第24話 処すか?
ブラックナイトで〈魔黒の森〉上空まで行ってみた。
「ぬおおおお、来たぞ、我らが不倶戴天の敵!」
「ついに魔王城まで手中に収めたか、にっくきゴブリン共!」
「今こそ、命の使いどころぞ! 皆、わかっていような!」
「応ともさ、例え我ら敗れ命果てようとも、必ずや怨敵に一矢報わん!」
「すまない、街の人々よ! その仇、我らの手で取って見せようぞ!」
「我ら、すでに喪うものなし! 今こそ命燃やして、ゴ連を撃滅せしめん!」
「ゆくぞ、我らが精鋭よ! 最期の戦いのときだッッ!」
「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッッッッ!!!!」」」
なぁに、この異様なテンション……。
あれから、私とサードはすぐに玉座の間に戻った。
そして、空中に投影される大スクリーンで、森の方を眺めたワケだけど、
「「ゴ連滅ぶべし! 我らが魔王軍に栄光あれェェェ――――ッッ!!!!」」
ご覧の有様でしてよ?
「……これは、一体何が?」
ほらぁ、スクリーン見上げてるファスロも完全に頭上に?マークじゃないの!
そして――、
「今度は何をしおったんじゃ、ワレ」
「どうせぇ、ロクでもないことなんでしょ~?」
「さてさて、こいつは何とも難儀じゃのぉ」
ゴリアテとリーリスと、ついでに老師までもが一斉にサードを見た。
三人とも、見事に決めつけてかかっている。う~む、この揺るぎがたき負の信頼。
「何だ、どうかしたのか」
しかし、刺すような視線を浴びながらもサードは腕組みをしたまま、動じない。
「どうかしたのか、じゃないわよぉ~」
「きさん、セルバティの連中に何を言いおったんじゃ?」
もう、ガンつけどころの騒ぎじゃない、完全に殺気混じりな凸凹コンビ。
それに対して、サードはさらりと告げた。
「俺は事実を述べたまでだ」
「事実ぅ~?」
「そうだ。あの街は俺が消した、とな」
こともなげに言うけど、冷静に考えるととんでもないこと言ってるよね、この人。
「ほぉん、それで。それ以外は?」
サードを睨みつけたまま、ゴリアテが重ねて尋ねる。
すると、サードは珍しく小首を傾げた。
「他に、何か説明が必要だったか?」
「必要な説明を何一つしとらんじゃろうがァァァァァ――――ッッ!!!!」
だよねー。だよねー。そーだよねー。
むしろ、一番しちゃいけない説明しかしてないっていうか、何ていうか。
「俺は問われたから答えたまでだ。何が悪い」
そして、サードのこの返答ですよ。この人、開き直りもなしにこれです。
さすがの胆力、という風な言い方はしたくないけどね。
でもね、私だったら場の空気に縮み上がってプルプルしちゃう自信があるわ。
「はぁ……」
ファスロが小さく息をつくのが聞こえた。
「とにかく、事情を説明して落ち着いてもらうほかないでしょう」
「そうよねぇ~。とりあえずぅ、住民の人に説明させましょっかぁ~」
リーリスの提案が一番確実そうなので、私はそれを了承した。
そして、現在、居住区画に避難してもらっている市民数人にここに来てもらった。
「そうかぁ、兵士さん達、生き残ってたかぁ……、ぐす、そいつはよかった」
と、涙ぐんで鼻をすすったのは、あの戦いで私と言葉を戦わせたおじさんだ。
確か、名前はガルドさん、だったっけ。
「ガルドさん、あなたの役割は、わかっていますわね」
私が玉座から言うと、ガルドはいきなりその眉間にしわを寄せた。
何よ、その反応。
「あんた、俺に色々言ってきた女か?」
ああ、そういえばあの戦いのときは、声だけだったもんね、私。
「それが、何か?」
「いや、あのときとは、全然印象が違うからよ」
まぁ、あのときの私は、完全に素でしたモンねー。
口調だって、普通に砕けてたし、うん、まぁ、ね……。…………。
ああああああああああああああ!
何で、いきなり思い出させるのよおおおおおおおおおお!!?
恥ずか死にするから、絶対に振り返りたくなかったのにィィィィ――――ッ!
「ンフフフ、ごめんなさいねぇ~。この子ぉ、素直じゃなくてぇ~」
と、横から笑いを押し殺しきれていないリーリスが口を挟んでくる。
その物言いに、私はちょこっとだけ、ムッとなった。
「控えなさいな、サキュバス風情が」
「な……!」
私が玉座から言うと、リーリスは驚きに顔を強張らせた。
「あのときの私が、素? そう見えたのでしたら、ええ、それは重畳。私も、努めてそう振舞った甲斐があったというものですね。……フフフ」
悪役ロール、悪役ロール!
あのときの自分を誤魔化すために、ここはもう、全力で悪役ロールよ!
「な、あ、あのときの態度が、全部演技ですってぇ~?」
「オイオイ、どういうことだ……?」
リーリスとガルドのおじさんが、私のロールの前に揃って絶句する。
ちょっと罪悪感だけど、ごめんね。
だって、だって、自分の本音とか知られちゃうのって、恥ずかしいじゃない!
「ガルド・ゼイラム。あなたの役割は、あの森でモゾモゾと蠢いている敗残兵という名の虫達に、己の分を弁えさせることです。わかっていますね?」
「そんな、虫達って……」
「何か?」
「う、わ、わかった。説明はするから、そんな、睨まんでくれよ……」
ガルドのおじさんは顔を青ざめさせながら、私に背を向けてスクリーンを見上げる。
「シュトライアさん、彼の姿を空中に投影してください」
「はーい!」
首都ライアが元気よく返事をした。
そして、空中にガルドさんと、他数名の姿が大きく映し出される。
「見ろ、あれは!」
一人の兵士が気づくと、そこから次々に兵士達の視線がガルドの方へ向く。
それだけの数に注目されることに慣れていないのか、ガルドが一歩後ずさった。
「あ、あ~、辺境伯の兵士さん達、ど、どうも、セルバントのモンです。ええっと、街の人間は、無事です。だから、あー、その……」
緊張からか、噛み噛みの上に言い淀みまくるガルドのおじさん。
何となく、こっちが悪いことをしているような気分になってしまう。
でもお願い、もうちょっとだけがんばって。
そして何とか兵士さん達に説明してほしい。私達が戦う必要はないってこと。
内心に祈りながら、私はスクリーンを見やる。
「…………」
「…………」
「…………」
そこには、空のガルド達を食い入るように見つめている兵士達の姿があった。
やがて、半ばしどろもどろながらも、何とかガルドが説明を終える。
「――ってワケで、街はあんなになったけど、俺らは元気ですから」
ガルドのおじさんは、そう締めくくってペコリと頭を下げた。
うん、ちょっと頼りない話し方ではあったけど、説明はちゃんとできてたと思う。
これで、こっちを見上げてる兵士達も納得してくれるといいんだけど……。
ガルドのおじさんと兵士さん達が、しばしスクリーン越しに視線を交わらせる。
時間にすればほんの数秒。
しかし、それはあまりにも強い緊張をはらんだ、長い長い数秒だった。
それが過ぎて、ようやく兵士の一人が反応を見せた。
「な――」
な?
「何と卑劣な! 街の民を使って我らを懐柔しようとはッ!」
ええええええええええええええ、何でそうなっちゃうのよォ――――!!?
「見ろ、あの男性の顔を! 完全に青ざめているぞ!」
「ぐぬぅ、家族を人質にとられ、無理やり言わされているに違いないぞ!」
「おのれゴ連、どこまで卑怯な手を使えば気が済むのだ……!」
兵士さん達の間で、怒気と殺気がさらに膨れ上がっていく。
やっばーい。ガルドのおじさんの説明、これ完全に逆効果じゃん。
「お、俺が悪いのか、これ?」
ガルドがこっちに救いを求めるような目を向けてくる。
私は、表面上は表情を変えることなく、静かに首を横に振って、肩をすくめた。
「あなたに責任はないでしょう。あるとすれば、理解力の低いあちらの方々ですわ」
本音をいえば、おじさんにもうちょっと堂々と説明してほしかった。
でも、今のガルドのおじさんに、そんなこと言えるはずない。がんばってたモン!
とはいえ、どうするかなー、これ。
まさか、サードに説明させるワケにもいかないよねー。
そんなことしたら、いよいよ辺境伯と全面戦争不可避になっちゃうわよ。
って、辺境伯……?
「そういえば、ファスロさん」
「何でしょうか、大首領様」
「あちらの方々は辺境伯の兵士で間違いありませんね?」
「ええ、そうです。辺境伯の紋章も見えていますし、それは確かです」
そっかそっか。だったら――、
「わざわざ、私達が兵士を鎮める必要はないでしょう。辺境伯を探して、彼だけ説得すればよいのでは? 兵士達への説明は、辺境伯に任せてしまえば面倒も――」
「ああ、それなのですが……」
私の起死回生のアイディアに、しかし、ファスロの反応は何故か鈍い。
そこにイヤな予感を覚えながら私が「何か?」と促すと、彼は端的に告げてきた。
「辺境伯、あの中にいます」
えええええええええええええええええええええええええええええええ!!?
「いたでしょう。『ゆくぞ、我らが精鋭よ』と言っていた人。あれです」
いた!
そういえばものすごい剣幕で『最期の戦い』とか叫んでた人、いたよ!
全身鎧で顔も兜で隠れてたからわからなかったけど、あれ辺境伯だったんだ!?
「――そうですか。なるほど。生存が確定しただけでもよしとしましょう」
うわあああああ、驚きすぎてロール保つの大変だよぉ!
頬がヒクヒクしてるんですよ、意味深な微笑を崩さないよう全力真っ最中よ!
「シュトライアさんに改めて説得を……」
「人質にされている、と解釈されて終わる気がしますが」
むぐぅ。
ファスロの言う通りだ。絶対そうとられて、さらにあっちのお怒りが加速する。
じゃあ、どうすんの。どうすればいいの?
これもしかして、ある意味でセルバントでの戦いよりもピンチなんじゃないの?
「処すか?」
ここで、火種兼火元兼爆心地のサードが提案してくる。出てくんな!
もうホント、どうすればいいかなー。これ。
何かないかなぁ、この状況を一発で打開できる、そんな冴えたアイディア。
「仕方がありません。僕が出ましょう」
悩んでいると、ファスロが一歩前に出た。
そうか、彼は元とはいえ、魔王だ。
表向きはシュトライアが魔王だけど、辺境伯なら真実を知っているはずだ。
いかに頭に血がのぼった辺境伯でも、ファスロの言葉なら聞くかもしれない。
そう思うと、沈み切っていた私の心に光が差した気がした。
「ライア、頼むよ」
「はい、兄上様」
ガルドのおじさん達に代わって、ファスロの姿が空中に大きく投影される。
「辺境伯、お久しぶりです」
彼が言うと、辺境伯の兵士達はこれまでと違ったざわつきを見せた。
「あれは、もしや三巨頭の……」
「まさかあの方までゴ連に降伏を?」
「いや、それはいくら何でも考えにくいぞ……」
おお、いい感じ、いい感じ!
これまで怒り一色だった兵士さん達の表情に、戸惑いが浮かんでる。
これなら、彼らを説得するのは難しくないかもしれない。
なぁ~んだ、これなら最初からファスロに頼めばよかっ――、
「辺境伯、助けてください。このままでは僕達は、殺されてしまいます」
ちょっと?