第1件目 『とにかく登録したい人たち』
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「あの、冒険者になりたいんですけど…」
「あぁ、はい。じゃあっ、こちらの紙に書いてくださいね〜。書けたら私に持ってきてね」
冒険者になりて〜とか思って村を飛び出した俺はいろいろあってユピテリアの街までたどり着いた。その足でそのまま冒険者ギルド”アヴァンズ”に来ている。
受付のお姉さんはお姉さんというかおばちゃんだったがまあいい。思ってたのと違うな。とにかくなんか出された紙にいろいろ書かないとダメらしい。
紙には住所、氏名、年齢とか職業とか経歴とかまあいろいろ書く欄があるんだけど、俺は全部嘘を書いた。本当のことを書いたら誰にも相手にされないだろう。だから別にいいっしょ。俺はとにかく早く仲間を作って冒険がしてえんだ。
「はい、拝見しますね〜…」
「…」
「スザリオ・エグザイル・ガルマさん。━━━勇者、様…ですか………あらあら…24歳……魔公爵ウドー…?を討伐なされて……」
「…」
「あの、ではスザリオ様。こちらへ。別室にてお話しさせていただきます」
「?…はい……??」
受付のおばちゃんはビックリした顔で俺の顔から足までジロジロ眺めている。まあそりゃ驚くっしょ。どう見ても勇者には見えないだろうからね。
俺はまだ17歳だし装備はその辺の小作人と変わらない上下布の服だ。羽織もマントも何もないし靴も履いてないぜ。金もないから荷物もほぼない。
別室に連れて行かれるのは不安だけどアレだろうか。勇者っていうのはイキリすぎたか。偉い人みたいな感じの待遇をされるのは俺の目的とは違うんだが…おばちゃんは俺をどうするつもりだろう。
「…━━━━━?…」
「「「「…………」」」」
「はい、こちらでお待ちください」
「…?…?…はい……」
小部屋に入ると俺と似たような奴ら4人が椅子に腰掛けていた。全員めちゃくちゃ俺のことを見ている。
おばちゃんはすぐに出て行って、入れ替わりで入ってきた細い女の子が冷たいお茶を出してくれた。
「お疲れ様です。どうぞ」
「あ、どうも…」
「私、このアヴァンズの運営補佐のキリーです。よろしくお願いします」
「どうも。スザリオって言います。よろしくお願いします。俺は───」
「すんません。お茶のお代わり、頂いていいっすか」
「お手洗いお借りしたいんですけど」
「あの、お腹すいちゃって…なんかないでしょうか…」
「…」
「あっあっ…wちょっと待ってください。えと、はい…wちょっと待ってください」
キリーは4人からいっぺんにあれこれ注文されてめちゃくちゃ焦っている。苦笑いして困った様子だ。
この変な4人はなんなんだろう。俺とキリーが自己紹介してる最中にわやわや口挟みやがって。いや3人か。奥の椅子に座る長髪の奴は何か神妙な顔で黙って俺の顔を見ている。なんなんだろうか。
ギルドの従業員さんはキリーやおばちゃんの他にもいて、若くてシュッとした雰囲気の男女の使用人さんがお茶やパン切れをテーブルに並べてくれた。
いいのだろうか。俺はお金とか持ってないから知らんぞ。俺に出されたお茶だって金を払う気はない。ギルドの方から出してきたんだから俺は頼んでないんだからな…。
とはいえパンは人数分出されたから食べよう。昨日から豆しか食ってないから腹が減ってる。おっ?これはご丁寧に干し肉とチーズが挟んであるじゃないか。少しだが貴重な野菜まで…うまし。
「「「「……………」」」」
俺たち4人は無言でムシャムシャパンを食ってお茶を飲んでいる。誰か喋れよ。
おばちゃんかキリーが来て喋ってくれないと、この雰囲気は葬式みたいだ。
「みんなは何でこの部屋にいるん?…あ、俺はスザリオっていうからよろしく」
「…?…えっ…」
「…?…(もぐもぐ)」
「…!!(もぐもぐ)」
俺は思い切って自分から話しかけてみた。なんせ勇者だからな。
3人の反応はいろいろだが全員「え?誰に言ってんの?」みたいな反応だ。お前ら全員に言ってんだよ俺は。
俺の対面に座るやたら髪量の多いボサボサ頭の女はパンを食うのが早くてもう皿は綺麗な状態だ。でも口の周りにパンくずがめちゃくちゃついてて舌でペロペロやってて綺麗な顔が台無しだ。何なんだこの女は。
「(ぺろぺろ…)わ、わたし、勇者なんです。今日から冒険者になります」
「!?」
「「!!!」」
この瞬間、俺と俺以外の2人も全てを察しただろうことは間違いない。
俺たちはたぶん全員同じなんだと。そのことはお互い説明しなくても顔を見回して目が合って以心伝心みたいに一瞬で悟った。
早食いの女だけがきょとんとした顔で俺たちを見ているが、たぶん思っていた反応と違ったので困惑しているのだろう。
「へ、へぇ…勇者か。名前は?」
「ウーアっていいます。勇者ウーア・ミッフィー。みんなは?自己紹介しましょうよ」
俺に名前を聞かれて嬉しそうに答えたウーアだったが、それから簡単な自己紹介で俺と他の2人も勇者だと知ったウーアはまた困った顔になって黙ってしまった。
俺の横に座ってるイケメンはロバーツ・デイミオ。勇者だ。
「勇者が勢ぞろい、か…」
ロバーツは椅子に深く背もたれて腕を組むと上目遣いで俺たちを見回した。何の意味がある目線なのか俺はよくわからない。
奥の席に座ってる長髪の男はミルコ・アイザック。勇者である。
「──申し訳ないです」
何故かミルコが席を立って、ウーアに頭を下げて謝罪した。なんでも、ミルコは最初にこの部屋に入った奴で、次に入ってきたウーアが勇者だと名乗ったから遠慮して僧侶だと名乗ったらしい。なんでそんな嘘つくのこの人。いや全部嘘だろうけど。
「うそつき…っ!」
ウーアがミルコを睨んでコップのお茶をぶっかけた。何もそこまでせんでもいいでしょう。
俺はこの女に普通にどん引きしてしまったが、お茶を浴びて静かに着席したミルコが半泣きになってるのを見てまたちょっと引いてしまった。
そしたらドアが開いてもう1人の女が戻ってきた。
「何これ…?」
「あー…」
「な、なんでもないですよ」
「いやなんでもなくは無いだろう」
「僕が悪いんです」
「なんでアタシのパンが無いの?お茶も…」
「え?そっち?」
状況的に気にする箇所がおかしいだろと俺は意外に思ったのだが、トイレから戻ってきたピンク髪の女は自分の席の皿とコップが空になっているのを見て可愛い顔を盛大に歪めて不機嫌になっている。
他人のパンを食ったのはウーアだし他人のお茶をミルコにぶっかけるのに使ったのもウーアだ。
ピンク髪の女が俺を睨むので俺はなぜだかオロオロしてしまってウーアを見るしかなかった。その瞬間にウーアの脳天に拳骨が降った。
「イギッ!痛い…なんで…うっ、うぇぇ…」
「オメーだろーが!パンくずだらけなくせしやがって!食ってんじゃねーよ!」
ピンク髪の女は可愛いのに早口で烈火の如く怒る。すげー怖い。俺はこの女の方をなるべく見ないことにした。
嗚咽して泣き出したウーアがテーブルに突っ伏して頭を押さえていると、イケメンのロバーツが椅子を引いて立ち上がった。
「茶番だな。あのおばさんに説明してもらおうか」
「な、何を?」
「決まってるだろう。こんな可笑しなことがあるか?スザリオ。ここにいるのが全員勇者で、その全員が初めて冒険者登録に来たところの初心者…」
「は?全員勇者?何それ…」
ピンク髪の女はキユーギン・モエー・ファルマ。勇者だという。モエーと呼んで欲しいらしい。
モエーは全員を見回して怪訝な表情を浮かべたが、そのまま何も言わず自分の席についた。座るんかーいと俺は心の中でつっこんだ。
「ちょっといいですか?あの、…それ以前に、おかしいと思うんですけど…皆さん初めて冒険者登録なさるんですか?それなのに勇者って、どうして…」
ずぶ濡れ長髪のミルコが急に普通のことを言い出した。
そんなの全員嘘ついてるだけに決まってるじゃないかと俺は思うのだが、ミルコはもしかして気付いていないんだろうか。
━━━いや、そう思ってるのは俺だけなのか?俺はだんだん自信が無くなってきた。
「僕は、正真正銘の勇者です。勇者ルウマの家系の出なんです。このギルドにもブリック帝国ジュキヤ王の紹介状を持参していますから━━━━━」
「てゆうかさ、あのおばさん遅くない?俺らいつまでこの部屋にいればいいん?」
「これは何か裏があるな」
「痛い…脳味噌が出てます」
「勇者が何人いても良くない?」
ミルコがなんか真面目なことを言い出したので俺が席を立つとミルコ以外の全員も立って、それを見たミルコも慌てて席を立った。全員、いいかげんこの部屋で雑談しているのも微妙な気がしているはずだ。自己紹介なんて名前くらいしかしてないけど、なんとなくお互い馴れ合う気持ちにはなれないだろう。それはたぶん全員うそつきだからだ。勇者なんて1人もいないのが本当なのに決まっている。
そしたらちょうど、おばちゃんが部屋に戻ってきた。
「勇者さんは、全員勇者さんなのよ」
おばちゃんはそう言った。
おばちゃんは本当に全員を勇者として待遇すると言う事らしい。
書類に書いた情報が虚偽の場合は出入り禁止になったり官憲に通報になるらしいが、ここでは特に根掘り葉掘り追求するつもりはないと言う。
そんな経営でいいのか?俺はどうもこのギルドは怪しいと思ったが、何せ初めてだったしやっちまえと思った。
というわけで勇者としてギルドに冒険者登録を契約し、早速依頼を受けたりパーティを作るということになったのである。なんで一回この部屋に集められたのかは結局わからなかった。
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金がない俺は今晩泊まる宿もないから今すぐ仕事の依頼を受けたい。前金があるやつをな。
契約を済ませてから5人がいた部屋を真っ先に飛び出た俺はギルドの掲示板を見てイイ感じの依頼を探したが、前金が出るような依頼となると初心者の俺は対象外な依頼ばかりである。
「はい。じゃあこれに決めるわ」
俺は一番簡単そうな依頼を直ちにこなすことに決めた。パーティメンバーとかを作ってたら日が暮れるから今日は自分1人でなんとかするしかなかろう。
”町の外の魔獣討伐 西の森のゴブリン1匹500モニー 証拠となるゴブリンの耳など要提出”
依頼書を受付に持っていくと、おばちゃんじゃなくてシュッとした細面のお兄さんが応対してくれた。
お兄さんは特に何も言わず受諾はしてくれたが、俺がそのまま発とうとしたときに見せた心配そうな顔は逆に俺を不安にさせた。めちゃくちゃ哀れな者を見る目で俺を見ていたのである。そんなに俺はダメそうだろうか。
この連載は本編の外伝的作品としての物語です
本編はこちら
<――魔王を倒してサヨウナラ――>
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よかったらどぞ






