第17話 こいつらはおまえが原因で死ぬ
セルバティ辺境伯領について、私が知っていることを簡潔に記そう。
まず、辺境伯家は、古くは魔王の一族から分かたれた家柄だ。
スピンオフでの設定によると、家の始祖は初代魔王の甥、らしい。
彼は極めて武勇に優れ、その忠誠心の高さから〈漆黒領〉の壁として選ばれた。
――壁、そう、壁である。
セルバティ辺境伯領は〈魔黒の森〉以外で唯一、アレスティアと接する場所にある。
だから〈漆黒領〉側もそこに壁となる勇将を置いた。
それが、初代魔王の血に連なるセルバティ辺境伯、というワケだ。
初代の頃から今に至るまで、セルバティ家は常に壁であり続けた。
幾度か起きたアレスティアとの小競り合いでも、常に率先して兵を出した。
勝つこともあれば、敗れることもあった。しかし総じて、高い勝率を誇ったという。
辺境伯側から攻めたことは一度もなく、徹底して、この家は壁であり続けた。
アレスティア側にとっても、大層邪魔であったに違いない。
でも東側の隣国との関係悪化を受けて、やがてアレスティアも攻めてこなくなった。
それが、およそ百年前。
つまりこの百年は、セルバティ領にとって平和な時代だったってこと。
さて、問題はそんな平和な領地を治める辺境伯がステラ・マリスに協力するか、だ。
ステラ・マリスと魔王軍は、当然ながら別組織だ。
そんな私達を、辺境伯が受け入れるか、という懸念がある。
う~ん、どうだろうな~……。ちょっと心配。
登場するスピンオフ作品を考えるに、彼は民思いだが頑固で、名君だけど気難しい。
魔王軍であることに高い誇りを抱いてるから、そこをどう説得するか、かな。
唯一の救いは、辺境伯領では人と魔族が混じり合って生活していること。
つまりは、魔族じゃないから相容れない、みたい展開は多分ないだろうと思える。
私としても、今さら魔族に何か偏見があるワケでもなし、ホント、人と一緒だしね。
むしろ、個人的には人間より魔族の方に親しみすら感じちゃってるかも。
その辺りからつついてくのがいいかな~、とか考えていたら――、
「辺境伯の弱点は妹です。シュトライアに任せれば懐柔は難しくはないかと」
ファスロにそう言われた。マジかよ。
何でも、セルバティ辺境伯のおじいさん、シュトライアにはバカ甘なのだとか。
え、でも、領主として民を守るためにとか、そういうのは?
「別にステラ・マリスが辺境伯領を攻撃するワケでもないので、問題ないのでは?」
問題ないらしい。
あ、あれ? そーお? そーゆーもの? なの? かな?
「ゴ連打倒の立役者と説明すれば、無碍にされることはありませんよ」
と、ファスロが断言する。
ならば、大丈夫なのだろう。私の心配が杞憂に終わるなら、それに越したことはない。
私は安堵の念と共に、百年の平和が続くセルバティ辺境伯領へと向かった。
――そして辺境伯領が見えてきたんだけど、え、これ、何?
「領都が、燃えている……?」
空中要塞ブラックナイト、最上階の玉座の間。ファスロが目を瞠る。
空間を切り取るようにして宙に浮かんでいる大型スクリーンに、それは映っていた。
炎。
炎だ。
私達が向かっている辺境伯領最大の街、領都セルバントに、朱の炎が盛っている。
何これぇ?
街を挙げてのキャンプファイアー? 今、平日の真っ昼間よ?
「シュトライアさん、セルバント上空まで、あとどれくらいで到達しますか?」
玉座にどっしりと座して、私はブラックナイトの操縦を担当している彼女に問う。
現在、私達が見ているのは遠くにあるセルバントの街並みのみ。
しかしそれでもはっきりと、チラつく炎と立ちのぼる黒い煙が見えている。
表向き、私は落ち着き払っているが、内心は梅雨どきの大型台風な様相だ。
風がすごいわ、雨がすごいわ、食べ物は湿度で傷みやすいわで、もう大惨事よ!
「あと、五分ほどです」
シュトライアから返される、硬い声での答え。
五分。短いけど、長い。
今の状況じゃ、体感にして数十分に感じてしまいそうだ。
「何か、影が動いたな」
影?
言ったのはサードである。彼の隔絶した視力が、何かを捉えたのか。
「ライア、スクリーンの映像を、さらに拡大できますか?」
「できますけど……、兄上様、それでは解像度が追いつかなくなってしまいます」
「構いません。シュトライアさん、拡大してください」
迷うシュトライアへ、私は直々に指示を出す。
直後、空中のスクリーンがパッと切り替わり、セルバントの街が大きくなる。
やはり画像が粗い。確かに何かの影が動いているのが見えるが、判然としない。
「……オイ、ありゃあ、まさか?」
ここで、ゴリアテが大声を出す。まさか心当たりが?
「やい、コウモリ! ありゃあ、ヴェイゼルのときに出てきおった――」
「そうねぇ、言われてみれば、確かにそうかもぉ」
リーリスも難しい顔をしてこちらを見る。
その視線に含まれるものと、ヴェイゼルというワードから、私はすぐに察した。
「なるほど――、剛魔甲冑ですか」
まだ遠いここからでもわかる、動く影。
それは、相応の大きさがなければ確認しようのないものだ。
ならば今、私達が見ている何かの影は、それなりの大きさをもつことになる。
「そうですか」
街を焼く犯人に気づき、私は自らを落ち着かせるために、長く息を吐いた。
「セルバントの街を襲ったのは、鎧聖機甲騎士団ですか」
過去の私がゴ連に流した剛魔甲冑は、あらゆる面で最高グレードに当たるもの。
アレスティアにおいては、たった一つの騎士団のみが、使用を許されている。
それが第三王子グレイルを団長とする、鎧聖機甲騎士団、である。
よくそんな連中が使ってるモン売りに出せたな、って?
まぁ、ほら、前の私、王太子の婚約者だったし領の内政も掌握してたから、ね?
コネとかツテとか、カネとかモノとか、そういうのは豊富だったのよね。
……ヒトには恵まれなかったけど。
「領都セルバント上空、間もなく到着します!」
しばらくして緊迫する玉座の間にシュトライアの声が響き渡った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
間近に見るセルバントの街は、それは酷い有様だった。
建物の崩れ方だけを見ればゴブーリングラードよりも上。ほとんどが半壊してる。
「……徹底しとるのう」
スクリーン越しに今のセルバントを見て、ゴリアテがうめくようにそう言った。
そこには、街を破壊した者達もしっかりと映り込んでいる。
頭の位置が二階建ての屋根の高さにある、煌びやかな銀色の人型。
アレスティア製の最新鋭剛魔甲冑――、コードネーム〈銀嶺卿〉。
それが、夥しいとしかいえない数、セルバントの街を闊歩している。
軽く見て、百や二百はくだらない。総数は、一体どれほどになるというのか。
巨大な銀の人型の足元に、倒れている人の姿が見える。
炎に巻かれ、下半身が瓦礫の下敷きになっていて、ピクリとも動かない。
破壊の被害に晒されている人が、見える限りでも他にも何人も……。
「…………ッ」
表情を変えずに、私は奥歯を強く噛み締めた。
一体、この街の人達が何をしたというのだ。どうして、こんなことが――、
「見てください、街の真ん中にある広場に、人が……」
気づいたファスロが、スクリーンの一点を指差す。
私がそこに目を向けると、確かに、広場には多くの人が集められていた。
そして、それを囲むように配置された〈銀嶺卿〉と、そして――、
「あれは……ッ」
思わず、息を飲んだ。
広場に集められた人達の前に立っている、一機の剛魔甲冑。
それは他の〈銀嶺卿〉と基本的な造形こそ同じだが、より大きく、より力強い。
銀色の装甲をさらに飾り立てている金色の縁取りは、特別な地位を示すもの。
間違いない。イベント中の一枚絵で見たことがある。
あれは、鎧製機甲騎士団の団長専用機、〈銀聖公〉だ。
じゃあ、まさか、あれに乗っているのは……!
『……まさか、このタイミングでカチ合うとはなぁ』
声が聞こえた。
今の私の記憶と過去の私の記憶、その両方と見事に合致する。
やはり、この声の主は――、
「アレスティア王国第三王子グレイル・ランズ・ヴェルグ・アレスティア殿下」
『やはりおまえか、アンジャスティナ・マリス・ジオサイド・ヘルスクリーム!』
拡声の魔法によって調整された私と彼の声が、真正面からぶつかった。
『魔王軍と通じていたのみならず、まさか、寝返るとはな。この恥知らずが!』
「違いましてよ、殿下。今の私は悪の秘密結社ステラ・マリスの大首領ですので」
『ガキの世迷言を。何が大首領だ、笑わせるんじゃねぇ!』
王子というには明らかに礼を欠いた物言い。
しかし、その乱暴さも攻略対象の一人であるグレイル王子の持ち味の一つだ。
と、普段ならもう少し好意的に受け止められるのだろうが、
「殿下、これは一体どういうことか、ご説明いただけますわね?」
『いるか、説明? 見てわかるだろ。我が騎士団は敵軍拠点を制圧している最中だ』
「敵軍拠点? それは遠く東の向こうの話ではないのですか?」
『ああ、ヴァレンシアか。あっちもだいぶ落ち着いてきたんでな、次はこっちだ』
随分とあっさり言ってくれる。
鎧聖機甲騎士団はアレスティアの最重要戦力、そんな軽々に動かせるはずが……。
「――独断で、騎士団を動かしたのですね。殿下」
『相変わらずその頭は小賢しく回るようだな、アンジャスティナ。まぁ、正解だ』
これまたあっさりと、グレイルは認めた。
やっぱりなー。そうだと思った。考えるより先に行動に出るタイプなんだよね、彼。
ただ、わからないのは、グレイルが何を理由にこんな行動に出たのか。
アレスティアはこの百年、ずっと〈漆黒領〉に対して不干渉を貫き続けてきた。
それがいきなり、不意打ちと呼ぶのも躊躇う、市街地への攻撃。
「……おお、魔王様!」
考えている最中、スクリーンから別の声が届く。
叫んだのは、広場に集められた人々であるようだった。こっちを見上げている。
「魔王城だ、助けに来てくれたんだ!」
「魔王様、お助けください。どうか、お願いします!」
「魔王様……!」
「後生ですから、助けてください、魔王様ァ!」
祈り、縋り、叫び、願い、集められた民達の視線が、全てこちらに注がれる。
その、溢れ出る民衆の生への渇望に対し、グレイルは冷酷に告げた。
『黙りやがれ』
そして次の瞬間に、炸裂。
人々が集まる一角に向けて、彼の駆る〈銀聖公〉が魔法を発動したのだ。
降り注いだ巨大な火球が、十人程度を一度に吹き飛ばした。
「な、ンちゅうことを……!」
「ちょっとぉ、どう見ても非戦闘員よぉ? 何考えてんのよぉ!」
ゴリアテが息を飲み、リーリスが大声で抗議する。
だがそれに返されたのは、グレイルの何とも気のない吐息一つのみ。
『魔族だろ。人間じゃねぇ。魔物みたいなモンさ。扱いだって自然とこうなる』
「殿下、それは侮辱です。彼らは人と何も変わりません。直ちに訂正を」
『見解の相違だな。魔族に魂を売ったおまえらしい意見だ、アンジャスティナ』
こいつ……。
『そもそも、だ――』
と、私が怒りの圧を何とか抑えようとしていると、グレイルが何かを言い出した。
『この街がこうなった元凶は、おまえじゃないか。アンジャスティナ』
「何、ですって……?」
『聞こえなかったなら、もう一度言ってやる!』
喜悦にまみれた、グレイルの声。
そして彼は、堂々と、そして高く吼えるようにして断言する。
『こいつらが遂げる非業の死の原因と責任は、全部、おまえにあるんだよ!』
ワケがわからなかった。




