第22話 その身に刻め、これが『完全敗北』だ
スクリーンの向こうで、アークムーンが黒鞘から白刃を垣間見せた。
その瞬間、私は玉座から立ち上がって、叫んでいた。
「みんな、身を低くして! 揺れるわよ!」
「え?」
リーリスの抜けた声がした直後――、
「きゃあッ!!?」
浮遊要塞ブラックナイトに、強烈な衝撃が直撃した。
堅牢なはずの元魔王城が、それこそ嘘のように上下左右に揺さぶられる。
私はきつく目を閉じながら、玉座にしがみついてそれに耐えた。
揺れは数秒も続くと、すぐに収まって、私は小さくため息をこぼす。
「な、何じゃあ、今のはッ!?」
揺れが終わったあとで、ゴリアテが顔色を真っ青にしてそんなことを叫ぶ。
彼は自分を柱にして、リーリスとシュトライアを支えていた。
「……大首領様」
見事にすってんころりんしたファスロが、何事もなかったかのように立ち上がる。
そして、彼は私を見るなり、無表情だった顔つきを険しくする。
「まさか、今の衝撃は……?」
元とはいえ、さすがは魔王。
すでに今起きた事象について察しているようだ。説明の手間が省ける。
「あそこに、見えるでしょう」
私は、空中のスクリーンを見上げた。
衝撃による影響か、若干ノイズが走っているが、そこにしっかり映っている。
アークムーンが鞘から少しだけ引き抜いた、真っ白い刃が。
「今の衝撃は、あれが抜かれたことで起きたものです」
真っ白い刃は、ほんの1~2センチ程度、鞘から顔を覗かせている。
たったそれだけ。
たったそれだけで、ブラックナイトを揺るがすほどの衝撃波が発生したのだ。
「はぁ~?」
ゴリアテが、すっとんきょうな声をあげる。
いかにも信じがたい、という風な響きの声であったが、次の瞬間にそれもなくなる。
次にスクリーンに映し出されたものが、彼を黙らせたのだ。
そこに見えるのは、上空からの俯瞰図。
アークムーンを中心にして、相当な距離が更地と化してしまっていた。
「今の衝撃波によって、根こそぎにされたんです」
身を冷やすおののきと共に、私は説明した。
焼け落ちかけている領都セルバントの四割ほどが、きれいに消し飛んでいる。
上から見ると、消えた範囲は見事な円形で、街が丸くえぐり取られたかのようだ。
『くっ、何だ今のは! 何をしやがった!?』
聞こえたのは、切羽詰まったグレイルの声。
彼が乗る〈銀聖公〉も、周りの〈銀嶺卿〉も今の衝撃に吹き飛ばされていた。
全ての〈銀嶺卿〉が倒れている中で〈銀聖公〉だけが立っている。
『おまえら、何をみじめに這いつくばってやがる! 立て! さっさと立ちやがれ! おまえら、それでも栄えある鎧聖機甲騎士団の団員か!』
グレイルの叫びは、見事に怒りに染め抜かれていた。
それをよそにアークムーンが刃を鞘の内に納める。私はホッと安堵した。
「大首領様、あの刀は、一体……?」
「あれは〈原罪剣・御禍月〉。個人用最終決戦兵器です」
個人用最終決戦兵器。
自分で言っておいてなんだが、ものすごく頭が悪い呼称だよね、これ。
男の子はカッコいいと思うのかもだけど、私からすれば怖いだけなんだよね……。
「中身は単純で、月の重さを持つ刀です」
「どういうことじゃ、そりゃ! 意味がわからんぞ!?」
ゴリアテが声をあげるが、この程度で驚くようではまだまだ甘い。
ここから私は、特撮世界観特有の、ド派手に頭悪い武器設定を説明するのだから。
「月、というのは、空に浮かぶあの月、ですか?」
「そうです。その月です」
ファスロの問いに、私はうなずく。
設定上、この〈エトランゼ〉世界の月の大きさは、地球のそれと全く同じ。
つまり科学的には1ML、日本語に直して1月質量で表せる重さだ。
わかりやすくキログラムに直すと、7.35×10の22乗キログラム。らしい。
トンに直すと、約7350京トン。
京は兆の万倍の単位で、つまりは億の億倍ということになる。
うん、覚えてた知識を思い返しても感覚としては全くわからない。
とにかくものすごく、とてつもなく、途方もなく、想像を絶する重さということだ。
――アークムーンが握る黒鞘の刀には、それだけの重さがある。
「月と同じ質量を、無理やりあの刀身の大きさに凝縮した。理屈としてはそれだけの、単純明快な武器が〈原罪剣・御禍月〉なのです」
「そ、そんな重さ、人が持てるものじゃないわぁ……!」
リーリスが絶句する。それは、かつて私も通った道だ。
この武器が出てきたのは〈ガンライザー〉本編ではなく、劇場版でのこと。
〈太天烈騎ガンライザー〉夏の激熱劇場版『陽を墜とす月と巡る夜』。
アークムーンがガンライザーに完全勝利した、唯一にして異端のエピソードである。
その話の中で出てきたのが、試作型の個人用最終決戦兵器。
つまりは、今、アークムーンがその手の中に携えている、黒鞘の刀なのである。
「あの鞘の中は異空間になっていて、現実空間からは切り離されています。使い手であるアークムーンが鞘から抜いたときだけ、刀身はその質量を現実世界に展開するのです」
「では、今の衝撃は……」
「そうです。刀の重さの一端が、この世界に展開したために起きたものです」
端的ながらも私が説明を終えると、皆、一様に口をあんぐり開けていた。
想像したのかもしれない。もしも鞘から刀身を抜き放てば、一体どうなるのかを。
「ちなみにですが――」
ファスロすらも言葉を失っている中、私は一度深呼吸をする。
何故なら、次に話す内容こそが、あの刀に関する最も重要な情報だからである。
「あの刀は、鞘から完全に抜いて一秒以上経過すると、大爆発します」
「「はぁ!!?」」
ゴリアテとリーリスの驚愕の声は、高低できれいにハモっていた。
一方、それとは対照的に、ファスロは納得したかのように深く首肯している。
「なるほど、つまり、あの黒い鞘が制御装置であり、そこから離れることで刀身の制御が失われ、限界を超えて圧縮されていた超大質量が爆発的に膨張する、と」
う~ん、この補足説明いらず。完全に正解です。
「……あの」
と、ここで今まで沈黙を保っていたシュトライアが軽く手を挙げた。
「はい、ライアちゃん」
「爆発って、どのくらい大きいんですか?」
おお。そこに目がいくとは。
さすがは魔王の影武者、ファスロの妹。頭の回転も早いっぽい。
「そうですね。おそらく、大陸が消し飛ぶかと」
「「……何が?」」
またしても見事にハモるオーガとサキュバス。
すっかりリアクション役が板についちゃってるなぁ、この二人ってば。
「月と同じ重さのものが爆発するのですから、その程度の破壊力はあるでしょう」
「あるでしょう、って……」
リーリスがぽかぁ~んとなっているが、私だってこんな説明したかないわよ。
でも、サードがあれを開放しちゃったんだから、教えておかないといけないでしょ!
「しかし、とても実用に耐えうるものとは思えませんが……」
スクリーンを見上げ、ファスロが言う。
確かに、普通に考えれば欠点だらけ過ぎて、使えたものじゃないだろう。
しかしサード曰く、扱う力が強大なだけ、とのこと。
それを完全に制御できたならば、何よりも完全な武器となる。――だってさ。
でもそれは、自信過剰な思い上がりなんかじゃない。
うぬぼれ屋が根拠もなしに言い放つ、机上の空論なんかじゃない。
「使うのは、アークムーンです」
私はスクリーンを見上げる。
そこには、膝を軽く曲げて黒鞘の最終兵器を構える彼の姿があった。
それと同じ構えを、私は映画の大画面で見たことがある。
身を低く保って腰を溜め、前傾姿勢で上体をひねる構えは、居合抜きのそれだ。
「さぁ、我らが最強戦士の勝利を見届けましょう」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「抗え」
構えをそのままに、街の約半分を根こそぎしたその爆心地で、彼は言う。
「反抗を認める。全力で俺を潰しにかかってこい」
『ぐっ、どこの馬の骨とも知らぬ分際で……!』
「そうだ。この大陸の最大国家の王子である貴様が、名も知れぬ俺に敗れるのだ」
グレイルの悪態を、アークムーンが鼻で笑う。
「これから貴様が味わうもの。それこそが『完全敗北』だ」
『黙れ……!』
挑発を受け流すこともできず、今のグレイルはまさに怒髪天を衝く、というやつ。
大股に、まっすぐ〈銀聖公〉がアークムーンへと迫っていく。
『マナの憂いを晴らすのは、俺だ。兄貴なんかじゃねぇ。兄貴なんぞに、マナは任せちゃおけねぇんだ。だから、俺が。俺こそが……!』
「言うのは勝手だ。勝利宣言でも何でも好きにしろ。実現は不可能だがな」
『黙れっつってんだろうがァァァァァァァァァ――――ッ!』
〈銀聖公〉の手に炎が盛り、特大の火球がアークムーンへと発射される。
「雑魚が」
アークムーンが、刃を抜いた。
それは閃き。文字通りの、輝きよりもさらに速い、奔る光。
現実空間へと露出された刀身から、瞬間的に超重質量による重力波が解き放たれる。
それは、何も御さなければ周囲を吹き飛ばす破壊力の奔流だ。
でも、アークムーンによって完全に制御されたならば。
居合抜きという形で、収束された重力波が切っ先の向こう側へと発射される。
グレイルが放った火球など、この一閃の前には火花にも満たない。
それは即座に散らされて、逆にアークムーンにかざした〈銀聖公〉の腕が消滅した。
『な、ぁ……!?』
のけぞる〈銀聖公〉の遥か後方、また残っている領都の建物が大きく丸く抉られる。
さらに、その向こうにある建物も、その奥の建物も、抉られて倒壊した。
それはまさに、街を貫く一閃。
しかし現実は私が映画で見たものよりあっさりしていて、だからこそおぞましい。
「防ぐこと、能わず。逃げること、叶わず。これぞ完全無欠の一撃也」
真っ白い刀身を鞘に納め、アークムーンが見得を切る。
一秒以上の露出で刀身が爆発するのならば、一秒以内に鞘に納めれば問題はない。
そんな無茶苦茶な理屈が、ステラ・マリスの最強戦士が出した結論。
そして行き着いたのが、超高速の居合抜きというこの必殺技である。
まさに特撮、ともいうべき技だけど、見た目は本ッ当にカッコいいから困る。
おぞましさに震える私でも、それはそれとして惚れ直してるモン。
『お、おまえらァァァァァァァァァ――――!』
数歩後退した〈銀聖公〉が、残った片手でアークムーンを指さす。
すると、残っていた全ての〈銀嶺卿〉が彼めがけて殺到する。
「ふん」
建物よりも大きい〈銀嶺卿〉が群れて突っ込んでくる。
それはかなりの迫力であるはずなのに、アークムーンは一切動じない。
「忠を尽くして命を散らす。それが貴様らの選択か」
そこから始まったのは、あまりにも一方的な蹂躙だった。
私は〈エトランゼ〉の設定を大体網羅している。
だから最新鋭の剛魔甲冑である〈銀嶺卿〉の性能も、よくわかっている。
著しく高い魔力増幅倍率と、強固にして堅牢な装甲。機動性の高さは言うに及ばず。
魔力障壁を展開すれば、物理・魔法の両面でその防御はほぼ鉄壁となる。
そんな〈銀嶺卿〉が、アレスティアの力の象徴が、次々に消し飛んでいく。
アークムーンが鞘から刃を抜き放つたびに、二体、三体、四体、次々と。
「かけらの一つでも残ることを祈るがいい」
言い捨てて、刃を閃かせる。
私の目に映るはずもない早業で、放たれた重力の波が〈銀嶺卿〉を抉り取る。
それを見て、私は特に何ら感慨を覚えることはない。
アークムーンが持つ刀は怖いけど、それを喰らう鎧聖機甲騎士団には何も思わない。
だって、これは単なる因果応報。
セルバントの人達にひどいことをしたんだから、やり返された。それだけの話。
世界を征服するのなら、この光景に罪悪感を感じてはならない。
そう、私は自分に言い聞かせようとして――、
『うおォ、おおおおおおお……!』
グレイルの悲鳴じみた雄叫びが、私の耳をつんざいた。
『こんなはずはねぇ……、お、俺達が、アレスティア最強の鎧聖機甲騎士団が、ま、負けるはずがねぇ! こんなモンは、あ、あ、悪夢だ! ただの悪夢だ!』
「いいえ、これは純然たる現実よ、グレイル」
答えたのは、アークムーンではなく、私。
ゲームの中では通じ合い、現実ではこうして対立しあっている、アンジャスティナ。
「あなたは、何の大義名分もないままに漆黒領に攻め入って、何ら罪もない人達を、自分の都合と感情のままに殺そうとした。だから、報いが返ってきたのよ。強い力で弱い人を殴ったから、より強い力で殴り返されたのよ!」
『黙れ、黙れアンジャスティナ! 俺は、俺はマナに任されたんだよ、マ、マナに……、マナ。マナ! お、俺を導いてくれ、俺を助けてくれ、マナァ!』
グレイルが、狂乱する。
ゲームの中ではついぞ見たことがない、それはまさに発狂だった。
『マナ、マナ! あああああああああああああああああああああああああああああ!』
全ての〈銀嶺卿〉を失って、ただ一機残された〈銀聖公〉が突っ込んでくる。
それに対し、アークムーンは至極冷静に告げた。
「その身にしかと刻むがいい、これが『完全敗北』だ」
最後の一閃。
鞘から放たれた超重の刃より、何物をも貫く力の奔流が発射される。
壮麗であった〈銀聖公〉が圧倒的な力の前にひしゃげ、形を失っていく。
そして、その一片までもが砕かれて虚空に消えようとする。
直前、機体の中から蒼い輝きが瞬き、それは空に向かって高く飛翔していった。
「逃げたか」
空を見もせず、アークムーンが一言呟く。
今のは、緊急避難装置、みたいなものだと思う。多分、王都に転移したんだ。
そして、場には静寂が訪れて。
アークムーンが、私に向かって穏やかに告げてくる。
「ステラ・マリスの完全勝利だ」
「……はい」
到底、喜べそうにはなかった。