06
スピカを連れて、ミオとレナはこの島唯一の町にたどり着きました。さすがにヴェノムが目立つのか、周囲から視線を感じます。それに乗っているミオたち三人にも。ミオもヴェノムが原因で有名になりつつあるので、最初は誰もが噂のドラゴンとそのテイマーだ、と注目してきます。しかしそれは、すぐにその隣、ヴェノムの隣を歩くウルとその背に乗るスピカへと移動しました。
ざわりと。騒がしさの種類が変わりました。ミオとヴェノムは有名になりつつありますが、それ以上にもうずっと有名なのがウルフ少女です。当然の反応でしょう。
「なんだか見られてるような……?」
さすがにスピカも視線を感じたのか、きょろきょろと辺りを見回します。そんなスピカへと、ミオはあえて周囲に聞こえるように、少しだけ大きめの声で言いました。
「気にしなくても大丈夫よ。変な輩はヴェノムが退治するわ。それに、くるくるがいるでしょう?」
ぴょこんと。スピカの頭の上、リスのような精霊が顔を出します。これはソフィアがスピカのために召喚してくれた精霊、カーバンクルのくるくるです。スピカはくるくるを撫でて、それもそっかと顔を綻ばせました。
三人はまず町の中央にあるというギルドへと向かいます。ギルドという施設では、町の人たちからの依頼やちょっとした討伐クエストが受けられるそうです。
ただ、スピカにはあまり縁の無い場所でもあります。今回は、というよりも今回もソフィアとフェルトと遊ぶことを決めているのです。クエストを受けるつもりはありません。
でも建物の中には興味があったので、報告に行くというレナと共に中に入りました。
ギルドの内部は酒場のような造りでした。これは、よう、ではなく、実際に夜になると酒場としての営業になるようです。
たくさんのテーブル席の奥にカウンターがあり、そこでは大勢の人が忙しそうに働いています。誰もが活き活きと働いていて、ちょっと楽しそうと思ってしまうほどです。そのカウンターには、人の列が二つありました。レナ曰く、片方が依頼を受ける列で、もう片方は報告をする列だそうです。
「ちょっと待っていてください」
レナはそう言うと、カウンターに並んでいる人の列に加わりました。報告の列です。
「なんだかプレイヤーの人ってみんな静かなんだね。もっと賑やかだと思ってた」
のんびりとした口調でスピカが言うと、ミオはどうにも複雑そうな苦笑を浮かべました。首を傾げるスピカに、ミオが言います。
「うん。あのね、スピカ。見られてるわよ」
「え?」
「みんなあなたのことが気になってるのよ」
言われて観察してみると、なるほど列の人も周囲の人も、ちらちらとスピカの方を見ています。何がそんなに珍しいのでしょうか。
「あ、そっか。ウルがかわいいからだね!」
「うん。そのままでいてね」
「うん?」
何故か頬を緩めるミオ。周囲の皆さんもにこにこしています。何でしょうかこの空気。
スピカが困惑していると、ギルドの扉が勢いよく開きました。びっくりしてそちらを見れば、息を切らした見知った人影。兄の姿がありました。
「スピカ! ほんとにいた……!」
こちらへと近づいてくる兄。その兄へと、ミオがあからさまに警戒します。周囲の視線も険しくなる中、スピカは嬉しそうな笑顔を浮かべました。
「あ、お兄ちゃん!」
ざわりと。広がるざわめき。そして驚きと、嫉妬の視線が兄へと突き刺さります。何でしょうかこの空気は。
「え? お兄ちゃんって……。スピカ、リアルの?」
「うん。そうだよ。リアルのお兄ちゃん」
「なんてうらやま……いや何でもない。落ち着くのよ私」
ミオが面白いことになっています。表情が色々変わっています。本当にどうしたのでしょうか。
そうしている間に、兄がこちらへと歩いてきました。
「まさかほんとにいるとは思わなかったよ……」
「町に興味があったから。お兄ちゃんはどうしてここに?」
「フレが見かけて、連絡してくれたんだよ。ところで、他の二人は?」
他の二人、というのはソフィアとフェルトのことでしょう。気を遣って名を伏せてくれたのだと思います。意味があるかは置いておいて。
「私だけだよ。今ソフィアちゃんは準備中だから」
「準備、ね……。あとで挨拶に行ってもいいかな?」
「だいじょーぶ!」
兄ならソフィアも歓迎してくれるでしょう。なにやら周囲の視線の圧力が強まっている気がしますが、どうやら兄に向けてのようです。兄の頬が引きつっています。
そうしている間に、レナが戻ってきました。どうやら会話は聞こえていたようで、兄に短く挨拶しています。それに気づいたミオも、慌てた様子で挨拶しました。
「もしかして……。掲示板の?」
兄の問いに、ミオとレナは目を逸らしました。
「どうしようレナ。罪悪感で死にそう。ウルフ少女の家族に見られてるとか」
「諦めましょうミオさん。因果応報です」
「くっ……。相棒が冷たい……」
そのやり取りで兄も察したらしく、やっぱりか、と笑っていました。
四人でギルドを出て、町を散策します。レナもそれほど詳しくないらしく、とりあえず地図に従って商店を回ることにしました。
雑貨屋さんに立ち寄って、始まりの町よりも質が良いというブラシを買ったり。武器屋さんをのぞいて剣を構える兄を冷やかしたり。飲食店でみんなと一緒にご飯を食べたり。とても楽しく過ごせました。
日が傾き始めたところで、みんなと一緒に転移で戻ります。ソフィアとフェルトは広場で動物と遊んでいるところでした。
「ただいまー!」
スピカが大きな声で言うと、ソフィアとフェルトが顔を上げました。ソフィアの顔は分かりやすいほどに安堵の色が出ています。戻ってこないかもしれない、と考えていたみたいです。
「おかえり、スピカ。もういいの?」
「うん。私はこっちがいいからね」
いそいそと、柵の中に入って動物たちの輪の中へ。大きな熊のお腹に抱きつきます。もふもふ。熊は抵抗なんてせずに、むしろ熊から抱きついてきます。二倍のもふもふ。
「これはまた、すごいな……」
兄が言って、ミオとレナも頷きました。動物たちの数に圧倒されているようです。
「ん。いらっしゃい、ラーク。久しぶりだね」
「ああ、うん。久しぶり、ソフィア。来ても良かったのかな?」
「ラークなら歓迎するよ。それに、いずれはみんな来るだろうし」
どういうことかと首を傾げるラークに、ソフィアが説明します。
「そこに小さいほこらがあるでしょ? そこの地下がダンジョンになってる。この島唯一のダンジョンだよ」
「へえ……! なるほど、戦闘系のプレイヤーはここに集まってくるってことだね」
「そっちにも興味あるけど、私はこっちがすごく気になるんだけど」
ミオの視線の先は、熊とじゃれ合っているスピカたちです。そして柵の側にある看板。ふれあいコーナーご自由にどうぞ。
「いいわよね! 私も入って! 今! 入っても!」
「いいけど、いじめちゃだめだよ?」




