7-6 私の選択
「中ちゃんって作文の才能あるねぇ!」
矢野が(おそらく)悪気のない笑顔を向けてくる。殴りたい。
あれから数時間が経ち、私を除く三人の間で作品の感想の交換会などが目の前で開催され、私はカウンターに突っ伏してしくしく泣いた。
「優にもURL送ったろうかな」
伊崎がスマホをポチろうとしたので慌ててひったくろうとするが、ひらりとかわされてしまった。
「人の心とかないんか!?」
「冗談だよ。にしても、ふぅん……卯月……卯月ちゃんね……ああ、思い出したよ」
「ナ、ナンデスカ?」
唐突なちゃん付けに思わず怯んでしまった。
「子供のころに遊んだことあったね、あたしら」
そういえばそんなことも書いてたな、作中に。
「……やっぱ忘れてたんだ、伊崎」
分かってはいたが少しだけガッカリしてしまう。
「お互い様でしょ。あんたもあたしも随分変わったしね」
それはそう。
「伊崎は昔は……なんていうか、おしとやか? だったよね」
「まあね。自分語りは趣味じゃないけど、あたしだけあんたのアレコレ知っちゃったのも不公平だし、知りたきゃ教えるけど」
「……じゃあ教えてもらおうかな」
本当はどっちでも良かったけど、何となく聞いて欲しそうな空気を感じた。そう、卯月ちゃんと言えども対人関係における空気読みのスキルを身につけたのである。
「大したことじゃない、ありふれた話だよ。……昔々、藍子ちゃんには歳の離れたお兄ちゃんがいました。お兄ちゃんは俗に言う不良少年で、親や周りの大人たちからの評判は最悪でした。対照的に、藍子ちゃんは大人の言うことをよく聞いて、頭の出来も良く、何でも器用にこなせる天才肌でした」
自分で天才肌って言うな。口からそんな言葉が出かけたが、事実こいつは天才だと思うので何も言えなかった。
「お兄ちゃんが不出来なこともあり、藍子ちゃんは親の期待を一身に受けて育ちました。学校が終わってからも毎日五時間、家庭教師とお勉強をしていました。そんなある日、事件が起きました」
「藍子ちゃんのストレスが爆発しました」
私が展開を先読みして言うと、伊崎は静かに首を横に振った。
「んや、爆発したのはお兄ちゃんさ。あたしにもっと自由をやれって、お父さんとお母さんにキレちゃってね。んで、お兄ちゃんはお父さんと取っ組み合いになってるところを、お母さんに背中を刺されて死にました」
「…………」
オチが壮絶すぎて言葉を失った。
ありふれた話って何だろう。
日本語って超むずいな。
「かくして藍子ちゃんは自由を手に入れました。めでたしめでたし。……で、多分そのころだね、あたしがあんたと会ったのは。……あんたのこと忘れてて、悪いね。あの時期の記憶って、そのお兄ちゃんが死んだこと以外はほとんど忘れちまってるんだ」
「伊崎」
「ああ」
「話が重すぎる」
「でしょ。この話を知ってるのは佳織と、その家族くらいのもんだよ」
「……何でそんな話を、私なんかにしたんだよ」
「言っただろ。あたしだけあんたのことアレコレ知っちまったのは不公平だからって。そんだけだよ」
「…………」
それから藍子ちゃんに多くの苦難があったことは想像に難くない。こんな田舎町だ。親が子供を殺したなんて話、秒で町中に知れ渡る。
「あの子とは遊んじゃいけません」
背後からの声に振り返ると、いつからいたのか佳織さんが立っていった。
「あー言われた言われた。お母さんが藍子ちゃんとは遊ぶなって言うんだって奴いたわ」
うちは言われた覚えがない。そもそも当時から親と疎遠だったしな……。
「こんにちは、卯月ちゃん、矢野さん」
佳織さんがにこやかに挨拶をする。
「……ちわす」
佳織さんとどう接していいのか分からず、小声での返事になってしまう。
「秋月さん、こんちはー!」
矢野はやたらと元気だ。
いや、矢野はどうでもいい。
佳織さんの後ろに小さな女の子の影が隠れてないかと恐る恐るうかがうと、佳織さんがクスクスと笑った。
「優は来てないから大丈夫だよ、卯月ちゃん」
「ゔっ……そ、そですか……」
心の中を見透かされたことが恥ずかしすぎて変な声が出た。
「それにしても、変わった組み合わせと言うか何と言うか……藍子と卯月ちゃんは仲直りしたの?」
「さあね。それは卯月の返答次第」
「ゔっ……!? わ、私……!?」
いきなりそんなことを言われても困る。
というか、仲直りするとかしないとか、そういうアレなのか、私たちのこれって……?
私は、一人が良くって。
何で一人が良かったんだっけ……?
一緒いると、苦しくって。
何で苦しかったんだっけ……?
誰かといるとそれで満たされて、創作ができなくなるから。自分が自分じゃなくなる気がしたから。
それで。
一人になって。
創作は捗りましたか?
いいえ、まったく。これっぽっちも。
それで。
やっぱりダメだったから、また友達に戻ってほしいだなんてワガママを言う資格が、私にはありますか?
いいえ、まったく。これっぽっちも。
「……私には資格が、ない」
ようやく捻り出した言葉が、それだった。
「あんた、また」
「藍子」
伊崎の言葉を静かに、しかし、どこか力強く佳織さんが遮った。
「卯月ちゃん。私もそうだったの。昔、間違えてね……友達を、藍子を、一度失ったことがある」
初耳だ。
この二人にもそんな時期があったのか。
「私には友達に戻る資格がないんだって、そう思ってた。……ううん、今でもね、たまに思うよ」
「…………」
「でも、それ以上にね、あのとき差し伸べられた手を掴んでなかったらって思うとね……そっちの方がずっと怖い。私はきっと、今でもずっと一人ぼっちのままだった」
「……だから、私にもその手を掴めと?」
「うん。そうしてくれると、私は嬉しいな。もちろん藍子も優も嬉しいと思う」
この人は、なんて真っ直ぐで、眩しいんだろうか。
聖母か? 後光が眩しくて目が潰れそう。
「佳織ぃ……おまえってやつは大きくなりやがって……」
佳織さんのお兄さんが涙と鼻水を垂れ流して泣いていた。ズビズビと鼻をすする音が神聖な場の空気を破壊していく。
「私は……」
きっと、これが最後だ。
人生はクソゲーなのでセーブ機能というものが存在しない。これは後戻りができない選択肢だ。
私の選択は――――




