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第五章 臥龍童子

「あれ?ここはどこ?」

 門をくぐった先は、上に向かって長く伸びる階段だった。その階段は見える限り、はるか遠くまで続いており、どこまであるのか見当もつかない。

 幼い頃から、あちこち旅をしてきた百々丸だったが、訪れたことがある、どの場所にも、こんなに長い階段はなかった。

「てっきり、元の世界に帰れると思ってたのに…」

 百々丸は、そう言って、階段の先を見上げながら、フラフラと足を踏み出した。

「おい!気をつけろ!」

 足元に注意を払ってなかった百々丸に満天丸が声をかける。

「え?えーっ!」

 ハッとなった百々丸が足元を見て、驚きの声をあげた。

 階段の端は断崖絶壁だった。底がどこにあるのか、全く見えないくらい深い谷が、暗い口を開いている。

 百々丸は、その断崖に足を踏み出そうとしているところだった。あまりの驚きに、バランスを崩した百々丸の手が支えを求めて宙をさまよう」

「ホラ、つかまれ!」

 差し伸べられた満天丸の腕に必死にしがみつき、ようやく百々丸の体は階段の方に戻された。

 満天丸にしがみついたまま、荒い息を吐きながら、百々丸が左右を見渡す。見える範囲を確認した限り、この階段以外の場所は、同様の谷になっており、階段を上る以外、どこにも行ける場所はなさそうだった。

「この階段を上がるしかないみたいだな」

 剣豪丸が、皆に先駆けて階段を上がり始めた。ようやく満天丸から離れた百々丸も後に続く。満天丸も二人に追いつき、三人は百々丸を真ん中に肩を並べて歩き出した。

 階段の幅は五間ほどもあり、三人が並んで歩いても、十分な広さがある。

 ただ、どこまで歩いても、先は見えてこず、ずっと同じような景色が続くのだった。


「一体、どこまで上ればいいんだろう?」

 小一時間ほどのぼり、少し息が荒くなってきた百々丸が言った。

「なんだ?もう疲れたのか?さっき、腹ごしらえはしただろ?」

 そう言う満天丸も、右を歩く剣豪丸も、全く変わらない様子で歩みを進めている。

「ぼくは、満天丸さんたちとは違って、普通の人間だから…」

「あれ?もしかして、おいら、悪口言われてる?」


 そんな二人の様子を見た剣豪丸が足を止めた。

「少し休もうか?」

 剣豪丸は、そう言うと一番に階段に腰かけた。帯から提げた瓢箪を取り出して、のどを潤し始める。

 その様子を見た百々丸も、その横に腰を下ろし、彼が差し出した瓢箪を受け取り、乾いた体に水を流しこんだ。

 満天丸だけは座らずに階段の先を見上げていた。


「おい!あれを見ろ!」

 一息ついて落ち着いた百々丸たちに、満天丸が言った。二人は、満天丸が示す階段の上方を見あげた。

 そこには、提灯を手に、こちらの方へ階段を降りてくる人影があった。

「あれは誰だろう?」

 まだ、だいぶ遠くにあり、あまりに小さな人影を、不思議そうに百々丸が眺めた。


 そうする間にも、提灯の明かりは、少しずつ近づいてきて、やがて、その人物の姿がハッキリと見えるほどになった。

 最初は遠くにいるから小さく見えるのかと思われた人影だったが、その姿が確認できるほどに近づくと、小さく見えたのも当然なくらい、幼い子どものものだと分かった。

 子どもというより、幼児と言った方がいいかもしれない。五歳にも満たないほどの小さな男の子が、提灯を持って、降りてきたのだった。

 その子は、満天丸たちから見て十段ほど上の段まで降りて来て、足を止めた。


「よく来ましたね」

 提灯を持った子どもが言った。

「きみ、こんなところで何してるの?」

 百々丸が言った。

 闘幻境に来て以来、血なまぐさいサムライたちばかり見てきたせいで、久しぶりに見る子どもの姿に安心と戸惑いが混じりあう気持ちだった。

「僕は、臥龍童子。この無間階(むげんきざはし)の案内人です」

「へぇ、案内してくれるのか。そりゃ助かるね」

 満天丸が言った。

 いつもと変わらぬ口調ではあるが、童子に対する警戒は解いていない。

「ハイ、さっそく」

 臥龍童子は、そう言うと、ニコッと微笑んで、指を鳴らした。

 その途端、三人は周りの景色が一瞬で流れていくような不思議な感覚を覚えた。


「着きました」

 そういう臥龍童子の声が聞こえたと思ったときには、三人の姿は、さっきの階段ではなく、見知らぬ部屋の中にあった。

「ここは?」

 百々丸が、狐狸に化かされたような顔で周りを見回す。

「ここは日曜星の間。最初の十二枚の武者札を集められたサムライの休憩所です」

 臥龍童子が微笑みながら言った。

「休憩所なら、飯くらい出してほしいものだな!」

 さっそく、部屋の中央に置いてあった椅子に腰かけた満天丸が言った。

「ちょっと満天丸さん!図々しいよ!」

 そんな満天丸を百々丸が慌てて止める。

「ありますよ」

 臥龍童子は、当然のように言った。

 たちまち数名の男女が現れ、満天丸の前にテーブルを置き、三人分の食事を並べた。

 それは、見たこともないような豪華な食事だった。

「わぁ!」

 百々丸も満天丸の横の椅子に座るやいなや、早々と箸を取る。

「どれから食べようかな〜!やっぱり、コレ!」

 百々丸が尾頭付きの鯛に箸を伸ばして食べはじめた!

「うわっ!うまっ!身がホクホク!」

 しかし、当の満天丸は、まだ手をつけていなかった。

「どうしたのですか?毒なんか入ってませんよ」

「気に入らないな」

「え?」

「おいらの経験上、タダ飯ほど怖いものはない」

「ほう」

「お前は何者だ。なぜ、こんなことをする」

 満天丸が臥龍童子に詰め寄った。

「第一階層から見ていましたが、どうも、一筋縄ではいかない人のようですね」

 悪びれもせず、臥龍童子が言った。

「わかりました。きちんと説明します。まずは、冷めないうちに食事を召し上がられたらどうですか?話はその後でも…」

 臥龍童子が並べられた食事を示しながら言った。

「わかった!後で、ちゃんと聞かせろよ!そうと決まれば」

 そう言うと、満天丸は、テーブルの方に向き直った。

「コラ!百々丸!ナニ一人で食ってんだ!おいらの分も、ちゃんと残しとけよ!」

 先ほどの鯛をほぼ骨だけにしてしまった百々丸に満天丸が叫ぶ。

「そんなの知らないよ~!早いものがちだもんね〜!」

 百々丸の箸の速さが、何倍も速くなり、次々と食べ物を口の中に放り込む。

「だから、一人で食うなって!」

 慌てて箸をつかんだ満天丸と百々丸は、また、食べ物をめぐって、みにくい争いをはじめたのだった。

「どうも、あなた方とは一味も二味も違うようですね」

 満天丸たちの争いに加わらず、少し離れたところで、それを眺めていた剣豪丸に、臥龍童子が話しかけた。

「ああ…」

 剣豪丸は、その言葉に軽く相づちを打つと、食事を摂るためにテーブルに向かった。


「ここは闘幻境です」

 食事を終えた後、再び登場した数名の男女によって、テーブルごと片付けられ、もとの広さに戻った部屋の中で、臥龍童子は語り始めた。

 きちんと正座して聴いている百々丸の隣で、満天丸は魚の骨をしゃぶりながら、片肘ついた涅槃像のような姿で聴いていた。剣豪丸は少し離れたところで、壁にもたれて立っている。

「満天丸さん、態度悪いよ!」

「なぁに、おいらは、こういうくつろいだ姿勢の方が、よーく、アタマに入るのさ」

 そんな二人にはお構いなしに、臥龍童子は話を進める。

「ここが、何時からあるのか、僕も知りません。ただ、ここにいるサムライたちのなかには、はるか昔に消え去った王朝のサムライもいることから、人間の歴史と同じくらい古くからあるのではないか、と思います」

「そういや、満天丸さんも、古今東西のサムライがいるって言ってたね」

「また、ここが、この世なのか、あの世なのかも、僕には分かりません。しかし、現世に生還されたサムライもいることから、あなた方が、未だ生きていることは確かです」

「よかった!とりあえず、生きて帰ることができるんだ!」

「安心するのは早いかもしれないぜ。童子も、未だ死んでないって言ってるだけだしな」

「エッ!?」

 驚く百々丸を笑顔で見ながら、臥龍童子が話を続ける。

「僕に分かるのは、この闘幻境のルールだけ、です」

「ルールって、なんだろ?」

「そこはニュアンスで分かっとけ」

 二人の掛け合いを聞かなかったことにして、臥龍童子の話は進む。


「ここから出る方法は、三つ、あります」

 指を三本立てて、臥龍童子が語る。

「三つもあるんだ!だったら、なんとかなりそうだね!」

 百々丸が少し希望をもった表情になった。

「その前に言っておきますが、闘幻境には九つの階層があり、それぞれ、次の階層に進むには九曜門を開く必要があります」

「あの武者札を十二枚集めると出てくる門だね」

「聞くところによると、最後の門をくぐった先が、あなた方が生きておられる現世とのことです」

「なるほど、じゃあ、さっきと同じことを九回やれば帰れる…ん?」 

 百々丸が指を使って計算を始める。

「ええ!全部で百八枚も要るじゃない!?」

「それだけではありません。次の階層を開くための武者札は、一つ前の階層で手に入れたものしか使えません。つまり、第一階層で、どんなにたくさんの武者札を集めても、それを第三階層の門を開けるのに使うことはできないのです」

「え?だったら?」

「なるほど。上の階層に行けば行くほど、それまでに多くの武者札を集めてきた手強いヤツラが相手になる。だんだん、十二枚集めるのが難しくなるってことだな」

「そ、そうだよね」

 百々丸が助けを求めるような顔で臥龍童子を見る。

「で、でも、他に、二つも方法があるんでしょ?そっちなら、なんとかなるかもしれないよ!」

 臥龍童子が笑顔を絶やさずに口を開く。

「二つ目の方法は、各階層を統べる戦鬼を倒すことです」

「戦鬼?」

「そう。各階層には、戦鬼と呼ばれる者たちがいます。これらの戦鬼を札に変えれば、その一枚で門は開きます」

「たった一人なら、十二枚集めるより、簡単かな〜」

「ただし」

「?」

「戦鬼の強さは、計り知れません。以前、この第二階層の戦鬼を倒すために、百人ほどで徒党を組んで向かっていったサムライがいたのですが、わずか数秒で全て札にされてしまいました」

「ひぇっ!」

 百々丸の顔が青ざめた。

「だったら、三つめだ!三つめの方法は、どんなの?」

「三つめの相手は、一人だけです」

「それだ!それで行こう!」

「ただし、これが一番困難かもしれません」

「?」

「それは、この世界の王を倒すこと」

「王?」

「ハイ。この世界には、この闘幻境の創造主ともいえる王がいます。その王を倒せば、この世界は崩壊し、全てのサムライたちは、元の世界に戻れると聞いています。ただ…」

「ただ?」

「はるか古来より、この闘幻境が存在するということは、王の打倒を成し遂げたサムライはいない、ということです」

 百々丸の顔が、蒼白を通り越して、真っ白になった。


「はーはっはっはっ!」

 そのとき、満天丸の高笑いが部屋中に響いた。

「実に面白い!」

「へ?」

「誰も成し遂げたことがない、最強の敵の打倒。決めた!おいらは、この世界の王を倒す!」

「え?えー!?」

 満天丸の宣言に、百々丸が驚きの声をあげる。

「な、なに言ってんの!?この世界の創造主だよ!言ってみれば、神様みたいなもんだよ。そんな相手と戦う気なの!?」

「心配いらん!おいらは天下無敵!神様でも、おいらの敵じゃない!」

「またイミフな自信を…。剣豪丸さん、なんとか言ってよ!」

 百々丸が助けを求めるように、壁際の剣豪丸に近寄る。

「フフ…アーハッハ!」

 突然、剣豪丸が笑い出した。

「なるほど、そうきたか。本当に面白いヤツだ!」

 剣豪丸が百々丸越しに満天丸を見つめて言った。

「やっぱり、一味も二味も違うサムライですね」

 臥龍童子も言う。

「え?え?もしかして、ぼく、孤立してる?」

 この場に満天丸の無謀な挑戦を止めようとする人間が自分しかいないことに気づいた百々丸が叫んだ。

「詰んだ〜!!」 

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