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第21話 私達に必要なのは『完全勝利』です

 ブラックナイトの玉座の間に、不気味な笑い声が響く。


「んふっ、んふっふっふっふっふっふっふっふっふ……、くふっ」


 この、出来る限り我慢したけど堪えきれず出ちゃった感じの笑い声。

 それをしているのは、誰であろう、ファスロだった。


「ファスロ、さん……?」


 その、微妙だけど見てわかる程度の動きを見せる彼に、私は声をかける。

 すると、ファスロは体の向きはそのままに、首だけをこっちに向けた。


 こっわ!?

 ギュンッ、って音がしそうな速度でこっち向いたよ、この人!


「大成功です、大首領様!」


 そして、明らかに興奮しきった大声。

 もしかしたら初めてかもしれない。こんなに感情が込められた彼の声は。


「戦闘リン、戦闘リン! 何という偉大な発明! これぞ人造魔道生命の極致! それを、不肖、この僕こそが、それを成し遂げたという事実! 素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい! 錬金術は今、新たな時代へと繋がる扉を開いたのです!」


 ふぇぇ、この人、こっちに首向けたまま諸手挙げて万歳してるよぅ。

 眼鏡越しのおめめが血走ってるしまばたきもしてないよぅ。


「え、えーと……」


 完全にキマっているファスロを見て、私は完全に気圧された。

 だが、声をかけられた以上、何かリアクションをしないといけない気がする。

 そして、一秒弱で必死に頭を巡らした私は――、


「あの、戦闘リンとは一体、どのような……?」


 思いっきり、答え方を間違った。

 ファスロの瞳がさらにギラついたのを見た瞬間、私は自分の失策を悟る。

 しまった、この反応は……!


「どのような、といえば、僕の最高傑作と答えざるを得ませんね! 何が最高なのか、それは、そう! この発明によって今まで人造魔道生命(ホムンクルス)開発においてネックとされていた一体辺りの開発コストの高さを劇的に低下させ、さらに開発の手間もこれまでより三割以上簡略化できたことにあります! これが何を意味するか分かりますか? ……そう、つまりはこれまで不可能とされていた人造魔道生命の量産が現実的に可能となったということです! これは、革命です! ゴブリンの細胞という、たった一つの要素がもたらしたブレイクスルー。それによる、錬金術の革命なのです! かねてから、量産型人造魔道生命の研究は進めていましたが、完成までには至っていなかった。そこにもたらされたのが、ゴブリンの体細胞構造だったのです! 魔力の吸収による、異常なまでの細胞分裂の速度活性! これこそ、僕が求めていたものに他なりませんでした! そしてついに量産型人造魔道生命が――」


 オタクの早口だァァァァァァァァァ――――!!?


「あ、はい。あ、そーなんですね。はい……」


 聞かれてもいないことまで三倍速で喋る彼に、私はおののきつつ相槌を打つ。

 得意ジャンルになると、途端に舌が大車輪する人、いるよね……。


「オイ、そこまでにしておけ、眼鏡の雑魚」

「おっと……、これは失礼を」


 サードに言われて、ファスロがハッと我に返る。

 そして彼は、サードと同じく、再び大スクリーンの方へを目を向けた。


『うわぁぁぁ! 何だこいつら、纏わりついてくる……!』

『団長、こいつらをどうすればいいんですか、団長ォォォォォ――――!』


『バカ共が、所詮はゴブリンだろうが、脅しつけろ!』

『それが、こいつら! 叩いても潰しても、全然気にせずにこっちに……!』


『だったら振り払え! 雑魚相手に戸惑ってんじゃねぇ!』

『ダメです! 払っても払っても、次々にまとりついて、よじ登ってきます!』


 聞こえている鎧聖機甲騎士団とグレイルの声から状況が伝わってくる。

 戦闘リンの投入によって、彼らは完全に混乱をきたしていた。


 スクリーンには〈銀嶺卿〉にしがみつき、よじ登っていく無数の黒タイツ。

 それはまるで、地面に落ちた甘いものにたかるアリの群れのようだ。


 ちょっと、正視に堪えないっていうか……。

 うん、ぶっちゃけキモい。割と今、私の背筋には怖気が走っている。


「クックック――」

「んふっふっふ、……ッくふ」


 そして、スクリーン前で笑っている野郎二人。

 片や腕を組んで悪役なニヤケ面に、片や眼鏡を光らせての押し殺した笑い。


 う~ん、怪しい。傍目からはどう見ても不審者。

 まぁ、ステラ・マリスはこれから世界征服をするワケで、間違ってないけど。

 でもなぁ、と、首を捻っていたところに、朗報が舞い込んできた。


「市民全員の収容、終わりましたァ!」


 シュトライアである。

 彼女なりの必死の声に、私は思わず手を打った。


「やったわ、ライアちゃん! 超、お手柄よ!」

「――はい!」


 私が喜ぶと、シュトライアも汗だくの顔に満面の笑みを浮かべて、うなずいた。

 市民の救出は成功した。私達の勝利条件は、完遂されたのだ。


「あとは、決着をつけるだけだな」


 しかし、私が達成感を得る前に、サードがそう言って腕組みを解いた。


「……そうですね」


 彼の言葉に、私は同意する。

 すると、サードは軽く肩眉を上げてチラリとこっちを見た。


「ほぉ、戦うつもりだったか。救出後、撤退を命じるかと思ったが」


 彼はそんなことを言う。

 わかってるクセに、人が悪い。当たり前か。彼はサードなんだから。


「確かに、ここで撤退すれば、状況的にはこっちの勝ちでしょう。でも――」

「でも、何だ? 勝利を得られるならば、問題なかろう?」


 重ねて尋ねてくる彼に、私はしっかりとかぶりを振った。


「逃げて得るような勝ちじゃ、不完全なんです」


 私はあえて、彼が好む言い回しをする。


「今、私達に必要なのは『完全勝利』です。――そうでしょう?」


 内心、寒々しいほどに緊張しながら、でも私は、不敵な笑みを浮かべた。

 自分が大それたことを言っている自覚はある。

 だが同時に、ここは退けない場面だという確信が、私の中に渦巻いている。


 サードはほんの数秒、無表情で私を睨んだ。

 生きた心地がしない。貴様如きが完全を語るなと、叱られるかもしれない。

 その恐怖は確かにあって、でも、私は震えそうになる体を何とか堪えた。


「オイ、ガキの雑魚」


 サードの目線が横に動く。


「デカイ雑魚と蝙蝠の雑魚にさっさと戻ってこいと伝えろ」

「え――」

「早くしろ。あの戦闘リンは試作型だ。間もなく、寿命が尽きるぞ」


 えっ、そんな寿命早いの、アレ!?


「あ~、はい。次はそこが課題でして……」


 私が見ると、ファスロは無表情に戻って、頬を軽く掻いた。


「今はそんなことはどうでもいい。ヤツらは、敵の足止めと時間稼ぎという役割を完全に果たしたのだ。次の課題は次にクリアすればいい。今ではない」


 そう言って、サードはその場で踵を返す。


「オジジは必要かい」

「いらん」


 壁際にいつの間にか立っていた老師に問われ、だが彼はかぶりを振った。


「どうやら、我が主は『完全勝利』をご所望のようなのでな」

「お主一人でそれをなす、と?」

「バカめ。俺一人でなすからこその『完全勝利』だ。他は邪魔だ」


 傲岸不遜な物言いをして、サードが外に繋がる通路へと歩き出そうとする。


「サード様……」


 私が小さく呟くと、彼はおもむろにこちらを振り向いた。あれ、聞こえた?


「受け取れ、愚物」


 言うなり、彼はこちらへと何かを放り投げてくる。

 うわ、っとと。と、私は少し驚きつつ、それを両手でキャッチした。


「貴様に、それを使用する栄誉を授けてやる。喜び畏まりながら、合図を待て」


 そして、彼は玉座の間を去っていった。


「大首領様、彼は一体……?」

「えーっと……」


 ファスロに尋ねられるも、私自身わからず、首をかしげてしまう。

 私は、何か固い感触がある両手を、そっと開いてみた。


 ――私の手の中に、真っ白い鍵があった。


「……ひっ」


 思わず、息を飲んだ。

 それは手のひらに収まる小さな鍵で、飾りの部分に三日月が刻まれていた。


 これが何なのか、私は知っている。

 息を飲んでしまったのも、これを授けられた意味を察してしまったからだ。


「大首領様、その鍵は――、いや、それよりも、お顔の色が……」


 ファスロが私を見て、そんなことを言ってくる。

 うん、言われないでもわかっている。今の私はきっと、完全に青ざめている。


 さっきまで焦りに熱を帯びていたからだが、一瞬で冷え切った。

 頬を伝う汗すら、今は冷たく感じられて、凍えた体は今にも震え出しそうだ。


「ファスロさん」

「はい……」

「どのような形であれ、この戦いは終わります」


 私は、サードから受け取った鍵を右手に握り締め、スクリーンを見上げた。


「ステラ・マリスの最強戦士が、本気になったのですから」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 全ては、スクリーンに映し出されていた。


『ッ、チィ! この街の連中は、どこへ消えやがった!』


 燃え盛る街並みに、グレイルの怒声が響く。

 戦闘リンはサードの言葉通り寿命を迎え、すでに地面に転がり落ちている。


『探せ、探せェ! 探して殺せ、この街の連中、全員をだ!』

『『は、はい!』』


 自らが駆る〈銀聖公〉の腕を振り回し、グレイルは荒れ狂った。

 その声に怯え、騎士達は〈銀嶺卿〉で街中を探し始めようとするが、もう遅い。


「何ていうかぁ、状況を俯瞰できる立場だと、滑稽に見えちゃうわねぇ」


 玉座の間に戻ってきたリーリスが、はぁ、とため息を一つ。


「一応確認するが、もう、あそこは無人なんじゃな?」

「はい、私が全員、こっちに収容しました」

「おうおう、さすがはライアじゃ。やりおるわい」


 同じく、戻ってきたゴリアテが満足げにシュトライアの頭を撫でた。

 傍らでそんなやり取りがされているのを聞きつつ、私はスクリーンに見入る。


 崩れた建物。壊れた馬車。

 メラメラと燃え上がる炎は、今もなお燃え広がっている。


『アンジャスティナァァァァァァァ!』


 吼えたグレイルが〈銀聖公〉で近くの家屋に八つ当たりをする。

 その一撃に家は崩れて、燃え盛る屋根部分が、瓦礫と共に往来へと落ちてく。


 魔法によって街はさらにもやされ、景色は陽炎に揺らめいた。

 その中を、彼は威風堂々、胸を張りながら歩み進んでいく。


『――あン?』


 彼の存在に気づいたか、グレイルが機体をそちらへと向けた。

 そこには、漆黒のマントをたなびかせる、蒼銀の月の戦士が立っていた。


「出たぁ……」


 スクリーンを見るリーリスが軽くうめく。

 この玉座の間で行なわれた戦いを思い出しているのかもしれない。


『何だ、おまえは?』


 尋ねるグレイルを、アークムーンは静かに指さす。

 そして彼は、短く告げた。


「俺が命じる。――滅べ」


 ゾクッ、とした。

 その台詞は、ガンライザーとの二度目の戦いのときに言ったものだった。


 今という状況でなければ、歓喜に絶叫していたかもしれない。

 しかし、私の手の中の鍵が重しになって、心はずっと沈み切ったままだ。


『おまえ……、出てくるなり名も名乗らぬとは、無礼者が!』

「そうだ。貴様は名も無き俺に敗れ去る。噛み締めろ、完膚なきまでの敗北を」


 言って、アークムーンは空を見上げた。つまりはスクリーンの方を。

 そして彼と私の視線が、ここでバッチリと合わさる。


「……わかりました」


 冷たい頬を汗が伝う。

 それが彼からの合図なのだと悟った私は、握る右手の上に、左手を重ねた。

 目を閉じて、念じる。或いは祈る。もしくは、請い願う。


 ――どうか、どうか誰も死にませんように!


「ステラ・マリスが大首領アンジャスティナ・マリス・ジオサイド・ヘルスクリームの名のもとに、我が守護者にして〈無欠の月〉たる月天騎皇アークムーンに対し、対大陸究極広域殲滅最終兵器ミカヅキの限定使用を許可します」


 そして私は目を開き、祈りのポーズのまま、スクリーンを見上げた。


「あなたに、力を……」


 呟くと、私が握る鍵が白く輝き、一瞬だけキィンという甲高い音がする。

 そして白の閃光が放たれ、それは天へと奔っていった。


「……今のは?」


 光が消えたのち、ファスロが私を見る。

 だが、答えるまでもない。私はスクリーンに目線を送ることで示した。


 そこでは、アークムーンが掲げた右手を大きく開いている。

 私から放たれた真っ白い閃光がそこへと降り注ぎ――、


「さぁ――、無慈悲な月にこうべを垂れろ」


 形をなしたソレを右手にしっかり掴んで、アークムーンがそう宣した。


「……ありゃあ、刀か?」


 スクリーンに映るモノを見て、ゴリアテが眉間にしわを寄せる。

 そう、その通り。アークムーンが掴むのは、全てが漆黒に染まった一振りの刀だ。


「〈原罪剣(シンケン)御禍月(ミカヅキ)〉」


 私は、口に出したくもないその名を、口に出した。

 そして場にいる全員に、説明する。


「あれはアークムーンの最終兵器。――月の重さを持つ刀です」


 スクリーンの向こうで、アークムーンが黒鞘から白刃を垣間見せた。

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[一言] >「あなたに、力を……」 月は出ているか!?
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