4-4 兄
それから二人で十五分ほど歩き、優ちゃんの家の前に着いた。
「……いいのかな、こんな時間にお邪魔しちゃって、お家の人とか迷惑じゃない?」
いざとなると尻込みしてしまう臆病な私だった。
「平気。うちには今お兄ちゃんしかいないから。お兄ちゃんには連絡済みだし」
「はぇ〜……」
お父さんとお母さんは?
そんな疑問が浮かんだが、込み入った事情があるのかもしれないと思うと聞くことはできなかった。
優ちゃんのお兄ちゃん、どんな人かなぁ。
やっぱり優ちゃんと同じように、ちっちゃいのかな。
年上だけどショタ系のお兄さん……。
脳内で優ちゃんそっくりのショタキャラが生成され、思わず鼻血が出そうになってしまった。
「卯月、急に顔を押さえてどうしたの?」
「ふへへ、ちょっと心が勃起しちゃって……」
「何怖いこと言ってるの……」
優ちゃんが引き気味に言う。というか実際に体を引いて、手を繋ぎながらも私から距離を取っていた。
やっちまったァァッッッ!
妄想の世界にいたもんだから、ついうっかり素が出ちまったよぉ……!
「ゆ、ゆ、優ちゃん、こ、これは違くて……! き゛ら゛い゛に゛な゛ら゛な゛い゛で゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!」
私が涙目で懇願すると、優ちゃんは可笑しそうにクスクスと笑った。
「それくらいで嫌わないから安心して。ていうか、嫌いになったら、もう手を離してるし」
そう言いながら、握った私の手をニギニギとしてくれた。
天使だ(n回目)。優ちゃん、君のためなら死ねる。
恐る恐る、お手手をニギニギとし返してみると、優ちゃんもまた同じようにニギニギと返してくれた。
ニギニギ。
ニギニギニギニギ。
何これ幸せ。
戦闘シーンがキンキンキンだけのなろう小説がどうとか一時期話題になってたけど、そんなんどうでもいいわ。こちとらニギニギやぞ。
「そろそろ入ろっか」
「う、うん」
手を引かれるままに、優ちゃんのお家にお邪魔することになった。
「…………はぁ」
玄関のドアを開けるや否や、優ちゃんが片手で頭を押さえて、ため息を吐いた。
一体どうしたんだろうと気になり、優ちゃんの背中越しに家の中を覗き込むと、すぐそこにナイフを胸に突き立てられた男の人が仰向けで倒れていた。血だろうか……衣服は真っ赤に染まっている……。
「ひっ……」
私が悲鳴を上げるよりも早く優ちゃんはそのまま家へと上がり、男の体を跨いで奥へと進んでいった。
「卯月、どうぞ上がって」
「ゆ、優ちゃん!? ひ、人が死んでるのに……!?」
「死んでないから大丈夫。うちのお兄ちゃん、この手の悪戯が好きだから……。私が友達連れてくるってライン送ったから、びっくりさせようとしてるだけ」
「で、でもぉ……!?」
顔は青白いし、服は真っ赤だし、とても悪戯には見えないんですけどぉ……!?
「大丈夫だって。ほら」
優ちゃんが私を安心させるかのように微笑んで、手を伸ばしてくれる。その手を掴もうと、私も優ちゃんへと手を伸ばした。
「うぐっ、ぐふっ……!」
下の方から男の呻き声が聞こえてきた。
視線を向けると、優ちゃんはキラキラの笑顔で私に手を伸ばしてくれている一方で、足元ではお兄さんの鳩尾を全力で踏みつけまくっていた。
「ね、死んでないでしょ」
「そ、そうだね……」
私は優ちゃんに手を引かれて、お兄さんの屍(?)を超えていった。
そのまま居間へと案内されて、優ちゃんは「お茶淹れてくるから、適当なところに座ってて」と言ってキッチンへと姿を消した。
ソファに腰をかけ、お兄さん大丈夫かなと心配になり玄関の方を振り向くと、すぐそこに全身血塗れのお兄さんが立っていた。
「ぴぎゃあああああああっっっ!?」
怖すぎて、近所迷惑も考えずに大きな悲鳴を上げてしまった。
ゲームのゾンビさながら、両手を前に出しながらフラフラとした足取りで迫ってくるお兄さん。
あれ、この街って、もしかしてゾンビになるウイルスとか撒き散らされたの? これからサバイバルな生活が始まるの? バイ●ハザード? がっこ●ぐらし?
私が混乱した思考のままガタガタと震えていると、キッチンの方から優ちゃんが飛び出してきて、それはそれは見事な飛び膝蹴りをお兄さんゾンビの顎先にヒットさせたのでした。
「ぐあっ……!?」
短い悲鳴を上げ、その場に倒れ込むお兄さんゾンビ。
た、助かった……?
「お兄ちゃん、やりすぎ。ウザい。キモい」
優ちゃん、あらゆる意味で容赦ねぇな……。
昔、家族と仲が悪かったって言ってたけど、その名残りなのかな。
「ふっ……この俺を倒すとは……強くなったな、優。兄ちゃん、嬉しいぜ……!」
お兄さんゾンビはムクリと立ち上がると感慨深そうにそんなことを言ったが、優ちゃんは不機嫌そうに「その赤いの、ちゃんと掃除して」とだけ言ってまたキッチンの方へと戻っていってしまった。
優ちゃんの言う通り、血のり(?)がお兄さんのシャツから滴り、床を汚してしまっていた。
「やれやれ。我が妹ながら、しっかり者だぜ……っと、すまない、名乗るのが遅れたな」
お兄さんが改めて私に向き直り、胸に刺さっているように見えていたナイフをベリっと剥がした。どうやら、玩具の折れたナイフを接着剤か何かでくっつけていたらしい……。
「神谷新一だ。いつも妹が世話になっている」
血にばっかり気を取られてたけど、よく見ると顔はカッコイイ。声も緑川系のイケボなんだけど……何だろう、この人から漂う残念なイケメン感は……。
「な、中 卯月です。私の方こそ、いつも優ちゃんにお世話になってます」
出会いが衝撃的すぎたからか、残念なイケメンだからか、イケメンを前にしても不思議と緊張せずに話すことができた。
「ああ、これからも優と仲良くしてやってくれ。……さて、掃除……の前に、着替えねぇとな……」
お兄さんはそう言うと、ポタポタと血のりを垂らしながら居間を出ていった。
な、なんか、強烈な人だったなぁ……。




