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<--冒険者になりたい人達-->  作者: nanasino
2/21

第2件目 『遭遇』






 というわけで俺はユピテリアの町の外へ出るべくさっさと西門へ向かった。


 門を出ようとすると門番の兵士のおっさん達が何故かちょっと意外そうな顔で俺を見ている。そういう顔で見られるのは俺は実家を旅立った道中で随分慣れたが、だいたい何か細かいことを言ってくる人が多いからめんどくさい。




「おいおい、君!どこ行くんだ?」



「冒険っす。そこの森でゴブリン討伐。じゃ!」



「…あぁ、あの依頼な」

「君、見ない顔だが━━━」




 兵士のおっさん達はまだ何か言いたそうだが俺は手を上げて会釈し先を急いだ。

 時間はすでに昼を過ぎて随分経っているし、もうすぐ日が傾き始めるだろう。見知らぬ土地で夕暮れになると色々とまずい。夜になんてなったら道に迷ったり魔物に囲まれたりして最悪死ぬ可能性が高くなってくる。だから急いでゴブリンを倒して宿代の2700モニーを稼ぎ出さないといけないのだ。

 

 西の森━━━というのはその名の通りこの街の西にある森なのだが、まあ広大である。森の奥には小高い山が聳えて南北へと伸びており、その奥にはさらに高い山があるのだが、この森はその裾野に広がる樹海というわけだ。

 土地勘のない俺は深入りしたら死ぬので街に近い木立の中でゴブリンを探す方がいいだろう。

 

 西門から伸びる細い街道を少し行ったところで森の中へ入って行きやすそうな茂みの切れ目を見つけたからそこから突入と決めた。




(━━━…えーっと…)




 じゃあこれからゴブリン見つけて殺しますかという気持ちになったところで、一応というか武器ぐらいあった方がいいかと思いたってその辺の石ころ3個を拾った。薪にするような木の枝はその辺にいくらでも落ちているが、そんな棒切れは一振りで折れてしまうし、かといって都合よく剣や銃が落ちてたりはしない。金ないし準備なんてできないから石で行くしかないでしょう。


 俺はまだガキだけど、17歳ともなれば魔物との戦闘経験は誰でも結構あるもので、俺ももちろん今まで田舎で暮らしていた頃から数え切れないくらい魔物と戦っていてそこそこの自信はある。ゴブリンの3匹くらいは素手でいける。生活環境にもよるけど、それくらい魔物と殺し合い出来ないとこの世界じゃ生きていけないし、それくらい出来なかったらそもそも17歳になるまでに死んでいるのだ。

 

 そうして俺は心の状態を殺伐としたものへ切り替えつつ裸足で茂みを踏み分けて樹々の根元をうろうろと歩き始めた。緩やかだが起伏のある地面でちょっと歩き辛い。これは戦闘の時に位置どりが命運を分けたりするかもしれないと思って俺は一応念頭に入れた。


 まだ森に入ったばかりのこの辺りは木樵きこりが燃料用に木々を伐採した跡が多くて開墾中みたいな景観だ。そこかしこに伐木が積み上げられていたり小さな畑があったりと人間の生活圏であることがわかる。こういう場所でもゴブリンなどの魔物は出現するが、━━━━━




「!!」



「━━━!…」




 一瞬、魔物かと思ったら違った。手前の斜面を降りてくるのは獣人の人だ。顔が狼みたいだけど人間のような体形だから紛らわしい。焦ったぜ。彼の隣には半獣人の少年もいて、少年の方は見た目はほぼ人間と変わらない獣耳くんだ。

 二人とも大きな背負い籠に薪を積んでいるところを見ると野良仕事の帰りというところだろう。




「すんません、この辺ってゴブリン出ますか?」



「お〜…ゴブリンな。ギルドに依頼でてる奴やろ?あれは、まだまだ奥の方やぞ」

「冒険者っ?」



「…そっすか。奥か…」



「今から行くんか?」

「ねぇ冒険者っ?」



「大丈夫す。冒険者なんで」




 心配そうに俺を見る狼男さんと、なぜか嬉しそうに微笑んで俺を見つめる獣耳少年に手を振って会釈した俺は森の奥へと急いだ。

 

 人々が不安そうに俺を見るのは無理もない。こんな何の装備もなくて鞄や道具袋さえ携帯してなくて、どう見てもまだ子供っぽい顔立ちで初心者丸出しの奴が、しかも裸足で森中を山へ向かって一人で歩いているのだ。単独の冒険者は珍しくもないだろうが、これはちょっとないだろう。だが駆け出しの冒険者って感じで俺は気に入っている。

 



(─────しかし、魔物一匹出てこないんだが…)




 歩きつつ、俺はちょっと拍子抜けして肩を落とした。もう人里離れて結構歩いたし、山道も外れて山林に入ったというのに、魔物は全然現れない。


 正直なところ、ゴブリンじゃなくてもスライムとか魔犬とか泥人形とか何でもいいから出てきてほしいのだ。というのは、魔物を倒せばいろいろと物品が手に入る可能性があるから。


 スライムは倒しても小さな魔石粒くらいしか残らないが、魔犬や泥人形はたまに人間の落とし物を持ってたりするし、体内には魔石もそれなりにあるから討伐して採取すればそれなりの収穫にはなる。草化グラスモンスターという植物の化物みたいな奴らなら薬草とか木の実とかも持ってたりして役に立つ事もある。

 とは言っても魔物を倒して手に入るそういう雑多なもののほとんどは品質の悪いゴミ同然の物ばかりだが、無一文の俺には足し算にしかならないので欲しいのだ。


 で、手に入れたそれらを町の人々と交流して要領良く金銭に変えたり物々交換したりというのは─────出来なくはないのだが、まあややこしいし手間がかかる面もあるから俺は苦手だ。


 そもそも一見いちげんさん(紹介じゃない人)と売り買いの取引する人なんて真っ当な店や大人には多くはないから、ちょっと怪しい感じの人と交渉しないと物を売れなかったりもする。そういう売り方は売れても安く買い叩かれるだけで割りに合わない。

 ただ、一般人向けにちょっとした小口の売買を受け持つ商店というのはどこでもある。それとか、個人での小さな取引ならほぼ問題にならない。

 だが、そういう取引であっても、あまりしょっちゅうあちこちでやると町や住人の組織のいろいろな背景が絡んでトラブルになるのだ。売り買いは商工会を通せとか組合員になれって話になるんだな。そういう流れになるのは俺は苦手だ。だんだん俺の求める冒険じゃなくなってくる気がするから。


 その辺が、ギルドに冒険者登録して諸々の契約を済ませることで、依頼をこなせば単純にそのまま報酬がもらえるというのは無難で良いのだ。魔物から収奪した物品も買い取ってくれる。もちろんその報酬などは依頼人との間に入っているギルドとかが仲介料等を差し引いてるから大した金額ではないのだが…。

 

 ともかく、魔物や魔獣といった奴らがこうも出てこないのは当てが外れてしまった。弱そうな人間が一人で歩いていれば元気に襲撃してくるのが奴ら───魔物・魔族の厄介な習性であるというのに。




(……)




 俺は緊張感が薄れてきてか、便意を催してきた。大も小も両方である。さっきギルドで飲み食いしたサンドイッチとお茶は久しぶりのちゃんとした料理だったから胃腸がはりきってしまったのだろうか。ともかくその辺で全部出してしまうべく袴を下ろして茂みにしゃがみ込んだ。


 ━━━その時であった。茂みに隠れて神妙にしている俺の視界の先、遠くの木立の間に骸骨が突っ立っているのが見える。魔物だ。




(ああいうのはちょっとなぁ…)




 骸骨とか動く死体ゾンビとかの魔物は普通の魔物とはちょっと違うので無難に倒すのは難しい。奴らは悪霊的な側面があって、呪いを掛けてくるのだ。呪われると精神や肉体がいろいろ異常をきたして困ったことになるからそうなる前にぶっ倒さねばならないのだが、それには相当な腕っ節がないと一発で仕留めるというやり方はできない。

 だが骸骨やゾンビとかいう奴らは異常にタフな魔物で、頭や手足を欠損しても動きを止めず、こちらの攻撃を真正面から受けつつ同時に反撃してくる困った奴らなのだ。

 だから俺には徒手や投石でもってあの魔物を一撃で仕留める自信というのはちょっと無かった。


 というわけで俺は一瞬引っ込んだ大便を捻り出すとその辺の葉っぱをとって尻を拭った。俺はちょっとした生活魔法すら使えないので尻や手を洗うだけの浄水すら出せないのだ。そのての魔法を司る眷属霊との契約を失敗して機会を逃してしまったから。まあそれは今更仕方がない。さっさと立ち上がって森の奥へ進もう。


 ━━━と思って、困ったことに気がついた。




(俺、どっちからきたんだっけ…)




 戻る方角が分からなくなってしまった。これはまずいです。

 俺はちょっと、これはよく考えて動いた方がいいぞと思ってその場を動かず考えることにした。

 すると、どうキョロキョロしても視界には嫌でもあの骸骨がチラチラ目に入るのだ。あの魔物は何を森の中でボケーッと突っ立ってるんだろう。気になるじゃないか。



 ━━━そういえば、と思い出したことがある。



”その日の冒険の最初に見た魔物が骸骨であった場合、縁起が悪い”



 俺はかつて旅に同行してくれた魔法使いからそういう話を聞いたことがあるのを思い出した。

 そんな迷信「ふぅん」としか思わないけど、とにかくその日の冒険は己の身命をかけた死に物狂いの冒険になる兆しであるという。


 そういう、なんだか運命を左右するみたいな空虚な根拠のない話に気持ちが揺すられるのが嫌いで、俺はなんだかムカついてきた。 

 それであの骸骨をまた見てみると、なんだか尚更ムカつく。


 なんでか分からないけど急にムカついてきて、俺はこれはおかしいと思った。

 

 この気持ちの半分は俺のものではない。


 たぶんあの骸骨からきているものだ。━━━呪いの一種だろう。




『━━━なんでだ…なんで…━━━━━』



「………!!」




 俺はマズイと思ってその場を離れようとして、頭の中に直接響く声を聞いてしまい立ち止まった。この声が━━━あの骸骨の嘆きだと気がついたからだ。骸骨の気持ちが伝わってくる。




『なんで誰も俺を祀ってくれないんだよ…』



「切実だな…」




 そのあまりにも、悲しみと寂しさのあまり怒りが込み上げてしまっている骸骨の気持ちに俺は思わずつっこんでしまった。

 そしたら骸骨は俺に気がついてこっちを見た。




『…あのさぁ……気付いてんだよね、さっきから。俺の墓の前でウンコしないでくれる?』



「……」




 俺はバツが悪くて何も言い返せない。確かに骸骨の言うことは正論だ。墓の前でウンコはいかんでしょう。いや、墓の前と言っても骸骨との距離は随分あるのだが、まあそれでも気分は悪いか。

 でも今の骸骨の言葉の一部はひっかかる。




「━━━ん?墓…?お前、魔物じゃないのか?て言うか……」



『違うよ…なんで俺が…』




 骸骨は嘆きつつ、遠くの木立からガサゴソと音を立てて草を掻き分け俺の元へと歩いてきた。

 俺は先手を取るべくポケットの石礫いしつぶてを握ったが、それを察したかのように骸骨が片手を上げて制したので止めておいた。それでも投げつけて先手を取るべきだったのだが、俺は何故かそうする気持ちが萎えていた。




『━━━うん。魔物が相手なら容赦しない方がいいよ。でも俺は違うんで…あー久々に人と喋ったな…』



「……」



『これ、俺の死体が埋められてる”塚”ね』



「え?…」




 骸骨はしゃがみ込んで、俺の手前にある地面の膨らみをポンポンと骨の右手で叩いて示した。確かにその地面の一部はこんもりと盛り上がっていて、大きめの岩が半分埋まって立ててある。

 だが、いやいや、お前の墓っつったって、お前さんという骸骨は俺の目の前にいるお前だろう。言ってることおかしくないか。矛盾だ矛盾。


 それから俺は少しこの骸骨と話をした。 

 どうも骸骨は、自分の墓の所へ俺がやって来るな〜と気配に気がついたものの、その俺が急にウンコする気配に変わったので自分の墓から遠くへ離れて突っ立っていたらしい。いじらしい奴だ。

 それとなんで骸骨が矛盾したこと言ってるのかと言うと、今動いている骸骨は自分の死体の骸骨ではないのだと言う。




『今日は俺の命日で…冥界の縛りから解放されたんだよ。で、う〜ん…その、ね?まぁこういう幽霊になってみればわかるけど、なんかに取り憑きたいわけよ。で、まぁ、その辺の茂みに骸骨ってあるじゃん?それをちょっとこう……拝借…みたいな』



「はあ…分からんけど。なんでそんなこと…何が目的でそんなことしてんの?その骸骨の本来の幽霊には悪くないん?」



『ぐっ…痛いとこつくな。まぁお咎めはあるよ冥界で…うん。やってること魔族と変わらんもんなぁ…』



「自覚あるんだな…」



『うん…。でさ、目的がちゃんとあるんだよ』



「ふん?」




 この骸骨が言うには、こうして他人の骸骨をのっとってまでウロウロしているのは意思表示のためなのだという。

 自分の命日だというのに誰にも供養されないのが悲しいやらムカつくやらで、それを誰かに伝えて供養が欲しいのだと。それがないとあの世の冥界での環境に変化が起きないのだとか。その辺は俺は聞いていても意味がよく分からないが、骸骨の必死な気持ちだけは伝わってきてるのでマジで供養が欲しそうだというのは分かる。


 なんでも今まで毎年こうして命日にはウロウロしているものの、誰ともまともな会話が成立せずに討伐されちゃったりして上手くいかなかったのだとか。だから俺と話せるだけでも感謝しているし、ウンコの件は水に流してもいいという。


 話しているうちに、俺はこの骸骨の身の上が気になってきた。なんでこんな辺鄙なところに墓があって、誰も祀らない状態なのか。生前はどこの誰だったのかと。




『あーそれな。気になるわな』



「…?…もしかして、さっきから俺の考えてること分かるのか?」



『まあな。いやー俺の正体か…まいったな…どうすっかな…』



「今日はもう遅いからさ、明日聞きにくるわ」



『!!!ッッ━━ッちょッッと待った!!! 今日しかアレだから!命日だから今日!今がほら!今しかないから!!』




 すっかり森が暗いのに気がついた俺が森の梢を見上げると、樹間から見える空はすでに茜色である。やばくないか。骸骨の人生は気になるがそろそろ引き上げるべきだった。

 だが骸骨は帰ろうとする俺を必死の勢いで止めようとする。塚に骨の両手をついてバンバン叩き、今日しかないのと言わんばかりだ。というかもう言ってる。


 俺はこの骸骨のことはもう魔物とは思わなくなっていて、普通に可哀想な魂だなと思えてきていた。

 この世界でこうして野垂れ死んでいる人間は無数にいる。俺自信、身元のわからない死体が森や街道脇や川縁にあるのを見たことが何十回もある。戦場跡で遺品漁りする時はそれこそ無数に見た。人間の死体は魔物がすぐ食い尽くしてしまうから意外と残ってはいないものだが、それでも人の死体なんてのは珍しくもないのだ。


 でも、こうして死霊と話すのは初めてだ。孤独だろうなーという感じで、何かしてやりたい気持ちになった。




「骸骨さん。これあげるわ」



『…これ…━━━え?何これ…豆?』



「炒り豆。俺の最後の食料だけど…」



『お、…お前………』



「じゃ。俺急ぐんで」




 腰巾着を外した俺は炒り豆の入った袋ごと手渡すと、骸骨は骨の両手でうやうやしくそれを受け取ったのだった。

 それを尻目に俺はさっさとその場を立ち去った。骸骨はまだ話したそうだったけど、ウンコ臭いからね。






nanasinoななしの twitter

https://twitter.com/lCTrI2KnpP56SVX


この連載は本編の外伝的作品としての物語です

本編はこちら

<――魔王を倒してサヨウナラ――>

https://ncode.syosetu.com/n9595hc/

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