第19話 そんな世界、私が征服してやるわよッ!
「アーッハッハッハッハ! アーッハッハッハッハッハッハッハ!」
もうね、爆笑よ、爆笑。
人って心底からキレると笑いがこみ上げてくるっていうけど、アレ、本当だわ。
ヤバイわ、何も面白くないのに腹筋痛い。お腹よじれそう。
『な、何のつもりだ、アンジャスティナ!』
「やっかましいのよ直情バカ! そんなだから王太子に選ばれないのよ!」
『おま、えェェェェェェェェ……!』
あ、キレた。ざまぁ!
「けどねぇ、今の私のキレっぷり、当社比、あんたの数千数万数億倍なのよ!」
ああ、心の中の知らない場所から、ドロドロとした熱い何かが溢れ出る!
「思い出したくもない姫村のことまで思い出させてくれて、本気でトサカ来たわよ! あいつ、私からぶんどったゲーム機、結局返してくれなかったし!」
『ひ、ひめむら……? げぇむ、き?』
「うるさいわね! 今そんな話してないでしょ! ナメてんの、あんた!」
『おまえから言い出したことだろうが!?』
そーだったっけ?
でも、もう忘れたわよ! しつこい男は嫌われるんだからね!
っつーかね、そんなことどうでもいいのよ! 私が何より許せないのは――、
「グレイル、あんたは世界で一番死にたくない私に向かって、こともあろうにこう言ったのよ! この街の人達を、死ぬより辛い目に遭わせる、ってね!」
『それがどうした! 魔族なんぞどう扱おうが、俺の勝手だ! 毒婦めが!』
「バカ言ってんじゃないわよ! そんなの死にたくなるだけじゃない! でもね、死んだら終わりなのよ? そんなこともわからないの!?」
『死に伴う誇りも理解できねぇか。名誉ある死だって幾らでも存在するってのに』
「そんなモン存在しねぇわよ、アホ! このいつまで経っても王太子候補!」
『それを言うんじゃねェェェェェェ――――ッ!』
勝手にキレてろ。バーカバーカ!
こっちはね、まだまだ全然、ちっとも言いたいこと言えてないのよ!
「死んだら終わりよ。どんな形でも、死んだらもう、それで終わりなのよッ!」
のどの奥が痛む。それほどの強さで叫ぶ。
「死にたくないでしょ! 生きていたいでしょ! だったら、死にたくなるようなことなんてあっちゃダメなのよ。そんなの、認めていいはずがないでしょう!」
『浅薄! 薄っぺらいぜアンジャスティナ、世界はな、そんな甘くねぇんだよ!』
「わかった風に言うな! 死にたくなるような世界の何がいいってのよ!?」
『くだらねぇ! 強者が弱者の命を握る。それがこの世界の絶対真理だろうが!』
「だったら――」
声を張り上げる私に、深い考えなんてなかった。
激情は津波のように押し寄せて、台風のように荒れ狂って、頭の中は真っ白で。
だから私は、決意する。
だから私は、ここに誓う。
だから私は、掛け値なしの全力で、世界に向かって高く吼える。
「そんな世界、私が征服してやるわよッ!」
張り裂けんばかりのその声は、ステラ・マリスからの世界に対する宣戦布告。
最初はね、死にたくなかっただけよ!
他にどうしようもなくて、サードに言われて始めただけの大首領だったわ!
本音ぶっちゃければ、大首領なんてやりたくなかった。
目立つの嫌いだし、人と話すの苦手だし、意識しちゃうとすぐどもっちゃうし!
いつ自分の素を晒すかわからなくて、ずっと戦々恐々だったわ。
だから毎晩、ベッドの中で、おふとんに包まれてめそめそ泣いてたわよ、私!
それでも――、死にたくなかったわ。生きたかったのよ。心の底から!
そう思うことすら許されないのが普通なんて、私は絶対認めない。
死にたくなる世界なんて許さない。それがこの世界の正義なら、私は悪でいい。
私は決めた。この世界を、誰もが死にたくないと思える世界にしてやる。
この、悪の大首領アンジャスティナ・マリス・ジオサイド・ヘルスクリームが!
『ク……、ハッハ! ハッハッハッハッハッハ、ハハハハハハハハハハハハハ!』
しかし、私の一大決心に、グレイルの反応はさっきの私に並ぶ程の大爆笑。
『バカが! 何が世界征服だ。おまえはここで死ぬんだよッ!』
叫び、そして〈銀聖公〉の手が、固まっている民達へとかざされた。
その手のひらに、赤い輝き。
それはみるみるうちに大きさを増して、さっきよりずっと大きな火球になった。
「ひっ……!」
煌々たる輝きを放ち、赤熱する大火球を前に、民達は息を飲んで立ちすくんだ。
あれが炸裂すれば、さっきとは比較にならない被害が出るに違いない。
『アンジャスティナ。おまえが死ななけりゃ、こいつらが死ぬだけだぞ!』
そして、再び己が優位に立ったと思い込み、声に力を取り戻すグレイル。
だが私は、いい気になってる彼も、おののく民達も、やたら遠くに感じていた。
何ていうか、感情が完全に一周して、逆に頭冷えた。
ああ、わかった。台風一過と一緒の原理だ、これ。
波のない湖面みたいに気持ちは静かで、そのクセ、頭は冴え冴えとしている。
だからだろう。
何となく気になったことがあって、私はソレを口に出した。
「何で逃げないの、あんた達?」
声を向けた先は、グレイルではなく人質となっているセルバントの市民達だ。
「に、逃げ……?」
一人のおじさんが、歯をガチガチ言わせつつ、不思議そうに繰り返す。
「そうよ。逃げられるでしょ。足をもがれたワケでもなし」
「……な、バ、バカを言うな!」
叱られた。
「こ、ここ、こんな状況で、逃げられると思ってるのか!?」
「逃げられるとは思ってないわ。逃げられるかもしれない、とは思ってるけど」
「この、他人事だからって……!」
「他人事じゃないわよ! 私だって、死ねって言われてんだからね!」
自分達だけ特別と思ってんじゃないわよ!
って、言おうとしたら、私を叱ったおじさんが泣きそうになって訴えてきた。
「周りを見ろ、こんな数の巨人に囲まれて、どうしろってんだ!」
「そいつら小回り利かないから、チョコマカ逃げて建物の隙間に入りなさい」
「おまえはできるかもしれないけど、俺は一般人なんだよ! 一緒にするな!」
「一緒よ。私だって一般大首領よ。足だって、絶対おじさんより遅いわよ!」
「えぇ……?」
おじさんが戸惑いの声を返してくる。
だけどこれは自信がある。前のアンジュはどうあれ、今の私は運動音痴だ。
体が違おうと、走り方知らなきゃ足だって遅いに決まってるでしょ。
まだ納得がいかないのか、おじさんと他数名が恨みがましい目で私を睨む。
その理由も、次に言ってくることも、概ね予想はついていた。
「色々言ってるけどな、俺達がこうなったのはおまえのせいだろうが!」
「そうよ、何が逃げろよ。誰のせいでこうなったと思ってるの!」
うん、まぁ、そうよね。そう言ってくるよね。
ということで、私はごくごく冷静に、彼らへと用意していた反論を一言。
「いや、私のせいじゃないし」
「…………はぁ?」
こちらを見る民達の目が、揃って丸くなった。
すごい、あれってただの慣用句かと思ったら、本当に目って丸くなるんだなー。
と、思ってたら、おじさんが顔を真っ赤にして怒り出した。
「ふざけんな! じゃあ、誰のせいでこうなって――」
「あんた達のそばで、魔法ぶっぱなそうとしてるそこのデカイののせいよ」
それ以外に何があると。
「バカ言うな! お、おまえがいるから、こいつらは来たって、さっき……!」
「違うわ。悪いのは鎧聖機甲騎士団よ。街を焼いたのそいつらだし」
私が生きてることが原因だっていうけどさ。
実際に街を焼いた鎧聖機甲騎士団が、誰よりも悪いに決まってるじゃない!
何で私だけ叱られなきゃいけないのよ。異議を申し立てるわ!
「ぐ、ぎ、ぎ……!」
歯噛みしているおじさんへ、私は至極真面目に告げる。
「悔しそうにしてるヒマあったら、逃げて? そうしないと、あんた達が死ぬ可能性は100%から動かないの。だから、逃げなさい。生きるための行動をして?」
「何なんだ、おまえは! 俺達に死ねっていうのか!」
「だから、死ぬなって言ってるのよ、私は! ホンットーに、ああ、もう!」
私は玉座から立ち上がって、スクリーンに向かって思い切り怒鳴った。
「人間はね、死ぬ気で生きようとすれば、案外死なないモンなのよッ!」
「死ぬ気で生きようとすれば――」
「案外、死なないモン……!?」
今も生きてる私が言うんだから、間違いないのよ!
っていう私の絶叫に、おじさんと隣のおばさんが、何故かショックを受けた。
『無駄だ無駄だ! どれだけ言ったところで、何もできねぇよ、こいつらは!』
しかしそこで、グレイルが嘲笑を響かせる。
これまで何の反応もないと思ったら、面白がって見てたわね、このヤロウ。
しかし、状況は依然、彼に有利。
民達の周りは〈銀嶺卿〉に囲まれ〈銀聖公〉は魔法の火球をかざしたままだ。
逃げろと口に出した以上、私は市民達を一人も死なせたくない。
とはいえ、何がある。
この状況で、私には何ができる。
ただの一般大首領でしかない私でも、できることは必ずあると、そう信じる。
私は脳みそをフル回転させて、自らの中にある知識を探り続ける。
「――――あ」
時間にして数秒、体感にして永劫。
長らくの自分内検索の末に、一つの有益な情報がヒットする。
使える。しかし、使えない。
それは状況を打開するための一助になりうる。だが、決定打となり得ない!
必要なのは、今、火球をかざしているグレイルを抑える何か。
しかし、それがどうしても思いつかない。ダメ、私だけじゃ手が届かない!
「おい」
さっきショックを受けてたおじさんが、私を呼んだ。
「煽ったのはおまえだからな。責任は取れよ!」
彼はこっちに指を突きつけてそう言うと、軽く息を吸って、叫んだ。
「逃げろォ――――ッ!」
「「うお、おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」
おじさんの声を号令にして、民達が蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出した。
うわああああああ、おじさん達、マジにやってくれたァ――――!
『なッ! この、クソ魔族がァ!』
グレイルが怒りに猛る。
しかし、人々は四方八方に散って〈銀聖公〉も火球の狙いを定め切れない。
周りを囲んでいた〈銀嶺卿〉達もすぐには動きだせずにいる。
こんな密集している状態で魔法を使えば、同士討ちになりかねないからだろう。
民達の逃走によって、一気に状況が動いた。
しかし、まだだ。
私が定めた勝利条件は彼ら全員の生存。このままでは、それは難しい。
「あっ!」
そう思った矢先、少し逃げた先で女の子が躓いて転んだ。
直後に〈銀聖公〉の頭部が彼女の方を向く。そして火球が大きさを増した。
「グレイル、何をするつもり!」
『黙れ、毒婦! 俺を呼び捨てにするなど、不敬にも程があるぞ!』
彼は今さらそんなことを言うが、私としてはそれどころじゃない。
私は、グレイルへと訴えた。
「ねぇ、何でそんなことするの! あなた、そういう人じゃないでしょ!」
今の彼は、私が知るゲームの中のグレイルとは、かけ離れすぎている。
確かに彼は考えなしで突っ走りがちだ。でも、自分を顧みられる人でもある。
そのはずなのに、どうして、こんな……ッ!
『うるせぇ、毒婦如きが俺を語るな! 俺を理解できるのは、マナだけだ!』
……え?
『見てろアンジャスティナ! このガキが焼け死ぬところをよォォォォ!』
虚を突かれ呆けた私に、グレイルが壊れかけた声で言う。
「やめて、グレイル――――ッ!」
私は腹の底から彼の名を叫び、彼は転んだ女の子へと火球を放とうとして――、
『……ぐおォ!?』
いきなり、横合いから突っ込んできた〈銀嶺卿〉が〈銀聖公〉にブチ当たった。
それによって〈銀聖公〉は大きく体勢を崩し、火球は音もなく霧散する。
『何だ、おまえェ! 俺に攻撃するとはどういうことだ! 持ち場はどうした!』
狂乱するグレイルに〈銀嶺卿〉の搭乗者が拡声の魔法を使って言い返す――、
『あらぁ、ごめんなさいねぇ。私の持ち場ぁ、たった今からここなのよぉ~』
って、リーリス!!?