第二話 家族の反応
「ただいま帰りましたわ!」
今日は王都のロセッティ伯爵邸にお父様がいらっしゃいました。
一見黒と見紛うほど色の濃い焦げ茶色の髪に、心が安らぐのがわかります。
この世界が乙女ゲームだったとしてもセリフをスキップしていたので内容はさっぱりわからないという役立たずの前世の記憶持ちですが、前世日本人だったので黒色を見ると落ち着くのです。
「おや、今日は元気だね」
「なにか良いことがあったの?」
「姉上?」
お母様と五歳の弟は私と同じ金髪です。
この国の貴族は金髪が多いのです。エルネスト様も金髪でした。髪の色が近いと攻略対象の区別をつけにくいから、この世界は乙女ゲームではないのかもしれません。
彼のことを思い出したので、私は喜びを爆発させました。
「モレッティ公爵令息に婚約を破棄されましたの!」
「そうか!」
「良かったわね、アリーチェ」
「おめでとうございます、姉上!」
私が未来の公爵夫人となるために、無理をして刺々しい態度を取り我が儘を言っていたことは家族みんなが知っていました。
ときどき耐え切れなくなって泣いてしまう私を慰めてくれていました。
でも本当の自分でいたら、もっと酷いことになっていたでしょう。私は表と裏の顔を使い分けられるほど強くも賢くもありません。刃の鎧の中に隠れて、心を閉ざしていることしか出来なかったのです。
「じゃあアリーチェ。その髪型はやめるんだね?」
「いえ、この髪型はエルネスト様とは関係ありませんわ」
完全に前世の記憶が蘇ったのは婚約を破棄された瞬間でしたが、たぶん生まれたときからうっすらと残っていたのでしょう。
エルネスト様の三人の姉君に高位貴族令嬢の洗礼を受けて、強くならなくてはいけないと決意したとき、私が選んだのはこの髪型でした。
未熟な私はかの女王補佐官のようにはなれませんでした。でもこの髪型を選んだときは、強く凛々しい彼女のようになりたいと願っていたのです。ツンデレになる気はありませんでしたけどね。
ロセッティ伯爵家は弟が継ぎます。
私がエルネスト様に見初められてモレッティ公爵家との婚約が結ばれた直後は、両親に新しい子どもを作れという周囲の声がうるさくて大変でした。
弟が産まれたから良かったものの、中にはお父様に愛妾を作って跡取りを用意しろなんて迫る声もあったのです。お母様はどんなにお心を痛めていたことでしょう。
公爵夫人にならないのなら気を抜けますし、お父様は今さら私を政略の駒にはしないでしょう。元からそこまで格式高い家ではありませんしね。
それでも新しい縁談のお相手を支えられるように、強くなる努力だけは忘れないでいたいのです。そう、エルネスト様のためではなく自分のためにこの髪型にしたのですから。
まあ新しい縁談のお相手に理想を言えるなら、私より年上の方で身分は男爵か一代限りの騎士爵、髪色は黒かそう見えるくらい濃い色、お腹がむっつ以上割れている逞しい男性が良いですね。
私は細マッチョが好きなのです。
調合系ゲームで素材を集めに行くときは、いつも物理で殴っていました。
だって魔法を使うとMPがなくなりますもの。物理攻撃サイコー!