第23話 街ならば、俺が消し飛ばした
戦いが終わったあとで、私はブラックナイトから地表に降り立った。
そして、そこに見える景色に、軽く絶句する。
「……まっさらだぁ」
そこには、何もなかった。
数十分前までセルバントの街があったそこ。しかし、今はもう、完全な更地だ。
建物は一つも残っておらず、地面は抉られ、削られ、地肌を晒している。
一部などはまるで宮殿の床のように磨き抜かれ、光沢すら放っている。
鎧聖機甲騎士団でも、破壊はできても消し飛ばすことはできなかった。
でも、それを一人でやってのけたのが、私の隣に立っている彼だ。
「完全なる破壊。これもまた、俺の完全性を示す一例となろう」
「何で得意げなんですか……」
街一つ、完全に消し飛ばしておいて、言うことがそれって……。
「ふん」
私がジトっとした目で見ると、腕組みをしたままサードは鼻を鳴らし、
「だが死者は出ていない」
「ええ、そうですね。この街の人には――」
「違う」
「違う?」
え、違うって、何が?
「敵方にも、死者は出していない」
「え……」
その言葉に、私は抜けた声を出してしまった。
「ゴ連で回収したあの鉄屑の機構は、全て把握している。あれらには、短距離の転移魔法を用いた緊急時の脱出装置も備わっていた」
「それって……」
言われた私は、アークムーンの暴れっぷりを思い出す。
かの、最悪の最終兵器を振るって、銀色の剛魔甲冑を消し飛ばしていた、彼。
傍から見れば、それは蹂躙。もしくは圧倒。あるいは、虐殺。
そのようにしか見えなかったのだけれど……。
「サード様が、敵に情けをかけたんですか」
「バカが。だから貴様は愚物なのだ」
めっちゃディスられた。何でよ!?
「それが――、貴様が想定していた『完全勝利』であろうが」
「あ……」
完全勝利。
この戦いで最初にその言葉を出したのは、確かに、サードではなく私だ。
「俺が言う『完全勝利』であったならば、全滅させていたぞ。壊滅させ、殲滅し、尽滅をもって敵に報い、そして無という結果を突きつけ、俺の完全性を証明していた」
うんうん。さも当然のように言い切る、いつものサード様だ。
「だが、貴様が言う『完全勝利』は、貴様が規定する『完全勝利』であり、俺のそれとは違うはずだ。……と、完全なる俺は完全なる思考をもって判断したが、違ったか?」
「――いえ、違いません」
私は、内心ヒクヒクしながら、短く返す。
それを望んでいないワケではなかった。死者は少ない方がいいに決まってる。
当然、セルバントの街を焼いた鎧聖機甲騎士団に対して、怒りはある。
だから彼らがアークムーンに蹂躙されるのも、因果応報だとして納得しようとした。
でも、でもこいつ! この男は! 一体何なのよッッ!
いつもは他人のことなんか一切気にしない、絵に描いたような天下無敵・傲岸不遜・唯我独尊なヤツなのに、どうして一番大事なところだけはきちんと押さえてくるのよ!
そんなことされたら、普段とのギャップもあってドキドキしちゃうでしょ!
「フン、貴様の考え程度は読めているぞ、愚物」
「ですか~……、いやぁ、さすがはサード様ですね~、としか……」
本当に、そんなことされたら、こっちはもうさすがと思うしか――、
「わかっているぞ、貴様が敵に対する見せしめ効果を狙っていたことなど、な」
「……ん?」
あれ、何かおかしいぞ。
「敵を皆殺しにするのは容易いこと。しかし、それでは敵に伝わる情報が限定され、第二陣が派遣される可能性もある。そこで貴様は考えたのだのだろう?」
え、何を?
「あえて敵勢力の兵装だけを潰して、兵士は生かして帰すことで、我らステラ・マリスの隔絶した実力をこれ以上ない形で敵国に見せつける、という『完全勝利』をな」
待って、サード様。
すげぇドヤ顔で語られておりますけれど、私、果てしなく初耳でしてよ。
「これは、敵国に最大限『恐怖』を与える形での『完全勝利』だ。あの敵の頭目のこざかしい小僧も含め、間違いなく、この戦いで激しい恐怖を植え付けられたことだろう」
ちょちょちょちょ!?
え、私、グレイルに嫌われるんじゃなく、怖がられるの、今後!!?
「愚物。貴様はよくやった。貴様は、俺が想定した『完全勝利』を、よりプラッシュアップしたのだ。そして、その意図を余すところなく汲み取った俺もまた、完全なのだ」
「…………。…………」
すごい。
この人、私の考えなんてひとっつも理解してなかった。
理解してないどころか、積極的に私のこと邪悪にしようとしてきてる!
やめてよね、そういうのは前の『私』の役どころなんだから!
今の私は、中身ただの女子高生の、どこにでもいるごく普通の大首領なのよ!
「……いや、ないわ。何よ、ごく普通の大首領って」
ただのパワーワードでしょ、それ。
「何か言ったか、愚物」
「いえ、何も。内心でサード様を称えていたら口から漏れてました」
私は適当に誤魔化した。
「時々気味が悪いな、貴様」
「ひどっ!?」
一切表情変えずにススッと離れるのやめてくれませんか、切ない!
「それで、もう満足したのか」
「……そうですね。ひとまず、ここからはブラックナイトで探索になるでしょうか」
問われ、私は答える。
わざわざ地表に降りてきたのは、戦いの結果を直に感じようとしたのが一つ。
もう一つは、セルバティ辺境伯を目視で探すため、だった。
シュトライアのおかげで、セルバントの人達はブラックナイトに収容できた。
でも、その中にセルバティ辺境伯の姿はなかったのだ。
市民達の話によると、鎧聖機甲騎士団の襲撃時、辺境伯は真っ先に動いたらしい。
配下の騎士団と共に敵を迎撃して、そのまま行方知れず、とのこと。
きっと、街が焼かれる様を見て、いてもたってもいられなくなったのだろう。
スピンオフ作品では、まさにそういう人柄として描かれている。
「辺境伯ともあろう者が戦争において先陣を切るなど、愚の骨頂だな」
「そういう言い方しないでくださいよ。辺境伯は、民思いの名君なんですから」
サードに反論しつつ、私はブラックナイトに戻ろうかと考える。
元々、見晴らしがいいとはいえ街一つ分の広さがある場所で人を探すのは難しい。
それでも私は根拠のない期待をして、ここに来た。
でも、やっぱいなかったか。淡い期待は実らずに終わってしまったようだ。
「……さすがに、ダメかなぁ」
と、私は諦め調子で呟く。
得られる実益を差し引いても、生きていてほしい人だったんだけど。
――と、私が考えているところに、
「おい、愚物」
珍しく、サードの方から私に話しかけてきた。
「はい?」
「あのときのことだが――」
あのとき?
私は、何のことかわからず、首を傾げようとする。すると、
「おい、あんた達!」
突然、サードではない第三者に呼び止められた。
驚いて振り向くと、そこには、ボロボロの鎧を着た、一人の兵士がいた。
「街は……、俺達の街は、どこに行ったんだ!?」
顔を青くして叫ぶ兵士に、私は一瞬固まりつつ、すぐに口元に笑みを浮かべる。
「なるほど。あなたはこの街の兵士のようですわね」
ロールプレイですよ、ロールプレイ。
そろそろ元魔王軍の皆さんは慣れてきたけど、他の人と素で会話とか、無理。
とにかく、意味深に笑うのよ。
あんまり深く突っ込まれないように、近づきがたいミステリアスさを演出よ。
「……う」
あれ、何か兵士さん、後ずさったんですけど。
心なしか、顔色も一層真っ青になっていませんこと? あれあれ?
「クックック、俺に言われずとも、まず手始めに他者を威圧するか。いいぞ」
ちょっ。
そんなつもりがあって笑ってるワケじゃないんですけど!!?
「あ、あんた達、セルバントの街は、一体……?」
明らかに私を怖がりながらも、兵士はやはりそこが心配なのか、尋ねてくる。
よし、チャンス到来。ここで私がきちんと説明すれば、それで――、
ってサード様、何で腕組んで胸張って、威風堂々とした様子で一歩前に出るんです?
「街ならば、俺が消し飛ばした」
ちょっとォォォォォォォォォォォォォォォォ――――!!?
「け、消し……!?」
ズザザッ、と、兵士は靴底を派手に鳴らす勢いで後ずさった。
そりゃあ、そうもなるよね。っていう、順当すぎる反応。
「……あの」
完全に震え切ってる兵士がいたたまれず、私は思い切って素で話しかけた。
「うわぁ、うわあああああああああああああああああああ!」
逃げられた。
もんのすごい悲鳴と共に、逃げられた……。
「逃げたか。意気地のない雑兵だな」
「脅す必要なかったでしょ――――ッッ!!?」
腕を組んで言い放つサードに、私は力なく言い返す。
ああ、もう。ホント、この男だけは世界が滅びても自分のペースを崩しそうにない。
「で、これで判明したわけだが、これからどうするのだ?」
「判明? 何がです?」
頭を抱えていたところで言われて、私は首をかしげる。
え、何。何でそんな苦虫噛み潰したような顔してるんです、この最強戦士。
「……愚かの極みか貴様。今の兵士に何も思わんのか」
「兵士、いましたね。……………………兵士?」
ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
「兵士、兵士さんいましたよ、兵士さん! 生き残りですよ、生き残り!」
「だからそう言っているだろうが、バカめ」
気づいた私が騒ぎ出すと、サードが思いっきり忌々しげに吐き捨ててきた。
何よ、その言い草。ちょっと生き残りがいたことに気づくのに遅れただけでしょ!
……どう考えてもバカすぎるぅ。
「と、とにかく、今の兵士さんを追わないと……」
「待て」
「んぎゅんッ!?」
私は兵士さんを追うべく走り出そうとすると、サードは首根っこを掴んできた。
絶妙にイタ気持ちいい感じで掴まれて、私は走れなくなってしまう。
「貴様が追ってどうする。この先に何があるか、忘れたか」
「この先……?」
私は首根っこ掴まれた状態で、兵士さんが逃げた方向を見やる。
そして、気づいた。
「あ、この方向……」
私は、頭の中に〈漆黒領〉の地図が浮かべた。
ここセルバントの地は、セルバティ辺境伯領のちょうど真ん中辺りに存在している。
そして、兵士が逃げた方向は、セルバントの東側。
その先にあるのは、アレスティアとの国境のほとんどを占める大森林地帯。
「……〈魔黒の森〉に、辺境伯軍の生き残りが、いる?」
「そういうことになるな」
私のうなじ付近をがっしり掴んだまま、サード軽くうなずいた。
それは、私にとって、朗報以外の何物でもない情報だった。
――よかった。
私は、やっとここで、安堵することができたのだった。
ところで、そろそろ首が痛いです。サード様……。




