06
「教えてくれるな?」
剣を抜く二人。杖を構える一人。こちらも、ウルとラビを含めれば三人ですが、レベル上げなんてろくにしていないので戦力としてはあちらの一人分程度でしょう。戦えば全滅は免れません。
このゲームのデスペナルティは、一定時間のステータス下降です。スピカとしては困るものではありませんが、それでも、ラビとウルがひどい目にあうのは、耐えられません。
手段は一つ。逃げの一手のみ。
「ウル! 走って!」
スピカが叫ぶと、ウルが駆け出しました。
「追え! 魔法を使え!」
三人がすぐに追ってきます。スピカのすぐ横を炎の魔法が通り過ぎます。ひっと短い悲鳴が漏れてしまいます。
ぎゃん、とウルの悲鳴が耳に届きました。魔法がウルに当たってしまったようです。スピカの体が硬くなると、それを察したのかウルはさらに急ぎました。痛いでしょうに、スピカのために必死に走ってくれます。
そうして気が付けば、いつもの広場にいて。男たちはいなくなっていました。
「スピカちゃん? どうしたの?」
ソフィアの声。顔を上げると、ソフィアは心配そうにこちらを見つめています。
「ウルちゃん、怪我してるよ。ポーションはいる?」
「だい、じょうぶ。持ってるから……」
ウルに赤のポーションを使います。ウルの尻尾が酷いやけどになっていました。ごめんね、とスピカが謝ると、ウルは慰めるように頬を舐めてきます。良い子です。
「スピカちゃん?」
ソフィアの心配そうな声。スピカは必死に笑顔を取り繕って、
「何でも無いよ」
そう、答えました。
いつもスピカが同じ時間に森に向かうことを知っているのでしょう。男たちはその後も、執拗に狙ってきました。その度に、スピカは逃げています。
ラビとウルは、森の広場で召喚するようにしました。もう、あんな怪我はしてほしくないから。
スピカの足ではすぐに追いつかれそうですが、不思議といつも広場にたどり着いています。たどり着くと、男たちはいなくなっています。そして必ず、ソフィアが心配そうに眉尻を下げています。申し訳ない気持ちで一杯になりますが、ソフィアを巻き込みたくはありません。
兄にも、結局は言えないままです。やっぱり、心配させたくないから。
男たちに追われるようになってから五日。十分、保った方でしょう。
広場にたどり着いたスピカは、泣き出してしまいました。
一人で我慢すればいいと思っていました。そのうち、諦めるだろうと。ですが男たちは諦めません。つらくて、つらくて、もうゲームなんてやめたくなります。
でも、ラビとウルを寂しがらせたくないから。ソフィアがいるから。まだ、がんばれます。それでも、つらいのです。怖くて、怖くて、でもどうしようもなくて。
ずっと泣いているスピカを見つめて、ソフィアは言いました。
「スピカちゃん。あの男の人たちに困ってるんだよね」
「え……?」
「止めてあげようか?」
ソフィアの目が細められます。ぞっとするほど冷たい瞳です。どうやらソフィアは怒ってくれているようでした。ですが、今はそれより、気になることがあります。
「気づいて、たの……?」
「うん。スピカちゃんが私のことを気に掛けてくれてるから、スピカちゃんが言ってくれるまで待とうと思ってたんだけど……。もう、見てられないから」
ああ、とスピカは思います。やっぱり、とってもいい子だな、と。この子と友達になれて、スピカはもうそれだけで満足です。
でも。
「だい、じょうぶ……。私の問題だから、私が、どうにか、する」
ずっと逃げてばかりでした。でも、それももう、限界です。戦うことを考えなくてはなりません。
そう言うと、ソフィアは一瞬だけ目を見開いた後、
「そっか」
淡く、微笑みました。スピカですら見惚れてしまうような笑顔でした。
「うん。スピカちゃんになら、いいかな」
そうして、ソフィアが言います。
「じゃあ、せめて。スピカちゃんに、私の魔法を教えてあげる」
「え?」
「全部は教えられないけど、それでもあんな酷い人たちには十分勝てるはずだよ」
そう言った後、ソフィアは言いました。魔法を教えるための魔法を。
伝承魔法、と。
それは、NPCだけが使える魔法。プレイヤーがスキルを学ぶための魔法。それはつまり、ソフィアがNPCだということ。
目を見開くスピカの目の前に、半透明のウィンドウが現れます。それに表示された文字を見て、スピカはさらに目を瞠りました。
『銀麗の魔女ソフィアから、エクストラスキル・銀の魔法を学びます。エクストラスキルの習得は一人につき一つまでとなります。銀の魔法を習得しますか?』
銀麗の魔女。銀の魔法。思わず、息を呑みます。
目の前にいるこの少女が、噂だけが一人歩きしていた、銀麗の魔女。
とりあえず思うことは一つ。年齢全然違うじゃないか先生。
「スピカちゃん?」
はっと我に返るスピカ。小さくつばを飲み込み、言います。
「いいの……?」
自分でいいのか。自分に、このスキルを教えていいのか。ソフィアは笑顔で言いました。
「動物たちと仲良くできるスピカちゃんだから」
どきどきしながらも、Yesを選択します。銀の魔法を習得しました、というメッセージの直後に、さらに別のメッセージが表示されました。
『銀麗の魔女ソフィアに弟子入りしました。銀麗の後継者の称号を得ました。全モンスターがノンアクティブ化します』
何それ聞いてない。
翌日。スピカはいつもと同じように森の中を歩きます。一人で、緊張しつつ、歩きます。
そうしていつもの場所で、三人の男が姿を現しました。
「いい加減お前も諦めたらどうだ?」
剣士の男が言います。スピカは小さく喉を鳴らして、けれど今回は男たちを睨み付けました。
おや、と男たちは驚きに目を丸くします。そしてすぐに各々の武器を構えました。
「本気か? やるからには、俺たちも本気でやるぞ。今までの脅しじゃない」
「うん。やる」
「馬鹿が」
スピカの返事に、男が呆れたようにため息をついて、そしてこちらへと走ろうとして。
スピカが勢いよく右手を上げると、警戒するように立ち止まりました。
「なんだ?」
男たちが困惑する前で、スピカは叫びました。
「サラマンダー!」