4-2 声
「寒い……ちくしょう……ちくしょう……」
ガタガタと震えながら呪詛の言葉を吐いた。
何で私が家を出たときに限ってこんなに寒いんだ。部屋着にしている中学のジャージのまま家を出たことを後悔するが、寒いからといって家に戻るなんてダサすぎる。
もう五月も半ばだというのに、北国の夜はまだ少し冷える。スマホで確認すると、気温は八度しかなかった。
「か、風邪引いちゃうよぉ……誰か助けてぇ……」
泣き言が勝手に口から漏れてくる。そんな“誰か”なんて都合の良い存在、いるわけがないと分かっているのに。
優ちゃん。
脳裏にその名前が浮かぶが、頭をブンブンと横に振って掻き消す。
親と喧嘩した挙句に家出して(しかもトイレのスリッパの向きとかクソみたいなきっかけ)、それで優ちゃんを頼ったりしたら、きっと嫌われてしまう……それは嫌だ……。
嫌われる。
その言葉がトリガーとなり、ネガティブが加速する。
思考が暴走して、現実の認識が希薄になる。こういうことは昔からよくある。
誰にも頼れない。
最終的には、私はひとりだ。
惨めな人生だ。
生きている意味って何だろう。
トイレのスリッパの向きとか、どうでもよくない?
お母さんも、お父さんも、皐月も、みんな嫌いだ。
私がみんなを嫌いなように、きっとみんなも私を嫌ってる。
誰からも好かれなくてもいい。
嘘。私が好きな人からは、好かれたい。
でも、私が好きになれるのは、私のことを好きでいてくれる人だけだから無理ゲー。
「――――あ」
分かっちゃった。
私が今までずーっと、誰のことも好きになれなかったのは――――。
――――誰も、私のことを好きじゃなかったから、なのかな。
優ちゃんもきっと私のことなんて哀れなミジンコくらいにしか思ってない。
だから、私も本当は優ちゃんのことなんて好きじゃなくって。
好きっていう設定だから、そういう風に演じてただけ。
中 卯月はそういう設定のキャラクター。このクソみたいな人生は、きっと誰かの創作物。
だとしたらセンスないな作者は。そんなんじゃ書籍化なんてムリよムリムリ、カタツムリよ。
もっとこう、今流行りの異世界転生とかさ。そういうのの方が人気出ると思うんだよね。
クソ作者、人気が欲しかったら私に向けてトラックとか突っ込ませてみろよ。カモンカモン。
「危ない!」
そんな叫び声とともに、いきなり後ろから手を引かれた。意識が急速に現実に引き戻され、次の瞬間には数歩手前を車が通り抜けていく。
視線を上げると横断歩道の信号が赤く灯っているのが見えた。
あ、私……今マジで死にかけた?
少し遅れてから恐怖がやってきて、腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。
「大丈夫か?」
頭上から男の人の声が聞こえる。
顔を上げると、そこには見知らぬイケメン。暗くてもイケメンだと分かる程度にはイケメンだった。
そうか、私この人に助けられたんだ。
はっ!?
イケメンに助けられた訳ありの美少女……。
こ、これはもしや、恋が始まる展開なのでは!?
「だ、だ、大丈夫です……あ、ありがと、ござました……」
ガチガチのカミカミながらも、どうにかしてお礼を言うことができた。
「立てるか?」
イケメンが手を差し伸べてくれる。やだ、心までイケメン。こんなん惚れちゃう。
その手を掴んで立ち上がると、イケメンの陰に隠れて見えなかったが、すぐ後ろに女の子がいるのが見えた。
はい終わり。女連れでした。
私の恋、儚すぎひん?
「卯月?」
聞き覚えのある声。
心が落ち着く声。
……好きな声。
これはもう色恋だとか友情だとかを超越してる。我ながら気持ち悪いが、きっと信仰に近い。
だってその声を聴いただけだっていうのに、何か勝手に涙が出てくるんだもん。
「ゆ、優ちゃぁぁぁ〜〜〜〜!!」
イケメンの背中からひょこっと顔を出した小さな女の子に、私は泣きすがった。




