8-7 変わり、壊れ、過つ
楓さんとの話を終えてから、私はみんなのところには戻らず一人で放浪していた。
色々なことを考えないといけないと思った。
これまで私はたくさんのことを見ないふりをして、聞こえないふりをして、気づかないふりをしていた。
その生き方でも良かった。
一人で生きていくなら、別にそれでも構わなかった。
だけど、私はもう自分の罪から逃げないって約束をしたから。それには、きっと皐月のことも含まれるから。
だから、向き合わなきゃいけない。
きちんと考えなきゃいけない。
何かが変わるのは怖い。人も、自分も、環境も、生き方も、何もかも変わってしまうのは恐ろしいことだ。
そうすることで何かが壊れる。壊してきた。自分の、誰かの、多くの大切なものを壊しながら、燃やしながら生きてきた。
吐き気がして、頭がクラクラする。
ねぇ優ちゃん。怠惰で豆腐メンタルな私にこの生き方は酷だよ。
停滞して生きていくのが性に合ってる。身の丈に合った生き方をすべきだとも思う。
それでも、今度こそは逃げてはいけない。
あの約束さえも違えてしまったら私にはもう、本当に何もかもが残らなくなってしまうから。
◇◆◇
日付が変わる時間まであちこちを彷徨ったが、結局何も明確な答えは出せないまま家に着いた。
家に入ると、居間でお父さんが晩酌をしていた。
「遅かったじゃないか、卯月! パパは心配したぞぉ!」
相変わらずハイテンションなおっさんだ。
大体いつもそうだが、今日はいつにも増して私のテンションとお父さんのテンションが噛み合わないのでスルーしようかと思う。
……違う。皐月と話す前に、この人とも向き合わなければならない気がした。お父さんは昔から仕事が忙しく、ほとんど家にいない人だった。家族としての会話なんてしたことがない。だから、私はこの人のことを父親だから、家族だから大切だと思ったことは一度もない。
「……心配した? 本当に?」
「それはどういう意味だい?」
お父さんがキョトンとした顔をする。
「それなら連絡の一つでもよこせばいいでしょ。自分の娘がこんな時間まで帰ってこないのに、一人で酒かっくらって、それで心配していたって? 笑わせないでよ」
他人を攻撃するときだけ嫌に饒舌になるのは私の悪癖なのかもしれない。
「本当は私のことなんて、死んだお母さんのことだって、どうでもいいと思ってるくせに」
「…………」
私の言葉にお父さんはバツが悪そうな顔をして、押し黙った。
何とか言えよハゲ。仮にも父親ならそれは違うって怒ってみせろよ。
……せめてお母さんのことくらいは反論してよ。
「……俺には、資格がない」
「は?」
「おまえを大事に思う資格も、あいつを想う資格も、もう俺にはないんだよ……」
何だそれ。
何だよそれ。
何なんだよそれ。
「だから放棄したんだ、私のことを」
「…………」
「世間体ばかり気にするあの女の言いなりってわけだ」
「…………そうかもな」
その一言に、頭の中で何かが切れる音がした。
「ふざけんな! ふざけんなよ!! あんたがそんなんだから!!」
悔しくて、ムカついて、それよりも何よりも悲しくって、涙が溢れ出てきた。
「別に私はあの女に愛されてなくったってよかった!! そりゃどこかの女が産んだ子供よりも自分が腹痛めて産んだ子供の方が大事なのは当たり前だから!! でも!! せめてさぁ! あんたくらいは私のことを!! 愛したお母さんが産んだ子供のことを!!」
自分が何を言いたいのか、もうよく分からない。
「……あんただけでも私のことを愛してくれないとさぁ……私、何のために生まれてきたのか……お母さんが何のために私を産んだのかっ……分からないじゃん……」
言いたかったのはそんなことじゃないような気もしたし、これで良かったような気もする。
そもそも自分は父親を愛していないのに、愛していてほしかったなんて、我ながら虫の良い話だった。私が間違っていた。
……もうこの人のことはどうでもいい。
涙を拭い、居間を後にした。




