02
スピカの視線の先、店のカウンターにそれはいました。真っ白な猫です。ふわふわな毛並みで、ふりふりと尻尾を振ってくれています。スピカが近づくと、カウンターから下りてスピカの足下へと歩いてきました。
「こんにちは」
猫を抱き上げて、声をかけます。にゃあ、と返事をしてくれます。かわいい。
「いらっしゃい、スピカちゃん」
その様子を微笑ましく見ているのは、先ほどの先生によく似たお姉さん。それもそのはず、二人は双子だそうです。姉が青の魔法の先生で、妹がポーションの販売をしています。
「赤のポーションでいいかしら」
「はい!」
お姉さんがテーブルに赤い液体の入った瓶を並べます。これが赤のポーション、HPを回復させるアイテムです。
赤のポーションを十個ほど買います。買った後は、すぐに行くようなことはせずに、猫と遊びます。お姉さんから猫じゃらしを借りて、戯れます。期待通りの反応を示してくれるのでとても楽しいです。
「今日はどこに行くの?」
お姉さんが聞いて、スピカが答えます。
「北の森! ウルフ!」
「なるほどね。ウルフを使役できれば、戦力的にもいいしね」
「別に戦いはどうでもいいけど」
「冒険者とは思えない発言ね」
くすくすと笑うお姉さん。スピカとしては本当にこうして遊べるだけで楽しいのです。
NPCたちはスピカたちプレイヤーのことを冒険者として認識しています。町の中央にある転移の広場から現れた、遠い異国の地の冒険者、だそうです。なるほど、間違ってはいません。
「北の森なら、今なら銀麗の魔女に会えるかもしれないわね」
ふと、お姉さんがそんなことを言いました。
「銀麗の魔女?」
「あら。知らない?」
「えっと……。噂話なら……」
スピカ自身は聞いたことはありませんが、このゲームのクローズドベータテスト、というものに参加した兄がそれについて話していたのを覚えています。町の人と魔法に関する話をすると、銀の魔法を使える人として銀麗の魔女というものが出てくるそうです。どこに暮らしているのかも分からない魔女で、あまり人前には姿を現さないのだとか。
「姉さんが、北の森でそれらしい人影を見たそうよ。もしかするとそれもあって、次の目的地を北の森にしたのかもしれないわね」
「はあ……。会えたら何かいいこと、ありますか?」
「さあ? どんな人かは私たちも知らないから」
ですが、それだけ有名なNPCなら、何かイベントがあるかもしれません。戦闘のイベントならさっさと逃げれば良し、違うなら兄に自慢できるかもしれません。
ついでに探してみます、とスピカが言うと、お姉さんは笑いながら頷きました。
始まりの町の周辺は、どのモンスターもノンアクティブ、つまりはこちらから攻撃しない限り襲ってこないモンスターばかりです。なのでスピカものんびりと森の中を歩くことができます。
森にはたくさんの生き物がいます。蛇や鳥、さらには大きな猪とか。ちなみに当然のように猪もノンアクティブです。近づいて撫でても襲われません。むしろ顔をすり寄せてきます。天国。
猪に手を振って別れて、さらに歩きます。しばらく歩くと、目的の一つ、ウルフが見えてきました。ただしこちらは戦闘中のようで、他のプレイヤーと戦っています。
剣士さんが剣を振って、ウルフを切り裂いて倒しました。ちょっと、かわいそう、と思ってしまいます。
彼らに見つからないように気をつけて、去って行ったのを確認してさらに奥へと進みます。スピカとしては、できれば戦闘なしで使役したいところです。さすがにだめだとは思いますが。
そう思っていると、ばったりとウルフに出くわしました。
「あ」
「…………」
お互いに見つめ合います。襲われないと分かっていてもどきどきします。そっと手を伸ばせば、ウルフは抵抗することなく触らせてくれました。
「うわあ……。ふわふわ……」
なでなで。なでなで。わしゃわしゃ。気づけばウルフの毛並みを堪能していました。ウルフも敵意がないことが分かっているのか、気持ち良さそうにされるがままです。
「かわいいなあ……」
だらしなく相好を崩しつつ撫で続けていると、不意にウルフが顔を背けました。ある方向をじっと見つめています。
「どうしたの?」
スピカが聞くと、ウルフが身をかがめました。乗れ、ということでしょうか。
どうしようかと迷っている間に、ラビが先にウルフの頭に乗りました。思わず頬を引きつらせるスピカですが、ウルフがどうやらあまり気にしていないようです。おっかなびっくり、スピカもウルフにまたがりました。
「重くない?」
スピカが聞くと、ウルフは気にするなとばかりに立ち上がります。そしてそのまま、この子が向いていた方へと歩いて行きます。
何があるのだろう。期待半分、不安半分で揺られていると、小さな広場にたどり着きました。
「わあ……」
そこには、とても幻想的な光景が広がっていました。
そこだけ木々がなく、太陽の光がさんさんと降り注いでいます。温かそうな場所で、ピクニックに最適そうな場所です。ですが、それではありません。
その広場の奥、木の一つにもたれかかって眠っている女の子がいました。真っ白なローブを着た女の子で、すやすやと眠っています。その女の子の周りには、たくさんの動物たちが集まっていました。とてもリラックスして、寛いでいるようです。
ウルフから下りて、その女の子の元へと向かいます。プレイヤー、でしょうか。一瞬、銀麗の魔女では、なんて思ったりもしましたが、さすがにスピカとそう変わらない女の子が魔女のはずがないでしょう。これでは魔法少女、もしくは魔女っ子です。
やはりプレイヤーでしょう。気持ち良さそうに眠っています。その気持ちは、とても分かります。スピカもここにいると眠たくなってきます。
どきどきしながら、女の子に近づきます。そして、一定の場所まで近づくと。
女の子が勢いよく顔を上げました。
「わっ……」
「…………」
女の子と見つめ合うことしばらく。
「わあああああ!」
「きゃああああ!」
女の子が悲鳴を上げて、スピカもつられるように悲鳴を上げて。それに驚いた動物たちが全て逃げてしまいました。




