第20話 ガンライザーは特撮番組なのだろう?
『せ~のぉ!』
掛け声と共に、リーリスが乗る〈銀嶺卿〉が〈銀聖公〉の顔面をブン殴った。
『ぬおおッ!?』
わ~〈銀聖公〉が派手に吹き飛んだ~。ってそれどころじゃないよ!
何でリーリスが剛魔甲冑に乗っちゃってるワケ!?
『ぐ、このッ!』
憎々しげに声を荒げながら、グレイルが機体の姿勢を立て直す。
『オイ、あの機体を破壊しろ、今すぐだ!』
そして彼は当たり前だが、近くの〈銀嶺卿〉にリーリスへの攻撃を命じた。
命じられた〈銀嶺卿〉の搭乗者が、拡声の魔法を使って返事をする。
『あァん? そいつは無理な相談じゃのぉ!』
ぬわっ、今度はゴリアテだァ!!?
『な、おま――』
『フンガァァァァァァァァァァァァ!』
グレイルが驚きかけたところで、ゴリアテの〈銀嶺卿〉にまたブン殴られた。
ガッキィ――――ン! とすごい音がした。
『ぐあああああああああ!』
悲鳴と共に、その顔面をベッコベコに凹ませた〈銀聖公〉が地面に倒れる。
『アハハァ、いい気になってるヤツをぶっ飛ばすのって最高ぉ!』
『フン、ワシらが紛れ込んでたことにも気づかんダボが団長たぁのぉ』
聞こえてくる声に、私はようやく事態を理解した。
そうか、二人が乗ってる〈銀嶺卿〉、ゴ連で回収したヤツだ!
過去の私が、ゴブーリンに横流しした数体。
それが都合よく、ゴブーリングラードの一角に並べられていたのだ。
見たところ普通に使えそうだったし、そりゃあ当然回収するよね。って話。
でも、驚いた。
まさかこの場面でそれを使うだなんて。
シュトライアに転移させてもらったんだろうけど、いつの間に……。
『ウフフゥ、大首領サマァ?』
ひゃへ?
リーリスの乗る〈銀嶺卿〉がこっちを見上げて、私へと声をかける。
『気持ちのいい啖呵だったわよぉ。それがぁ、あなたの素なのねぇ』
リーリスの声は、すごく愉しげだった。
「……………………」
あ。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!
怒り心頭過ぎて、完全にロールプレイ忘れてたァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!?
「愚かだな」
サードの一言が、私の心臓を深く抉った。
私がバカで愚かだなんて、今さら言うまでもないコトでしょッ!
『色々話すことはあるかもだけどぉ、今はあとにしておきなさぁい!』
『そうじゃい! あんだけ大口叩いたんじゃ、やるべきことをやってみせぃ!』
「言われないでも、やってやりますわよですわよ!」
うわぁ、ロールプレイがバグってる。
ああ、もう。こうなった以上、今さら演じてなんていられるものか!
「ライアちゃん、セルバントの市民の全員捕捉、できる?」
「え……?」
いきなり私に呼ばれて、シュトライアが目を丸くする。
「全員捕捉、のち、全員認証! あの人達をブラックナイトに乗せるの!」
「あ――、はい!」
しかし、一度説明しただけで、彼女の顔から戸惑いが消える。
さすがはシュトライア、お兄さんばりに頭の回転がスムーズでいらっしゃる。
玉座の間を満たすように、次々に小さなスクリーンが出現する。
そこには、今必死に逃げ続けているセルバントの市民達が一人ずつ映っていた。
全員揃っているのか、という一瞬の不安。
揃っているに決まってるでしょ、というシュトライアへの信頼。
私は大きく息を吸い込んで、小スクリーン群に向けて全力の大声で呼びかける。
「セルバントの皆さーん! 自分の名前を力いっぱい言ってくださ――――い!」
聞こえててくれ、言ってくれ、と、無心に祈りながらの呼びかけである。
「お、俺はガルド・ゼイラムだァ!」
最初に自分の名を告げたのは、誰あろう、あのおじさんだった。
その声に歓喜しながら、私はシュトライアに向かって命じようとした。
「ライアちゃん、今の人――」
「認証しました。転移します!」
私の命令より先に、シュトライアは敬礼した。その瞳が蒼く輝く。
同時に、おじさんの姿がパッと消えた。ブラックナイトに転移したのだ。
シュトライアったら、超有能!
可愛くて有能とか、もう大勝利すぎるでしょ!
「なるほど、これが彼らを救う手立て、ですか」
お兄さんのファスロが、いつの間にかシュトライアの隣に立って呟く。
そう。これが私が思いついた、セルバントの人達を助ける手段。
シュトライアの手でブラックナイトに乗せてしまおう、ということである。
ただ、この手段を使うには、シュトライアによる認証が必要となる。
認証自体は、顔と名前がわかっていればできる簡単なものだ。
しかしさっきまでの状況ではそれすら無理だった。でも、今なら!
「ハヤル・イノビスです! 早く、助けて!」
「うあああ、キオ・マルベールだよぉ!」
「マキシ・ブレゲルっていいますぅ! 死にたくないィ!」
逃げる民達が、次々に自分の名を叫びだす。
そして、シュトライアに転移させられ、その姿が次々に消えていく。
シュトライアは天才だ。魔王の影武者を務めていたのは伊達じゃない。
膨大な魔力と、緻密な魔法制御、迅速な魔法行使。その全てを兼ね備えている。
超有能、超天才、超かわいい、シュトライアちゃん最高よね!
『クソ、ヘルスクリーム領は見殺しにしたクセに、この期に及んで偽善かよ!』
「バカ言ってんじゃないわよ。何が、私の代わりに殺された、よ!」
苦し紛れに言うグレイルに、私は真っ向から反論した。
さっきは極限状態で頭回ってなかったけど、よくよく考えればおかしいでしょ!
「ヘルスクリーム家の連中なんて、元々、真っ黒も真っ黒、ド真っ黒じゃない!」
前の私に、積極的に加担して悪事働いて甘い汁吸いまくってた連中よ?
情状酌量の余地がある人間なんて、私が覚えてる限り、一人もいなかったわよ!
処刑のタイミングが早かったってだけで、連中が処刑されるのは当然の話。
私は死にたくなるような世界なんて認めないけど、それはそれ、これはこれ!
極刑に値する連中なんだから、極刑に処されただけでしょうが。
その責任まで私にかぶせようとして、幾らなんでも卑怯ってモンでしょ!
『グ、ハハハ! だが連中はおまえへの恨み言を遺し――、ぐあああああ!』
ほらー、私にかまけてるからまたリーリスにブン殴られたぁ。
『めちゃくちゃ隙だらけだわぁ。こんなのが騎士団長やってるのねぇ』
リーリスの〈銀嶺卿〉が呆れた様子をその動きで再現する。
一方、市民達はシュトライアの手で次々にブラックナイト内に転移していた。
市民達が映るスクリーンが、どんどんと玉座の間から消えていく。
だけど、長い。予想より時間がかかっている。
こっちが思っていた以上に、市民達の人数が多かったようだ。
個人認証が済めば、複数人を一度に転移させることができる。
だが最初の認証だけは一人ずつ行う必要がある。
そのため、市民達のブラックナイトへの転移も一人ずつにならざるを得ない。
「損耗は二割ほど、か」
まさに危機感が頭をもたげていたところに、サードが最悪の予測を告げてきた。
「それは、サード様と老師が出ても、ですか?」
「全ての要素を含めて計算した」
……そんな。
これだけやって、シュトライアも、リーリスもゴリアテも頑張ってくれて。
そこにサードと老師を加えても、まだ足りないっていうの!?
「どうすれば……」
顔を青ざめさせる私の横で、サードがあごに手を当て「ふむ」と漏らす。
「眼鏡の雑魚、赤いトカゲ、準備はどうだ?」
「調整は終わっていますが。なるほど、今ですか」
「はい、マスター。ついにわらわの出番なのですね。お待ちしておりました」
サードが、ファスロとゼラと何かを話している。
直後に何故か、ゼラだけがその場から飛び去っていき、サードは私を見た。
「では答え合わせだ、愚物」
は? 答え、合わせ……?
「な、何ですか。あの、今そんなことしてる場合じゃ……」
「ヴェイゼル平原でのことを、覚えているな」
このド修羅場に何でいきなり思い出話し始めてるの、この人!?
全身痙攣しそうになる。そんな私の脳裏に、ヴェイゼル平原での記憶が蘇った。
「……サード様が、ゴブリンの死体を抱えてた、アレですよね」
「そうだ。そのとき、俺は貴様に何を言った」
「何を、って……」
ううう、何でこのタイミングで、そんな話を……。
焦燥感に心身を焼かれる。脳みその七割が「ヤバイ」で埋め尽くされていく。
だが、サードの視線に突き刺され、まだまともに動く三割で私は答えた。
「私にとって必要になるモノ、ですよね……?」
「そうだ。そろそろわかったか」
わかるかぁ!?
問題が公開されてないクイズに答えろって言われてるようなモンよ、それ!
「……わかりません」
「そうか、わからんか。やはり貴様は愚物だな」
「あの、サード様、本当にそんな話してる場合じゃ……」
私が見る大型スクリーンの向こうでリーリスとゴリアテが追い込まれている。
ついに動き出した鎧聖機甲騎士団が、二人の〈銀嶺卿〉を包囲していた。
それだけじゃない、敵側の〈銀嶺卿〉の何体かが、逃げる市民を狙っている。
魔法こそ使ってないが、その手が、足が、地面を幾度も叩きつけて……!
だが私からは、建物が邪魔になって逃げる彼らがどうなったかが見えない。
お願い、無事でいてください。
両手を重ねて祈ることしかできない自分が恨めしい。
「今回だけは答えを教えてやろう。だが二度はないぞ、愚物」
なのに、サードはまるで我関せずとばかりに腕を組んでそんなことを言う。
くぅ、いくら何でもこの現状でその泰然自若は苛立たしい!
「愚物、貴様は今後、大首領として人の上に立たねばならん身だ」
「それが、どうしたっていうんですか」
苛立ちが重なり、自然、彼に対する答え方もつっけんどんになる。
今後のことなんか、今後話せばいいことでしょ。
今は、今しかできないことをやらないと、誰かが死ぬかもしれないのに!
「だが、そもそも立つべき基盤、土台となるものがなければ、話にならん」
どうしてこの人は、こんなにも悠長に話してられるのよ!?
「サード様、そんな話はあとにして――」
「見るがいい」
腕を組んだまま、サードがあごをしゃくって私をスクリーンに促す。
そこに、セルバントへと飛来する赤い巨竜の姿がしっかりと映し出されていた。
ゼラだ。
けど、それよりもゼラの後ろ足が掴んでいる巨大な黒い球体が目に入った。
『なッ、ド、ドラゴンだとォ!?』
グレイルの驚く声が聞こえる。
でも、いくらゼラでも一人だけでは鎧聖機甲騎士団には勝てないだろう。
いや待て、ゼラは街に降りていかない。上空を飛んでいるだけ?
「やれ、赤いトカゲ」
テイムによって繋がった精神念話を介して、サードが何かを命じる。
『グオオオオオォォォォォォォォォォォォォォオ――――ッ!』
焼ける街の空に轟く、月光竜(元太陽竜)の咆哮。
そして、ゼラは掴んでいた黒い球体を離して、そのまま飛び去って行った。
私の目は、空へと消える赤い巨体から落下する球体の方に移っていた。
何なの、あの黒いの。見たことない。一体……?
「あれ、球が……!」
黒い球体がいきなりグニャリと歪んだかと思うと、空中で大きく爆ぜた。
そして今度は無数の小さな黒い球体となって、街中に散っていく。
「ゴブリンの生態を解析した結果、興味深い事実が判明した」
いきなり、サードがそんなワケのわからないコトを言い出した。
「ヤツらの異常に低い魔法耐性には理由があったのだ。この世界の大気には魔力が含まれている。ゴブリンはそれを取り込み、生命活動の一助として――」
「それが一体、何だっていうんですかァ――――!?」
ついに私は悲鳴をあげた。
「サード様、わかってます? 今、どんな状況か、わかってるんですか!?」
泣きそうになりながら訴える私に、だが彼は逆に言ってくる。
「貴様こそ、いい加減にわかれ」
「な、何をですか……?」
「人を使う立場となる貴様に必要なのは、使われる側の存在だ」
え、な、何?
彼は一体、何を言おうとしているの?
「うろたえるな。貴様は、使われる側の成功を信じ続ければよいのだ」
こんな場面で――、いや、もしかして、こんな場面だから?
サードは、今という緊急時だからこそ私に何かを伝えようとしている?
「貴様が愛する〈太天烈騎ガンライザー〉は特撮番組なのだろう?」
ガンライザー……、特撮……、使われる、側? ……あ、ああ!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
私は気づいた。そして、叫んでいた。
そう、私は大首領。悪の秘密結社のステラ・マリスの大首領。
だったら、私という大首領が存在するのなら――!
「そうだ。この世界にステラ・マリスを結成するならば、絶対に揃えなければならないモノがある。そして、ゴブリンはまさに最高の素材だったぞ!」
街中に散った黒い球体が、ムクムクとその形状を変え始める。
後に聞いた話だが、それは大気中の魔力を吸収することで起きる現象とのこと。
そしてそこに現れたのは、全身黒タイツを纏ったゴブリン、っぽい何か!
『うわぁ、何だこいつら!?』
『団長、いきなり出現した無数のゴブリンが、機体に取り付いて、邪魔を……!』
黒タイツ姿のゴブリンっぽい何かが〈銀嶺卿〉に次々まとわりついていく。
「ィー!」
「ィーッ!」
「「「ィィー!」」」
彼らが出す声はそれのみで、ああ、うん、そうだよね。そりゃあそうだよね。
だって特撮に出るヤラレ役の雑魚敵なんて、みんな大体そんな感じだ。
「――戦闘用ゴブリン型ホムンクルス、その名を、戦闘リン!」
腕組みをしたサードが、ニヒルに笑ってその名を告げる。
「ゆけ、戦闘リン。やってしまえ!」
「「「イィィ――――ッ!」」」
スクリーンの向こうで、ステラ・マリス戦闘員の初仕事が始まった。