々人間には最悪の戦場だ…もうすぐ雨も降ってくるぞ」
「こりゃあ腕利きの魔法使いも必要だろう。天候と暗がりは整えてもらわんと戦えんぞ」
「いいだろう。分かっているじゃないか。ならば動け」
「おいガルガン。俺たちは命をかけるんだぜ?」
「報酬がこれっぽっちでそんな大人数狩り出せると思うか?」
「最近はまともに暮らしてると思ってたら、金銭感覚は昔のまんまだな…」
「グ……そ、……そうか…そうだな。すまん」
「ガルガンさん。その行方不明者は、お知り合いですか?」
「いや、…そうじゃないんだが…」
「違うのか?じゃあどうして…」
「わざわざギルドの依頼案件にかけるくらいだ。その勇者くんは重要な人物なのか?」
「役所の方で扱えない案件なのか?無理かも知れんが、小隊や騎士団を動かせないかどうか、一度掛け合ってみたらどうだガルガン?」
「いや、それは…うーむ。しかし━━━━━」
刻一刻と時間は過ぎてゆく。今動かねば助かるものも助からないだろう。いろいろな事情がガルガンにあるにせよ、そこに疑問を挟んでいるような時間は無いに違いなかった。
その時━━━ジャラジャラチャリチャリと、金目の音がした。
懊悩するガルガンの獣耳がくるくると動いて背後の受付台を見やると、見慣れぬ若造が4人集まって何やら剣呑な雰囲気になっている。受付のギルド役員達3人は困った様子だ。
「駆け出しの君たちがそんな…もう一度、よく考えなさい」
「そういう交渉は禁止されてはいませんけど、ちょっと甘いと思いますよ」
「無理しちゃダメよ勇者さん達…」
「…こいつら次第なんで。…オラ、金出せお前ら……」
「えぇッ?そんなぁ。女の子から髪飾りや耳飾りまで巻き上げるなんて…この腕輪は思い出の…こっちの指輪は…シクシク…」
「ロバーツさん…これは我がアイザック家が勇者ルウマの末裔を示す伝家の短刀。ルウマの名を襲名する権利の照明に値する宝剣で…」
「おいロバーツ。アンタ、マジで……上手くいかなかったらアンタを人身売買に売り飛ばすから。男娼にしてやる」
「━━━あくしろよ。魔石や結晶、装身具や魔具でも神器でもいい。価値あるものを受付に出せよ」
「えぇ…モーエさんが余計なこと言うから怒らせちゃった」
「こ、こわ…」
「チンピラですか…?」
「…チンピラ…?お前、…ミルコ。ちょっとそこで跳ねろ。ぴょんぴょん跳んでみろ」
「?…はい…」
「重心が傾いてる。微かに金の音もするな。靴下に隠してる貨片を出せ」
「うそでしょ………」
「…?……」
たしなめるギルドの役員たちをよそに若者達4人が懐や鞄から僅かな金品を出し合って受付台へ置いている。
新入り達が何をしているのかと、ギルドに集う冒険者達もその様子に興味を隠せず注目しだした。
やがて4人が出す物を出し終えたと見るや、ギルド役員のラオチェンがシュッとした背筋をさらに伸ばし、細い顎を動かして口を開く。
「ざっと、今見たところ…これらの物を金額に換算したとして、ギルドの取り分を差し引いてから報酬に回せるのは…おそらく30~か50万モニーくらいでしょう。私の目利きでは価値がわからない物も多いですが…」
「報酬に上乗せしても、あまり変わりませんよ?」
「とても大人数参加するほどには至らないわね…もっと、たぶん、最低でも1500万モニーは必要だと思うわ」
「…」
「はい、仕方ないわね。諦めがついた?ロバーツ。もう私たちだけで探しに行くよ。やれるだけやるしかないでしょ」
「そうですよロバーツ。それで参加者が集まったとしても、君の作戦が失敗したら僕らの財産はどうなります?全部、参加者達に持ってかれちゃうんですよ。…それは、この勇者ルウマの末裔としては困ります」
「ウンウン。ウーアの持ち物も全部大事な物なの。眷属との契約でいろいろ決まってるんだよ?あっしまった…ぇと、でも、服装とか飾りとか…それが無いと…困っちゃう」
ギルド役員達から提示された現実的な意見の前にロバーツは押し黙った。対してモエーはサバサバしたもので、もうロバーツの作戦を切り上げている。ミルコとウーアもどこか安心している様子だ。
ロバーツはこれらの金品の金額をスザリオ捜索救出依頼の報酬額に上乗せして参加者を募ろうとした。それは一か八かの賭けである。
ロバーツが閃いた作戦では、これら自分たちの全財産を報酬額に上乗せして参加者を大いに動員して山狩りをして、それに自分たちも参加して真っ先にスザリオを見つけ出し、スザリオの保護も自分たちでやってしまえば報酬は全部ロバーツ達の総取りになって財産は全て戻ってくると言う算段だったのだ。
でも、全然、足りなかった。
未だ受付から動かず、口元に手をやり考えるそぶりでいるロバーツ。その目の前にある全財産の上に、狼人ガルガンが獣の腕を差し出して気を引いた。
「お若いの、こいつを全部仕舞ってくれ。あの青年はお前達の連れ合いか?だったら、捜索に出るなら、俺もついて行こう。少しは役に立てる━━━━━」
「ちょ待てよ。…まだ、あるぜ━━━━━」
嘆くや、ロバーツは口元の右手をやにわに己の口中へ突っ込んだ。
その掌にぽろっと溢れた物がある。それをロバーツはそのまま受付に差し出したのである。瞬間、ギルド・アドヴァンズの役員たちは目の色が神妙なものへと変わっていた。
「!!?…クシャナおばさん、これ何?」
「…キリーには分からないでしょうね。…これは、……私も久しぶりに見たわ……」
「───ロバーツさん…これを…?後悔しませんか??」
「…ふかっ…よかっかよ。こへの価値が解う人がいへ」
「!!!ブフォッwwガハハハハwwwww」
「う、…アンタ、差し歯だったのね、前歯。やけにキラキラしてると…」
「実際に光を放ってませんか?あの歯…」
仲間達を振り向いたイケメンな顔立ちのロバーツは歯抜けになっていた。上の前歯4本が差し歯だったのである。
ウーアは吹き出して笑い出したが、ただしその差し歯は途方もなく価値のある━━━━━
「ええ、ロバーツさん。私ラオチェンと、こちらのクシャナの目利きでは、この大きさ、重さ、形状、純度なら…純粋な結晶”聖石”としては、……………」
「「「「「「「「「「「「「「「━━━━━━」」」」」」」」」」」」」」」
「その価値…………━━━━━」
「「「「「「「「「「「「「「「━━━━━━━━━━━」」」」」」」」」」」」」」」
「…………………━━━━━━━━━」
「「「「「「「「「「「「「「「━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━」」」」」」」」」」」」」」」
「おそらく12億モニー」
「「「「「「「「「「「「「「「ぉぉッッおおおおおオオオオオオオオオッッッッッッ!!!!!!!!!!!???????」」」」」」」」」」」」」」」
ギルド・アドヴァンズの建屋を震わす歓声が上がったのがそのまま鬨の声となった。直後に冒険者達や出入りの業者連中は街中の仲間を駆出して行方不明者スザリオ捜索に乗り出したのである。ロバーツ達4人が動かなくても周りが勝手に段取りを決めてチームを組んでとどんどん動いて我先にと西の森へと駆け出した。
ギルド役員ラオチェンが発表した追加報酬額はそれだけ大人数を動かす価値あったのだ。
実際には12億モニーの中から冒険者への報酬金額に割り振られるのがどれくらいになるか分からないが、3億モニーは下らないだろう。
それはこのユピテリアの街なら一等いい高台の土地を頑丈な石垣で囲った庭園に立つ城のような家屋に水道橋を誂えた物件を買えて、燃料用の私有林や広い牧場に牛20頭と馬5頭に鶏舎小屋、それに穀類や野菜の畑に果樹園がついて召使3人と奴隷2人を20年は雇える金額だ。商いに回すなど使い方によってはさらに莫大に増やせる巨額だろう。差し歯にされていた聖石の粒が莫大な財産と同等なのである。
「おもしろくなってきたわね。ロバーツ」
「…ふがふが…必う取り返ふ」
「何もマスクして隠さなくても…」
「ひーwうけるwwファーッww」
4人は西門へと駆けてゆく。彼らより先に森へ入っていった者達が無数にいる中で、先にスザリオを見つけて保護できるかはめちゃくちゃ倍率が高くなった。
モエーとミルコとウーアは楽しそうにしているが、バンダナで口を覆ったロバーツはどことなく元気がない。差し出した差し歯を取り戻したい彼にとっては、この作戦は是が非でもスザリオの救出に一番の手柄を立てねば前歯が戻ってこないのだ。それも12億モニーの価値ある結晶石の前歯が。
だが、この案件の顛末が12億モニーでは効かないほどの惨状に至るとは、この時誰も全く想像すらしていなかったのである。
それでも事態を動かしたのが聖石であることは、この世界にとって因果な出来事と言えるかも知れない。
nanasino twitter
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この連載は本編の外伝的作品としての物語です
本編はこちら
<――魔王を倒してサヨウナラ――>
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よかったらどぞ