3-5 小説が書けないなら書けないことをネタにすればいい(無敵)
何かを書かなければいけない。
どんな駄文であろうとも、書き続けなければいけない。
無価値で無意味なこの生に、ほんのわずかでも価値と意味を持たせるために。
そう思って生きてきた。
私は空っぽな人間だ。何故かは分からないが、私という空っぽな器を満たすためには創作が必要だと思った。漠然と、何となく、これといった根拠もなかったが、強くそう思った。
だけど、物語を作っても作っても空っぽな器が満たされることはなく、空虚さだけが増していった。
考えてみれば、当然だ。
空っぽの人間から生み出された物語が、何かを満たすことなどできるはずがないのだから。自分自身の目にすら空虚に映る物語が、他の誰かを感動させることなどできるはずもない。
それでも、私は物語を書き続ける。
その行為が、もはや手段なのか目的なのかも分からなくなっていても。
私はきっと、死ぬまで物語を綴ることをやめられないだろう。
「……なんじゃ、このポエムは」
カチャカチャ、ッターン! とエンターキーを叩き、思わずしかめっ面になってしまった。
何も新しいお話が浮かばないからって、とりあえず手癖で書いてみたらご覧の有様だよ!
こ、こんな恥ずかしいポエムが、マジで私の脳みそから捻り出てきたのか?
なーにが物語を綴ることをやめられないだろう、だ。昨日丸一日ゲームやってたのはどこのどいつだよ……!
「卯月ちん、ぴんち」
スランプだ。
いや、ノリノリで書けるときの方が割合としては少ないので、スランプという言葉を使うのは妥当ではないかもしれない。
でも、いつもそんなガンガン書いてるわけじゃないけど、いつにも増して書けない……!
こんなとき、優しい人はこう言うのだ。
無理して書かなくてもいいんだよ、書けるときに書けばいいんだよ、と。
Fu●kである。いや優しさは嬉しいんだけど、文字を吐くことでしか自己を保てないタイプの人間としては、無理をしてでも何か書かないと、かえって心身の調子が狂うのである。
「満たされない……」
そんな独り言を吐き出すと、余計に空しい気持ちになってくる。
さっきのポエムは小っ恥ずかしいが、我ながら的を射ている。
今まで生きてきて、何をやっても私の心が満たされることはなかった。
こうやって文字を吐き出すことは現状維持には効果的だったが、それ以上の何かを得ることはできなかった。まあ書くことやめたら、何故かどんどんメンタル病んでいく種族なんで、書くことやめないんですけど。
でも、そんな私の心が満たされたような気がした時が、一回だけあって。
スマホの液晶に映る『優ちゃん』の文字を見ると、何だか心がそわそわとしてくる。
あの喫茶店で会った日から間もなく全国的な緊急事態宣言が出されて、あれ以来優ちゃんとは会えていない。会えていないどころか、せっかくラインを交換したのにメッセージのやり取りすらできていない。ぼっち歴十五年の女が自分からメッセージを送れると思ってんのか。キレるぞ。
「優ちゃんもさぁ、ちょっとは私に気を遣って、メッセージの一つや二つ送ってきてくれてもいいじゃんねぇ! ねぇ、そう思わない私? うん、私はそうは思わないけどさぁ」
自問自答のような独り言に定評のある私である。
人に聞かれたら死ぬリスクがあるが、今この家には私しかいないのである。
パパンとママンは哀れな社畜なので、こんなときでも変わらず仕事に行っているし、運動部の妹は体が鈍るからと言ってランニングに出掛けている。この家で、きちんと自宅で自粛しているのは私だけなのだ。私偉い。
「偉いから誉めて! 褒めてよ誰かー!」
などと叫んでも、この家には誰もいない。
人嫌いの私だけど、最近家族の顔しか見ていないので、ちょっと人恋しくなってきてるのかもしれない。自分にそんな側面があっただなんて驚きである。
家族以外の誰かとお話ししたい!
文字じゃなくて声で!
誰かとっていうか、優ちゃんと話したい……!
誰かに恋するのってこんな感じなのかな。この感覚は創作に活かせるぜ。
いや私が優ちゃんに抱いている感情は恋じゃないけどさ。
……多分、きっと、おそらく、恋じゃない。
でも、卯月ちゃんは恋を知らないくせに、どうして恋じゃないと断言できるのだ? へけっ!
私の脳内に住んでいるハ●太郎がそんなことを言い出した。直後、火が点いたんじゃないかっていうほど私の顔が熱くなった。
いやいやいや。
たしかに百合は嫌いじゃないよ。
でも、それはあくまで二次元での話であってさぁ。
次元を超えてくるのは、何か違うじゃん?
そもそも私はイケメン好きで、ノンケのはずなのだ……。
ていうか、あのちっちゃい優ちゃんを好きになったんだとしたら、私はレズでしかもロリコンってことになってしまうじゃないか……。
おねロリ……?
ああ、ちょっと前にツイッター上で流行りましたね、おねロリキメ●●天皇。
いや、そうじゃなくって。
ああクソ、また思考が横道にそれる悪癖が出ている。
バカバカしい、最近妹がやたらとレズレズしいことばかり言ってくるから、それに当てられてるだけだろう。
優ちゃんは友達、優ちゃんは友達、優ちゃんは友達……。
心の中で三度念じてから、再びスマホの液晶に映る『優ちゃん』の四文字を見る。
まるで少女漫画のヒロインのように、私の胸がトゥンクした。
「ちがーう!!」
邪念を振り払うかのように、私は壁に頭をガンガンと打ち付けた。
そもそもトゥンクしたって何だよ! 仮にも物書きなら、もっとこう、何か違う表現をしろよ! なんかもう語彙力ぶっ壊れてるから何も言えねえけど!
ほんと違うから。
恋とか、そういうのじゃないから。
優ちゃんと何か話せば、はっきりとするはずだ。
そう考えてラインを開き、優ちゃん宛に何か文字を打ち込もうとするが、まったく指が動かない。
ツイッターでクソツイートしたり、こういう適当な文章を打ち込んでいるときは何も考えなくても勝手に指が動くというのに、なんでだよぉ!?
久しぶり、は慣れ慣れしすぎるかな……。
じゃあ、こんにちは? いや、あんま変わんねぇじゃん……しかも昼にこのメッセージ見るとも限んないし……。
………………。
…………。
……。
スマホの画面と無言で睨めっこをすること三時間、私はようやくメッセージを送信することに成功した。
ちょっと丁寧すぎる気もするけど、丁寧すぎて悪いってことはないでしょ、多分……。
って優ちゃん早っ!? 三秒でメッセージ帰ってきた!?
私は三時間かけて文章を打ったのに、優ちゃんからの返事は三秒……何か泣けてきた……。




