第21件目 『見聞録書簡』
ダメだった。物語のオチも流れも想定せずに書いてみるというこの作品の実験でしたが、ここまでをご覧の方はお分かりの通り失敗です。悲しい。もしかしたら続きを書くことも出来るのかもしれないけれど、もうこの辺で一応の結びをつけて終わりとします。
”” アハン神メーラー暦2万9802年 ギラゼリク帝34年 入王冠座星並八連 陽火陰龍ノ年 右天秤羊17の月 水瓶に蛇鶴52の日
パングラストラスへリア大陸は南朝ジュメリィル皇国州中央山脈南陸四面獣地方、ドラニカ国ウェンマイェール王ルグラン公爵ジュラス領における内陸有数の冒険街ユピテリア。そこでの魔物の安息日たる伏魔間明け前後の夜のこと━━━━━世に言う『ユピテリアの変』。
史書に詳細な記述の少ないこのギルド事変について、当時の私から見た様相を記しておかねばならないだろう。
というのは、このユピテリアの騒動の渦中に後の吟遊詩人エーミネーモがいた為に、その事実が後世ずいぶんと過激な曲解を経て伝わっているためだ。
それが報道局の便乗もあって尾鰭がつき、広く流布されてしまっている。
この怪乱後に諸国を巡って歌ったエーミネーモの詩には、冒険街ユピテリアの市民と冒険者達が勇者隊スザリーノ一味を担いで勇敢に軍魔を撃退した様子をギルド社会への批判を交えて歌っているが、そんな大戦や魔族とギルドの癒着などがあったという確かな証言や物証は無い。
少なくとも私が見た光景は全く違う様相である。
(また詩篇中、少年エーミネーモの住み家が波板小屋であり、解体屋の父がエルフの女と逃げ、酒乱の母が新興宗教に洗脳され、裏社会の兄が銃殺され、娼婦の姉が借金にまみれて薬物で死んだと貧困に喘えぐ貧民街での暮らしぶりが歌われており、それが対照的に華やかだった冒険街の経済基盤を支える政治家と魔族の取引による犠牲だったという暴露があるが、少年エーミネーモと親しかった当時の私から見た彼の家庭は裕福だったように思う。彼の実家はピザばかり作るパン屋で、街一番の繁盛店だった)
━━━━━当時、私はユピテリア市の外周にある獣人地区で狼人の父と暮らす児童に過ぎなかったが、この日の真夜中に冒険者ギルド・アドヴァンズから唐突な巨大案件が発布されて町中の人々が騒いでいたのを今でも鮮明に思い出すことができる。
背の高い獣人の父の背に背負われて見た光景は在りし日の賑やかな冒険街ユピテリアで一番の喧騒だった。
勇者スザリーノ何某という新人冒険者の遭難救助案件に掛けられた莫大な報酬目当てに人々は西の森へと駆け出していたのだが、実はその依頼をギルドに申請したのは私の父ガルガン・スチュアートである。
父は獣人だが、若い頃に”人間の言葉を話す魔法”を司る眷属との契約を人間族の仲介で為し得ていたため、その社会でのやりとりが容易であった。
冒険者達が走り出してしばらくすると父自身も捜索に出ていってしまい、私はその間ギルド・アドヴァンズへ預けられていたのだが、ギルドの連中は私に構う暇がないらしく放って置かれたので夜の街の賑わいを観に外出していた。
〽︎〜ああ〜冒険街、ああ冒険街♪
朝に発ち夜に発ち 老いも若きも手に汗握る
名誉 お宝 うまい飯 冒険求めて仲間が集う
人間 エルフにドワーフ 獣人 ギルド梯子が大丈夫
お若いうちなら恋に奢るな 何でもできるさユピテリア
野を駆け山越え海河渡り
風雨に塗れて仲間と共に
〜ああ〜冒険街、ああ冒険街♪
空島見上げりゃ渡しの船が すわ空賊、あれは魔女かな
谷底巡れば冥府の鬼が 獲物求むる帰路こそ危うけれ
古文書 香木 金剛の獅牙 ギルド見積もる大丈夫
珍か魔石に高値がついたよ 冒険商売ユピテリア
龍を獲ったは猛き武士
魔族討ったは名も無き強者
夢を求めて 冒険街
やるなら今こそ 冒険街
〜ああ〜冒険街、ああ冒険街♪
命あっての冒険者
〜ああ〜冒険街、ああ冒険街♪
死ぬまで生きるさ冒険者
人々が向かっていった街の西地区のもの凄い人集りが気になって街路を走っていくと、深夜だというのに吟遊詩人や楽団が辻々で演奏して人波の足取りも軽やかである。飲み食いや物売りの屋台も出ていて賑々しい。
私は半獣人だから静かな深夜の夜歩きが何より気分が良いものなのだが、この時はいつもと違う夜なのが幼心に新鮮で良かったのだ。
そういう時はやはり誰かと楽しみを同じくしたい、そうすればもっと楽しい、そんな期待が小さな胸に膨らんだのは出歩き出してすぐのことで、友達の姿を真っ先に探し求めた。
━━━クンクン、嗅いでも、あの子の匂いは分からない。人が多すぎた。
━━━ピン、と耳を立てて巡らせても、あの子の声は聞こえない。人が多すぎた。
━━━キョロキョロ、眼を光らせても、あの子の姿は見えてこない。人が多すぎた。
街にたくさんいるはずのお友達は一人も見つからない。
それはそうだろう、いくらお祭り騒ぎの真夜中とはいえ、7つに満たない子供がお外をうろちょろさせてもらえるわけがなかった。
だが別に、催し事のある日の子供の夜歩きが禁止されているわけでもなかったと思うのだが━━━しかしこの時は年上の少年達の姿も見なかったのだ。
ともかく、そうして市民と冒険者達が入り乱れている中を背の低い少年の私はどこをどう歩いたものか、歩き慣れているはずの街で迷子になっている。
(人混みの中にいるから周りがわからないのだ)
と思った私はひたすら一直線に人々の間を抜ければ建物の軒下にでも出るだろうと歩き、しかし変な事に人波が途切れずくどこまでも続いてゆく。
この時になってようやく私は気がついたのだが、群衆がさらに増えていたのだ。それも大勢の人波が一方向から押し寄せる流れがあって、つまり西の森へ捜索に向かった人々が西門から大挙して戻ってきているのだった。
「西の森に降魔の帳が降りた」
「魔物の群れに襲われたぞ」
「仲間達が死んだ」
「スザリーノは居なかった」
口々に騒ぎ立てる冒険者達が大勢、全身ボロボロの怪我を負って引き返してくる。
異様な雰囲気に、いつの間にか群衆は変わっている。
いつも楽しげに冒険譚を自慢する男や女が一様に顔を歪め、嗚咽して泣いている、大の大人達全員が作り出すその場の空気といったらもう…子供だった私にはそれだけで不気味で恐ろしかったのだが━━━━━
だが、最も恐ろしい言葉が容赦無く耳に滑り込んできたのだ。
「魔族が出た」━━━と。
そう言い出す者があって人々の顔色は固まったようになり、同様のことを言う者達が後から声を上げて続き群衆に一瞬の静けさが広まった。
西の森の奥に魔族が何体も現れて、冒険仲間達を殺したのだという。
魔族がいかに恐ろしい存在なのか、それは幼い頃から誰でも言い聞かされて育つ。
私は自分の父親の安否を想って血の気が引いていき、その辺の人の袖を引っぱっては父ガルガンについて尋ね廻ったが、誰もが右や左へ駆け出していて相手にされなかった。
その時にはもう人々は正気ではなかったのだ。
群衆は混乱と悲観が増長して溢れたか、狂ったように泣き叫んで大声をあげる恐慌に陥っていたのである。
それには人の正気の沙汰でない事態が既にこの時あちこちで起きていて、私はまだ気がついていなかった。
後で知ったことなのだが、このとき大人達の間で俄に広まっていた噂がある。
魔族と魔物の軍勢───軍魔と群魔を率いた魔貴族から街を襲う通告があり、魔物の安息日を脅かした人類に謝罪と賠償を求めるという口実で脅迫を仕掛けてきたらしい。
”街中の7歳までの子供全ての生贄”
この供物を用意できなければ、街中の長男長女の殺害、童貞と処女への悪趣味な処遇を強行するのだと。
けだし魔族共はどうあっても結局それら全てを実行するだろうと言う者もあって、さもありなんと頷く市民が多かったという。
活気づく冒険興行の成り行きを見守る市中の人々には、実のところ得体の知れない不穏が沈殿し続けていたのだろう。
それが西の森から撤収してきた冒険者達と共に噂が信憑性を帯びて戻ってきたことで、人々をすっかり狂わせてしまっていた。
この、ほとんどなんの前触れもなく起こる侵魔災禍というものに、人間族はいつも後手にまわって他人種に遅れを取る。
本能的に判断も動きも早い者達が直ちに人混みの中から”対応”を始めるのを人間族は止めることができない。
ユピテリアに在する獣人と半獣人が、示し合わせたかの様に互いの意を汲んで動き出し、人間族の子供達を拐っていた。
反射的に抵抗する人間族の大人を片端から獣人達が蹂躙するのに人間族は困惑から覚めれず狼狽て、戦いの姿勢を見せはじめた時にはもう遅すぎている。
街中の明かりが落ちてあちこちから上がる悲鳴と怒号が一層盛んになり、それが次第に止んでいった時には路面は血液と死体で占められている。
咽せ返る血臭の立ち籠める暗闇を軽快に走り回るしなやかな姿はどれも夜目が利いて俊敏な体力を誇る獣人達ばかりだった。
次に動くのは独自の知識と知恵あるエルフやドワーフの種族達である。
身なりのいい人間の貴族や官僚が逃れゆく退路を先導するのがエルフ達である場合が多く、それに追随して一般市民達が逃げてゆく殿をドワーフ達が固めて逃げて行く。
魔法や魔術で意外な退路を確保したり弱者を手広く守る彼ら亜人は、種族的に繋がりの深い四天神の眷属サラマンダー、ニュンフェス、ジン、ノームなどの守護で首尾よく運命を運ぶ。その炎や水や土塊のような眷属達の姿をこの時初めて私は見たものだ。
人間族が動くのはやはり最後だった。
倒れた人間達の中から立ち上がる者達がいて、彼らは人種を超えた団結と魔族への抵抗を叫んだが、その声はやがて虚しく止んだ。
このとき治安を守るべき警官や軍隊などは街の外に布陣していたらしく、街中にはほとんど見かけなかった。
冒険者達にしても暴れる獣人達を仕留めれば良さそうなものだが、彼らは人間の子供や大人を助けることなく何処かへと去って行ってしまった。
どこへ行ったのかは後で分かる事なのだが、━━━ともかく彼らやさぐれ冒険者共は勇者ではない、ということは言えるだろう。
冒険者、冒険者と世に歌われる彼らは、まさにこの人類社会の経済を回す大冒険者時代の主人公達と言って過言でないが、しかし世間では━━━本職につかぬ半端者━━━若気の至り━━━と見なす人の多いことも事実である。
避難する人間族までをも襲う獣人などは見なかったと思う。
そこらじゅうの家財を奪って走り去る者達で人気は疎らになってゆき、街に残る者達といえば場違いに交ぐ合う年若い男女や、手足を括られて大通りに集められた生贄の子供達ばかりとなっていた。
既にこの街は滅んでいたのである。
私は父ガルガンの姿を探して街路を彷徨ううちに、それらの様相をまざまざと見たのだった。
「━━━ユウくん!?助けて!縄を解いてよ!」
と、大通りを通りかかる私に訴えかける人間の子供がいて、少年エーミネーモだった。あの暗闇でよく私の姿が見えたものである。
すると縛られて転がっている子供達全員が私を見た。
ああ、見えない闇にいるであろう私の姿を探る子供達の目が、顔が、今も私の目蓋の裏に見えるようだ。
友人達は皆そこに居た。
「待てよ!自分だけ逃げるのか!?ウンコ!ウンコ野郎!!獣耳半獣人!嘘つき狼の息子!」
走り去る私を散々に罵るエーミネーモの声が聞こえた。
魔族の供物に手をつければどうなるか━━━と直感的に怯えた私には、逃げ出す足に抗うことはできなかった。
そのあと友人達がどうなって、どうしてエーミネーモが助かったのかを私は知らない。
ただ、エーミネーモの両親は人間だが、たしか父方の祖母が有名な半獣人で、母方の曽祖父が存命するエルフだったと私は記憶している。
おそらくはそういう混血が理由で魔族に食われなかったのかもしれない。
ともかく、ユピテリアの街は軍魔と戦って勝利したわけでもなければ、負けて滅びたのでもなく、人類種自身の衝突により壊滅したのであった。
私が見た街の様相は以上である。
このあと私は顔見知りの冒険者4人に保護されてギルド・アドヴァンズへ戻り、そこにいた父ガルガンと共に野山へ逃れて助かっている。
私のような半獣人や獣人は人間族とは違い、いざとなれば野山で寝起きして生きてゆける。
魔物達の襲撃は恐ろしいが、しかし必ずしも、いつでもどこにでも出没するわけではない事を、亜人である我々は知っているのだから。
ちなみに、この騒動の発端となった勇者スザリーノの捜索依頼を出した父ガルガンは先年故人となったが、なぜスザリーノに「魔物は森の奥」などと欺いたのかは口を閉ざして答えなかった。
それは暗に、何か特別な理由があったことを示してはいないだろうか。
━━━━━以下は余談であり、後に父ガルガンや避難した縁者から聞いた話が半分だが記しておこう。
件の勇者スザリーノについてである。
実名をスザリオ・エグザイル・ガルマというらしいから以下はスザリオとする。
そのスザリオがどこへ行ったか分からないまま街中で獣人達の暴動が起きている一方、ギルド・アドヴァンズには詰めかけた冒険者達が憤響していた。
彼らにとって街の惨状よりも肝心な冒険業の経緯と顛末が、クシャナ・オドラート等ギルド幹部陣から短く説明があって、数千人を動員した捜索依頼はそれだけで終了が宣言されたのである。
「━━━━━そのような経路で、東の森、東門から単身、当ギルドへ帰参した本件の遭難者スザリオ・エグザイル・ガルマ当人に、本件に掛けられた成功報酬の純粋結晶━━━差し歯様聖石1点を譲渡と相成りました。これをもちまして本件の終了を宣言いたします」
「経緯はもういい。依頼背景を開示しろ!ガルガンの野郎はどこへ消えた!?」
「おい!!大勢死人が出たんだぞ!!」
「聖石をここへ出せよ!そのスザリオってガキはどこだ!?挨拶がねぇな!!」
「この冒険が”やらせ”だったんじゃねえかって俺たちは聞いてんだよ!」
「━━━皆さんのご意見は、もっともです」
「今回、この大規模な案件受領に際しまして、公平公正を期して正面から問題に取り組むため、本件の監査と解決のために緊急ギルド委員会が特設されていますので、ここからの説明を引き継ぎたいと思います」
ギルド側の一方的な発表だけで冒険者達が納得するはずもない。
だがこの案件受諾時点で混乱を予期した市政が配置したという委員会は仕事が早いと言えるだろう。冒険者ギルドに介入すべく設けられた人事には役人や商工会など街の顔役が一堂に会している。
中でも、騒動を収めるのに政治家が一役買ったという。
「━━━街とは、人の集まりです」
「━━━人々が離散するということは、その社会の枠組みが無くなるということです」
会合に参じたユピテリアの若手政治家シン・リトル・ジュローの言葉は、苛立つ冒険者達の思考を止めて一瞬静かな空気に変えた。
冒険者達の面前に立って言うジュローのその意を汲めた者はどれだけ居たであろう。
「━━━…は?当たり前のことを言うな。小僧は黙ってろ」
「被害や報酬のことだけじゃないんだ。本件の裏に何があったのかを教えてくれ」
「ここのギルドの眷属と契約している魔法が外れたんですよ。全員が頼った魔法の結果が外れた理由は?遭難者の位置は真逆だったじゃないですか!」
声を上げるほどに荒ぶる冒険者達の形相はまた吊り上っていく。
ジュローの懸念する兆候は彼らにすでに現れていた。
離散、というほどに文字通り人々が繋がらず離れてゆく事態が2万人の居住する街で起こるとなると、そんな事はなかなか有る事ではない。
他国の侵攻を受けても、病気が蔓延しても、食料がなくても、大地震が起きて建物が壊れたり、最悪な魔女ドラドラが百万柱の眷属を引き連れて激侵しても、即刻その場で「解散!」とはならないだろう。
人々は家や土地といった動かぬ財産を守ろうとして、その社会───人との繋がりを保とうと協力し合い、もうダメだというところまでは脅威に抗うはずだ。
しかし人々がその心の繋がりを無くせば社会は即刻、別物になる。その瞬間に街の程を為さなくなる。
もとよりこのユピテリアという大きな街には人間・エルフ・獣人、そしてそれぞれの人種の中の種族や部族といった様々な人類が住う街であったために、逆に一旦繋がりが切れれば容易に崩壊し得る世間であったとは思える。文化も信仰も肉体も違う人々には根本的に相容れない部分が元からあった事は否めない。
「だからこそ、”冒険業”という、その人類種を超えて市民達を繋がらせていた一点の価値があやふやになった時には、いとも簡単に冒険街は終わりを迎える。━━その恐れがある」
と、政治家ジュローは重ねて懸念を示したという。
冒険の「価値」があやふやになる事に真っ先に気づくのは、冒険者達へ冒険業案件を仕入れて卸す冒険業ギルド各社である。
貨幣や魔石に希少な魔道具といった賞金や賞品、冒険者等級昇格による特別な依頼の受諾権や、貴人との面会権や外国への出国手形などの様々な権利・資格の付与━━━それらは依頼案件達成者への成功報酬という、冒険の価値を保証する”価値の形”だ。
それら一切の価値の保証を担保する存在こそが眷属という神々の僕なのだが、その一方で眷属達が契約する人類に貸与して使用許諾する魔法・魔術の結果に間違いが起きたことがさらに問題だった。
冒険者達の頼った捜索魔法の示した方向とは真逆━━東の森から帰参したというスザリオの足取りは、多額の供物と引き換えに絶対的な験力を示すはずの”魔法”という価値を根底から脅かしている。
眷属達の保証する魔法が、契約者である魔法使いを裏切る事があるのならば、その冒険もまた担保されない恐れがあるのだ。
これらのことは異常事態と言っていい。
なにしろ、そのたった一度の間違いで公民あわせて666人もの死者が西の森に発生している。
もとより眷属との契約の厳しさは時に契約者が命を喰われるほどだという危険性を知る者は多く、そのどこか後ろ暗い不気味さのある関係が、この軍魔襲撃の噂もある中でのことで、このうえは眷属という存在の正邪に疑念を抱かざるを得なかっただろう。
果たして眷属は本当に人類の味方なのかと。
「━━━いえ、本件の参加報酬は全員に支払われます。現在掲示されている依頼案件も継続中であり、皆様の冒険に必須な契約魔法も、今まで通りご利用が可能です。当ギルドの眷属達は変わりなく在位しております」
「…しかし、今回のことは成功報酬を得る者を左右する談合があったのではないか」
「魔法に干渉して施術結果をわざと違えたのでは。たとえ眷属の意向であってもそれは…」
「だとしたら、冒険者達の命を魔族の供物にしたのか…?」
「━━━…」
普段の彼らなら言葉にするのも憚る指摘が、その崩れ去った価値までをも踏みにじる声が人々から上がる。
ギルドの役員達に向けて言っているが、しかし「眷属共でてこい」とまで言い出すものは一人もいない。
そうする必要のないことを彼らは知っている。
神の眷属神の眷属であるその存在達は、いつでもどこでも契約者達を観ている。
(━━━だからこのままでは街が滅びるというのだ)
というのが、ここまでの議論を涼やかな眉目で見ている政治家ジュローによる表向きの、このユピテリアの街への憂慮である。
最悪なのは、そうなれば冒険の収穫が支えていた大陸各国への冒険者の流動性が滞り、雇用喪失による布教で関連各国が資源を奪い合う為の案件を乱立させて国家間戦争が起こることを政治家ジュローは暗に危惧した。長じればそれは人間を使った眷属間の戦争になる。
(それだけは避けねばならない)
だがそこまでの背景を公言できないシン・リトル・ジュローの心中を平易な言葉から深読みする者は冒険者にはいない。
その示唆を察することのできるのは同じ目線を持つ者達だけだ。
ギルド1階大広間での騒ぎを静観する4階会議室では、ユピテリア市長ジェネリックと地方守護代ルーファス公爵シャグマ将軍、それに社稷神官オハマと商工会総長フェローズが委員会の議論を取りまとめ、臨席するドラニカ王族第8王子ヌルハンの後見のもとギルド・アドヴァンズの処分は下された。
「アドヴァンズ・ユピテリア支社の本社との分離、及び破産請求と、責任者であるクシャナ・オドラートと経営幹部陣の更迭。━━以上を、只今をもって決定する」
この告知でもって、冒険業━━━もとい、魔法と眷属への不信が払拭されるわけでもないが、街の事態は危急であって揉めている場合ではない。
新たなギルドに変えて、新たな眷属が支配することによって、冒険の保証は一新されたということで体制を立て直さねば、何も抗えないまま街が崩壊してしまう。
抵抗するなら今しかないのだという危機感が為政者達の決断を急がせていた。
━━━というのは、やはり軍魔襲来の噂の背景を知るであろう組織の長達は結束して戦うつもりでいたのだという。
ここは冒険者の街ユピテリア。
この街にどれだけの戦力があるのか。
普段なら主力となる熟練した冒険者達こそ出払っている状況とはいえ、知恵あるエルフやドワーフに強靭な獣人達もいて、人々の冒険を守護する神々は盛大に祀られて眷属達の魔法を司る働きも盛んである。街を守る軍隊も僅かだが常時配置されていた。武器も道具も食料も世界中から集って物量豊かであり、この街から各地方へと伸びる街道や細道も多いから、何かあっても援軍の期待がある。
どれだけの魔族と魔物が攻め寄せても撃ち勝つ希望が、彼らにはあったのだ。
「━━━俺からもいいか?冒険者組合のマズル・ピカ・フラッシュだ。結論を急いで欲しい。上の階で顔を並べている御偉方の皆さんも、この街の状況を知っているだろう?魔族の噂が出ている。今回の案件の事にいろいろ問題を指摘したい事はあるが、でも俺たちが知りたいのはたった一つなんだ。…今、この街に冒険が在るのかどうか?そういうことさ」
挙手して話し出したマズルの言葉に、冒険者達の眼差しは一つになって政治家ジュローに注がれた。
この冒険者達という奴らは、一般市民達が生きるか死ぬか、街が滅ぶかどうかという時に至っても自分たちの冒険ができるかどうかばかり考えている。剣と魔法と報酬と仲間達との飲み食いと戦いができるかを期待して縋っている。
街を守るための冒険依頼が発行されることを、冒険を売ることをこそ、彼らの生ける縁であるのだと。
「もちろん━━━委員会はたった今、巨大案件を抱えています。皆様に提供する大冒険と、特別な報酬があります!」
為政者達には都合がいい。街路が死体と血液で生臭くなっていても逃げ出さずにいる冒険者達は狂っているが、使える。
即時行われたギルド新装開業と経営再建に勇者5人パーティ擁立によるユピテリア市街防衛戦線の設営が発表され、軍魔戦参加者には勲功別に様々な報酬が告知された。
・国内外への無制限往来手形授与
・寿命延長魔法施術権授与
・各種永久健康維持魔法及び永久解呪魔法施術権授与
・個人免税権授与
・ペンドラゴン図書館特級禁書閲覧権授与
・人種間戦争懲役免除権授与
・真作星剣1振授与
・魔操指揮環サルムングの指輪装備権授与
・堕天使エルドーラの小箱開封権授与
・アシュカィヒ神殿御垣内参拝権授与
・星神眷属神眷属特殊魔法契約面接権授与
・神聖魔女ドラドラ3泊5日専属交遊権授与
・賢者ワーズワースいつでも相談通信機器授与
・魔法少女団ロストマギアス演奏祭第3衛星パンテオン会場最前列参加及び握手権授与
・記憶維持転生魔法施術権授与
・異世界転移権授与
・映像操作遊戯機『遊戯駅7』入手権授与
・天国ノ門通行セル手形携帯権授与
・北の大魔法使いルッテ作『牛脂で揚げた塩芋を右掌から無限に出せる魔法』口伝拝領権授与
・冥府隔離界各暗黒圏目録及び地図写し授与
・人種変更魔法施術権授与
・万象博士マッシュ・ゴロー作『あらゆる獣と仲良くなれる魔法』口伝拝領権授与
・南の大魔法使いサーシャ作『吸管付きの透明な器に入ったキンキンの氷と芳しい炭酸飲料が左掌から無限に出る魔法』口伝拝領権授与
その他、珍しい報酬が盛り沢山。
そして、それらの冒険者を元にした今後のユピテリアを中心とする冒険業活性化が政治家ジュローから市長ジェネリックに提言されたという。
この時点で、この街の冒険者ギルド大手3社に話はついている。
妙なことに、その勇者5人というのも配備済みである。
この時は誰もその辺りを訝しむことがなくて直ちにギルドは再編され、元アドヴァンズの登録者達はそのままブルース・ドミニオンで案件に取り組むこととなったのである。
まだその場にいない勇者隊を新たな大規模案件の旗頭に擁立という聞いたこともない形ではあったが、冒険街ユピテリアの顔役達が介入する防衛案件が続け様に発表されると冒険者達は俄然色めきたった。
47人、という僅かな人数しかギルドに残らなかった冒険者達だが、ここに残ったのは冒険狂のヤサグレ達。綺麗事で仕事を選ぶようなタチではない。
そんなのと似たような冒険者達が、この街の各ギルドにまだ相当数残留していて似たような議論を交わしており、総勢300名には至る。外にいる軍隊や民兵なども合わせれば実働1000人はいるから、どうにか集団戦法が取れるだろう。
(軍魔戦━━━展開するだけの形は、”予定書”の通り間に合いそうだ)
ここまでの舞台を用意する委員会の面々は一旦、彼らの企画の軌道を確認した顔には安堵の色があった。
ギルドと政治と、それらの枠組みを使い回す王族や眷属の企画に答える体裁はこうして誂えられたのだ。
ところが、である。
だいぶ話が脇へ逸れたが、ちょうどそこへ現れた4人の勇者がスザリオの消息を訪ねて━━━━━
━━━━━ん?…誰か来たようだ。うわ何をするやめろおあえrgんじょ・あおkv_wふじこ
ハア、…ハア……今、起きたことをありのまま伝える。
私は某国某所の某終日営業個室喫茶店でこの書面を書いていたのだが、突然、黒服の暴漢達の襲撃を受けて逃散した。自分が俊敏な半獣人でよかったと心底思う。
私の書いた内容にはおそらく世界の禁忌に触れる何かがあったのだろう。
最後にもう少しだけ、ギリギリまで私の知っていることを書いておこう。
でも先にお別れの挨拶だけはここにしておきたい。
これが最後の書簡になるかもしれない。
貴殿も知っての通りこの書面は特殊なもので、特殊な方法で書かれているから処分することも隠すこともできない。貴殿が求める時に必ず貴殿の元へ届くだろう。
今まで本当にありがとう。
もし生きていたら今後もよろしく。
貴殿の友、宿無し大衆作家ユウ・スチュアートより。心を込めて。かしこ。
勇者達5人は新興ギルド”ブルース・ドミニオン”の冒険者ギルド筆頭パーティ”絶対恋愛禁止連盟イチャイチャ・ハンニバル”として出発している。
ふざけた隊号だし、ふつう勇者はそんなに大勢ひとつのギルドに居ないし、全員勇者の冒険者パーティなんて大陸史に古今例がないからこれは嘘かもしれない。
これらのことから、冒険業界隈に何らかの魔族との取引があったと見る後世の向きは確かにあるのだが、どうであろう。
スザリオのことを書かねばならない。
この勇者パーティ結成にギルドへ招集された勇者4名、ウーア、ロバーツ、モエー、ミルコは、ギルドで対面した勇者スザリオを散々に斬り付けて殺してしまい、出来たばかりのギルド・ブルース・ドミニオンは早速解体されてしまったのだという。市政の顔役達は面子を丸潰れにされたわけだ。
そのまま冒険者達が離れたユピテリアは廃墟になってしまったらしい。
だが別の話もあるのだ。
勇者達4人と対面したスザリオは別の名前を名乗り、気の短い4人にその場で殺されたが生き返った。不老不死の勇者であったという。
その名前を私は失念したが、ともかく勇者隊は”絶対恋愛禁止連盟イチャイチャ・ハンニバル”として無事出発しており、その後のブルース・ドミニオンについてはなんの証言もないが、大陸魔王戦が始まるまでの十年間は冒険者ギルドとして運営されていたと。奇妙なことだが滅亡したユピテリアの街跡で、である。
以降彼らは悪虐の勇者隊として活動したらしい記録がわずかに残っている。
ここに詳細を書き記す事は控えるが、各国で非人道的な工作をしてギルドから報酬を受け取っていたのだとか。
最後は魔王戦前哨戦の折に発生したユピテリア近郊”樹海オブリオンの役”へ向かうドグラニカの王騎士マッスル・ザ・ツェネーガーが単騎寄り道した廃ユピテリア街跡でスザリオ勇者隊を見つけ、話が合わなかったので全滅させたとのみ記されていた。
しかし他方ではスザリオ一行が冒険者登録を申請しに訪れた街や村で魔族討伐に功を為す話など複数あって、その後の彼らの姿が定かでない。
崖の魔王戦で活躍した征魔聖輝輪三戎士の一角、勇者ザク・レオンの冒険者名がスザリオであったという逸話もある。
異聞では、
「スザリオ大捜索案件など無かったし、聞いたこともない。スザリオの勇者5人隊は最初こそ”絶対恋愛禁止連盟イチャイチャ・ハンニバル”という隊号であったが結成当日に解散。各自数日ユピテリアで魔獣討伐案件を成功させた後、勇者ロバーツの失くした差し歯の所在をめぐって喧嘩になりバラバラに旅立ち、その後、魔王討伐のために勇者スザリオを探し求める魔法少女1人が<貴方の冒険を買う>と言って引き合わせ”冒険商売”という冒険者パーティを名乗った。ユピテリアの街は彗星が落ちて廃墟になってしまった」
などとあらぬ嘘をつく者もある。
このように、彼ら勇者隊についての話は史書に記述こそ少ないものの詩文や噂に話を聞くことが時々あるのだが、それらの辻褄はいちいち合わないのだ。
まるでスザリオという人物と仲間達がそれぞれ複数人いたかのようである。
あの大陸が魔王戦の直後に氷結してしまい、諸大陸へ避難した百国諸侯と人々が地表世界を混沌とさせてから歴史も何も分からなくなってしまった今はどうにも確かめようがない。
おそらく話のほとんどは後世の創作であろう。 ””
本当にこの半年くらいはこの作品にかかり切りなのにちっとも進捗できず苦しかった。
書きたいのに、書いても書いても上手くいかない。
絶対に絶対に、オチやボリュームを想定せずに小説を書いてはいけないんだと思い知った作品となった。
せっかくの登場人物と物語を台無しにした作品となった。
できることなら時間を戻して最初から書き直したいねぇシクシクキエェー!
根拠のない自信がすっかり消失してしまったので、読み切り短編を何作か書いてから本編へ戻りたいと思います。
ちなみに本編のタイトルはコロコロ変わってますので悪しからず。
読んでくださった方はありがとう。またお会いしましょう。ご機嫌よう




