8-6 楓さんⅡ
「全員が揃ったところで本題に入るとしよう」
ツイスターゲームを終えた新一さんが場を仕切り直す。
「んだよ、ただ遊ぶために集まったわけじゃねぇのかよ?」
ヤンキーの問いかけに新一さんがフッとキザに笑い返した。
「俺たちだけならそれでもいいが、今日はゲストがいるからな」
新一さんのその言葉に、全員の視線がこちらに向いた。
何これ怖い、知ってる人多いからいいかなって思ってたけど、この場にいる私以外の全員は仲良しなわけで、完全にアウェーだこれ。
「というわけで本日のスペシャルゲストの卯月! イカした挨拶を頼むぜ!」
ものすげぇ無茶振りが飛んできた。
「あ、挨拶と言われても……」
「無視していい。お兄ちゃん、そういうの私たちみたいな人種にとっては地獄だからやめて」
私が困惑していると、隣に座っている優ちゃんが助け舟を出してくれた。
私たち! 優ちゃんが私たちって言ってくれた!
ビバ陰キャ同盟。
「優ちゃんは卯月ちゃんのことが好きなのね。暁くんよりも大事にされてるんじゃない?」
楓さんがクスクス笑う。
「……別に、そこに優劣はありません」
いや、そこは優劣つけて彼氏を選んでもいいんだよ、優ちゃん。見てよ先輩の顔を。心なしかちょっとしょぼんとしてるよ。
「優は優しいからな。兄ちゃんのことも、暁や卯月と同じくらい大切だろ?」
「お兄ちゃんは割とどうでもいいかな」
「ああああああああああっっっ!!!」
よほどショックだったのか、新一さんは叫びながら布団の中に引きこもってしまった。
「おい、仕切る奴が死んだぞ。どうすんだ、これ」
先輩がため息をつく。
「放置でいいわよ。どうせすぐ生き返るわ」
楓さんには慈悲とか容赦とか、そういうものがなさそうだ。
「あれやろーよ! お悩み相談室! 卯月ちゃん、人生の先輩たちに何か相談してよ!」
香苗ちゃん先輩が名案とばかりに手を叩くが、脈絡がなさすぎる。今、何をどういう流れでお悩み相談になった?
「精神的にはテメェが一番ガキだろうが」
ヤンキーが悪態をつくと、香苗ちゃん先輩がムッとした。
「省吾うっさい! ハゲ! ニート! 童貞!」
「ハゲてはいねぇだろうが!? テメェブッ殺すぞクソガキ!?」
他の二つは否定しないのか……。
そのまま二人はベッドの上で取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。時折、下敷きにされている新一さんの短い悲鳴が聞こえてくる。
「いつものことだから気にしないで」
優ちゃんの言う通りなのか、他のメンバーも二人を止める気はさらさらなさそうだった。
「見ようによってはいやらしいことをしてるようにも見えるね」
「卯月、それ下品」
優ちゃんに叱られた。下ネタはあまりお気に召さないらしい。
「で、何かお悩みはあるのか?」
先輩が話を戻す。あ、戻すんだ、その話。
「そりゃ、ありますよ。でもそんなホイホイと人に話せることじゃありません」
「……そりゃそうか。悪かった」
先輩が気まずそうに謝罪した。
そういや、この人も皐月と一悶着あったときに居合わせてたんだっけ。
……でも、いい機会なのかもしれない。
皐月とこれからどう接すればいいのかなんて、家族にも友達にも相談できない。ある程度距離感のある相手の方が話しやすいことは確かだ。
「か、楓さんになら、話してみたいかもしれません」
私と同じく同性の妹がいるこの人からなら、何かヒントになるような話が聞けるかもしれない。そう考え、意を決して発言した。
「私? いいわよ、出ましょうか。ここは騒がしいし」
楓さんは少しだけ意外そうな顔をしたが、すぐにニッコリと快諾してくれた。
◇◆◇
家を出て、楓さんの隣を歩く。
共通の知人がいるうちはまだ良かったけど、いざ二人きりとなるとメチャクチャ緊張する。友達ができて多少はまともになったかと思っていたが、根っこのコミュ障はどうにもならないらしい。
「どうして私だったの?」
「……楓さんにも妹がいると聞いてたので。その、話してみたいことっていうのが、私の妹のことだったので」
「そうなんだ。そういうのは家によって事情がだいぶ違うから、力になれるかしら」
楓さんの言う通りで、我が家はちょっと複雑な家庭環境で、しかも悩みの内容が内容だ。
妹に恋されちゃってて、公衆の面前で告白されて、容赦なさすぎるくらいに振ってしまって、それから一切話さなくなったんですけど、どうすればいいですか?
い、言えねぇ〜〜〜〜〜!!
そうだ、友だちの話だっていうことにしよう。いや、バカか、さっき自分の妹のことでって言ったばかりじゃねぇか。
「卯月ちゃんは妹のこと、大切に思ってる?」
「……いいえ、血も繋がってませんし」
「そう。あなたにとっては血縁かどうかが重要なのね」
……違う。そんなのはただの後付けだ。
血が繋がっていようがなかろうが、私はあいつのことが昔から嫌いだった。
「……分かりません。楓さんは、その……妹のことが大切、なんですよね」
「ええ、そうよ」
さらっと、当たり前かのように言ってのける。
私もこんな立派なお姉ちゃんだったら、もっと何かが違ってたんかな。
「それは、どうしてですか?」
「うちはちょっと特殊でね。親が仕事でずっと家にいないの。だから妹の世話は私の役目だった。だから、うーん……使命感みたいなものなのかな?」
「……それ、大切だから世話をするんじゃなくって、世話をしてきたから大切だっていう話になってません?」
「私も最初からお姉ちゃんだったわけじゃないもの。妹を疎ましく思うことだってあったわ。早く帰らなきゃいけないから友達と寄り道もできないし、部活にも入れない。何で私がって、そう思ったこともある」
「……それでも、大切だと?」
「そうね。だって私はあの子のお姉ちゃんだから」
「……それ、理屈になってないですよね?」
「だって、理屈じゃないもの」
「……理屈じゃない、ですか」
「この辺で座りましょうか。喫茶店とかの方がいい?」
公園だった。
子供たちが遊具で遊んでいるのが見える。
「あ、いえ、ここでいいです」
空いているベンチに楓さんと隣り合って座る。
「卯月ちゃんは人間関係に理由や理屈が欲しいのね」
「……かもしれません」
だって、不安になる。
どうして私みたいな奴のことを誰かが優しくしてくれたり、好きになってくれたりするのか、そこに明確な何かがないと、そうじゃないと、いつかフッと全部消えてしまいそうで、怖くなる。
「優ちゃんのことは好き?」
「……好きです」
「そこに理屈はある?」
「……優しくしてくれるから……でしょうか」
「優しくしてくれるなら、誰でもいい?」
あるいは、そうなのかもしれない。
私って軽薄な人間だから、本当は誰でも良かったのかもしれない。それが、たまたま優ちゃんなだけだったのかも。
「……分かりません」
「じゃあ、妹のことは?」
「……好きではないです」
「そう。じゃあ、妹はあなたに優しくなかったのね」
……そうだったっけ?
あいつは、いつも何だかんだ、時には自分の感情優先だったかもしれないけど。子供のころ、自分の殻に閉じこもっていた私を遊びに誘ってくれた。去年は私の誕生日にケーキを焼いてくれた。私のことをずっと好きでいてくれた。でも、私はそれが全部あいつの同情で、見下されてるような気がしていて、疎ましく思っていて。
私はあいつのことを嫌いじゃないといけない。あいつのせいで私はこうなった。そうじゃないと、そうじゃなければ、何で私がこんなみじめな生き方をしてきたのか、分からない。
そう思って生きてきて、気がつけばこうなっていた。
「……妹は、優しい子です」
理由不明の涙が頬を流れた。
何だこれ。何の涙だ。悲しみではない。後悔とも違う。いや、ちょっと後悔は混じってる気もするが、それだけしゃない。やばい、言語化できない。物書きとして由々しき事態である。
「そう。じゃあ、妹のこと好き?」
「好きではないです」
「ほらね、理屈ばかりじゃないでしょ」
楓さんは微笑んで、それから泣きじゃくる私の頭を撫でてくれた。




