2.グリフィン視点
あいつと初めてあった五歳。
あいつが父に挨拶した時の綺麗なカーテシーに見とれてしまった。それが始まり。
なんか悔しくて、減らず口を叩いた。
初等科に入学した十歳。
教育係から「殿下は優秀ですね」と一様に褒められていたというのに、あいつに負けた。
悔しかった。
何が悔しいって、あいつに一顧だにされなかった事だ。
十四歳。
初めてあいつに勝った。
何が嬉しいって、あいつが初めてオレを見た事だ。
十五歳。
やっぱり、あいつはオレを見てる。
そうだ。そのままオレだけを見てろ。
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十六歳。
あいつと婚約した。
「お前もグレースを好いておるだ……」
「好きじゃありません! 嫌いです!」
父上の言葉を遮って言ったが、顔が妙に熱かった。
なんか気に入らなかった。
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十八歳。
突然、父が亡くなった。
医師に言わせれば、予兆はあったらしい。
……そんなの、オレは知らなかった。
色々な事で混乱して、現実を受け止めることすらできていないのに、オレは国王にならなければならなかった。
どうやって?
オレは何もできない。まだただの子供だ。
怖い。こわい。コワイ。
でもその時、誰かが近くに来た。
「グレース」
いがみ合いながらも、いつもオレの側にいた女。
この時、初めて名前を呼んだ。
そいつが、オレの手を取った。
「殿下。……いえ、陛下。私でよろしければ、微力ながらお力添えさせて頂きます」
その温かい手だけが、オレを現実につなぎ止めてくれる気がした。
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十九歳。
一年経てば、父上の死から立ち直っていた。大変悔しいことに、あいつが側にいたことも関係なくもない。
そして、父上の喪が明ければ、結婚を急かされる。
そう。あいつと結婚した。
そして結婚したとなれば、もちろん世継ぎの誕生が望まれる。
結婚した日の夜は阿鼻叫喚だった、とだけ記しておく。
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二十歳。
あいつが妊娠した。
その知らせが来たとき、オレはちょうど政務の休憩中。お茶を飲んでいるときだった。
ブッと吹き出して、書類を一枚駄目にした。
ネチネチ文句を言う側近を振り払い、オレはグレースの元に急ぐ。
「あら陛下、どうしたの?」
せっかく政務を放り出して、急いで来てやったというのに、こいつはこれだ。
どうしたもこうしたもないだろうが!
ビシッとオレはグレースを指さす。
「いいか! 今からお前はオレのことを名前で呼べ! いいな!?」
「は?」
今から思えば、オレはなぜあんなことを言ったんだろうか。
単にオレが慌ててるのに、あいつが平然としているのが気にくわなくて、意表を突く何かをしたかっただけだろうが。
それから、グレースはオレを「グリフィン様」と呼ぶようになった。
慣れるまで、顔が赤くなって大変だった。
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二十一歳。
あいつが出産して、初めての子供ができた。
出産中、十分ごとに「まだ生まれないのか!」と叫んでいたオレは、それが五回目に達したときに義父に殴られた。
義父、つまりはグレースの父親だ。
「出産には時間がかかる。もっとドンと構えてろ」
いや、オレ、国王なんだけど?
仮にも国王に対して、容赦なさ過ぎやしませんか?
喉元まで出掛かった文句は、義父の怖い顔を見たら引っ込んだ。
「陛下、政務にお戻り下さい」
「無理だ」
側近の言葉を、一言で切って捨てる。
義父も何も言わなかった。
側近もそれ以上は何も言ってこなかった。
どうやったところでドンと構えるのは無理で、扉の前をずっとウロウロしていた。
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三十歳。
何となく、あいつの調子がおかしい気がする。
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三十二歳。
あいつが死んだ。
おかしい気がしていた調子が、はっきりおかしいと分かった時には、もう手遅れだった。
ぽっかりと、心に穴があいた。
五歳からずっと、オレの心にはあいつがいた。
ふと、疑問が浮かんだ。
オレはあいつを、どう思っていたんだろうか。
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三十四歳。
「何だと?」
「で、ですから陛下。王妃陛下の喪も明けましたし、そろそろ次の妃を娶ってはいかがかと……」
ヘラヘラ笑う男を睨み付ける。
「どんな利がある? 王妃がなくとも政治は回る。すでに世継ぎの子もいる。妃を迎える利は何だ?」
「へ、陛下はまだお若いではありませんか。正妃を、とは申しません。側室にでも召し上げてお側におかれては……」
「不要だ。話がそれだけなら帰れ」
追い払うように手を振ると、側近がその男を追い出してくれた。
その側近が、オレを気遣うような表情をする。
「陛下。あの男は単に自らの娘を送り込みたいだけですが、ご側室を、という考えには賛同できるところもございます。もしご希望がございましたら……」
「不要だ」
「は、出過ぎた真似を、申し訳ございません」
側近も追い出し、一人になった執務室で目を瞑る。
「なあ、グレース。側室を薦められたよ。……不思議だな。お前との結婚なんかあり得ないと思ってたのに、今じゃお前以外の女なんかあり得ないと思ってるんだから」
ずっとオレの側にいた女を想う。
「なあ、グレース。……オレはたぶん、お前のことを愛していたよ」
今さらだ。
ずっとあいつは側にいたから、いてくれるものだと思っていたから、その想いに気付こうとすらしなかった。
お前はどうだったんだろうな。
どういうつもりで、オレの側にいてくれたんだろうか。
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四十歳。
「なあ、グレース」
一人でいるとき、そう語りかける癖がすっかり定着してしまった。
返事がなくて寂しいのに、どうしてもやめられない。
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それから、二十年以上の時が流れた。
六十三歳。
オレは今、床についていた。
オレは年を取った。
国王として、精一杯やってこれた。
この国は豊かな国になった。
後を継ぐ長男も、立派に成長した。
「なあ、グレース。もういいよな。お前の元に行って、いいよな」
『まったく、しょうがないわね』
いつものように何気なくつぶやいた言葉に、返答があった。
目を見開いた。
幻聴か。
でも、グレースの声が聞こえた。
「なあグレース。愛してる」
『……グリフィン様の口からそんな言葉がすんなり出てくるなんて、時間の流れってすごいわ』
本気で驚いたように言われて、ムッとした。
でも次の言葉に、笑みが浮かぶ。
『私もグリフィン様の事、好きですよ』
その言葉と共に、手がオレに向かって差し出された。
あいつの、手だ。
『グリフィン様、お疲れ様でした。とても立派な国王だったと思いますよ?』
「お前に褒められたのは、初めてだな」
『そうだったかしら?』
「そうだ」
オレは迷わず、手を伸ばした。
差し出された手を握る。
「オレと一緒にいてくれるか?」
「もちろん。いつまでもグリフィン様と一緒です」
あいつの笑みが見えた。
こうしてオレは、愛する女性の手を取って、ともに旅立った。
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賢王と名高いグリフィン国王は、六十三歳で崩御した。
亡くなった時の表情は、幸せそうな笑顔だったという。
三十二歳で王妃を亡くし、しかし以降妃を娶ることなく独身を貫いた国王。
その強い愛は、やがて物語として世の中に広められていく。
以上で終わりとなります。お読み下さり、ありがとうございました。
あるときふわっと思いついたこちらの話、ほぼ設定を考えずに書いた話です。
それでも一応こんな感じのことを考えてました、というあまり意味はないけれど補足的な設定です。
○グレース
・最初はマジでグリフィンのことが眼中になかった。
・婚約者としての義務として、父親を亡くしたばかりのグリフィンを支えているうちに絆された。
・若くして亡くなった原因は不明。あまり医療の発達していない世界だから(という設定を、今考えました)。
○グリフィン
・ヤンデレになるかと思ったら、ただのヘタレだった。
・グレースが関わらなければ、実は優秀で品行方正な王子様。グレースにだけあの口調。
・五歳の時に一目惚れしたけど、それに気付かない鈍い人でもある。
○周囲の人々
・グレースとグリフィンの間には、誰も入り込めなかった。
・いいからサッサとくっつけよ、と思われていて、十六で婚約したとき「やっとか」と思った。
○男爵令嬢
・本編の登場なし。
・グレースに対してはああなのに、自分に対して笑顔を見せてくれた事で、「きっと王子殿下は私のことが好きなんだ!」と思っちゃった、残念な人。
・何とかしてグレースを排除してグリフィンに近づこうとするけど、上手くいかない。
・そのうち、グリフィンに名前さえ覚えてもらっていないことが分かり、自分に見せていた笑顔は他の人にも見せていて、グレースにだけ態度が違うことを知って身を引いた。
・一応、こんな設定の人もいました、という紹介だけ。