2-5 うんち、それは魔法の言葉
優ちゃんたちの笑い声に誘われるかのように、キッチンの奥からお店の人と思しき人が二人出てくる。イケメンのお兄さんと、たぶん同学年くらいの女の子だ。
二人は、どことなく顔が似ている気がする。兄妹なのかもしれない。
「なんだなんだ、楽しそうじゃないか。俺も混ぜてくれよ」
エプロン姿のイケメンが無邪気に笑う。イケメンはイケボで、一瞬で耳が孕みそうになった。
イケメンとの出会いを求めて幾星霜……こんなところに生息していたのか、イケメン……会いたかったよイケメン……でも恥ずかしくて顔を直視できないよイケメン……。
「あ、もしかして、優が言っていた新しい友達?」
女の子が私の顔を見て、人懐っこい笑顔を浮かべる。
目が真ん丸で、長い髪を二つに結んでる。俗に言うツインテールだ。
「秋月佳織です。同じ新入生同士、よろしくね! で、こっちはうちのお兄ちゃん」
「秋月光だ。気軽にお兄ちゃんって呼んでくれてもいいぞ」
すげぇ、現実世界にツインテール高校生って存在したのか……てか、美男美女の兄妹だな、いいな、尊いな……。
「初対面の女子にお兄ちゃんって呼ばせるとか……光、キモい」
「キモいな」
「うん……お兄ちゃん、マジきも……」
優ちゃんのキモい発言に伊崎と佳織さんも続き、イケメンはフルボッコにされていた。
「おまえら……そんなキモキモ連呼されると、流石の俺も傷つくぞ……」
イケメン──光さんがその場に膝をつき、うなだれる。
……この人はイケメンはイケメンでも、残念なイケメンってやつなのかもしれない。
「で、おまえさんの名前は?」
光さんはシュバっと立ち上がると、私に名前を訊ねてきた。立ち直り早いな、この人。あるいは最初から傷ついてなんかいなかったのかも。
そうだ、自己紹介……自己紹介をしなくっちゃ……。
あ、あかん……男、しかもイケメンがすぐそばにいるから、いつも以上に緊張して声が出ないんですけど……!
「……っ……ぁっ……ぅ……」
私は言葉を発せずに、打ち上げられた魚のように口をパクパクとさせることしかできていなかった。
「顔真っ赤だけど大丈夫……?」
優ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
なんでだろう。息が苦しい。あ、これ呼吸できてないんだ! 道理で苦しいわけだ! なるほどね~~~って納得してる場合じゃねぇ!
緊張しすぎて過呼吸気味になってる! 死ぬ! 死ぬ!
「中……卯月か? いい名前じゃないか」
私の心を落ち着かせるような、光さんの優しい声。
呼吸が元のリズムへと戻っていく。
「え、な、なんで……」
名前、ちゃんと言えてなかったのに。
どうして伝わったんだろう。
「読唇術ってやつだ」
光さんが得意げな笑みを浮かべた。
何者ですか、この人。
それから、光さんはカウンター越しに手を伸ばしてきて、私の頭を優しくポンポンとしてきた。
こ、これは噂に聞く、頭ポンポン!?
や、やばいって! 惚れちゃうって! ていうか、むしろ光さんが私に惚れているのでは!? 普通初対面の女子にこんなことしないよね!? これフラグ立ってるよね!? 乙女ゲーで言うならもうエンディング間近だよね!?
「よし、今日は卯月の歓迎パーティだ! 歌って踊って、酒飲みまくろうぜ、おまえたち!」
「歌わないし」
と、優ちゃん。先ほどと同じように、それに伊崎と佳織さんが続く。
「踊らんし」
「未成年だし」
「ノリが悪いぞ、おまえたち。兄ちゃん悲しいぜ……」
「アホみたいなお兄ちゃんは、うちにいるのだけで十分だってば……」
「それな」
優ちゃんと伊崎が呆れた顔をしている。
そうか、二人ともお兄ちゃんがいるのか。
……とすると、この場の女子で兄がいないのって、私だけなんだ。
「……いいなぁ」
また無意識に、思考が言葉として口から出てしまっていた。
「ん、何が?」
優ちゃんが首を傾げる。
「あ、や、そ、その……わ、私、長女なので……お兄ちゃん、欲しかったなぁって……」
事実、そう思ったことは一度や二度ではない。
私がまだ無垢な幼女だったころ、お兄ちゃんが欲しいと泣いて親を困らせたこともある。
「お兄ちゃんなんて、いても鬱陶しいだけだよ?」
「おい、隣にお兄ちゃんいるんだが」
にこやかに酷いことを言ってのける佳織さんと、それに対してツッコミを入れる光さん。
いいなあ、仲の良い兄妹って感じで……私もこういうお兄ちゃん欲しかったなぁ……。
「はい、お待たせ。マンデリン」
どうやらきちんと仕事をしていたらしく、伊崎が淹れたてのコーヒーを私と優ちゃんに差し出してくる。
……マンデリンってコーヒーだったのか。私、コーヒーは砂糖とミルクめっちゃ入れないと飲めないんだけど。
「……うん、今日も美味しい」
隣を見ると、優ちゃんはブラックで飲んでいた。マジかよ。
大人だなぁ……幼女みたいな見た目してるのに……。
対して私は、図体ばかりでかくなって、中身はいつまで経っても幼女みたいで……。
あ、ダメだ。
そこから先は、考えたらダメだ。
「卯月、ほらよ」
ちょうどいいタイミングで光さんが私の目の前にミルクと砂糖が入った容器を差し出してきてくれた。
あっぶねー、ネガティブ思考の沼に飛び込むところだったぜ……!
「あ、ありがと、ございます」
ぎこちなく、でも、きちんとお礼を伝えた。
偉いぞ私。進歩しているぞ私。
それから日が暮れるまで、みんなで楽しく雑談──私はほとんど聞いているだけだったが──をし、楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、気が付けばもう帰る時間。
「そうだ、卯月ちゃん。私とも連絡先交換しよ?」
佳織さんは私にそう言うと、自分のスマホにラインの友達追加のQRコードを表示させた。
「あ、ありがとう、佳織さん……!」
そのQRコードを読み込むと、ラインの友達欄に佳織さんが追加された。
「ああ、じゃあ、あたしのも、ほら」
伊崎も同じようにして、私にQRコードを見せてきた。
「あ、伊崎のはいいです」
私はそれを片手で押し出して拒否した。
「なんでだよ!? てか、佳織にはさん付け、優にはちゃん付けで、あたしは呼び捨て!?」
伊崎が地味にショックを受けた顔をしていた。ざまぁないぜ。
「卯月、藍子も根は悪い子じゃないから、友達になってあげて?」
優ちゃんが困ったように笑う。
むぅ……優ちゃんが言うなら、仕方ないかな……。
「ねぇ優、何であたしがお願いしてるような感じになってんのさ」
伊崎は不服そうだ。その顔を見ると、私は思わずニコニコ顔になってしまう。
私は性格が悪いので、人が嫌がっている様子を見るのが大好きなのだ。
「仕方ねぇなぁ伊崎、この私が友達になってやりますよ」
私は勝者の貫禄と余裕を見せつけながら伊崎のQRコードを読み込み、友達登録をした。
「何かこいつ、急に生き生きとしてきたぞ!? めちゃくちゃ性格悪くね!?」
「藍子は口が悪いし、お互い様じゃない?」
佳織さんが笑いながら言う。いいぞ、もっと言え。
……ん? お互い様ってことは、佳織さん、私の性格が悪いっていうの、否定してなくない……?
「思った通り。卯月はユニークで、面白いね」
誉め言葉と受け取っていいんだよね、優ちゃん!?
こうして、私の高校入学初日は終わった。
まさか、初日から友達が三人も、しかもイケメンの知り合いまでできるなんて思いもしなかった。
しかも、そのきっかけが「うんち」の独り言である。
……どうせなら、もっと素敵なきっかけがよかったな。
いやいや、それがなかったら友達なんてできなかったんだから、うんちに感謝しないと。
うんち。
それは人生を変える魔法の言葉。
皆さんも人生に行き詰まったら、是非その言葉を口にしてみてはいかがでしょうか?
~FIN~
卯月先生の次回作にご期待ください!
……嘘です。まだ終わりません。
でも第二部は完です。
こんな私の生き恥日記ですが、面白かったらご感想、ブクマ、評価ポイントをいただけると励みになります〜〜〜〜〜!!!




