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番外編 2022年12月26日 その4

「……パイセン、どうしてここに?」


「こんなこともあろうかと、新一が香苗の鞄にGPSを仕込んでいてな。街外れの方に行ってるからヤバいかもと思って追ってきた」


 何それ怖い。でも助かった。


「……他の人らは?」


「……俺だけで来た。俺と香苗の問題だから。遅くなって悪かった」


 本当だよ。ガチ殺されるところだったし、何なら少しおしっこちびったよ。

 そんな軽口を叩く余裕などあるはずもなく、私は腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。雪で尻が冷たい。


 助かった……のか?

 しかし相手は刃物持ちである。安心するには早すぎるかもしれない。


「暁が今ここにいるってことはー……優ちゃんじゃなくてあたしのことを選んでくれたってこと!? だよね!? だって優ちゃんのところに行ってたら、こんなところにいるはずないもんね!?」


「……ある意味、そうだ」


 香苗ちゃんの問いかけに暁パイセンが答えると、香苗ちゃんはおもむろに右手のナイフを自分の左腕に突き刺した。


「い゛っ!?」


 見てるこっちまで痛くなって、何故か私の方が変な呻き声をあげてしまった。

 香苗ちゃんの腕から指先へと血が伝い、ぼたぼたと垂れ落ちて地面の雪を赤く染めていく。


 ていうか、何? 今の返答で自傷するポイント何かあった?


「ある意味って何? ある意味? 私のこと好きって意外にどういう意味があるの? ねえ」


 あ、そこぉ!? たしかにある意味ってのは余分かもー! でも腕にナイフぶっ刺すほどぉ!?


 先ほどまでのハイテンションはどこへやら、香苗ちゃんは冷たい眼差しで暁パイセンを見つめている。


「俺はおまえと恋愛関係にはなれない。優のことが一番大切だからな」


 香苗ちゃんの突然の自傷行為にも、暁パイセンは動じていないようだった。


「……何それ、もういいよ、そんなこと聞きたくない」


「けど、おまえに対して責任は感じている。俺がおまえとのことにケジメをつけないままでいたから、今日までおまえのことを苦しめた。……悪かった」


「……じゃあ、暁はケジメってやつをつけるために来たんだね」


「ああ。……でも、その前に卯月の病院が先だ」


 暁パイセンがどこかに電話をかける。どうやら救急車を呼んでくれたらしい。


「……ついでに警察にも電話して、あたしを突き出せばいいじゃん」


 というか、香苗ちゃんも一緒に病院に行くべきでは?

 出血量、間違いなく私より多いよ……?


「今日死ぬ奴を警察に突き出しても仕方ないだろ」


「……えへ、やっぱバレてた? あはっ、でも嬉しー! やっぱあたしのこと理解してくれるの、暁だけなんだ!」


 話についていけてない。

 今日死ぬ。香苗ちゃんが? 最初から自殺するつもりだったってこと? それでこんな人気(ひとけ)のないところまで来てた? 死ぬつもりだったから、ムカつく私のことを殺しても構わないと思った?


 それを理解した途端に急激に吐き気が込み上げてきた。


「……っ……と、止めないと……」


 ダメだ。止めないと。

 だって多分、これ本気のやつだよ?

 私がいつもネットで死にてーとかつぶやいてるのとは訳が違うよ?


「前に一度は止めたことがある。その結果がこれだ。……余計に香苗を苦しめただけだ」


 だから、死なせてやるって?

 ……それが香苗ちゃんのため?

 分からない。いよいよもって、ろくに事情を知らない部外者の私では立ち入れない領域になってきている。


 生きてると苦しいままだから、死なせてやるべきだ。

 倫理は破綻しているが、論理としては正しい気がする。

 ……逆だっけ? どっちが倫理で、どっちが論理だっけ? 何が正しくて、何が間違ってるんだっけ?


「……卯月、俺は香苗と行く。おまえは病院で診てもらえ」


 暁パイセンは子供に言い聞かせるようにして、私の頭にポンと手を置いた。


「……行くって、どこに……ですか」


「…………」


 パイセンは私の問いかけには答えない。

 答えないまま、背を向けて香苗ちゃんの方へと歩いていった。


 行くって……香苗ちゃん()…………逝く……?


 ………………。

 …………。

 ……ふざけるな。

 ふざけるな、ふざけるな!

 私の親友を、これ以上傷つけるつもりか?


 おまえらは揃いも揃って、悲劇の主人公と悲劇のヒロインにでもなったつもりか?

 ああ、事実悲劇なのかもしれないね。根っからの脇役気質の私には、そんなおまえらの気持ちは分からないよ。


 遺された人間の気持ちを考えろなんて言う気はない。

 ただ。その行動が優ちゃんを傷つけるものになるなら、私はおまえら二人を絶対に許さない。


 絶対に、思い通りになんてさせてやるもんか。

 噛みついてでも止めてやる。


 怒りが足の痛みを忘れさせた。

 駆け出して、後ろから暁パイセンの首にしがみついてやろうと飛びかかる。しかし、ひょいと避けられてしまい、私はクソ重空気が漂っているこの場には似つかわしくないヘッドスライディングを披露するハメになった。


 ……なんか、前にも似たようなことがあった気がする。


「今、健気な私がパイセンを必死に引き留める感動シーンになるはずだったのに! 普通よける!?」


「悪い、殺気を感じたから」


「殺気なんてちょっとしか出してませんよ!」


「ちょっとは出してたのかよ。怪我してんだから無理すんな」


 どうして、この人はこんないつも通りに振る舞えるんだろう。多分、そもそもの生き死にに対しての感覚が私とは違う。


「……暁、もうそれ放っておいて行こうよ」


 香苗ちゃんが道端に落ちているゴミを見るような目で私を見下ろす。もう私のことなんて心底どうでもよくなったらしい。


「……ああ」


「……パイセン、香苗ちゃんと死ぬつもりですか」


「……どうかな。これからの流れによっては死ぬかもしれないし、死ななくても罪に問われることはあるかもな」


 ……つまり場合によっては、例えば香苗ちゃんがそれを望んだとしたら心中、あるいは彼女を自分の手で殺す気だったのか? それがケジメ? 好きな死に方をさせてやることが? ……ふざけている。


「どっちにしろ、優ちゃんを一人にするつもりでしょう。私はそれにムカついてるんですけど」


「……あいつはもうあのころの、ひとりぼっちの優じゃない。おまえたちがいる」


 ぷつん。

 キレた。卯月ちゃん、キレちゃいました。

 なんだァ? てめェ……と頭の中の独歩くんも怒り心頭です。


「あなたは……あんたは、優ちゃんのことを守るって、そう言ったんでしょう? ……じゃあ勝手に消えようとすんな! 言葉には責任があんだよ! おまえには! 責任があんだよ!! 好きな人守るって誓ったんならさぁ!! 最後まで貫けや!! 自己陶酔だっさ!! きっも!! バーカバーカ!!!」


 頭に血が上って語彙力を喪失したため、後半小学生レベルの罵倒をしてしまった。


 私の突然のブチギレが予想外だったのか暁パイセンは呆気に取られた表情をしていた。一方で、香苗ちゃんは何がおかしいのか腹を抱えてゲラゲラと笑い出した。かと思いきや、ピタッと静止して私を睨みつけてきた。


「卯月ちゃん、うざいからやっぱ死んで」


 香苗ちゃんがゆらゆらとした足取りでこちらに近づいてくる。


「香苗、待て」


 暁パイセンが香苗ちゃんを止めようとその体に手を伸ばしたその瞬間。


「あはっ、やーだよ!」


 香苗ちゃんは急に俊敏になり、身を低くしてパイセンの手を避け、そのまま私に向かって飛びかかってきた。


 今度こそ走馬灯が見えた気がした。

 

 ――――お母さん私のこと、本当は。


 それが最後の思考。




 にはならなかった。

 私の背後から誰かの脚が伸びてきて、香苗ちゃんはその脚に蹴り飛ばされて地面を転がっていった。


 ……このパターン今日二回目じゃない?

 も、もしや、今度こそ彼ピッピが私を助けに!?


「悪ぃ悪ぃ、俺の長ぇ脚が、何かに当たっちまった、みてぇだな」


 違った。赤い髪のヤンキーの人だった。

 名前はたしかシャ●クスだった気がする。


 台詞は余裕たっぷりだが、ぜぇぜぇと息を切らせてるので、シャ●クスおそらくここまで走ってきたのだろう。


「……省吾っ! いつもいつも……いつも! いつもあんたがあたしの邪魔をするっ!!」


 香苗ちゃんが激昂する。

 そうだ、省吾さんだった(n回目)


「……省吾、おまえどうして」


 暁パイセンの問いかけに、省吾さんは不敵に笑って答えた。


「あん? うるせぇな、この下らねぇ茶番を終わらせに来たんだよ」


 い、言ったーッ! この人、マジでシャンクスみたいなこと言ったーッ!

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