6-4 人間関係に資格なんて必要ない
「――――というわけで、優は可愛い」
先輩の惚気話はそんな惚気全開の一言で締めくくられた。
「本当に好きなんですねぇ……」
皮肉抜きにして羨ましい。
どうすればそんな風になれんのかな。
私ももっと、純粋に人を好きになれればいいのに。
聞いてて思った。私が誰かに向ける好意は、見返りを求めてのものだ。
私の行為には好意で返してほしい。そんな気持ちが常に心のどこかにある。だから、私は好意が返ってくるか分からない相手と接するのがメチャクチャ怖い。
「……どうすれば、そんな風に人を好きになれますか」
「そんな風?」
「私は人付き合いが下手くそです。家族とも上手くやれてないです。優ちゃんと会うまで友達もいませんでした。……今だって、ちゃんと友達をやれているのか……友達からもらった好意をちゃんと返せてるのか分からなくなるときがあるんです。これってきっと、私が人のことを正しく好きになれてないから、人に興味を持てていないからなんです。だから――――」
早口ムーブをかましてる途中で、私はほぼ初対面の人に何を言っているのかと激しく後悔し青ざめる。それから程なくして羞恥心が襲ってきて今度は顔が熱くなってきた。
私のアホ。何でこんなこと言った。
別に同情や共感が欲しいわけじゃないのに。
私はただ――――
――――ただ……?
ただ、どうなりたかったんだっけ……?
「だから、人と付き合う資格がない」
先輩の口から私が言いかけた言葉が出てきたので一瞬驚いたが、ふと顔を上げてその目を見たら納得した。
ああ、この人もきっと同類だ。
……そうか、だから優ちゃんは私のことを放っておけなかったのか。
「……そう思います」
「人間関係に資格は必要ないって言葉、嫌いだろ?」
「……はい、嫌いですね」
そんなのは普通に人間関係を形成出来る人間の言葉だと私は思っている。
「他者との関係を保つためには資格が必要だと、俺は思う」
「……その資格とは?」
「…………」
先輩が思案する。
「やっぱ言いたくねぇ」
長考の末に出てきた言葉がこれだったので、思わずズッコケそうになった。
「せ、先輩!? そりゃないですよ!? 今、絶対に名言的な台詞でバシッと決める流れでしたよね!?」
「うるせぇ、急に恥ずかしくなってきたんだよ! それにだな、こういうのは言葉にすると途端に薄っぺらくなる気がしたんだよ。だから、やっぱ今のなし」
「えぇ〜〜〜〜〜〜〜!! やだやだ!! せっかく何か生きるヒントみたいなのが得られるかと期待したのに!?」
「そういうのは自分自身で見つけるべきもんだ」
「やです! 私は人生極力イージーモードで生きていきたいんです! だから何か名言くださいよ!」
「……そうか、分かった。そんじゃ、今からありがたい名言を贈ってやろう」
おお!? ゴネてみるもんだな!?
ゴネ得……! ゴネ得……!
「人間関係に資格なんて必要ない」
ゴネ損だった。
「さっきと言ってること真逆じゃないですか!? 私が聞きたいのはそんなありふれた言葉じゃないんですよ!」
「きゅ、急にグイグイくるようになったな、おまえ」
若干引かれてしまっていたが、もう知るものか。
「先輩のいけず、ケチ」
「俺は人に優しくないことに定評がある」
「そんな定評捨ててしまえ」
「俺もそうしたい」
「じゃあ私に優しくしてください。なう」
「具体的には」
「そういうのは人に聞かずに自分自身で考えるべきですよ」
さっきもらった言葉をお返しする。
「そうか。じゃあ」
先輩が私に手を伸ばそうとしてきたので、反射的に飛び退いてしまった。
「ひょえ!? な、なな、何するですか!? ボ、ボディタッチですか!? セクハラですか!? 優ちゃんという者がありながら何考えてるですか!?」
テンパりすぎて言葉遣いがメチャクチャになってしまった!
「い、いや、ただ頭を撫でようかと思ってだな」
頭ナデナデ!?
そんな背徳的な行為が許されるのか、この神聖な学び舎で!?
「せ、せせ先輩、い、いくら私が可愛いからって、そりゃダメですよ、浮気ですよ!」
「う、浮気になるのか、頭を撫でたくらいで?」
えっ、改めて聞かれるとどうだろう?
……ひょっとして私がPureなだけで、世間一般的にはセーフなのか?
いや、いやいや、いくら私でもそこまで世間とズレていないはずだ。
「……じゃあ先輩、もしも先輩以外の男が優ちゃんの頭を撫でたらどう思いますか?」
「そいつ殺す」
「じゃあダメじゃん!? 先輩がやろうとしたことって、つまりそういうことですよ!?」
「……そうか、そうだな。すまん、反省する……」
この人、もしかしてだけど私以上に世間とズレてないか?
あるいは性道徳が壊れてるのか?
「先輩、一つお聞きしたいことが」
「何だ?」
「今までもそうやって女の頭を無差別に撫でてきたんですか?」
「…………」
先輩が無言で目を逸らす。
あー、こりゃやってますわ。
傷心中にこの甘いマスクの男に頭を撫でられたら、そりゃ大抵の女はオチますわ。
しかも何かこの人メンヘラほいほいっぽいし。だって優ちゃんの彼氏じゃなければ多分私も惚れてるもん。
「沈黙はイエスと受け取ります」
「ゆ、優と付き合ってからはない。断じてない」
「ほーん。さっき私にはやろうとしたのに? 今まで何人泣かせてきたんすかねぇ?」
「そういうこと言うなよ!? 俺も悪いことをしたって反省してるんだよ!?」
若干涙目になる先輩。
やだ可愛い。意地悪したくなっちゃう。
「反省しても先輩が傷つけた女たちの心は癒えませんよ」
「…………」
何かを思い出したのか、先輩がズーンと沈んだ顔をする。
やべ、つい悪ノリして言い過ぎちゃったかも。
「ま、まあ、元気出してくださいよ、先輩」
「俺は人と付き合う資格がないゴミクズ野郎なんだ……」
そこまで落ち込む!?
……流石に申し訳ないので、せめて慰めてあげよう。
「先輩、聞いてください。今から私、先輩に名言を贈りますから」
「……何となく予想はつくが、言ってみろ」
「人間関係に資格なんて必要ない」
ドヤァ。
「俺は女でも殴れるぞ」
先輩が指をポキポキと鳴らした。
「慰めてあげようとしただけなのに!? サイテーですね!?」
そんな下らないやり取りをして、笑い合った。
ああ、なんか、この人といるの楽だな。なんだろう、この気を遣わないでいい感じ。
何でかな。
……ああ、そうか、ちょっと分かったかも。
お互いに自分のことをさらけ出した後だからか。だから壁がなくなって、こんな風に笑えてるんだ、私。
先に先輩が、自分のことを打ち明けてくれたから。……内容はただの惚気話だったけどさ。でも、そのおかげで、私も素直に自分のことを話せて、だから楽になれたんだ。
「……ありがとうございます、先輩」
「何かの力になれた気は全くしていないが」
「いえ、助かりました。お礼と言っては何ですが」
「ああ」
「先輩が優ちゃんと別れたら、私が付き合ってあげますよ」
この台詞ちょっと言ってみたかった!
言ってみたかっただけで断じて本気ではない。先輩の答えも分かってるし。
「それは百パーないから安心しろ」
でしょうね。
「そりゃ残念です」
いや、それでいいのだ。
私の大好きな二人が幸せなら、私も幸せだから。




