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婚約を破棄したら  作者: @豆狸
1/11

第一話 嬉し涙が止まらない。

「ロセッティ伯爵令嬢アリーチェ、僕は君との婚約を破棄する」


 婚約者のエルネスト様、モレッティ公爵令息に言われた途端、前世の記憶が蘇りました。

 両目から涙が溢れて止まりません。

 前世のネットで読んだ小説のように、婚約破棄の悲しみから今世の私が心を閉ざしてしまったのでしょうか。いいえ、違います。前世の記憶が蘇っただけで、私は私、ロセッティ伯爵令嬢アリーチェです。


 この涙は嬉し涙でした。

 だって、王国一の権勢を誇るモレッティ公爵家の夫人になんかなりたくなかったのですもの。

 私の涙を誤解したのか、エルネスト様が苦しげな表情をなさいます。根は優しい方なのです。無駄に潔癖症で、視野が狭いのが問題ですけど。


「も、申し訳ないとは思う。しかし、君はモレッティ公爵夫人に相応しくない。いつも刺々しい雰囲気で周囲と馴染もうとせず、我儘ばかり言っている。婚約者の僕にも作り物の笑顔しか見せてくれない」


 そうですね。

 この国の貴族は身分順に上から公>侯>伯>子>男(>一代限りの騎士爵)となっています。

 伯爵令嬢の私が公爵令息に嫁ぐのは二階級特進です。周囲の嫉妬は留まるところを知りません。すり寄ってくる人々の上辺だけの優しさを信じて言いなりになっていたら、今ごろ貞操も命も失っていたでしょう。


 刺々しい態度は自分を守るための鎧です。

 我儘な言葉は舐められないよう、自分を強く見せるためです。作り物の笑顔とおっしゃいますが、作り物とはいえ、いつも笑顔でいるのは大変なのですよ。

 公爵夫人になるのなら自分の身は自分で守らなくてはいけないと、教えてくださったのはエルネスト様の三人の姉君です。最初は彼女達の言動が怖くて泣いてしまいましたが、お三方のお言葉に間違いはありませんでした。


「僕は……明るく朗らかで優しい、君とは正反対の女性が好きなんだ」


 昔の君はそうだったのに、とエルネスト様が溜息をつかれます。

 出会ったころの私、十歳のエルネスト様に婚約を申し込まれたころの私はそうだったかもしれません。

 ロセッティ伯爵家の跡取り娘で、年上の頼れる方と結婚して家を継ぐのだと思っていた無邪気な少女でしたから。もちろん自分も努力するつもりでしたけど、支えて守ってくれる方と結ばれるのだと信じていました。


 伯爵は王家とも婚姻可能な高位貴族の末端ですが、あくまで末端。必要最低限王宮に顔を出せば、後は領地でのんびり暮らせます。

 王都の社交界で丁々発止の権力争いを繰り広げなくてはならない公爵や侯爵とは違うのです。

 そもそも『明るく朗らかで優しい』女性でいるためには周囲の支えが必要でしょう? どんなに苦しくても表に出さず『明るく朗らかで優しい』女性でいろと? 苦しんでいても傷ついていても助けてくれない方を一途に愛し続けろと?


 それだけの魅力を持つ人間になってからほざいてください。

 前世の私はライトなオタクでしたが、推しを持つディープオタクの友人はたくさんいました。

 彼女達は自分の持つものすべてを推しに捧げていましたけれど、けして無私ではありませんでした。推しは彼女達の苦しみを軽減し、傷を癒してくれる魅力を持っていたのです。


「……すまない、アリーチェ。もう泣かないでくれ。ほら、涙を拭って」


 差し出されたハンカチを拒んで、私は制服の(ここは学園の裏庭です)袖で涙を拭いました。

 ハンカチなんかお借りしたら、後日洗って返さなくてはなりません。せっかく縁が切れたのに、関わる要素を残したくはありません。

 私は微笑みました。


「お気遣いありがとうございます。でもハンカチは結構ですわ。婚約破棄、喜んでお受けいたします。父には私から伝えておきますので、モレッティ公爵殿下にはエルネスト様からお伝えくださいませね。ではごきげんよう」


 カーテシーをして立ち去ります。

 さて、前世の記憶が蘇ったのは良いけれど、これからの人生になにか役立つものなのでしょうか。

 前世の私はゲーマーでしたが、育成系か調合系専門でした。選択肢を選んで、すぐに結果が出るのが好きだったのです。


 乙女ゲームもその系統ならやり込みました。でも恋愛メインのアドベンチャー系は体験版しかしたことがないのです。

 しかもその体験版のセリフはほとんどスキップしていました。

 だってアドベンチャーって選択肢を選んでからストーリーに変化がある分岐点まで長いんですもの。そしていつも思っていました。……私、アドベンチャーゲームに向いてない、と。


 小説の長い文章ならネットでも紙でも読めましたし、画面全体に文章が表示されるノベルゲームは大好きでした。

 後、セリフが吹き出しで表示される生活系のゲームも。

 アドベンチャーのあの、画面の下に狭いセリフ枠があるタイプが苦手だったのかもしれません。二、三行をボタンでぽちぽち送りながら、長いセリフを読むのって面倒じゃないですか。


 もしこの世界が乙女ゲームだったとしたら、そのゲームをダウンロードした理由はわかります。

 今の私が縦ロールだからです。ちなみに金髪です。

 そう、育成系の乙女ゲームならやり込んできました。ツンデレ女王補佐官は大好きです。

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