4-1 出
うちのママンはとにかく細かい。
「卯月、スマホいじってないで、食べたら食器下げなさい」
ムカ。
「……今やろうと思ってたんだよ」
「そう。じゃあ今度は言われる前にやりなさい?」
カチーンとくるが、このババア殺す殺す殺すと胸中でつぶやいて、どうにか平静を保つ。今の一言いるか? やるって言ってるんだから、追い打ちせんでもよくないか?
……まあでも、これは確かに私が悪いと言えば悪いので、大人しく従うけどさ。
◇◆◇
また別のある日。
夕食後、居間のソファに寝そべりながらスマホをいじっていると、またママンから注意を受けた。
「卯月、トイレのスリッパの向き反対だったわよ」
「……え? なんで私だけに言うの? 皐月かもしれないじゃん」
おまえ細かいんだよぉ! と叫びたくなる衝動を必死に抑えて、努めて平静を装いつつ聞き返した。
「直前に使ったのがあんただったから言ってるのよ」
「……えー、スリッパの向きとかいちいち意識してないし」
「そう。じゃあ次からは意識して?」
ムカ。ムカムカ。
「お母さん、何でいきなりそんなこと注意すんの? 今まで一度だってトイレのスリッパの向きなんて言って来なかったじゃん」
その不遜な物言いに今度こそカチンときて、思わず言い返してしまっていた。
「それくらい言わなくても、自分で気をつけるようになると思ったからよ」
「嘘だね。どうせまた何かムカつくことあって私に当たってるんでしょ」
今までの小言の積み重ねもあってか、思っていた以上に腹が立っていたらしい。頭に血が上っているのが自分でも分かるが、抑制は効かずに口が勝手に動き出す。
「昔からそうじゃない。お父さんが仕事で帰り遅いときとか、お父さんが連絡しないで飲みに行ったときとか――――」
あの父親も父親だ。
家のことを何もやらずに仕事一辺倒だから、母親はいつもイラついて、私に当たってくるのだ。
父親が諸悪の根源と言ってもいい。
私は家族が嫌いだ。
母親が嫌いだ。妹が嫌いだ。父親は控えめに言って殺したい。
だから、その先は私にとっても母親にとっても地雷だと分かっていたのに。
「――――お父さんが浮気したときとか、特にひどく私に当たってたじゃん」
言葉は止まらなかった。
四年前、初めて母親に頬を叩かれた記憶がフラッシュバックした。
ああ、ということは。
また叩かれるかなと思うと同時に案の定と言うべきか、パァンという弾けるような音とともに頬に衝撃が走った。
……変わらない。
あの日から、ちっとも成長していない。
私も、お母さんも。
「……卯月、謝りなさい」
台詞まで四年前と同じで、思わず吹き出しそうになってしまった。
昔の私は訳も分からずに、言われた通りに謝ることしかできなかったけど、残念ながら今の私は違う。
「謝るのはそっちじゃないの!? すぐにそうやって手を上げて!」
「あんたが言っちゃいけないこと言ったからでしょ!?」
「うっせー! バーカバーカ! ババア! 四十路! 四十肩!」
我ながら罵倒のレパートリーが貧困で泣きたくなる。だってリアルでまともに喧嘩なんてしたことないんだもん。
「あんですって、このクソガキ!? 私はねぇ! パート先で、二十代でも通じますねって大学生の男の子に言われるのよ!?」
こ、このババア、そんな見え見えのお世辞を信じてるのか……!?
身内のことながら、めちゃくちゃドン引いてしまった。いや、普通お世辞だって分かるやん。
「何かもうアホらしくなっちゃった……」
憤りと虚しさが綯い交ぜになり、もう何でもいいからとにかくこの場から去りたくなった。
おそらく嫌悪感によるものだろう、頭痛と吐き気にふらつきながらも立ち上がり、そのまま玄関へと向かった。
「卯月! どこ行くの!」
背中越しに聴こえる母親の怒声を無視して、私はそのまま家を出た。
行く場所の当てなどなかったが、あれ以上あの空間にいるのは耐えられそうもなかった。
もうやだ、あんな家、あんな家族。
帰りたくない。今日から段ボールに住もうかと本気で考える。
「そうよ、私はホームをレスした系の美少女JKなろう作家……」
そんな虚しい独り言は、私以外の誰の耳に入ることもなく、夜の外気に溶けて消えた。
マイナスの感情に心を塗りつぶされながらも、頭の片隅では創作のネタになるかななんて考えてるあたり、我ながら救えないと思う。




