4-6 優
気持ちが落ち着いてきて、そういえば今何時だろうとスマホの画面を見る。
「ヒェッ……」
時刻を確認するよりも先に、二十件を超える妹からの大量の着信履歴が目に入ってきて思わず小さく悲鳴を上げてしまった。
マナーモードにしてたから全然気がつかんかった……。
そしてタイミングが良いのか悪いのか、今まさにまた電妹から電話がかかってきた。で、出たくねぇ〜……。
電話の相手が妹ならまだいいが、最悪なのはママンが自分の電話からだと私が出ないことを想定して、妹の電話を借りてるパターンだ。それが十分にあり得るから困る。
「家族から? ……出たくない?」
さすが優ちゃん、察しがいい。
「……うん。ちょっと、色々あって」
「どうした。もしかして家出中なのか、卯月?」
「お兄ちゃんはいいから床拭いてて。まだ汚れ残ってるでしょ」
話に入って来ようとするお兄さんを、優ちゃんが冷たくあしらった。
「……ちくしょう、妹が日に日に塩対応になっていくぜ」
哀れなり、お兄さん。
「ちょっと、お母さんと喧嘩して……うん、お兄さんの言う通り、家出同然に出てきたんだよね……」
「……そう。ご家族は、きっと……いや、卯月は……今はまだ、家に戻りたくないのね?」
優ちゃんは、慎重に言葉を選んでいるように見えた。
……こんな私なんかのために、気を遣わせてるのが申し訳なさすぎる。
「う、ううん……そ、そんなことないよ。わ、私、もう家帰るね。頭も冷えたし! ……じゃ、じゃあね! 今日は色々ありがと、優ちゃん!」
流石にこれ以上の迷惑はかけられない。
家に戻るつもりは毛頭ないが、ここに居続けるのもそれはそれで申し訳なさで死にそうになってしまう。
私は席を立ち、そのままの勢いで立ち去ろうとした。したのに。
「待って」
優ちゃんに後ろから手を掴まれて、引き止められてしまった。
「な、なに?」
びっくりして振り返って、更にびっくりした。
……優ちゃんの顔が、何だか怒ってるように見えたからだ。いや、怒ってるように見えるっていうか、絶対怒ってるよこれ! な、なんで!?
「帰るの? ……本当に?」
……何でだろう、嘘を見抜かれてるっぽい。
「帰るなら、ここで家族に電話してからでもいいんじゃない?」
「か、帰りに歩きながらするから、いいよ」
「……ダメ。帰るならここで電話して。あと時間も時間だから、お兄ちゃんに家まで送らせるから」
優ちゃんは一歩も引く気配を見せない。
私にはそれが何だか、干渉の限度を超えているように思えて、ちょっとムカっとしてしまった。
頭では分かってる。
きっと優ちゃんは私のことを心配してくれている。
だって優ちゃんは名前の通りに優しいから。
「家のことは……優ちゃんには関係ないよ!」
そう理解していても、ざわつく感情を抑えることができなかった。自分でも今まで気がつかなかったが、どうやら私は家族関係のことを触れられたくないらしい。
「あ……」
すぐに後悔しても、時すでに遅し。
私は心配してくれている友達に、なんてひどいことを言ってしまったのだろう。
嫌われた。絶対嫌われた。今度こそ間違いなく、完膚なきまでに。
動悸がする。
血の気が引いていく。
頭が痛い。
息がうまく吸えない。
オイオイオイ、死ぬわ私。
ほう、炭酸抜きコーラですか……たいしたものですね。
こんな状況でもクソみたいなネタが脳裏を過ぎる私って、やばたにえん? ……やばたにえんって死語か?
「卯月」
優しく私の名前を呼ぶ声と、温かい体温。
思考が現実に引き戻される。
見ると、優ちゃんが正面から私を抱きしめてくれていた。鼻先のすぐそこに優ちゃんの頭があって、髪の毛からはすごくいいにおいがしていました(小並感)
ねえ待って、女の子ってこんなにいい匂いがするの?
私からはしないよ? なんで? キレていい?
「……卯月の言う通り、出会って間もない私には、あなたの家のことにまで口を出す資格はない。でもね、勘違いしないで。私はあなたの家のことなんてどうでもいいの」
突き放すような言葉とは対照的に、より一層の力を込めて私の手を握りしめてくる。
「私はただ、あなたのことが心配なだけ。だから、もしも家に帰りたくないのなら、今日は泊まっていって」
「お、お泊まり!?」
そんな唐突な。
動揺して目が泳いだ拍子に、床を拭いていたお兄さんと目が合った。
「まあ、女一人でホームレスするってのも危ないし、いいんじゃないか。だが――――」
「卯月の家には私から連絡するから」
優ちゃんがお兄さんの言葉を先回りして話を進める。
「優、無理をするな。それくらいのことは兄ちゃんがやってやるぞ」
「ううん。これは私が決めたことだから、私がやる」
「おまえって奴は……立派になりやがって……」
お兄さんがホロリとする。
いや、二人で感動的な空気を作ってるとこ悪いけど、私の意見は!? もうお泊まり決定しちゃってる感じ!?
「というわけだから卯月、電話貸して」
あ、これ断れない感じのやつだ。
……でも、まあいっか。
お泊まり、興味あるし。
それに何よりも。
優ちゃんが私のことをここまで心配してくれたのは、すごく嬉しかったから。




