第八章 飛鴻鬼
「え…?」
ロックの言葉に、三人は言葉を失った。
「戦鬼って、サムライ百人を秒殺したって、あの…?」
「ん?ああ、そんなこともあったかな?」
ロックが事もなげに言う。
「まあ、ふりかかる火の粉を振り払っただけなんだけどね」
「そ、それに、戦鬼って、ぼくらの敵じゃないの?」
「敵?おかしなことを言うね。ミーにサムライと戦うつもりはないよ。ただ、サムライたちが、門を開けるために、ミーを襲ってきてるだけさ」
「でも!でも!戦鬼って、この世界の王の手下なんでしょ?」
その言葉を聞くなり、ロックの顔つきが変わった。
「ヘイ!冗談でも、そんなことを言うのはやめてくれ!ミーたちが、あんな王の手下だって?バカなことを言うもんじゃないぜ!」
ロックのあまりの剣幕に、百々丸は言葉を失う。
「いいかい!王は、この世界を創り出し、ミーたちを、ここに閉じ込めた諸悪の根源だ!そして、今でも、どこかから、ミーたちが殺し合う姿を楽しんでいるんだ!」
ドォーン!
ロックと百々丸の会話を遮る様に、再び、火薬玉が投下された。
ロックが百々丸を抱えて、爆発の圏内から離脱する。
「お前ら、我らと戦っているのを忘れているんじゃないか?」
次の爆弾に火をつけながら、禿鷹丸が言った。
「長話もいいが、我らも、飛ぶのに疲れてきたところだ。そろそろ、決着をつけさせてもらう!」
そう言って投下された火薬玉は、満天丸のみね打ちによって、爆発の前に、みなのいない方向へはじかれた。
「オイ!」
遠くで爆発した火薬玉の起こす風に髪をなびかせながら、満天丸が言った。
「さっき、重力を操る、とか言ったな?」
「そう!ミーたち戦鬼は、それぞれ特殊な能力を持っている。ミーはモノの重さを操れる、つまり…」
ロック、いや、今は飛鴻鬼と呼んだ方がいいのだろうか、飛鴻鬼は、その身体をフワリと宙に浮かせた。
「空を自由に飛ぶことが出来る」
「理屈はどうでもいい!空を飛べるんなら、おいらをあいつらのところに連れてってくれ!」
満天丸が数尺の上空に浮かんだ飛鴻鬼に叫んだ。
「オッケー!最初から、そのつもりだ!さっそく、行くぜ!」
飛鴻鬼は、そう言うと、満天丸の脇の下から彼の体を抱えて、空に飛び上がった。
そのまま、搶禍空忍がいる上空へ向かって、駆け上がっていく。
彼らは、あっという間に、空忍たちを飛び越え、より高い位置につけた。
「一気に終わらせる。スタンバイは出来てるな!」
「スタンなんとかは知らんが、いつでもいいぞ!」
「じゃあ、行ってこい!ファイヤー!」
飛鴻鬼は、そう言うと、満天丸の体を禿鷹丸に向かって投げた。それと同時に、自分は蜂姫に向かって飛ぶ。
空中に投げ出された満天丸は、その軌道上にいた禿鷹丸の背中に着地した。
「な!なに!?」
「飛ぶのに疲れたんだろ?お望みのとおり、決着をつけに来てやったぜ!」
満天丸がニヤリと笑った。
そして、禿鷹丸の背中の羽根を毟り始める。
「秘技!鳥肉屋の舞台ウラ!」
「ば!バカ!何をする!そんなことをしたら、お前も一緒に落ちてしまうぞ!」
慌てる禿鷹丸をよそに、満天丸は、その手を休めない。二人の高度は、徐々に下がっていく。
「付き合ってられるか!」
禿鷹丸はそう言うと、満天丸を振り落とそうと、体勢を上下逆に入れ替えようとした。
その隙を見逃さないように、満天丸が禿鷹丸の手足の関節を巧みに極めた。
「し、しまった!」
完全に身動きが取れなくなった禿鷹丸は、羽ばたくことも出来ずに、かなりの速度で落下していく。
そして、そのままの勢いで、地面に頭を叩きつけられた。
「グギャア!」
断末魔の声とともに、禿鷹丸は武者札へと姿を変える。
禿鷹丸の体を使って落下の衝撃を和らげた満天丸には、キズ一つなかった。
飛鴻鬼と対峙している蜂姫は、竹筒を彼に向け、針雨を放った。
瞬殺の猛毒の針が無数に、飛鴻鬼に襲いかかる。
しかし、それらが飛鴻鬼の体を貫くことはなかった。
全ての針は、飛鴻鬼に届く寸前で、上から重いもので押さえつけられたように落ちていった。
「何ッ!?」
「言ったじゃん。ミーは、重力を操れるって。この周りに、重力場を発生させて、とっても重くしてるんだよね」
「ならば!」
蜂姫は、腰にさげた剣を抜いた。細身のサーベルだ。
「へぇ、向かってくるんだ。重力場をこのままにしてたら、重さで落ちちゃうだろうけど、それじゃ面白くないよね」
飛鴻鬼は、そう言うと、同じく腰に帯びた剣を抜いた。西洋風の両刃の剣だ。
「九重戦鬼流、飛燕!」
飛鴻鬼の発声とともに、二人の体が接近する。
キィーン!
剣と剣がぶつかり合う高音が鳴り響いたと思ったときには、飛鴻鬼と蜂姫の姿は交差し、互いに背中を向けあっていた。
しばしの静寂が流れた、後。
「見事…」
蜂姫が、そう呟き、武者札に変わった。
蜂姫の武者札を回収した飛鴻鬼が、満天丸たちのところに着地する。
「いるかい?」
そう言って差し出す武者札を満天丸は受け取らない。
「いらねーよ。おいらは、これから、オメーを倒して、門を開くんだからな!」
「ちょ!ちょっと待ってよ!見たでしょ!空を飛べるサムライ相手に、どうやって戦うつもりなの!?」
今にも、勝負を始めそうな満天丸の様子に、百々丸が慌てて止める。
「そんなん、どうとでもなる!」
「いやいやいや!また、考えなしに言ってるでしょ!」
その二人の様子を楽しそうに、飛鴻鬼が見ている。
「あのさ、ミーを倒さないと門が開かないって、誰が言ってたの?」
「え?違うの?」
飛鴻鬼の言葉に、百々丸が彼の方を振り返る。
「たしかに、ミーも、この地にいるサムライだから、殺られたら札になるんだろうけど…」
そう言う飛鴻鬼を鋭い斬撃が襲った。
一気に間合を詰めた満天丸の抜き撃ちだ。
「ひゅ〜、全く油断も隙もないね〜」
「チッ!」
飛鴻鬼が、その斬撃を空に浮かび上がって避けたのを見て、満天丸が舌打ちをする。
「べつに、闘りあうのは構わないけどさ、まずはミーの話を聞いてからにしない?」
「そうだよ。まずは、話を聞いてみようよ。ぼくら、まだ、この世界のこと、ほとんど知らないんだから」
静かに地面に降り立った飛鴻鬼をかばうように、百々丸が言う。
「仕方ない。聞くだけは聞いてやるから、手短にな」
「なんで、そんなにエラそうなの?」
百々丸が呆れたように言った。
「おお!そうだ!大事なことを忘れてた!」
満天丸が、百々丸の批難など、気にもしないで叫んだ。
「ん?どうした?」
「おいら、腹が減った!さっきの札を、団子に替えんと!」
「いま、それ、大事〜?」
萬屋が運んできた大量の団子を前に飛鴻鬼が語り始めた。
「まず、ミーたち戦鬼は、次の階層の門を自由に開けることが出来る。なので、ミーが開けたいと思えば、今すぐにでも、ここで門を開ける」
「え?そうなの?じゃ、戦わなくていいの?」
満天丸と剣豪丸は、団子に夢中で聞いている様子はない。唯一、飛鴻鬼の話に耳を傾けている百々丸が言った。
「もちろん、誰彼構わず、開けるわけじゃないけどね」
「でも、じゃあ、なんで臥龍童子さんは、倒さなきゃいけないって言ったんだろう?」
「ふふっ。あいつは、臥龍童子なんて名乗ってるけどね。またの名を睦都鬼と言って、この世界で一番最初に現れた戦鬼なんだよ」
「え!?」
「剣豪丸、おいらより、一本多く、みたらし団子食べたよね?」
「お?そうだったか?すまんすまん。代わりに、このよもぎ団子をお主にやろう!」
「睦都鬼の能力は、空間を自在に操る力。彼は、その能力を使って、九つの階層全てに行くことが出来る。ミーたちは、同じ戦鬼といっても、そんなことは出来ない。門を使わないと行き来できないから、自分だけでは、隣の階層にしか行けない」
「あ!あの、階段からヒュンッて部屋に移動したの、それなんだ!」
「このきな粉がかかってるやつ、いけるね!」
「オレは、この三色団子が好みだな〜」
「だから、実は、ミーは、睦都鬼と第三階層の戦鬼以外の戦鬼のことは知らないんだ。この世界が九つの層に分かれているというのも、睦都鬼に聞いた話で、ミーが自分で確認したことじゃない」
「でも、なんで、臥龍童子、いや睦都鬼さんだっけ、あの子は、ぼくらを戦わせるように仕向けたんだろう」
「けっきょく、最終的には、あずき団子が一番ウマいな」
「わかりみ〜!」
「ああ、それはな…」
「あ、ごめん。ちょっと待って。ちょっと二人とも!なんで、ぼくの分考えずに二人で完食してるの!!」
いつの間にか、大量にあった団子は、満天丸と剣豪丸のお腹の中に収まり、皿には、串しか残ってなかった。
「さっき睦都鬼がミーのところに来た」
百々丸が、満天丸と剣豪丸をひとしきり説教した後で、再び、飛鴻鬼が話し始めた。
「彼は、もしかしたら、ミーたちが解放されるときが来たかもしれない、と言った」
「解放…?」
「ミーたちは、特殊な能力を持たされた代わりに、この世界から出ることは出来ない。サムライたちは、札を集めれば、外に出れるが、ミーたちには、そのチャンスすらない」
「え?出れないの?」
「ああ、空間を操れる睦都鬼でも、外に出るのは無理だったらしい」
「じゃ、ぼくらよりも、状況悪いじゃん…」
百々丸が悲しげな顔で飛鴻鬼を見た。
「ミーたちに同情してくれてサンキュー」
飛鴻鬼が百々丸に微笑んだ。
「実際、ミーたちは、もう、どのくらい、ここにいるのか、一体何人のサムライを倒してきたのか、そもそも、自分たちが、いつの、どの世界から来たのか、覚えていない。メリケン人というのも、本当かどうか、分からないんだよ」
「…」
「とはいえ、ミーたちも、ずっと、ここにいたいわけじゃない。帰る世界がどこかは忘れてしまっても、ここからは解放されたい」
「で?おいらとは、いつ戦うんだい?」
団子の串を爪楊枝がわりに使いながら、満天丸が言った。
「まったく、好戦的だねぇ。サムライって人種は」
飛鴻鬼があきれたように言う。
「でも、ミーは、ユーたちと戦う気はないよ」
「え?」
「さっき、睦都鬼がミーのところに来たことは言ったろ。彼は、ミーたちが解放されるかもしれないと言っていた。それは、つまり、この世界が崩壊することを意味する」
「…」
「つまり、王を倒すサムライが現れた、ということだよ」
「へぇ~」
満天丸が不敵な笑みを浮かべる。
「睦都鬼は、ミーたちに、ユーたちを見極めるように言った。それで、ミーはユーたちに、近づいたのさ」
「じゃ、睦都鬼さんが戦うように言ったのも!?」
「おそらく、ミーたちとユーたちを接触させるためだろうな」
「よかった〜。絶対に戦わなきゃいけないわけじゃないんだ〜」
安堵に胸をなでおろす百々丸の横で、満天丸がつまらなさそうな顔をする。
「さっきも言ったけど、九人いる戦鬼たちが、どんな連中か、ミーもよく知らない。なので、見極めると言いつつ、本気で戦いを仕掛ける奴も、中にはいるかもしれないけどね」
その言葉に、百々丸の顔色は青くなったが、満天丸は逆に嬉しそうな顔になる。
「どちらにしろ、ミーはユーたちと戦う気はないよ。なんとなく、気に入ったしね」
「じゃあ!」
「ウン、門を開けよう。次の階層に進むといいよ」
飛鴻鬼は、そう言うと、手を振りかざした。
すると、武者札を集めたときのように、九曜門が出現する。
「さあ!レッツゴー!」
飛鴻鬼の言葉に、まだ戦いたそうにしている満天丸の手を、百々丸が引っ張って、門をくぐった。剣豪丸も後に続き、三人の姿が門の向こうに消える。
「行きましたか?」
三人を見送る飛鴻鬼の横に小さな影が立った。
臥龍童子こと睦都鬼だ。
「ああ、面白い連中だな」
「ええ。あのくらい型破りの方が、王には対抗できるでしょう」
「しかし、本当に、彼らが王を倒せると?」
「さあ?」
睦都鬼が笑う。
「どうでしょう。彼らでダメなら、また、次のサムライを探せばいいだけですよ」
そう言って冷たい笑いを浮かべる睦都鬼の横で、飛鴻鬼は三人が消えた後を心配そうに見つめるのだった。