4-8 大丈夫
私はお風呂に入り、寝巻きの代わりにお兄さんのワイシャツを借りた。
「これが彼シャツってやつか……」※違います
脱衣所で袖を通し、一人そんなことを呟いてみる。
おお、ぶかぶかだ。ばっちり萌え袖になっている。
貴重な体験をしている気がする。
今後そういうシーンを書くときに活かせるのではなかろうか。そんな甘酸っぱいシーンを書く予定は今のところないが。
髪を乾かして居間に戻ると、優ちゃんがお出迎えしてくれた。
お兄さんの姿はなかった。風呂上がりの女子に対しての気遣いなのかもしれない。
「お風呂、ありがとう」
「どういたしまして。それじゃ、私も入るね」
「うん、分かった。私、ここで待ってればいい?」
「卯月、眠いなら先に寝ててもいいよ。どうする?」
「ううん。優ちゃんを待ってたい」
「……そう。じゃあ、少し待っててね」
優ちゃんはそう言うと微笑んで、それから片手を軽く振って浴室へと向かっていった。
ややしばらくしてから、シャワーの音が聞こえて来る。
一つ屋根の下。すぐそこには裸の優ちゃんが。
「興奮してきたな……」
周りに誰もいないので独り言と妄想が捗る。
これがもしゲームの世界なら確実に覗きに行く選択肢が出て、一枚絵が回収できるんだろうな……。
優ちゃんの……湯煙一枚絵……。
是非とも回収したい……!!
だが悲しいかな、これはゲームではなく現実世界なのだ。覗きに行って、もしもバレてしまったら、好感度が爆下がりすること間違いなし。セーブ&ロードもできやしない。やはり現実とはクソゲーである。
だから我慢しような、卯月ちゃん……。
そんな意識とは相反して、私の体はふらふらと浴室へと吸い込まれていった。
いや、覗かないよ?
音。音を聞くだけだから。
ちょっとだけだから。
……私はいったい何をしているんだ。
もしかして私は変態なのだろうか?
……否!
これは言わば、なろう作家としての取材である。
いつか男性向けラブコメを書く際、女の子のお風呂を覗くシーンは必須!
ああそうさ、取材なら仕方ねぇよなぁ!
心臓がバクバクする。緊張しているせいか、やたらと口の中が渇いた。震える手でそろりそろりと脱衣所の扉に手をかける。
自分でも何をやってるのかよく分からない。
まるで熱にうなされてるかのように目が回る。
「これは取材……これは取材……」
うわ言のように繰り返し、自分に言い聞かせる。
そうです、取材なのです。決して優ちゃんのことをエロい目で見てるとか、そういうアレではないのです。
脱衣所の扉を開くと、シャワーが流れる音がより一層大きく聴こえてきて、危うく理性まで流されてしまいそうになる。
「いかんいかん……」
口元が勝手に緩み、危うくヨダレをこぼしそうになった。
だが、ここまでだ。全年齢版の本作では、ここまでが限界である。更に奥の浴室の扉を開いて優ちゃんに襲いかかったりとか、脱衣カゴに入ってる優ちゃんのパンツを嗅いだりとか、そういう展開を読みたい人はR18版を読んでくれ。そんなものは存在しないが。
さあ、任務は果たした。
居間に凱旋しよう、卯月ちゃん。
あ、こら、何勝手に脱衣カゴに手を伸ばしてるの!? ダメでしょ!? これは全年齢版なのよ!?
優ちゃんの下着をつまみ、眼前にぶら下げてみる。
この時点で、私の思考は既にどこかにブッ飛んでしまっていて、
昔さぁ、小説家になろうに『君の膵臓をたべたい』って作品があってさぁ、その作品からプロデビューした人もいるんだよねぇ。私も『君のパンツをたべたい』って作品書いたらプロデビューできないかなぁ?
などということを考えていた。
「いやいやいや……流石にあかんでしょ……」
考えただけで、実行には移せないんだけど。だって私は凡人だから。普通の人だから。はは。
私は優ちゃんのパンツをそっと脱衣カゴに戻して居間に戻り、罪悪感に苛まれてワンワン泣いた。
優ちゃんはただ純粋に私のことを心配してくれていたのに、私は優ちゃんのパンツを食べたいだなんて考えて……頭がどうかしているよぉ!
自己嫌悪に苛まれること三十分と少々。
優ちゃんがお風呂から上がってくるや否や、私は優ちゃんにジャンピング土下座をし、膝を強打してのたうち回った。
優ちゃんは私の奇行に困惑していたが、のたうち回りながら「ごめんなさい」を繰り返す私(今思い返すとメチャクチャ怖いな……)に「大丈夫だから」と声をかけ続けてくれた。
やっぱり優ちゃんは、優しい。
それはもう、涙が出るほどに。
卯月ちゃん、はじめてのお泊まり編【完】
◇◆◇
夜。
私と優ちゃんは、同じベッドに寝ていた。
他に私が寝れる場所がないらしいからね、仕方ないね。
消灯してから一時間くらいは経っただろうか。
最初は色々とお話をしてくれていた優ちゃんも流石にもう眠ってしまったようで、隣からスゥスゥと可愛らしい寝息が聞こえてくる。
知らない家。
隣には大好きなお友達。
生き恥を晒した先ほどの一件。
色んなアレコレのせいでメチャ目が冴えて全然眠れる気がしねぇ……どうしよう……。
悶々としていると、私の頭に優ちゃんの手が伸びてきて、そのままやんわりと撫でられた。
「ひゃっ、ゆ、優ちゃん……?」
驚いて名前を呼んでみるが、返事はなかった。
おそらく眠りながら、無意識に私の頭を撫でているらしい。
大丈夫だから。
さっきも、ずっとそうやって言葉をかけ続けてくれていた。
何だか今もまたそう言ってくれてるみたいで、頭を撫でてくれる手の感触に心が落ち着いていくのを感じた。
そっか。
私はきっと、これからも。
優ちゃんが隣にいてくれれば、大丈夫。




