8-9 くだらない家族のくだらない結末
この物語にオチはない。
オチはないが、物語という体裁を取っているからにはどこかキリの良いところで締めなければならない。
ここがそのときになると思ってた。
友達とも仲直りして、皐月との問題も解決とまでは行かずとも一区切りついて。
めでたしめでたしとは言えないが、俺たちの戦いはこれからだ的な終わりは迎えられるかと思っていた。
「説明してもらえるかしら、卯月?」
終わりは迎えられそうになかった。
いや、ある意味では終わりを迎えそうだとも言える。
私たちの目の前には鬼の形相をしたママンが座っている。その隣にはお父さんもいるが、先ほどから一言も喋らない置き物と化していた。二人の正面に私と皐月が座らせられている。
事の顛末を話すとこうだ。
皐月とチューをしたら覗き見していたらしいママンが突如乱入してきて、私たち二人はここまで連行された。以上。
「マ、ママ……おネエは皐月のワガママを」
「私は卯月に聞いているの。皐月は黙っていなさい」
ママンが皐月の言葉を遮る。
ああ、この相手を責める口調と、目つき。
……私はずっと、こんなものが怖かったのか。
あまりにも滑稽で笑ってしまう。
「……何を笑っているの」
「私が悪うござんしたとでも言えば満足?」
「あんた!」
ママンが手を振り上げる。
もうおまえの動きは見切ってんだよぉ!とバトル漫画のようにビンタを受け止めカウンターをしようとするが、ママンの振り上げた手はお父さんに掴まれて止められていた。
「……て、手をあげるのは、もうよさないか」
よほど勇気を振り絞っての行動だったのか、お父さんの声は震えていた。
「あなた……!」
カッコいいぞハゲ。
今、人生で一番輝いてるぞハゲ。
あわよくばそのまま夫婦喧嘩に発展して私たちの問題を有耶無耶にしてくれハゲ。
「す、すぐにぶたないで、冷静に話をするべきだ。卯月も皐月も、もう十分に話が分かる歳じゃないか」
「甘いわ、そんなの! 悪いことをしたらまずは体に覚えさせるべきなのよ!」
あっ、ふーん。
今の一言で、何か察せちゃった。
それが分かったら、今まで怖がってたことが、今までそうされてきたことが本当にアホらしくなって、ニチャアと笑ってしまった。
「そっかそっか。あんたもそうやって育てられてきたんだ」
「何を……」
図星だったのだろう。
その目に恐れの色が滲むのを見逃さなかった。
「親にぶたれて育ってきた? だからそれ以外の子供の育て方が分からなかった? いや、ちょっと違うかな……あんた、皐月には手を出さなかったもんね」
「……黙りなさい、卯月」
「そっか分かった、あんたも私と同じだったんだ。男親の連れ子で、女親から愛情をもらえなかった」
「黙りなさい!!」
ママンの悲鳴にも似た叫び声に、場が静まり返った。
今の反応から察するに私の推理は正解だったのだろう。
要するに、この女は私のことを昔の自分と重ねて、かつて自分がされてきたことと同じことを私にしてきたのだろう。
くだらない。
この女も私と同じだ。
この女も私と同じ、子供だ。
子供同士の、くだらない家族ごっこだった。
こんなもの、終わらせてしまえばいい。
「ああああんたなんかねぇ! 親に養われてる分際で何様のつもりなの!? 何なのその目は!? あんたが食べてるものも、あんたが住んでる家も、あんたが学校に行けてるのも! あんたがいつもスマホをいじれてるのも! 全部親のおかげでしょうがぁ!!」
ママンがお父さんの手を振りほどいて、テーブルに両手を叩きつけた。醤油瓶が床に落下して割れる音が聞こえる。今まで見てきた中で一番のキレ方だった。
今まで私に対して抱えてたであろう不満を全部ぶち撒けてきた。
「そうだね。こんなクソみたいな子供も育てなきゃいけないんだから扶養義務って大変だよね。そこだけはあんたに同情するわ」
「……もう面倒見きれないわ。出ていきなさい。今すぐに」
「え、やだ、のたれ死んじゃうし」
この状況でも誰か私の味方になってくれる奴いねーのかな。
隣の皐月を見ると、うつむいて震えていた。
お父さんも苦い表情のまま固まっているだけだ。
……まあ、この家における私の立場なんてそんなもんか。
「……少し、ママと卯月は距離を置くべきかもな」
長い沈黙の末、お父さんがようやく口を開いた。
「……お父さんは私にこの家を出ろって言うんだね」
「住む場所は、俺が親戚に頼みこんでどうにかする。仕送りもする。……このままここにいても、二人とも辛いだけだろう?」
そう。そうか。
とことんまで、おまえは実の娘よりも、死んだお母さんが産んだ子供よりも、その女を選ぶわけだ。
「……分かった。従う」
怒りも悲しみも、失望すらも湧き起こらなかった。
あるのはそりゃそうだよねという納得感だけだ。
むしろ今後の私の生活まで考えてくれるだけありがたいとすら思う。
「そんじゃ寝るわ。お父さん、詳細決まったら教えて」
「待ちなさい」
席を立ち、その場を後にしようとしたところでママンに呼び止められた。
「……なに」
「スマホ、持ってるでしょう。置いていきなさい。それは私があんたのために契約してあげたものでしょう?」
「……分かったよ。でも、友達にお別れくらいは言わせてよ。もうこの町にいられなくなるんだろうし。……明日返すから」
「あんたにも友達がいたのね」
「最低な家族とは違ってね。最高の友達がいるよ」
嫌味たっぷりの言葉に皮肉たっぷりで返し、私はそのまま自分の部屋へと戻った。




