8-10 終わり
疲れた。
着替えもせずにベッドに倒れ込んだ。
精神的にも肉体的にも、もう限界だ。
でも、まだ寝るわけにはいかない。
最後にやることがある。
明日にはこのスマホともお別れだ。夏休み中だから明日学校で会うっていうわけにもいかないし、友達のグループラインにお別れの報告をしなくちゃいけない。
佳織さんの家に行けば会えはするだろうけど、みんなの顔見たら泣いちゃいそうだし。……今生の別れってわけでもないし、もう疲れちゃったし、いいよね。
みんなへ。
突然ですが、家族と色々あって家を出ることになりました。
明日にはこのスマホも没収されるみたいなので、連絡がつかなくなります。
家出というわけではないです。住む場所はどこになるか分かりませんが、とりあえず確保はしてくれるらしいです。
本当はみんなに会って、お礼とお別れを言うべきなんだと思います。でも、会ったら多分泣いちゃうから。この家を出てやっていくっていう気持ちが鈍っちゃうと思うから。だから、ごめんなさい。
イコちゃんは怒るかな。佳織さんは心配するかな。優ちゃんは悲しむかな。でも、ひと段落ついたら、また絶対みんなに会いに行くから、待っててください。
私と友達になってくれて、本当にありがとう。
「…………送信」
こんな深夜にこんなメッセージを送る非礼をお許しくださいと心の中で詫びながら送信ボタンを押した。
すぐさま既読が一つ付き、電話が鳴った。イコちゃんだった。電話に出るか一瞬迷ったが、出なかったら再会したときに殺されそうなので出ることにした。
「早く寝なよ不良」
『あんたが言うな』
いつも通りの呆れた声を聞いて不覚にも泣きそうになった。心が痛い痛いなのだった。だから嫌だったんだよチクショウ。
『……住むところは、あるんだな』
「優しいパパが親戚に頼んでくれるってさ」
『……帰って、くるんだな』
「うん。どこに行くか分かんないけど、帰ってくるよ。新しいスマホ入手したら連絡するよ」
『…………あー、もう! 本当なら今からあんたん家に乗り込んで、あんたの親をブン殴ってやりたいけど! ……覚悟決めてんだな、あんた』
「……まあ、それなりに」
『うっすい覚悟だなぁ。ちょっと心配になるよ、あたしは』
「心配ご無用。だって私もう一人じゃないもん。離れていたって、イコちゃんも、佳織さんも、優ちゃんもいてくれるから。だから、大丈夫だよ」
『クサいこと言うなよ。優の影響か?』
それは否定できないかも。
電話越しに、鼻をすする音が聞こえてきた。
泣いてくれてるんだ。
ねぇ、ママ。私にも、とっても素敵な友達ができたんだよ。……ママにも会わせたかったな。
『……分かった、行ってこい。佳織も優ももう寝てるだろうから、あたしから伝えておいてやる』
「うん、ありがとね。……イコちゃんってさぁ」
『何だよ』
「優しいよね」
『……うるさいよ、バカ』
涙声だった。
再会したときの楽しみが増えた。あのときメッチャ泣いてたよねってイジってやろう。
「バカでーす。……うん、本当にありがとうね。それじゃあ、またね」
『……ああ、またな』
通話が終わった。
満足した。思い残すことはなくはないが、踏ん切りはついた。
……あと、この家でやり残したことは。
部屋のドアを開ける。
最後に皐月と話をしようと思ってだが、部屋に行くまでもなく、すぐそこに皐月は泣きながら立ちつくしていた。
「まあ、入んなさいな」
皐月の頭を撫でながら、肩を抱いて部屋に招き入れた。
「話し終わるの待っててくれたの?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……また皐月のせいで……また皐月のせいでおネエが……」
そりゃそう考えるよな。
最後に、そう最後に。皐月をこの呪縛から解き放ってあげないと、また同じことの繰り返しになる。
「皐月のせいじゃない。全部私が選んだことだよ」
「でも! 皐月がママに言うべきだった! 全部皐月が悪いんだって! それなのに……怒ってるママを見たら、怖くって声が出なくって……何にも言えなくって……!」
皐月がギャン泣きする。
「あのね、皐月にキスをしたのも、家を出るっていうお父さんの提案を受け入れたのも、そりゃその場の流れっていうのもあったかもしれないけど、でも最終的には私がそうするって決めたことなんだよ」
「でも、でもぉ……!」
何を言っても泣き止みそうになかった。
こうなれば実力行使しかあるまい。
お願いされたわけでもないのにちょっと気は引けたが、もうショック療法しかないと考えて皐月にキスをした。
「っ……やっ……いやっ……!」
この甘いキッスで大人しくなるだろうと確信していたのに、ち●かわ的なリアクションで嫌がられた。ショックすぎる。
なんで!? おまえ私のことが好きなんダルルォ!?
「皐月は真面目な話をしているの!」
真面目にキスしたのに、真面目に怒られた。
女心は難し過ぎる。
「あの、その、なんかスイマセン」
しかし結果オーライで、私が間抜けに謝る姿を見て皐月は少し冷静になったようだ。
「せっかくおネエとまた話せるようになったのに、離ればなれになっちゃうの……?」
「そうだね。でもまたいつか会えるから。どうにか新しいスマホ手に入れたら連絡もするからさ」
「……絶対だよ」
「うん」
「絶対に絶対だよ」
「うん。約束する。だから、皐月も今回のことで自分を責めるのはやめること。約束ね」
「…………うん」
よし。
全部まるっと解決とまでは行かずとも、ひとまずはこれで良しとしよう。
やれることはやった。
私が行動をしたことで壊れたものもあったけど。
そうして何かを壊したからこそ、こうして新しく生まれた約束もあるわけで。
それはそれで、良かったのだろうと思うことにする。
じゃあ、あとやることは一つだけだ。
手元の相棒を見ると、多くの感情が湧き起こった。
ツイッターでは色んな人と絡んで、楽しかったりキレたりと色々あった。大切な友達と連絡をしたり、ゲームで遊んだり、物語を紡いだりと、あらゆる苦楽を共にしてきたスマホ君を初期化して、このお話はおしまいとする。
そんじゃまあ、途中グダったり、終わる終わる詐欺をしたり、コメディジャンルなのにメンヘラ的な文章ばかり垂れ流したりと色々あったけど。
ここまで本作をお読みいただいた皆様に万感の感謝を込めて、ここで終了とさせていただきます。




