葬儀もされない彼女の死
この物語を、今は居ないとある少女に捧げます
櫻井 ♂:高校生~大学生くらいの青年
宮尾由愛/寧子 ♀:由愛は小学生くらいの少女。寧子は大学生~社会人なりたてくらいの女性。
※由愛/寧子は台詞量と台本の内容上1人2役が望ましいですが、声色を変えるのが難しい場合は別人が演じても構いません。
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櫻井N
由愛が消えてしまったことを未だに僕は受け入れられずにいる。今でも彼女がまた突然現れて話しかけてくれるのを待っている僕はどうかしているのだろうか。
彼女と初めて通話したのは数カ月前。元々ツイキャスのコラボで話すことはあったが、1対1で話すことはそれまでなかった。アカウント名:宮尾寧子から連絡先を教えてほしいとダイレクトメールで言われた僕は、仲もそれなりに良いからと素直にLINEのQRコードを彼女に送った。しかし、その夜。通話した時に妙なことが起こったのだ。
由愛
もしもし?
櫻井
…え?
由愛
お兄さん、聞こえてる?
櫻井
寧子さん…?今は声劇とか台詞じゃないんだから普通に話していいよ?
櫻井N
少女のような声で話す寧子さんに驚いた僕は苦笑しながら言った。寧子さんの地声はもう少し低めで落ち着いたトーンだ。それなのに第一声で少女のような甘い声でしゃべられたら誰だって驚くだろう。
由愛
ううん、由愛の地声はこれだよ。お姉ちゃんの裏声と近いかもしれないけど。
櫻井
由愛って本名?それに…お姉ちゃん…?お姉ちゃんって誰?
由愛
えっと…本名は言えないから…。アカウント名だと…寧子だよね。寧子お姉ちゃん。分かる?
櫻井
そりゃ、わかるけど…そのお姉ちゃんってのは何なの?
由愛
んー、えっとね…どういえばいいんだろう…
櫻井
寧子さん、悪ふざけしてないで普通に話そうよ
由愛
悪ふざけなんてしてないよ。お兄さんに連絡先交換したいですって送ったのも私だもん。
櫻井
そりゃそうだよ、寧子さんのアカウントのDMで送ってくれたんだから。
由愛
うーん…難しいからお姉ちゃんに代わるね
櫻井
代わる?え、お姉さんとってどういうこと?
(間)
寧子
…えっと、櫻井さん…ですか?
櫻井
え?え、あ、はい。櫻井です。
寧子
私の声の方が聞き慣れてますよね。
櫻井
ま、まぁ…って、寧子さん、やめてくださいよぉ。どういう悪ふざけなんですかもう!
寧子
いやぁ、悪ふざけではないんです。その…妹がすみません。
櫻井
妹?さっきからどういうことなんですか、お姉ちゃんだの妹だの…
寧子
うーん…
櫻井
寧子さん?
寧子
櫻井さん、これから言うことは口外しないでくれますか?
櫻井
え?は、はい。
寧子
私ですね、実はとある病気でして…
櫻井
病気?
寧子
はい。解離性障害と言って通じるでしょうか?
櫻井
いや…すみません、不勉強なものでわからないです。
寧子
そうですね。一般的ではないですから仕方ないです。怖がられたくないのでこの言い方はしたくないのですが、俗にいう多重人格というやつです。
櫻井
多重人格…?
寧子
はい、さっきまで櫻井さんが話してたのは私のもうひとりの人格。仮に妹としているんですが、由愛っていう子です。
櫻井
由愛…確かにそう言ってました。
寧子
そうですよね。他にも何人かいたんですけど、今いるのはとりあえずあの子だけですね…。今も早く話させてよってワーワー言ってるんで代わりますね
櫻井
は、はい
(間)
由愛
もうー、お姉ちゃん話すの長い!
櫻井
おぅ…えっと…
由愛
由愛だよ!お姉ちゃんから説明受けた?
櫻井
うん。ざっくりとだし急な展開過ぎたから混乱してるけど…。
由愛
分かりづらかったの?
櫻井
いや、説明自体は分かりやすかったよ。でも流石にすぐには飲みこめないというかなんというか
由愛
なんか食べてるの?
櫻井
いや、その飲みこめないじゃないよ!?
由愛
えへへー、分かってて言った。
櫻井
そうかい…
由愛
というか、お兄さん、私が「妹」だって分かった途端に敬語じゃなくなったねぇ
櫻井
いや、それは、その…
由愛
いいんだよ。私もその方が話しやすいもん。
櫻井
それはよかった。由愛ちゃん…でいいのかな?
由愛
うん、いいよー。
櫻井
じゃあ、由愛ちゃん。由愛ちゃんともお話ししたいと思うんだけど、えっと、そうだな…。どんなものが好き?
由愛
甘いもの!
櫻井
んー。甘いものか。趣味的なものはないのかい…?
由愛
えー。お菓子つくるのと、歌うのと、絵を描くのと、あと…
櫻井
あと?
由愛
誰かとお話しすることかな。なかなか話せる相手がいないから。
櫻井
というと?
由愛
事情を知らない人とだとお話しできないから。
櫻井
よく言うぜ、事情をこっちが分かってない状態で話しかけてきたくせに。
由愛
お兄さんのこと気になってたから。
櫻井
え?
由愛
お姉ちゃんがお兄さんと話してるのを聞いてたんだけど、私ね、お兄さんのこと好きになっちゃったの。
櫻井
え!?
由愛
だから、お兄さんと話せて今日は嬉しかったよ。あ…そろそろ寝ないといけないからまたね。
櫻井
お、おぉ。おやすみ、由愛ちゃん。
由愛
おやすみ、お兄さん。
櫻井N
翌朝、LINEに寧子さんから謝罪のメッセージが入っていた。由愛が「好き」とか軽率に言ってしまって困らせただろうという旨のものだ。僕としては驚いたものの「好き」と言われて悪い気はしないので一向にかまわなかったのだが、主人格に無駄に心配をかけたという意味ではよくないのだろう。その日の夜も、着信音が鳴った
由愛
お兄さん?
櫻井
あー、由愛ちゃんかい?
由愛
うん、由愛だよ。描いた絵の感想が欲しいんだけど…
櫻井
あぁ、いいよ。送ってよ。
由愛
わかった
櫻井
お、きたきた…って、え?めちゃくちゃ上手じゃない?
由愛
ほんと!?
櫻井
うん、ビックリした。僕も絵描くからわかるけど。
由愛
そうなんだ。えへへ、嬉しいな。
櫻井
寧子さんも絵は描けるの?これだけ上手ならツイッターにあげたりしてもいいのに。
由愛
ううん、お姉ちゃんは私みたいに描けないみたい。
櫻井
へぇ…そこは違うんだ。おもしろいね。
由愛
別人だから当然だと思うけどなぁ
櫻井
そういうもんなのか。
由愛
うん、そういうもん。
櫻井
じゃあ、そういうことにしよう。
由愛
むぅ、そういうことってなんだよぉ
櫻井
ん?あ、ごめんごめん…
由愛
まぁいいんだけどね。こんな短期間で受け入れてくれただけでもありがたいもん。
櫻井
受け入れられなかったこともあるのかい?
由愛
うん、色々あったの。
櫻井
色々?
由愛
怖がられちゃったりとか、悪ふざけだと思われたりとか、色々。
櫻井
そっか、そりゃ人によってはそうなるよなぁ。…大変だったんだね、由愛ちゃん。
由愛
うん。だから、それで消えちゃった人格もあるよ。お姉ちゃんが消しちゃったこともある。
櫻井
消せるもんなのかい?
由愛
お姉ちゃんが強く「必要ない」って思ったり、「迷惑だ」って思ったりしたら。
櫻井
…そっか。
由愛
なんでそんな悲しそうな声出すの?大丈夫だよ、お兄さん。
櫻井
いや、気にしないでくれ。…話は違うが、お兄さんじゃなくて櫻井って名前で呼んでほしいな。お兄さん呼びに馴染みがあるなら無理強いはしないけど。
由愛
櫻井…んー、櫻井さん?なんか恥ずかしいよ。お兄さんって呼ぶ方がいいな。
櫻井
そうか…じゃあいいよ、お兄さんで。
由愛
うん。今度はお兄さんの描いた絵も見せてくれる?
櫻井
あぁ、LINEに載せておくよ。
由愛
ありがと。じゃあおやすみなさい、お兄さん
櫻井
おやすみ、由愛ちゃん
櫻井N
その後も、ほぼ毎日と言っていいほど結構な頻度で僕たちは通話を楽しんだ。寧子さんと話すことはあまりなかった。主に由愛ちゃんが変な事をしていないかを寧子さんは心配していたが、由愛ちゃんは楽しそうに絵についてだったり作ったお菓子の話をしたりで、正直、寧子さんがなにを心配しているのか僕はよく分からなかった。その日までは。
由愛
お兄さん…ううん、えっと…櫻井さん。
櫻井
ん?どうしたの、そんな改まって。
由愛
大事な話だから
櫻井
…なに?
由愛
私が櫻井さんのこと好きって話は前にしたよね
櫻井
え?あぁ、うん。してたね。
由愛
……櫻井さんが嫌じゃなければ、私と付き合ってくれませんか。
櫻井
え!?
由愛
…私、いつかは消されちゃうかもしれないから。その前に、誰かと付き合ってみたいの。その相手は、大好きな櫻井さんにお願いしたいなって。
櫻井
…由愛ちゃん。
由愛
だから、お願いします!
櫻井
………。
由愛
……やっぱり駄目かな?
櫻井
…わかった、付き合おう。
由愛
…!ありがとう、櫻井さん!!
櫻井N
どうしてそんなことを言ったのかは分からない。「いつかは消されてしまうから」の言葉に同情してしまったのかもしれないし、特に拒む理由がなかったというのもあるのだろう。絵描き仲間として親しみを持っていたのもあるかもしれない。でも、はっきりとは分からなかった。
由愛
櫻井さん、今度デートしようよ。
櫻井
デート?あぁ、いいね。そんなに遠い距離じゃないからね。
由愛
そうだよね、電車で1時間かからないくらいだもんね。
櫻井
なんだったら迎えに行くよ?
由愛
白馬で?
櫻井
うーん…僕は王子様ではないから白馬では無理だな。
由愛
冗談だよ
櫻井
あはは、ごめんごめん。
由愛
でも、そうだなぁ、ちょっとくらいロマンチックなことしてほしいなぁ。
櫻井
例えば?
由愛
花束をくれるーとか。
櫻井
花束?
由愛
うん、私ね、もし誰かと付き合うことができたら、花束もらうのが夢だったんだ。
櫻井
へぇ。確かにロマンチックではあるね。でもかさばらないかい?持って動くには邪魔だよ?
由愛
そういう現実的なこと言わないでよ。
櫻井
ごめんって。心配になっただけだよ。何かリクエストはある?こういう花を使ってほしいとか。
由愛
そうだなぁ。何がいいだろう。
櫻井
花については詳しくないんだ。バラとカスミソウとかベタなのしか思いつかない。
由愛
それも素敵だね。でも、そうだな…うぅん。じゃあ…シオンの花を使ってほしいな。
櫻井
シオン?待って、調べてみる。
由愛
ううん、調べなくていいよ。お花屋さんに聞けば分かるだろうから。変に勘繰られても嫌だし…
櫻井
勘ぐる?
由愛
あはは、何でもないよ。ただ、ちょっとね。
櫻井
なんだよ、気になるじゃないか。
由愛
お兄さんはロマンチストじゃないけど、一応ね
櫻井
うーん…まぁいいか。その、シオンだっけ?今の時期あるもんなのかい?
由愛
うん。秋に咲く花だから大丈夫だと思う。
櫻井
そっか。じゃあ買っていくよ。…って、由愛。肝心の会う日とかを決めてないよ?
由愛
あ、そうだねぇ。いつがいいかな…うーん…
櫻井N
今思えば、シオンの花をリクエストした時点で、由愛は結末を知っていたのかもしれない。…あんなことになるくらいなら最初から付き合うこと自体、断っておけばよかったのかもしれない。そうすれば、そうすれば由愛が消えることもなかったかもしれないのに。
毎日のように電話をしていたのに、その後しばらく由愛からの電話は無かった。無理に電話することはしなかった。寧子さんが忙しくて、時間をとれないのだろうなんて悠長に考えていたのだ。…電話がかかってきたのは数日後のことだった。
寧子
…櫻井さん、こんばんは。
櫻井
…寧子…さん?どうしました?
寧子
由愛が櫻井さんと付き合ってるって本当ですか?
櫻井
は、はい…。
寧子
…昨日、由愛とケンカになったんです。
櫻井
ケンカ…?
寧子
はい。…私にも恋人がいるものですから。
櫻井
なっ…
寧子
いくら取り繕っても、体はひとりの人間です。はたから見たら浮気でしかないんですよ。
櫻井
それは…
寧子
ちゃんと見張っていなかった私にも非があります。それでも…それでも、許せなかった。通話を楽しむくらいならまだ友達の延長線ぐらいにとらえられていたけど、でも、デートの約束までして…もし他人に見られたりしたらと思ったら…
櫻井
寧子さん…
寧子
櫻井さん、ごめんなさい。謝ったって許されないけど。
櫻井
どうして謝るんですか?
寧子
…私、由愛のことを消してしまいました。
櫻井
消した…?
寧子
はい。由愛が消えるように仕向けたんです。存在理由がないって言葉で追い立てて。
櫻井
……。
寧子
責められても仕方ないですね。罵ってくださっても構わないです。それだけのことをしてしまったのですから。
櫻井
そんなこと…
寧子
人格を人としてカウントするのであれば、私の手はもう血まみれですよ。
櫻井
そんなこと言わないでください…仕方なかったんですよ…。あくまで主人格は寧子さん、あなたなんでしょう?だから、その…泣かないでくださいよ…
寧子
無理しないでいいんですよ。…櫻井さんの方こそ、泣きそうじゃないですか。
櫻井
え…?
寧子
…私しかいなくなっちゃいましたけど、よければまた電話かけて来てください。…まぁ、大抵は由愛からかけてたみたいですが。…由愛のことを思い出してしまうようでしたら、無理にとは言いません。では。
櫻井
ま、待ってください、寧子さん!
寧子
…どうしました?
櫻井
…一度お会いできませんか。由愛とデートするって言ってた日、分かりますよね。由愛に渡すって約束したものがあるんです。
寧子
…あぁ、花束、ですか。…いいんですか?私がもらうことになってしまいますけど。
櫻井
…せめて、手向けたいんです。それに、このあいだ調べてみて思ったんです。由愛ももしかしたらこうなるって分かってたのかもしれないなって。
寧子
……どういうことですか?
櫻井
シオンの花言葉。
寧子
…君を忘れない
櫻井N
人格が消える時。それはその人格にとっての死を表す。しかし、体が死んでいない以上、大掛かりな葬儀など行われはしない。寧子さんの中では、そんなことが度々起こっていたのだろう。花束を渡した時、寧子さんは泣いていた。今まで出来た中で由愛はいちばん幸せな人格だったのではないだろうかと。喪失を悲しむ人が私以外にいてくれたから、と。
葬儀もされない彼女の死 Fin
作中に起きた出来事は実際の一般的な解離性障害とは少し異なっている点がございます。ご容赦ください。