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はじまり


 精霊も大事だが、先ずは狩ったイノシシをどうにかしなければならない。


「お前は水か火の魔法は使えるか?」

「名前……!」


 腰に手を当てて、ふくれっ面をする名もなき精霊。 

 姿こそ人間そのものだが、フワフワと宙に浮いており奇妙だ。

 完璧に整っている顔立ちは美しいながらもどこか自然とは離れたものを感じる。

 思わず観察してしまうノエルだったが、瞳を閉じ気持ちをリセット。

 精霊に返事をする。


「すまないが、そんなにすぐに思いつかない。精霊にとって名前は大事だろ? ちゃんと考えてから付けるよ」

「やれやれ分かりましたよ……。さて、質問の答えですが、私は水も火も出せません!」


 腰に手をあててのけぞるポーズを取る精霊。


「なんでそんなに誇らしげなんだ」


 思わずジト目になるノエル。

 何も言わないでいれば美しく近寄り難い雰囲気の精霊。

 だが、中身は子供のように無邪気だ。


「それでお前はなんの魔法を使えるんだ?」


 話しながら、近くにあった蔓でイノシシを吊るす。

 この世界の植物は魔力を取り込んでいる種類もあり、丈夫なのだ。


「回復魔法ですよ! 忘れたんですか」

「忘れた?」

「主様がそう願ったんじゃないですか!」

「願った、俺が……」


 精霊の言葉を反芻するノエル。

 手は獲物の解体にとりかかりながらも、宝石から声が聞こえてきた過去のことを思い出すのだった。


 ♢


 十年前のことだ。

 当時、ノエルはまだ五歳の少年。

 精霊の里の外れにある小さな家で母親、ルミナと暮らしていた。 


「ごほっごほ」

「母さん、水を飲んで」


 ルミナはベットに座り、苦しそうに咳をしている。

 もともと病弱ではあったのだが、ノエルの父が死んでからはさらに拍車がかかり、一日の大半を寝てすごしている。


「ごめんね、ノエル」

「いいんだ、気にしないで。早く休んで元気になってね」

「ノエル……」


 ルミナは何かいいかけたが、最後まで言わなかった。

 精霊術でも治せない自分の体が相当に悪い。

 だが父親のいない五歳の子供にそれを告げるのは酷に思っていた。


 ばたん。


 心配しつつも、部屋から出るノエル。


「このままじゃ、母さんは不味い」


 思わず不安が口から出る。

 少年ながらも母親の状態がひどいということは察していた。

 このままでは父と同じく、帰らぬ人となりうることも。


「僕が、母さんを助けなきゃ……!」


 ノエルは自室へと戻る。

 部屋には分厚い本が散らばっており、足の踏み場が無くなるほどだった。

 ルミナは里の召喚士でも治療ができない状態。

 回復魔法を扱える上位の精霊を呼び出さなければならない。

 しかし、回復魔法は精霊でも扱える数が少なく珍しかった。

 本を開いてもなかなか方法は見つからない。


 そんな中、手にした一冊の本に気になる記述を見つけた。


「触媒を使って精霊に呼びかけ、自分に合った精霊を呼び出す……? これだ!」


 ノエルはすぐに行動した。

 ルミナの先祖が大精霊を呼び出した時に使ったとされる触媒が家にはあった。

 それが青い涙型の宝石。

 戸棚の引き出しからそれを取り出したノエルは、魔力を石に込めて念じる。


「僕は病気の母さんを治したい。精霊よ、呼びかけに答えてくれ」

「私なら……治せる……」


 頭の中に声が聞こえる。

 どこか遠くから聞こえてくるようで、明瞭ではない。

 しかしたしかに【治せる】と聞こえたのだった。


「教えてくれ、僕はどうすればいい!」


 思わず大きな声で叫ぶノエル。


「石に……魔力を込める……毎日……それが契約……」


 すべての言葉は聞き取れなかったが、大事な部分は理解することが出来た。


「わかった、その契約を結ぶ」


 言った瞬間、ノエルの体がパァっと光った。

【契約】が始まったのだとノエルは理解した。

 

 その日からノエルは毎日石に魔力を込めた。

 一月、一年、五年、十年、つい最近まで……。


 ♢


「そういえば、そうだったな……」


 言いながら、串に刺さった肉を頬張るノエル。

 回想する間に火をおこし、イノシシを焼く作業まで終えていた。

 元の始まりはノエルが母を治すことを願ったから。

 回復魔法が得意な精霊が呼び出されるのは当然のことだった。


「それで主様のお母さまはどこにいらっしゃるんですか?」


 思考を遮るように隣から声が聞こえてくる。


「どこも何も、もう死んでるよ」

「えええっ!?」


 驚きの声を上げる精霊。

 父親に続き母親までなくした過去のノエルは当然ショックを受けた。

 しかし落ち込むだけでは終わらず、何か普通とは違うことをやってやろうと奮起する。

 そして声の主との契約を続けていたのだ。


「それって何時のはなしですか!? 亡くなってすぐなら蘇生できますけど!!」

「本当かよ……。今から八年も前になるが」

「さすがに、それは無理ですね……」


 肩を落とす精霊。


「……」

 

 まだ理解しきれていない存在。

 人間の言葉を完全に理解していて、なぜかシスター服を着ている。

 聞きたいことはたくさんあった。

 しかし母のこと気にかけてくれた言動にノエルはどこか優しさがあると感じた。


「プリシラ」

「え?」

「お前の名前。精霊語で優しさを意味する言葉だよ」


 串で精霊を指すノエル。

 精霊、改めプリシラは満面の笑みで返事する。

 

「はい、主様! 私はプリシラと名乗らせていただきます!」

「あと、俺のことはノエルでいいから」

「わかりましたノエル様!」


 そんなやりとりをする二人の地面からパァアアと緑色の光が発せられる。


「契約が完全に結ばれた証ですね。指示があればいつでも魔法が使えますよ」

「いつでもって言われても、回復魔法だろ? 今はケガしてないからな」

「そんな~」


 プリシラは辺りをひゅんひゅん飛び回りはじめる。

 魔法が使える対象を探しているようだった。

 精霊は体のほとんどが魔力で構成されており、樹々といった物体とは干渉しないですり抜けていた。


(都合よくケガ人なんて見つからないと思うが)


 そんなことをノエルが考えていると、


「ノエル様、大変です!」


 プリシラが慌てた様子で戻ってくる。


「どうした」

「人が――アンデットモンスターに襲われています!」

「なんだって……?」


 アンデットモンスターは魔物の種類の一つ。

 しかし通常発生するような魔物ではないため森、しかもこんな深い場所に現れることなど無いはずだった。

 ノエルが以前本で読んだ知識ではそうなっていたはずだ。


「アンデットモンスターは回復魔法でダメージを与えられます! 魔法を試せますよ!」

「とりあえず案内してくれ」


 半信半疑ながらも、ノエルはプリシラについてくのだった。


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