閑話2 ステラ・マリスに関する三つの話
「ウィルス、本当に大丈夫なんですよね……?」
私の部屋でのことである。
ブラックナイトの発進を指示したのち、私はサードを伴って自室に戻っていた。
あ、自室って、魔王の私室のことね。賓客用の部屋じゃなく。
前まで使ってた部屋よりさらに広い! さらに豪華!
いかにも王様してる内装からは今にもマオウッ、って擬音が聞こえてきそう。
あー、落ち着かなーい、落ち着かなーい。
今の私、中身が普通の女子高生なんですぅ。こういう場所には無縁なんですぅ。
それでも何とか我慢しながら、私はサードに不安を打ち明けたのだ。
「俺がそんな不完全なモノを作ると思うか?」
そこは信頼してるけどー。
でもね、普通の人間はそう言われてすぐ安心できるモノじゃないんですよぅ。
「フン、まあいい。終わったぞ」
へ? 何が?
「該当の魔法を終了した。この世界から、ゴブリンを冒すウィルスは消失したぞ」
「いや、そんな簡単な……」
「簡単だ。何故なら、完全なる俺が作った、完全なる魔法だからだ」
また言い切っちゃって、この人はー……。
と、思っていたところに、私はとあることに気づく。
「え、今、終わらせたんですか?」
「うむ」
「じゃあ、今の今まで、ずっと魔法を使い続けてたんですか!」
魔法を使いつつ、同時進行であのめりこみドラゴンをブッ倒したんですか!?
「大した負担ではない」
いやいや、どう考えても大した負担でしょ。一番びっくりしたわよ。
やっぱサード様すごぅい。さすがは最強戦士〈無欠の月〉だわ~。
「あれ、でも、ウィルスがなくなったらゴブリンが……」
「そう簡単にはいかん。身体機能を死なない限界まで破壊するウィルスだからな」
ああ、なるほど。
ウィルスが消えても破壊された機能が回復しない限り、ゴブリンも動けないと。
今さらだけど、何つー凶悪なモンを作ってるのよ。
「それと、先に言っておくが、応用は利かんぞ」
「と、言うと?」
「この魔法を起点とした、他の異種族に感染するウィルスの創造は不可能だ」
おや、珍しい。サードがそんなことを言うなんて。
確かに少し頭をよぎったりはした。この魔法の、他の種族への応用に関して。
無論、私がそれを止める側に立つ前提で、だ。
「理由は?」
「簡単な話だ。他の種族にはそもそも通じん」
「ええ? ゴ連ではあんなものすごく効いてたのに、ですか……?」
「あれは、ゴブリンの魔法耐性の低さがあってこそだ」
「そっか、ウィルスである以前に、魔法ですもんね」
何となくだが理解した。
あれだけウィルスが猛威を振るったのも、ゴブリンが魔法に弱いからなのか。
魔法に対する抵抗力がゴブリンより強ければ抵抗可能である、と。
そして、私が知る限りゴブリンより魔法に弱い種族って、いないんじゃ?
「完全ではあるが無敵ではない。相応の使い方しかできんシロモノだ」
「え、それって欠点があるってことじゃ……」
「完全ではあるが無敵ではないだけだ。勘違いするなよ、愚物」
キュンと来るほど睨まれた。
うん、まぁ、彼がそう言うならそうなんだろう。
今回は本当に、サードのこの魔法がなければ絶対勝てなかったワケだし。
「ところでだ、愚物」
「はい、何です?」
と、彼が話題を切り替えようとした、そのとき――、
「マスタァァァァァ! どこでございますか、わらわのマスタァァァァァ!」
部屋の外から、やたらドデカい声でサードを探す声が聞こえてきた。
「やはり、アレは始末するべきだと考えている」
「…………」
うなずきかけて、ハッと我に返ったのち、やんわりサードを止めた私であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
\ ピーンポーンパーンポーン /
お。
『お昼ご飯よぉ~。食堂にいらっしゃぁい~』
ひゃっほう、メシだァ!
私は指輪の機能でジャージから黒ドレスに着替え、意気揚々と部屋を出ていく。
魔王軍と合流して、私が一番うれしかったこと。それが、お・食・事!
何ということでしょう。
元魔王軍の皆さんは、全員、メシウマだったのです!
あなた一体どうやってご飯食べるの、っていう老師も含めてね!
以来、私にとってご飯は一日の楽しみの大半を占めるようになった。
もうね、誰が作っても美味しいの。
しかもね、全員得意料理が違ってて、少しも飽きないの!
例えば、リーリス。
サキュバスの女王を自認する彼女は、それだけ見ると男食ってそうなイメージ。
ところがどっこい、彼女の作る家庭料理が、もう、絶品なんだわぁ。
お肌晒して、コウモリの羽根パタパタさせて、得意料理が芋の煮っころがし。
何それ、どういうこと。どういうギャップなのそれ!
里芋に似たお芋を、ちょっと甘めな味付けのそれが、また美味しいんだぁ。
他にも、ポトフに似た煮込みスープとか、濃すぎず薄すぎず。実にいい塩梅。
具材から煮出された深いスープの味わいに、ため息漏れちゃうの。
総じて、食べて心から安心できる味が、リーリスの料理の味なのだ。
きっと彼女が作る肉じゃがとか、一発でとりこになっちゃうんだろうなぁ……。
作る料理は素朴ながらも、食べる者への心遣いを感じてならない。
この人、サキュバスやめてお嫁さんになればいいのに……。
そして、ゴリアテ。
こっちはね、見た目まんまの豪快な男料理がウリなんだよねー。
狩ってきたイノシシに香草で軽く匂いづけして、塩振って、焼いた、丸焼き!
最初見たときはさすがに「うわ」ってなったけど、これも美味しかった!
お肉も固そうに見えて、でもかじると柔らかくて肉汁が一気にジュワ、っとね。
どうやったのわからないくらいジューシーで、噛み切りやすかった。
野菜はあんまり多くなくて、肉、肉、肉な辺り、本当に男の人の料理って感じ。
でも、それでいて飽きないし、胃もたれもしないのは、何でなのかな。
一回聞いてみたら「知らん、勘でやっとる!」だって。意味わかんないや……。
次、スケルトン老師!
この人が作る料理は一言で言い表せます。中華料理。
いや、正確には、この世界の東の果てにある国の郷土料理なんだけどね?
でも、どう見たってこれ中華でしょ! っていう料理ばっかり。
餃子にー、麻婆豆腐にー、回鍋肉にー、八宝菜にー、他にも色々と。
それらを、それこそ超一流のシェフが作るみたいなレベルで出してくれる。
何でも、その東の果ての国が老師の故郷らしい。
さすがそこまでは設定資料集にも載ってなくて、とても興味深い話だった。
さらに、ファスロ。
背筋の曲がった眼鏡陰キャな彼は、その外見からは料理するようには見えない。
しかし、実のところこれまでに挙げた三人の料理を全て作れるのだ。
錬金術師なのは知ってたけど、これはビックリしたなー。
彼は元々料理を趣味としていて、三人から教わって身につけたとのこと。
実際、私も何度か彼が作った料理には驚かされた。
他の三人が作るそれぞれの料理と、寸分たがわぬ味を再現していたのだ。
本人いわく、オリジナルでは何もできないとのことだが、十分すごいよねー!
まぁ、それでも、元魔王軍最強鉄人は、別にいるのだけどね。
ここまで名前出してなかったからわかるだろうけど、そう、シュトライアだ。
元魔王軍最強無敵料理の鉄人子ちゃんこと、シュトライア・ペリドット。
この子はもう、ヤバい。何ていうか、ヤバい。
レパートリーが広いし、一品一品の味も隔絶してるし、まるで食べる天国。
作る料理はそう難しいものじゃない。
お肉を焼いたもの。お魚を焼いたもの。野菜を盛ったサラダ。とかね?
だが美味しい。とても美味しい。何度でも連呼するけど、美味しい。
美味しいという言葉がゲシュタルト崩壊するほどに。
私は、彼女の料理に神を見た。この世に神は存在するのだと感じさせられた。
シュトライアの旦那になる人は幸せだ。
彼女の作る神の一皿を、永劫、独占できるのだから。あー、嫁にしたいわー。
などと、本日の舌先の幸福にウキウキしつつ、私は食堂へと到着する。
あ~~~~、今日の料理当番、誰だろうな~。誰が来てもアタリだけどさ~。
「本日のお料理はどなたが作られたものですの?」
期待と共に投げたその問いに、頭にコック帽を乗せた本日の担当者が答える。
「俺だ」
サードだった。
期待は粉々に打ち砕かれ、私の心は絶望の無明へと落下していった。
――なお、その日以降、サードが調理当番から外されたのは言うまでもない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
とんでもないことが判明した。
かつて初代魔王が太陽竜ゼラ・ノーヴァを討ったとされる〈漆黒領〉建国神話。
――あれ、痴話喧嘩でした。
「この世界のわらわは、初代魔王にブチ殺されたとか! っかー、なさけねっ!」
と、異なる世界の元ゼラ・ノーヴァが申しております。
「……あの、つまり、ですね?」
ファスロが無表情のままガクガクしておられる。
聞かされた話が理解しがたいのか、それとも理解したくないのか。
油切れた機械みたいになってる動きのぎこちなさから見て、後者っぽいなー。
「異なる世界でも、あなたは初代魔王と戦われた、と……」
「そーよ! っつーか、初代魔王の野郎はわらわの元彼だよ、元彼!」
初代魔王は、サードより前のゼラのマスター、ってコトなのかな、これは。
「あの野郎とわらわは、かつては愛し合ってた仲だったワケ! なのによ!」
「はぁ……」
すごい剣幕で吼え猛るゼラと、無表情で生返事するファスロ。
何だ、この温度差わぁ……。
「あの野郎、いきなり結婚するとか言い出したのよ、ざっけんなよ!」
「まぁ、するでしょうね。それまで独身だったなら……」
「最悪に酷ェ裏切りだよ! だからあいつ殺してわらわも死ぬことにしたわ!」
自分がテイムしたドラゴンから無理心中を迫られる初代魔王、かぁ……。
やだ、絵面想像したら、果てしなくシュール。
「それで、あなたは初代魔王に返り討ちにあった、ということですか?」
「それがよ、情けねぇことに、あの野郎、新しいオンナと組みやがってさー!」
そりゃ、当然でしょうよ。
普通、ドラゴンなんかに襲われたら、仲間と一緒に戦うでしょ。
「まだくだらん話が続いているのか」
あ、サードが来た。
その瞬間、床に寝そべっていたゼラが姿勢よく空中に飛び上がった。
「命からがら逃げたわらわは、火山で深い眠りについたのです。そして気づけばこちらに召喚されて、ついに運命のマスターとの邂逅を果たしたのです」
うわぁ、声も口調も態度も全部ちがーう。
そしてゼラは語りながら、チラ、チラ、と、サードの方に目線を向けている。
それに気づいて、サードは表情を一切変えずに言った。
「どこで死にたい。希望を述べろ」
「その返答は絶対零度を下回って名も無き温度に達しておりますわ!?」
サードに理解を求めて、同意を得られるワケがないじゃないか。
う~ん、何だかんだ言いつつ、まだまだ彼への理解が足りてないなー。
「ちなみにですが、ファスロさん――」
「はい、何でしょうか、大首領様」
「今の辺りのくだりは、建国神話では、どのように語られているのですか?」
私が尋ねると、ファスロの眉間にしわが寄る。
これ、ものすっごく言いにくいことを言おうとしてるときの彼の表情だ。
「強欲さゆえに全てを喰らわんとした悪竜ゼラ・ノーヴァに対し、初代魔王は半身たる巫女と共に命を賭して戦いを挑み、これに勝利した、と、なっています」
「で、実際のところは……」
「テイムしたドラゴンに嫁を紹介したら、恋愛脳だったドラゴンが浮気だと言い出してキレて無理心中を図ってきたので嫁と一緒にやっつけた、ですね」
伝説と現実の落差が酷すぎる。
「物は言いようというのは、本当のことですわね」
「ですね」
私とファスロは、得られた教訓にしみじみうなずいた。
その頃、サードのチョップをくらったゼラがまた床にめり込んでいた。
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