8-4 パンツあげるから
妹ちゃんたちが向かった先はヅャスコのショッピングモール内にあるアクセサリーショップだった。
ここなら私たちも客を装って二人の近くにいても大丈夫そうだ。優ちゃんに目配せをして無言で頷き合い、接近を試みた。
「鈴ちゃん、こういうのに興味ないと思うけどなぁ。駄菓子とかあげた方が多分喜ぶよ?」
妹ちゃんの口から別の女の名前が出てきたのが聞こえた。
「大丈夫だって。誕生日にアクセサリーもらって喜ばない女はいないってネットに書いてたし」
連れの男がドヤ顔をしていた。
ソースはネットでそんなにドヤれるとか、さてはこいつ剛の者か?
「私に相談してきた意味……」
妹ちゃんが呆れ顔になった。
「し、仕方ねーだろ、あいつの友達のなかで一番話しやすそうなのがおまえだったんだから」
なるほど理解したぜ。
男は妹ちゃんの友達の彼氏か何かで、自分の彼女の誕生日プレゼントの相談を妹ちゃんにしていたと、そういうことらしい。
「優ちゃん優ちゃん」
「なに」
「ほら、やっぱり決めつけの刃だったじゃん」
私も男に負けず劣らずのドヤ顔を優ちゃんに披露した。
「……決めつけの刃、そんなに気に入ったのね」
優ちゃんはやや呆れた様子だった。
「うん」
元々はツイッターのフォロワーが使ってた言葉を丸パクリしただけだが。
「卯月」
「うん?」
「犬派? 猫派?」
唐突に優ちゃんからまったく脈絡のない質問が飛んできた!
え、何これ、どっち選んだら正解なんだ?
正直言えばどっちでもないし、人間を犬派と猫派で二分できるわけねぇだろとも思うが、バカ正直にそれを口に出すのはコミュニケーションに障害を持つ者の証明である。私は成長したのだ。そんなことは決して言うまい。
優ちゃんとの過去のやり取りを思い出せ、そして正解を導き出すのだ。
「……猫派かな」
正解はこっちだ!
そう、優ちゃんのラインのアイコンは黒猫なのである。
「そう。私はどっちも可愛いと思うけれど」
キレそう。
「ねぇじゃあ何でこの質問したの!?」
「特に意味はないわ」
あまりにあんまりな返答にずっこけそうになった。
そうだった。この人も根っこの部分は割とコミュ障なんだった。
「……猫派の卯月には、これを」
優ちゃんが展示されていた黒猫のモチーフがついたネックレスを私の胸元に当てた。
「と、いうと?」
「買ってあげる。下着の代わり」
「うぇ!? な、なんで!? 悪いよ!」
「頑張る卯月にプレゼントって言ったでしょ。……それに、これは、その……」
「その……?」
「……何でもない」
優ちゃんが顔を赤らめてそっぽを向いた。
何だこの可愛い生き物は。絶対私のこと性的な目で見てるでしょ。
「えー、なになに! 気になるゥー! ねぇねぇ何なのー!」
「……やだ、言わない」
「今はいてるパンツあげるから! 教えてよー!」
私の発言に周囲がざわついたのを感じた。やべぇ、失言だった。
「いらない。あと声大きいから」
「……ごめんなさい」
卯月ちゃん、素直に反省である。
「笑わないって約束するなら……言うけど」
「笑わないよ。命かけるよ」
「……ゆ、友情の、証」
自分が相当クサくて恥ずかしいことを言ったと思ってるんだろう、か細い消え入りそうな声だった。そして耳まで真っ赤になっていた。
もうこれ絶対私のこと好きでしょ。好きすぎでしょ。メインヒロインでしょ。チューしてもいいか? ダメに決まってんだろ。友情の証だっつってんだろ。
ここまでの思考、0.5秒。
「優ちゃんってさぁ、可愛いよね」
嬉しすぎてニヤケが止まらなかった。
「……バカ。笑わないって言ったのに」
「じゃあ、私からは、うーん、これ」
黒猫のネックレスと並んでいた白猫のネックレスを手に取る。
「私からも、友情の証」
「……うん、ありがとう」
膨れ顔だった優ちゃんが微笑む。
優ちゃんの笑顔、プライスレス。
ネックレスのお値段は三千円。普段だったら絶対こんなものにお金をかけない私だが、不思議と安いものに思えた。
「あ、あの、優さん……ですよね?」
騒ぎすぎたせいで気づかれたのだろう、尾行対象の妹ちゃんに声をかけられてしまった。
あのヤンキーと優ちゃんは顔見知りなわけで、その妹とも少なからず面識があるのだろう。
「奇遇ね。デート?」
突然のアクシデントにも冷静に対応する優ちゃんカッコいいでござる。
「ち、違います! ただのクラスメートです! 鈴ちゃんにプレゼントするもの選ぶの手伝わされてて……」
連れの男が私たちに軽く会釈をした。
「そう、鈴……。楓さんの妹よね。じゃあ、そちらは鈴の彼氏?」
楓さんって誰。
あんまり知らない名前出されると私と読者が置いてけぼりになるからやめてよ優ちゃん。
「い、いや、俺はまだ、そういうわけじゃ」
男がしどろもどろに答える。
何だこいつ、彼氏でもないのに女にアクセサリー贈ろうとしてんのか? マジかこいつ?
「ただの片思いですよ」
妹ちゃんが笑う。あ、分かっちゃった。この子、結構いい性格してる。
「いきなりクラスメートからこういうのを贈られても、相手はちょっと困ると思うけど」
さすが優ちゃん。
私には言えないことをさらっと言ってのけるそこに痺れる憧れる。
「いや、俺は決めるんで。イカしたプレゼントしてあいつにコクるんで」
しかし思春期男子の暴走は止まらないようである。
「……そう、上手くいくといいわね。……理沙」
優ちゃんが妹ちゃんを一瞥する。
……あれ、ちょっと怒ってる?
「は、はい」
「もっと友達を大事にして」
「……どういう意味ですか」
妹ちゃんの目尻がわずかに吊り上がったように見えた。
「そのままの意味よ。……行きましょう、卯月」
「う、うん」
私たちはお互いのプレゼントの会計を済ませ、そのままアクセサリーショップを後にした。
◇◆◇
「さっきの友達を大事にって、どういう意味?」
帰り道、優ちゃんに先程の言葉を意味を聞いてみた。
「……理沙だって、あんな告白が上手くいくわけがないと思ってるはず」
「うーん、まあ、そりゃあね? 片思いだとか言ってたし」
友達なら、その鈴ちゃんとかいう子に他に好きな子がいるって知っててもおかしくない。
「めでたい日に告白を断るハメになる鈴が可哀想だと、そう思っただけ」
「……あー、それは、まあ」
少なくともいい気分にはならない、かな?
告白したこともされたこともないからよく分かんねーけど。
「友達なら、そんなことにならないようにするべきだと思う。理沙はそれができる立場にあったのに、あの男を止めなかった」
「あー……なるほどね……」
優ちゃんの言わんとしてることは理解はした。
でも、その、なんだろう。なんかちょっと引っかかる部分もある。
優ちゃんは人間とか、人間関係とか、そういうのを美化しすぎているように感じる。そこが引っかかった。
だって、それって、たぶん綺麗事だよ。
人間ってそんなに綺麗じゃないよ。
多分、妹ちゃんにも何か色々な思惑があって。
みんながみんな、優ちゃんたちみたいな、そんな綺麗なお友達関係ではいられないんだと思う。
「……本当は分かってるの。私が言ってるのは、ただの綺麗事だって」
優ちゃんの独白に、心の中を見透かされたのかと思いギョッとした。
「……さっきのは、流石に干渉し過ぎた。でも、もう嫌なの。私の目の届く範囲にいる人たちが不幸になるのは」
「……でも、あの子たちは他人じゃない?」
他人ならいくらでも不幸になってしまえと私は思うが、心優しい優ちゃんは違うのだろうか。
「あの子たちはね。でも、鈴のお姉さんは私にとっては他人ではないの。……恩人だから。鈴が不幸になったら、きっと楓さんだって不幸になる」
「……そか」
「……私は、卯月にも不幸になってほしくないって思ってる」
「……うん、ありがとね」
なんで優ちゃんが一度縁が切れたはずの私のことをずっと気にかけてくれていたのか、それがちょっと分かった気がする。
もう嫌なの。優ちゃんはそう言った。その声色からは強迫観念にも似た何かを感じた。
きっと前にも大切な人が不幸になってしまったようなことがあったんだろう。それはもしかすると、優ちゃん自身のせいで。
そっか。
だからあなたは、そんなにも優しいんだね。




