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第四章 萬屋饅頭

「さて、では、そろそろ行こうか?」

 そう言いながら、剣豪丸が満天丸に手を差し出した。

「なんだ?食い物なら持ってないぞ」

「イヤ、満天丸さん、ここは武者札でしょ」

「これか?」

 満天丸が蜘蛛丸と仙人掌丸の武者札を懐から取り出した。

「タダでは貸さん、と言ったら、どうする?」

 そう言う満天丸の体の奥に、熱い気が溜まっていくのが、百々丸にも伝わってくる。

「へぇ、ホントに面白いヤツだね〜」

 しかし、剣豪丸はなにげない様子で、満天丸の気を受け止めた。

「しかし、サムライだもんな。ここらへんで、どっちが強いか、ハッキリさせとくのもいいかもね」

 そう言うと、剣豪丸の顔からトボけた表情が消え、その体から気が発せられてきた。

 満天丸の熱い気に対し、剣豪丸の気は吹きすさぶ暴風のような気であった。存在しないはずの風にあおられて、百々丸の髪がなびく。

「ちょ、ちょっと待ってよ!なんで、そうなっちゃうの!?」

 そんな二人を前にして、百々丸がオロオロしながら言った。

 二人の気は、どんどん膨れ上がり、まさに一触即発と思われた。

 そのとき。


 ぐぅ~!


 対峙する二人の腹が大きく鳴った。

 それが合図になったかのように、二人の気がたちまち消え去る。

「やめだ!やめだ!腹が減っては戦はできん!」

 満天丸が言った。

「オレも同じだ。考えてみたら、ここに来てから、だいたい一昼夜、何も食べとらん!」

「ナニ!?お前も食い物持ってねーのか!?」

「ああ、食い物と寝床を探して、フラフラしていたところを、血霧に捕まったからね」

 剣豪丸が、ノンビリとした口調で話す。

「だいたいさ〜、腹がふくれてたら、血霧なんかに捕まらなかったと思うんだよね。けど、走ったら、余計に腹が減りそうだったから、面倒くさくなって、そのまま、捕まることにしたんよ」

「わかる!おいらも、腹が減って面倒くさいから、そのまま、寝とこうと思ってたのに、この百々丸が…」

「え?ナニ?ぼくのせいなの?」

 いきなり責任転嫁されて、百々丸は慌てた。

 しかし、内心では、この愛すべきサムライたちが、互いを傷つけ合わずに済んだことに安堵していた。


「ところで剣豪丸さんは、天下十剣てことは、剣匠丸さんのお友だちなの?」

 百々丸が、ここに来る前に出会った優しい男の姿を思い浮かべながら言った。

「ン?お前ら、アイツを知ってるのか?」

「ウン!ここに来る前に会ったんだ。剣匠丸さんは、ぼくたちを赤い霧から逃がそうとしてくれてたんだけど、満天丸さんがなかなか起きなくて…」

「え?なに?おいらのせいって言いたいの?」

「あれは、完全に満天丸さんのせいだよ!覚えてないの!?」

「ハッキリ言う!覚えてない!」

「まったく…」

 百々丸が肩をすくめた。

「ハハハ!」

 そんな二人の姿を見て、剣豪丸が笑った。

「仲がいいな、お前たち」

「え〜!」

 百々丸が、心底嫌そうに満天丸の顔を見た。

「なんだよ。なんか不満か?」

「オレと、さっき話に出た剣匠丸も、同じくらい仲がいい。オレたちは、莫逆の友ってヤツだな」

「へぇ〜」

「オレたち天下十剣は、みんな似た境遇を持った兄弟みたいなものなんだが、その中でもオレと剣匠丸は、最初に相棒になった二人だからな。他の連中よりも結びつきが深い」

「そうなんだ〜」

 興味深く剣豪丸の話を聞く百々丸に対して、満天丸は何の関心もないように、手の中の武者札を見ていた。

 武者札は、だいたい手のひらほどの大きさの長方形の札である。柔らかくもなく固くもない、満天丸が見たこともない紙で作られていた。

 その武者札を、何気なく、裏返した満天丸の目が輝きだした。


「おい!これを見ろ!」

 満天丸が武者札の裏側を、話しこんでいる二人の目の前に差し出した。

 そこには、先ほども見た注意書きがあった。

「これがどうしたの?」

 百々丸がけげんそうに聞いた。

「二行目を読んでみろ」

 満天丸の指示に従い、百々丸が二行目の注意書きに目を通す。そこには、こう書いてあった。

〈一、この札は闘幻境で必要なものと交換できます〉

「これがどうしたの?」

「必要なものってことは、食い物にも換えられるじゃないか?」

「え!?」

「フム、その発想はなかったが、そうかもしれんな」

 百々丸の後ろで腕組みをしている剣豪丸が言った。

「オレが見た他の連中は、刀や鎧と交換していたが、たしかに、食い物も必要といえば必要だ」

「な!な!だよな!」

 満天丸が得意気な顔で言った。

「ちょ!チョット待ってよ!ぼくたち、門を開くのに、ちょうどの枚数しか持ってないんだよ!それを使ったら足りなくなっちゃう!」

「そんなことは知らん!おいらは腹が減った!」

 満天丸は、そう言うと、御札に向かって叫んだ。

「おーい!交換してくれ!」


「あいあいさー!」

 満天丸の声に応えて、どこかから返事がした。

「ヨッホ、ヨッホ」

 ほどなく、大きな葛籠を背負った商人風の男が、どこからともなく、やってきた。

「まいど〜!萬屋でおま。ワテを呼びはったのは、あんさんたちでっか?」

「わ!なんか嘘くさい関西弁…」

 百々丸の感想を無視して、萬屋が葛籠を背中から下ろす。

「さあ、何がお入り用どす?名刀、名剣、大鎧から鉄兜、古今東西、どんなものでも取り揃えてまっせ!」

 萬屋が葛籠から様々な武器や防具を取り出しながら言った。

「食いもんだ!」

 そんな武器には目もくれず、満天丸が言った。

「へ?」

「食いもんもあるんだろ?」

「も!もちろん!ナニワのあきんど、なめたらあきまへんで!和洋中、どんな料理でも、用意できまっせ!」

「饅頭だ!」

「は?」

「おいらに、餡こを食わせろ!」

 満天丸が、瞬きもせず、萬屋を見つめながら、断言した。

「ちょっと待ってよ!満天丸さん!せっかく食べ物と交換するんなら、もっと、しっかりご飯になるヤツにしようよ〜」

 百々丸がたまらず叫ぶ。

「イヤ、昔から、餡こ好きには悪いやつはいないって言うしな。ここは饅頭だ」

 思わぬところから、剣豪丸も満天丸の提案を後押しする。

「そんな言葉、聞いたことないよ〜!」

 まさかの形勢不利に百々丸がしゃがみ込んだ。


「まいど〜!」

 仙人掌丸の札と饅頭の山を交換すると、萬屋は来たときと同じように、どこかに去っていった。

 満天丸と剣豪丸が、さっそく饅頭の山を食らい出す。

「そんな〜。ホントに饅頭にしちゃったよ〜」

 百々丸は、まだ、ショックから立ち直れなかった。

「なんだ?要らんのか?二人で食っちまうぞ」

 そんな百々丸に剣豪丸が声をかける。

 饅頭の山は、すでに三分の一ほどに減っていた。

「わ〜!待ってよ!ぼくも食べるよ〜!」

 百々丸が慌てて饅頭に向かった。


「だいたいさ〜、満天丸さんて、いつも、行動が突拍子すぎるんだよね〜。あ、いい小豆使ってる!」

 饅頭を頬張りながら、百々丸が言った。

「それで、毎回毎回、ぼくのこと振り回してさ!わ、皮と餡このバランス絶妙!」

「…」

「そこらへん、どう考えてんの!?なに、この皮のしっとり感!」

「分かったから、口にモノを入れて喋るな」

 満天丸が呆れたように言った。

「説教と食レポを同時進行するのは気にならんのか…」

 剣豪丸が二人を見ながらつぶやく。

 あっという間に、饅頭の山は姿を消していき、最後の一つとなった。

 その一つに、満天丸と百々丸の手が同時に伸びる。

 二人の間に、閃光が走った。

「これは、おいらのだ!」

「満天丸さんは最初から食べてたじゃん!」

「おいらの札で換えたんだぞ!」

「ぼくより、たくさん食べたでしょ!」

「おいらのだ!」

「ぼくの!」

 二人は、最後の一個を巡って、それぞれが伸ばす手を遮りあった。


「とりあえず、腹は満たされたな」

 二人の醜い争いを後目に、剣豪丸が立ち上がる。

「はっ!」

 そのとき、何かが、空から飛来してきた。

 咄嗟に避けた剣豪丸の体を通り越し、飛来した物体は、満天丸たちの近くに落下した。

「何奴!?」

 落下したのは、外套をまとった人間だった。

「我が名は蝙蝠丸。その名のごとく、空を自由に飛びまわる手練れの忍びよ。我の攻撃を避けるとは流石だな、剣豪丸!」

「ほぉ」

「しかし、変幻自在の空からの攻撃。いくら天下十剣とはいえ、いつまで防ぎきれるかな?」

 蝙蝠丸は、そう言うと、外套を拡げた。それは、着物の袖と一体化しており、まさに蝙蝠の羽根の様な形をしていた。


「お取り込み中、悪いんだけどさ」

 剣豪丸めがけて、今にも飛びたたんとしていた蝙蝠丸の背後から、不意に声がかけられた。

「!!」

 全く気配を感じさせず、背後を取られたことに絶句する蝙蝠丸。

「あんた、なにしてくれてんの?」

 完全に背後を取った満天丸が蝙蝠丸の足元を指差しながら言った。横に立つ百々丸の顔も怒りで赤くなっている。

「なに?」

 蝙蝠丸は視線を落とした。彼の足の下には、無惨に踏み潰された饅頭があった。

「食べ物を粗末にしちゃいけないって、お母さんに習わなかったのかい!」

 そう言った満天丸の腰から銀線が走る。

 目にも留まらぬ早業で抜き打ちされた刃に、蝙蝠丸の体は羽根ごと両断された。

「食い物の恨みを思い知れ」

 満天丸が吐き捨てるように言った言葉とともに、蝙蝠丸の体が武者札となった。


「とりあえず、これで、また十二枚になったね!」

「今度は団子にするか?」

「ダメだって!今度こそ、門を開けようよ!」

「え〜」

 本気で残念そうな顔をする満天丸を無視して、百々丸は満天丸の懐からかすめ取ったニ枚の武者札を剣豪丸に渡した。

「はい!今度こそ、お願いします!」

「では、改めて行こうか!」

 剣豪丸は、そう言うと、他のサムライたちがしていたように、十二枚の武者札を頭上にかざした。

 輝きとともに、一行の前に門が現れる。

「通れるのが一人と限らんのは、他にも見ていて知っているが、開いている時間はわずかだ。遅れないようについてこいよ!」

 剣豪丸が二人を振り返って言った。

「満天丸さんが変なことをしない限り、大丈夫だと思います!」

「ナニ!?おいらが、いつ、そんなことをしたよ!」

「だから、急がないと閉じてしまうって!」

 また、言い争いを始めた二人を、剣豪丸が注意する。

「行くぞ!」

 まずは、剣豪丸。続けて、百々丸、満天丸の順に、門に飛び込む。

 満天丸の裾が門に挟まれそうなくらいのギリギリのタイミングで、三人は門をくぐり抜けた。

「どうやら、第一関門突破だな」

 剣豪丸が言った。

「第一関門?」

 百々丸が、剣豪丸が何気なく告げた言葉に、わずかな不安を感じる。


 百々丸の不安は当たっていた。

 満天丸たちは知らなかった。門の中にあったのは、彼らが元いた世界ではなく、新たな修羅の世界であることを。

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