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第25話 汚名返上の機会を差し上げましょう

 ファスロが、スクリーンの兵士達へと向けて、重ねて告げる。


「助けてください。このままでは僕達は死にます。殺されます」


 いや、勝手に死なないで?

 っていうか、私達、別に殺さないよ?


 思いつつ、私は完全にキョト~ンとなりながら、彼を見つめた。

 すると、見つめ返されてしまった。ちょっとドキッとした。


 ……いや、微妙に私から目線外れてる。私を見たんじゃないな、これ。


 と、気づいたら――、


「おお、ワシらの出番かァ!」

「はいはい、仕方がないわねぇ~」


 後ろの方から、ゴリアテとリーリスがそう言うのが聞こえてきた。

 ああ、ファスロが見たのは私じゃなくて、この二人だったのか。


 ――納得すると同時に、何となく、恥ずかしくなってしまった。


 別に、意識なんてしてないし。……してないし!


「無様な」


 ぐふぅ……。

 サードからの一言が、私の心の弱いところを深く抉っていった。


 あ、痛い。痛い痛い。心が痛いよ。

 この、無駄に被ったダメージから目を逸らして、私は再びスクリーンを見る。

 ちょっとよそ見していた間に、そっちもとんでもないことになっていた。


「コラァ、きさんら! さっさとワシらを助けんかい! 死んでしまうわい!」

「そうよぉ、助けてよぉ。私ぃ、まだ死にたくないのぉ~!」

「このままですと、僕達の息の根が止められることは必至なので、お願いします」


 ねぇ、ねぇ、ねぇ!?

 何で三人してそんな呼吸バッチリ合わせて救援求めちゃってるのよぉ!!?


「見ろ、ゴリアテ様が、あんなに顔を青くして……」

「リーリス様の目に涙が……? あの、魔法の名手であるお方の……!」

「え、演技なんかじゃない。あんな必死な姿が、演技であるものか!」


 スクリーンの向こう側で、辺境伯の軍が口々に言っている。

 でも、断言するけど、それ演技です。間違いなく、演技なのですことですわよ。


「フ、ファスロ殿……ッ!」


 空中に投影される三人を見上げ、前に出てきた一人が兜を脱ぐ。

 すると、見事な白髪を乱れさせた、老齢の男性の顔が現れる。知っている顔だ。


「ふむ、あれがセルバティ辺境伯とやらか」


 サードの言葉に、私はうなずく。

 今は顔色を青くしているけど、それでも老人とは思えない活力を感じさせる人だ。


「スケルトン老師がついていながら、三巨頭までもがゴ連の軍門に下ったと申されるか!? それでは、シュトラウス陛下は、陛下の安否は……!」


 うーわー、完全にファスロの演技を真に受けちゃってるや。

 それにしても、シュトラウスっていう名前も、何か久々に聞いた気がするなぁ。


「……伯」


 ファスロが、眉間に思いっきりしわを寄せる。

 たったそれだけのことなのに、場の空気が一気に張りつめてしまう。

 彼は普段から無表情だから、ちょっとした変化でもおおごとみたいに感じちゃう。


「我々を降したのは、ゴ連ではありません」


 そして、表情の変化で辺境伯の動揺を誘って、これだ。

 張りつめた表情のファスロが告げる、衝撃の事実。

 でも、いきなり全容を話すんじゃなく、まずはインパクト重視の導入で一撃。


「な、そ、それは一体……?」


 ああ、辺境伯の顔に、ありありと驚きが浮かんでいる。

 それを見た周りの兵士達にも、あっという間にその驚きは伝播していった。

 そうなると、次にファスロが言うのは――、


「ゴ連は、滅びました」


 それは、私の予想通りの言葉だった。

 そしてそこで、私はようやく、彼の目論見がわかった気がした。


「眼鏡の雑魚がしようとしていることが、わかったか」


 絶妙のタイミングで、サードが私に尋ねてきた。

 私はうなずき、軽く息をついた。


「つまり辺境伯を説得するんじゃなく、屈服させる、ってことですよね」

「そういうことだ。貴様の出番も来るだろうな。準備はしておけよ、愚物」


 ゴ連の滅亡を知り、愕然となっている辺境伯と兵士さんを見ながら、私は思う。

 せめて、一言なりとも相談してほしかったなー、って。


 抗議の意味を込めてファスロを睨むと、今度こそ、見つめ返された。

 そして、無表情のまま、彼はこちらにうなずいてみせる。


 ああ、私って、彼に信頼されてるんだなぁ、というのがそれでわかる。

 それがわかるから、もう抗議の視線も送れないじゃないのよ!


「ファスロ殿、一体どういうことか? ゴ連が、め、滅亡したですと……!?」


 一方で、画面の向こうでは、辺境伯が目をまん丸にしてる。

 そりゃあまぁ、驚くよね。驚かすために言ってるんだし、ファスロってば。


「そうです。ゴブーリンは死に、ゴ連は滅亡しました。魔王軍ではない別勢力の手で」

「魔王軍ではない、別勢力……!?」


 もはや、辺境伯と兵士さん達は、ファスロの話に驚く装置と化していた。

 数秒ごとに沸き起こる怒涛のリアクションは、もはや一種の芸にすら見えてしまう。


「あ、ライアさん。もう少ししたら、玉座の方を投影してください」

「はーい」


 そして、こっちは出番を前に準備に整えておく。。

 今日も元気に操作を担当する、安否不明のシュトラウス陛下ちゃんである。


「サードさ……、コホン。サードは私の隣に来るように」

「フン、わかっている」


 私は玉座に深く身を沈め、背をもたせて足を組んだ。

 そして体を右に大きく傾けて、肘置きに右肘を置いて、頬杖を突く。


 玉座の左隣にはサードが立って、外向けの大首領スタイルが完成。

 どこからどう見ても傲慢でワルッぽい感じに見えるだろう。

 私はシュトライアに目配せによる合図を送って、空中の投影対象が切り替わる。


「初めまして、セルバティ辺境伯」


 大首領タイム、開始。

 目線だけを下げて、辺境伯と兵士さん達を見下ろす形で声をかける。


 驚くばかりだった彼らの表情に、険しさの色が加わった。

 それを見て、私は内心ですでに泣きそうになっている。怖い。怖いよ。


「……何者だ」


 見下されることに憤りながらも、それより強い警戒を浮かべる辺境伯。

 問われた私は、優雅に微笑み、軽く小首をかしげた。


「ただ今、配下の者から紹介があったかと思いますが」

「は、配下だと……?」


 辺境伯は、もう何度目かになる驚愕と共に、私の言葉を繰り返す。


「改めて名乗りましょう。私は、アンジャスティナ・マリス・ジオサイド・ヘルスクリームと申しますわ。アレスティアの公爵令嬢だった者です」

「ア、アンジャスティナ……。悪女巨星アンジャスティナか!!?」


 また出た。

 一体どこから出てきたのよ、その、絶妙に古臭いセンスのネーミングは。


「あ、悪女巨星アンジャスティナ、あの、三つの小国を焼き尽くしたという……」

「俺が聞いた噂じゃ、異国の神を使役するとか何とか――」

「子供が夜遅くまで寝ないと、アンジャスティナに食べられるという噂も」


 何か、噂が悪化してるんですけど――――ッ!!?


「……そう。私こそ、その、アンジャスティナですわ」


 一拍の間を置いて、私は認めた。

 いや、内心じゃすこっしも認めてないんですけどね? 認めてたまるか!


 でも、ここは表向き認めておいた方があっちの動揺を誘えそうかなって。

 そんな風に思ったら、噂を利用しない選択肢はなくなっちゃうワケで、私悪くない!


「まさか、ゴ連を滅ぼしたのは……!!?」


 ほらー、辺境伯のおじいさん、しっかり驚いてくれてるじゃない!


「ええ。私ですわ。正確には、私達、ステラ・マリス、ですけれど」

「ス、ステラ・マリス……?」


 名乗る私に、辺境伯と兵士さん達は揃ってポカンとなる。

 さて、これにてファスロが急遽始めたお膳立ても、いよいよ整った感じかな。


 今、セルバティ辺境伯の中にあるのは戦慄、疑問、警戒、その辺りだろう。

 それらまとめて、私達に対する関心と言い換えてもいい。


 今の彼らは私達を無視できない。できるはずはない。

 つまり、これでようやく、辺境伯と対話できる状況になったってこと。


 そして、投げるべき言葉は決まっている。


「セルバティ辺境伯と、その配下に告げます。我ら、悪の秘密結社ステラ・マリスに降りなさい。さすれば、あなた方の命を保証し、汚名返上の機会を差し上げましょう」


 降伏勧告である。


「な、何を……」

「虫けらに等しいあなた方に、その微々たる力を尽くす場を与えようというのです」


 動揺する辺境伯に、私は大上段から言葉を重ねる。

 当然、それは兵士さん達の怒りを誘う。


「我らを愚弄するか、小娘風情が!」

「ええ、そうですわね。あなた方から見れば、私は小娘風情でしょう。しかし、その小娘が率いる組織が、あなた方が守れなかった民を救った事実、お忘れではなくて?」


 余裕たっぷりな態度で言い返すと、兵士さん達は揃って押し黙った。

 そこに、私はさらに追い打ちをかける。


「小娘風情にできたことすら成し得なかったあなた方。そんなあなた方を虫けらと評することは、果たして愚弄なのでしょうか? 私には妥当な評価と思えますが?」


 散々言ってるけど、別に言いたい放題ってワケじゃないよ?

 ちゃんと、私なりの計算があって、こんな暴言吐きまくってるんですからね?


「……そうだな、我々は、敗れた」


 しばしの沈黙ののち、辺境伯が俯かせていた顔をあげた。

 その瞳には、暴走していたさっきまでとは違う、落ち着いた光が見てとれる。


「我々は戦いに敗れた。我々は民を守れなかった。それは、事実だ」

「その通りですわ。だからこそ命じます。生き恥を晒しなさい」


「我らに、今さら何をせよと……」

「まずは死なないことですわね。次に、私の利益になることですわ」


「敗残の兵である我らから、死に場所をも奪うというのか」

「別に、死ぬのはご勝手に。ただし、私の役に立ってからにしてくださいまし」


 ああ、話していてわかる。

 会話が成立するって、素敵なことだ。


 さっきまで、辺境伯も兵士さん達も、みんながみんな、死ぬ気満々だった。

 それは、私達をゴ連と勘違いしてたのもあるけど、みんな半ばヤケになっていた。


 何ていうのかな、死に場所を求めてる、みたいな?

 そんな感じの危うさをいち早く感じ取ったのが、ファスロだったんだろう。


 だから彼は早々に説得を諦めて、屈服させることを選択した。

 ……ん、だと、思う。微妙に自信ないけど。


「魔王軍三巨頭と魔王陛下は我が組織に降り、ゴ連も滅びました。その上で、私があなた方に命じるのです。我らのもとに降りなさい。そして、私のために働きなさい」


 私は、辺境伯に命じる。

 彼らが囚われていた破滅の美学は、ファスロが与えたショックによってすでに取り除かれている。あとは、辺境伯と兵士さん達に生きるに足る理由を与えるだけだ。


「もし、生意気にも納得がいかないというのでしたら、言い方を換えて差し上げましょうか。……こういうのはいかがです? あなた方に、再び民を守る機会を授けましょう」


 こちらを見上げる辺境伯の目が、大きく見開かれる。

 私が口にした言葉は、グレイル達に敗れた辺境伯の急所を突くものであるはずだ。


「――狡い女もいたものよ」


 果たして、私の言葉は見事に効果を発揮した。

 辺境伯はガックリと肩を落として、その顔に苦い笑みを浮かべる。


「どうやら、死ぬのはまたの機会のようだ」


 例え敗れようとも、セルバティ辺境伯は紛れもない名君。

 何より民を第一に考える彼が、自分を優先するなんてあるはずがないのだ。


「伯……」

「セルバティ辺境伯……」


 周りの兵士さん達も、惑うようにして彼へと視線を注ぐ。


「我ら敗れて、街をも失い、どうして生きていられようかと思っていたが……」

「名誉の死など存在しませんわよ、伯。死は死でしかないのです」


 そうよ、死にたくない私の前で、進んで死のうとするなんて絶対許さない。

 私に関わる人全員、何が何でも生きさせてやるんだから。


「アンジャスティナ・マリス・ジオサイド・ヘルスクリーム」


 そして、辺境伯は私の名を呼んで、兵士さん達と共にその場に膝をついた。


「我らが民を救っていただいたこと、並びに、再び我らに彼らを守る機会を与えてくださったこと、心より感謝致す。我ら一堂、喜んであなたの組織に降りましょうぞ!」


 そう言って頭を下げる彼らを見て、私は内心に胸を撫で下ろす。

 何ていうか、やっと終わった。って思えた。

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